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ラビットイヤー その5

 その当時、兎は七歳の少年だった。

 買い物の途中の、街中で、兎は目覚めた。

 前触れもなく、母親に「死ねばいいのに」と言われた時、最初は戸惑い、それから苛立ち、最終的には、恐怖心が募った。なぜ? と聞き返す前に、母親の笑顔が向けられて、それが尚いっそう不気味だった。

 直後には、街中を闊歩する、大勢の人々の、絶叫とも聞き違う声の本流が兎の頭に送りこまれてきて、兎は耳を抑えた。耳を抑えても聞こえてくる。止められない。凄まじいまでの、騒音だった。

 粘着性の、黒々とした液体を思わせるような騒音の渦の真ん中に突然放り込まれたような感覚に、兎は悶える。

 それは、人々の心の声と言えるものだった。

 

「ガキの頃から、俺は剥き出しの人間の性に晒されて生きていたんですよ」

兎の語り口は熱っぽく、病的だった。死にかけている所為なのか、それとも、元が病んでいるのか。

「俺はその話を信じた方がいいのか」

「アンタが俺を馬鹿にしてる声も聞こえますよ」

「馬鹿にはしてない」

「俺に嘘は通じませんって。俺を気狂いだと思ってるんでしょ」慣れているのか、兎は不満を見せなかった。

「テレパシーってやつです。それも、自分でコントロールが出来ないもんだから、性質が悪いんですよ。知りたくないことばっかりです」人は醜いですよ、と暗に言ってくる。

「テレパシー、と言われても、はいそうですか、という気にはならないな」

「自分の物差しで測らない方がいいですよ。俺の力は、本物です。というか、定期的にクジラが空から落ちてくる時代に、物差しとか、ないんじゃないですかね。物差しも、クジラに潰されちゃったんですよ」

 熱に浮かされているのか、言っていることに、脈絡はない。

「あ、あれ、見えます?」

 ウサギが指差した方向、遥か遠くに、群生の光があった。ゆるやかに、移動しているように見える。

「なんだろう、あれ」

「車だ、こっちに向かってくるな」

「アンタの仲間じゃないですかね」

 言われてから、その可能性はあるな、と思う。「クジラ調査団」

「そのネーミング、誰が考えたんですか、えっと、中路さん? 俺は、どうかと思うけど」

 中路さんの名前を教えた覚えはなかった。「テレパシー?」と尋ねてみる。「そうですよ」あっけらかんと、返事が来た。

「不便な力だな」

 そう指摘してやる。「さぞ、辛かっただろ。同情する」

「不思議な力と言ってくださいよ、アンタに同情される云われはないですって」

 その目は、移動する光を捉えていた。

「仲間か、いいなぁ」

「お前も入るか?」

「クジラ調査団に?」

「クジラ調査団に」

「アンタに、そんな権限、あるんですか?」

「別に、誰でもいいみたいだから」

「じゃあ、お願いしようかな」ふ、っと自嘲気味の笑みを浮かべる。「人生の最期に、仲間が出来た」

「ここまで付いて来ておいてなんだが、戻ろう、怪我の治療をした方がいい」

 裕々と喋っているようにも見えるが、ウサギの存在感は、今にも消え入りそうになっていた。

「怪我とか、全然、そんな可愛いものじゃないですよ、これは。どうして自分がまだ呼吸を続けているのか、それが謎です」

「なら、なおさら急いだ方がいい」

「駄目ですよ、俺には役目があるんです」

 この頑固さはどこから来るのか、ウサギは尚も歩いた。力付くでも連れて帰るべきなのだろうが、その、力付く、が問題になりそうなほど、生命力に欠けている。

「なんだ、役目って、そんなもの放っておけ」

「刺された瞬間に、俺は気付きました」

「何にだ」

「自分の役目に」

 胡散臭い言葉を聞いて、羊は警戒する。

「アンタは、守られたんだ。俺は、アンタを刺しに来たのに、その前に、別の誰かに刺されて、死ぬ」

「守られた」やはり、胡散臭いにも、ほどがある。「その、別の誰かにか」

「たぶん、アイツも、自分が何をやったのか、気付いていない。アンタを守ったなんて、露程も思っていない。アンタを守ったのは、別の、もっと大きなものだよ」

 大きなもの、と聞いて、咄嗟に、空を舞う、クジラの姿が浮かんだ。

「信じてない、ですね」

 ウサギがそう尋ねてくるが、「ああ」としか言いようがなかった。どう聞いても、熱に浮かされている人間の、戯言だ。

「命は、役目を背負っている」

 今度は、力強く、ウサギが断言した。

「草は、ゆるやかに生きて、風に種を運ばせる。そして羊に食べられる。羊もまた、生きて、やがて、狼に食べられる。狼もやがて死に、その死骸は小さな虫に食べられる。虫は土に帰る。草は、土に帰った虫を、栄養にする。そしてまた、ゆるやかに生きる」一呼吸で言った。「命は支え合って生きる。当たり前のことだ。俺は、忘れてたけど」

「それと同じだ、なんて言いだすんじゃないだろうな」

「アンタも、誰かを守るんだ」

 こちらの意見など、聞いている余裕はないと言いたげな態度だった。

「アンタ一人で無理なら、アンタの仲間と一緒でもいい。その犬と一緒でもいい。俺はここに予言する。アンタは誰かを守る。そして、その誰かは、誰かを守る」

「悪いが」羊は言った。「何を言っているのか、判らない」

「全力を尽くせ」

 やはり、こちらの言葉を聞いていない。目は虚ろで、真っ直ぐと歩けていない。「やれることを探すんだ。なんでもいい」

「なんでもいいと言われても」

 戸惑う他ない。






 長らく放置して申し訳ない。

 ある方に、「再開待っています」という旨のメールをいただきまして、こうして、再開にこぎつけました。

 メールをくれた方に感謝です。


 これから、少しずつでも更新出来たらなぁと思います。

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