七話 フォモール
振るわれる剣。
一定のリズムを保つ吐息の音。
重い木剣が訓練用の木偶に直撃し、アバロルの手にその響きと感触が伝わる。
「……フゥ」
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あの試合の日以来、アバロル達の日々は変わった。
ネフィムは己の力量不足を痛感し、練習よりもハードな訓練に明け暮れるようになった。
またアバロルも比較的未熟な剣術の磨きに掛かった。
試合後に暫くは訓練ばかりしようと決め、二週間は半日を訓練としたスケジュールを組んだ。
訓練後には二人で互いに反省点を出し合い、お互いの意見を話す。
ソレを次に活かしていくという事を続けた。
次の試合は一週間後であったが、獣人程の張り合いは無く、開始数分で決着がついた。
自分達が強くなったのか、はたまた敵が雑魚だったのかと聞かれれば微妙な所ではあるが二人共多少は強くなっているのがわかった。
その次の試合は8日後だ。
それはアバロル達の訓練が終了した前日である。
そして現在、丁度残り一週間の月日で試合が開始されるのだ。
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汗を拭き取り、タオルをバックに直す。
アバロルの猛攻に木偶は壊れ、これ以上は別の訓練を行う他ない。
一息つくとアバロルは木偶を魔法で端に吹き飛ばし、視線を前に動かした。
そのまま剣を構えると、アバロルは自身の魔力を操り始めた。
魔神バロールの記憶の奥底に存在するフォモール族という巨人の剣士を魔力で創り出す。
薄っすらと前方に現れたフォモール族の姿は大きく、獣の仮面を被った大きな人のような姿をしていた。
魔力によって形作られたフォモール族はゆっくりと歩き始める。
アバロルが命じたのはアバロル自身と戦うことである。
魔力の塊はその名に従い、手に持つ剣を構えた。
残り数mという距離で足を止める。
しかし、ジリジリと踏みよるアバロル。フォモール族はソレをただ見つめている。
そしてアバロルの間合いにフォモール族が入った瞬間、アバロルが斜め上から剣を振り下ろす。
ソレを剣で軽く跳ね返すフォモール。
アバロルは直ぐに構え直すがそれよりも早くフォモールが攻撃を仕掛ける。
鋭いその剣筋はアバロルの腑を捉えていたが僅かに体をずらす事で直撃を避けるアバロル。
その本の小さな隙を狙い、再び剣で切り裂かんと凪払いを放つ。
しかし、フォモールは見事な手捌きで剣を運び、その一撃を防いだ。
剣と剣が互いに震え、揺れる。
ギチギチと力を込める音が二人の中で小さく響く。
更に力を込め、一気に弾く。
フォモールは仰け反り、後ろへ退いた。
「……ッ!」
その瞬間、アバロルはフォモールの心臓一点目掛けて凄まじい速度で突いた。
フォモールにも引けを取らない速度は心臓を貫くかに思えた。
が、その動きを見透かしていたのか、即座に態勢を立て直したフォモールは自らの剣を下向きに持ち、脇まで上げる。
剣先をもう片手で抑えて身体を軽く捻り、その一撃を構えた剣で受け流した。
「なっ!?」
驚きの声を上げるアバロル。
その視線の先にはフォモールの剣が映っていた。
その刃はアバロルの動脈を捉え、
滑らかな動きで迫る。
首に触れたその瞬間、フォモールと剣は消えた。
魔力の塊は命令通り成し遂げたのだ。役目を終えたから消えた、それだけの事だ。
「………」
【完敗】
この一言に尽きる。
アバロルの心境は正にソレだった。
フォモールの剣士の中でもかなりの強さを誇った者に未だ傷一つ付けることが出来ないという自分の腕に悔しさが生まれる。
実際、毎日一戦はこうして勝負をしている。
もう後少しで10を迎える程、戦っているがその強さには届かない。
魔神の後継者としてアバロルは今よりも更なる高みを目指さなければならないのだ。
最低限奴を倒す力を手にせねば…!
拳を握り締め、アバロルはそう心に誓った。己の魂から滲み出る悔しさを感じながら。
そして過ぎていく日々、
アバロルは結局残りの訓練期間も倒すことは叶わず、前日となった。
今日はまた商売区へ足を運び、
武具を買いに行く予定をネフィムと組んでいる。
上質な武器はやがて必要となる。しかし、その繋ぎも必要だ。
だからこそ前日を選んだ。
勿論体を休めるにも適している日という意味も有る。
しかし、どうせ休むなら夜に体を休めたいネフィムとアバロルは何時もより早起きをした。
そして訓練の時よりもより早く商売区へ向かおうとしている。
「行くか」
「ああ」
さて、早く選んでしまうか。
アバロルはそう考えながら歩き出した。だが、そう簡単に事が進まないのが世の中である。
不運な事にアバロルは早起きを後悔する結果となってしまうのだった。