あなたを愛してはいません
簡単にサクッと書きました。背景は深いかもしれませんが初投稿ゆえお許しください。
「…だから何だと言うのです?今更私はあなたと共に人生をやり直す気は毛頭ありません」
私、リラザイト公爵家が娘、ラヴィニア・フォン・リラザイトは底冷えがするような冷たい声でそう言い放った。
その場にいた人々…このランドリール王国王太子、ベルヒルト・マーシャル・ランドリール殿下をはじめとする近衛騎士の方々がピシリと固まった。
「ラヴィ!私は君を愛している!」
…いい加減うざい。
「私はヒースロー侯爵家ご嫡男、アーネスト様の婚約者であり、かの方をお慕い申しあげております」
「だが君は俺の!」
「私は覚えておりません」
「!!」
ベルヒルト殿下は目を見開き驚愕の表情で私を見ておられますが、私の気持ちは変わりません。
―――あなたは私を裏切った人―――
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そもそもこのようなやり取りをしているのは何故か。私には前世の記憶がございます。
私は幼少の頃よりその記憶を徐々に思いだし、今では完璧に人格融合もこなし公爵令嬢としての責務も立派に努めております。
私には前世で何人か愛した人がおりました。ああ、誤解なさらないでくださいまし。ちゃんとお付き合いをして別れた後でまた恋愛をしていたので、二股や三股をしていたのではございませんわ。
…そしてベルヒルト殿下はその内のお一人。
しかも前世の日本という国で物心ついた頃からの幼馴染みという、運命的な出逢いと
私も愛していたと思いますが、何回も別れたり付き合ったりを繰り返し…
切ない恋愛物語を重ねていたとは思います。
それこそ小説が一作書けそうなほど。
ですが
私はその後にもっと尊敬でき愛する人を見つけました。
その人と幸せに人生を過ごし生涯を終えました。
私の記憶が確かなら、ベルヒルト殿下とは…いえ、前世の彼とは30才くらいから会ってもいないはずです。
すれ違いや運命のイタズラは確かにあったでございましょう。でも最終的に私を捨てたのは今目の前にいる「彼」に他ならず、私はその後素晴らしい方と愛し合い寿命を全うしております。
…今更、どうして復縁など迫ってこられるのでしょうか?
「ラヴィニア…いや、アオイ。私は死ぬまで君を愛していた。そして今やっと全てを思い出した。もう二度と君を離したくないんだ!」
…あぁ、そういう事ですか。あなたはまだ前世の記憶を消化できず、捨てた自分さえ正当化して思い出にすがっているのですね。
ですが私にはそれに答える気も義務もございませんわ。
その時
「ラヴィニア。何をしている?」
私を呼ぶ愛しい声が聞こえてきました。
「アーネスト様!申し訳ございませんわ。お約束の時間が過ぎていましたわね?」
私は華もほころぶような笑顔で彼の元へ寄り添います。
「ああ。時間が過ぎていたから心配で迎えにきた。…殿下、御前失礼いたします」
「待て、アーネスト!私はラヴィニアと話がある!」
殿下が慌てて私を連れ去ろうとするアーネスト様を呼び止めますが…
「殿下。臣下の婚約者を盗み取ろうとはいくら王族とて行き過ぎたお考えかと。この事は陛下にご申告申しあげる所存ゆえに」
アーネスト様も先程の私と負けず劣らずの冷たいお声で、ベルヒルト殿下に軽蔑の眼差しを向けていらっしゃいます。
こういう時のアーネスト様は私でも心底敵にはしたくないと思う怖さです。
それに少し怯んだ殿下でしたが、ややあって突拍子もない事を叫びました。
「ラヴィは…アオイは私の運命の女だ!貴様のように今世でただ政略によって婚約した輩とは訳が違う!!」
…ベルヒルト殿下…いえ、ヤスヒロ…
前世では学歴もそこそこだったのですが、まさかここまで馬鹿だとは思ってませんでした。
「ほぅ…」
アーネスト様の目が更に険しさを増し、私の肩を抱く手に力が入りました。
「ラヴィニアは私にとっても運命の女性でございます。殿下にはどうしてそのような誤解が生じたのかいささか理解が出来ませんが、何かラヴィニアが誤解させるような行動でもいたしましたか?」
「アーネスト様!!」
これには私が悲鳴に近い声をあげる事になりました。アーネスト様…わかっていらっしゃるのに意地悪ですわ。
「ラヴィニアがそのような不実をするはずはない!アーネスト、貴様はラヴィニアの事を全く理解してないな」
ベルヒルト殿下は少し気を持ち直したのか嫌な笑みを浮かべてアーネスト様を侮蔑なさいました。
…あぁ、まだこの方はわかってらっしゃらないのね。
「ヤスヒロ。アオイと夫婦になり添い遂げ、貴殿より長い年月を過ごし人生を全うしたのはこの私、アーネスト・ヴァン・ヒースローだ。」
そうです。アーネスト様は私の前世の愛しい旦那様…アキヒコです。
「……!?」
ああ、ご自分が私の特別だと信じてらっしゃったベルヒルト殿下が固まっておいでですね。
私はそっとアーネスト様の手を肩から外すと、ベルヒルト殿下に近づいていきました。
「私は前世も今もアーネスト様がいてくださるから幸せですの。…邪魔をなさらないでくださる?ヤスヒロ」
前世で最後には私を捨てた貴方に、最高の笑顔でそう告げる事ができました。