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ラビットイヤー その4

「ついて来てください」

 兎は、そう言ったが、「はい、ついていきます」とはいかない。足を踏み出さない羊に、兎が苛立ったようで、「お願いしますよ」と、言ってきた。お願い、という割に、声色は強い。

「そんなに時間がないんですから」

「どこへ行くつもりだ?」

「近くに川が流れてるんです。そこなんてどうですか。奇麗ですよ」

「どうですか、と言われてもな」

「その後で、俺は天国に行きますから、アンタは友人の下に帰ればいい」

 そう言った後、背を向けて歩き出した。「ついて来てくださいよ」と、もう一度言う。

 兎の足取りは、たどたどしかった。重いものを背負っているかのように、右へ左へとよれる。

「怪我をしてるんじゃないか」

「ちょっと、刺されました。油断しましたよ」

「刺され」絶句する。「何を軽々しく言ってるんだよ。おい、怪我、見せてみろ」

「いや、無理です。もう、痛みもありません。身体が諦めちゃってるんですよ」口調は、歌うように軽々しい。

「誰にやられた」

「やたらすばっしこい、知らない奴です。あ、でも、もう遠くに行っちゃいましたから、安心してください。刺すのも、逃げるのも、速かったですよ」

 呼吸を吸う間を置き、兎は続ける。

「これって、殺人事件ですよね。警察を呼んでくれませんか」

「冗談を言ってる場合じゃないだろ」

「アイツ、誰だったのかな」諦観するような様子で、遠くを眺めている。「今日、眼が覚めた時には、自分が死ぬなんて思いもしなかった。信じられますか、クジラのブリーチを生き延びた俺が、通り魔に刺されて死ぬんですよ」

 なんと声を掛けていいのか判らないまま、兎についていく。「ウルカ、来い」そう呼びかける、黙ったままウルカがついてきた。


 夜に、外を歩いた経験は少なかった。街灯がある訳ではないので、視野は極端に狭く、道も悪い上に、暗がりに潜む、亡霊達の合間を歩くのは不気味だった。

 油断していると、沈黙を貫く車が、ふいに正面に現れる。ぶつかりそうになりながら、それを避けて、歩いた。

「目的はなんだ」

 黙って歩いているだけなのも退屈なので、歩きながら、そう聞いた。

「いや、ちょっと、アンタを刺そうと思ってまして」

「軽々しく物騒なことを言うな」

「刺しに来たのに、その前に、全然知らない奴に刺されるんですから。これはもう、バチが当たったとしか思えないんですけど。神様とかって、案外、ちゃんと見てるんですかね」

「お前に恨まれる筋合いはないんだが。いや、お前、そうか、満さんのストーカーか」

「改めて、ストーカーって言われると、腹が立ちますね。呼び名が嫌ですよ。でも、アンタに、俺ほど、誰かを愛せますか?」兎は、どことなく誇らしげですらあった。

「少し、俺の話をしていいですか」兎はなおも言う。あんまり喋りすぎると、傷の具合に悪いのでは、と心配もしたが、それを覚悟の上、とでも言うような、決意の声色に、どうぞ、と先を促す。

「子供の頃です、ある日突然、俺には声が聞こえるようになりました」


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