閑話 観客視点的な物
俺が奴を見た時、
感じたのは恐怖だった。
俺の名はマチア、このダイガードコロシアムによく来る観客者だ。
ここは所謂どっちが勝つか賭けて賞金を頂くという何処にでもある賭け事だ。
で、今回も俺は儲けようかなと来た訳なんだが…
賭ける方を間違えたと直ぐに後悔した。
俺が賭けたのは9勝0敗のカーマインミノタウロス…
会場の奴等の九割が賭けた。
何故ならばミノタウロスの相手は今回が初試合の無名の奴隷だ。
誰もが安全なミノタウロスに賭けるだろう。
自分の勘だよりの奴やトチ狂ってるアホ以外はな。
だからこそつまらない戦いになるなと思っていた。
だが、選手がコロシアムに現れたその瞬間、誰もが言葉を失った。
無名の姿が亜人なのはわかる、が、
奴が放つオーラは明らかに俺が知る物と比べものにならなかった。
明らかにそこらの奴隷とは格の差があった。
更に奴はミノタウロスを眺めると突然嗤い声を上げた。
その声は会場に響き渡り、殆どの観客を戦慄させた。
あの化物にはミノタウロスなど比に成らないと──
それはミノタウロスとて同じだった。未だかつてない恐怖を感じ取り、震え上がるその姿は産まれたての子牛の様だった。
『き、貴様がこのミノタウロスに挑む馬鹿だな!
何やら、お、俺を倒せると思っているようだが無理だから今すぐ降参するんだな!』
ミノタウロスが威張るかのように煽り、奴に語り掛けた。
しかし、奴が返した言葉は一言
『笑止』
だった。
見ているだけの俺が乾いた笑みしか浮かべられないんだ、ふざけてやがる…
ミノタウロスは雄叫びを上げてその巨体に似合わない速さで立ち向かう。
しかし、奴は焦ることなく手を掲げて一瞬にして魔力剣を作り出した。
コレに度肝を抜かれたのは俺だけじゃない筈だ。
魔力剣を作り出すのにはそれなりの魔術師が数分かけてやっと出来る物だ。確かに魔術としての威力は然程高くはないし、初級魔法よりも強力ぐらいだろう。
が、魔力剣の強みは剣としても使う事が出来るという事。
鉄よりも高い斬れ味に加えていつでも作り出せる二つの強みを持つ為に人気でもある。
が、もしも粗末に魔力を使い、作り出したならば形は変わり、剣とは程遠い物となる。
そんな魔術としては作りづらい物を一瞬で十余りも作り出したのだ。
更に余り目にかかれないであろう程の質の良さを持たせて…
この時点で奴が只者ではないことは誰もが理解した。
しかし、魔力剣をミノタウロスに放ち、当てたその爆発の威力は通常の魔力剣とはかけ離れていた。
その威力は下級魔法を超える程に高かった。
初級魔法程度の魔法が下級魔法を超える威力を持つと言うことは奴が下級魔法を放てばその威力は中級魔法に匹敵し、奴が中級魔法を放てば…
そう単純な話ではないが、けれどもやはり改めて感じる恐怖に震えが止まらない。奴が奴隷で収まるような者ではないのがわかるからだ。
もし、奴が人間に牙を向いたなら…
──考えたくもない
俺は再び戦いに目を戻した。
が、勝負は進み、
もはや決まったような物だった。
地面が半壊しているのはミノタウロスがやったのだろう。
そして今も打撃跡が轟音と共に放たれているのもな。
それは恐らくミノタウロスの切り札、『音速スピード』の攻撃が始まっている証拠だろう。
しかし、
無名の奴隷はそれが手に取るようにわかるようで一撃も受けていない。
更に奴は突然、手を翳した。
その瞬間、魔力の波動が当たりを埋め尽くした。
『!?』
観客の一部を除き、俺を入れて全てのコロシアムにいる人々が身動き出来ない。
その濃密で迸る魔力の流れに逆らう事が出来なかった。
真近で受けたミノタウロスなど
余りの魔力の強さで身体が圧迫されているようだった。
奴は風のようにミノタウロスの間合いを詰め、腹に拳を叩きつけた。
体から発するような音ではない激しい音ば上がり、ミノタウロスは倒れた。
魔力剣の攻撃を受けていたとはいえミノタウロスは問題なく動いていた。
それなのに一撃で葬られた。
何故ミノタウロスの死がわかったのかと言うとこれは何方が死ぬまで終わらない戦いだ、つまりミノタウロスは死んだのだろう。
『ワアアアアアアアアアア!!!』
観客席から歓声が湧き上がる。
俺はそんな余裕はなく只々その歓声に応え、笑みを浮かべて腕を天高く上げるその姿に憧れを抱いた。
今までも凄いとは感じることはあった。しかし、ここまで心から感じる事はなかった。
「こ、これは凄えもん見ちまった」
コロシアムの内部に向かう無名の…いや、拳闘士の背中を目で追いながらそう呟いた。
…次の戦いは見逃せねえ!
俺は次は必ず向かう事を誓った。