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ラビットイヤー その2

 集落での生活は、驚くほど牧歌的だった。終末と言う割には、人々の顔色から、焦りは見られない。静かで、平穏で、なだらかな時が続いている。

 もちろん、当初からこうだった訳ではない。羊はそう聞かされている。世界中、のことは判らないが、少なくとも、ここ、日本と呼ばれる国が平穏を取り戻したのは二、三年程度前のことで、それ以前の騒音といったら、なかったらしい。

 絶望、怨嗟、混乱、暴力、様々な騒音が、鳴っていた。終末に相応しい姿だったという。

 それが、ここ二、三年で、パタリと静かになった。誰かが、「騒、静」のスイッチを切り替えたかのような、急激な変化だったらしい。

 なぜ、急に世界中が静まりかえったか。原因は判っている。判っているが、今の所は、誰も口にしない。


 そんな静かな世界の方隅で、ジョン・レノンの歌声が響いている。廃墟と化した高層ビルの、玄関口だった。「クジラ調査団」の面々は、背の高い建物の周辺に集まることが多いため、これは決して珍しいことではない。

 面々、といっても、全員が揃っている訳ではない。リーダーの中路に、羽羽に、新人の羊、それに羊の相棒の、ウルカ。三人と、一匹だ。

「この足並みの揃わなさはなんなんだろうな」

 待ち合わせの時刻は、とっくに過ぎている。過ぎている、というよりも、超過している。一時間や二時間の遅れではなく、既に、丸一日が過ぎていた。

 これが珍しいことではないから、怖い。日本中に散らばったクジラ調査団のメンツが揃うには、二日、三日の遅れが当然のこととなっていて、最大四日までは許容範囲となっている。そういうルールらしい。四日を超えて集まらなかったものは、死んだと判断して置いて行く。それも、ルール。

「小学生の遠足だって、もう少ししっかりしてる」

「あれは引率の先生が居るからな。もうみんな、引率が必要な年でもないし」

「だからおかしいんだ。良い年こいて、この自由さはなんなんだ」

「羊、お前、変な所で真面目だよなぁ」中路さんがカラカラ笑う。「俺達は、良いんだよ。自由なのが売りなチームなんだから。そんなことより、二人で遊んでないで俺も混ぜてくれよ」

 と、テーブルに近寄ってくる。「なに? 神経衰弱?」

「中路さんはちょっと黙ってて」羽羽が辛辣に言い放つ。「今、集中してるから」と、食い入るように、背中を向けて並べられたトランプを見ている。

「集中したって、カードの裏側は見れないぞ」

「羊、お前も黙れ」ぴしゃりと言われた。

「どっち勝ってんの?」

 その言葉に、羽羽が肩を動かし、それから羊を睨んだ。「そりゃそうか」と中路さんが小声で言う。

 それからしばらくの逡巡の後、羽羽がカードを捲った。「ここだぁ!」と叫んだ。ハートの七と、スペードの八。外れだ。

「散々人を待たせておいて」おかしくて鼻で笑ってしまった。

「ぐ」

「じゃあ、俺の番」

 それから、特に考えもせずに、適当にカードを捲った。スペードの八、ダイヤの八。アタリだ。そのままの動作で、やはり何も考えずにカードを捲る。また、アタリ。次々に捲る。アタリ。アタリ。アタリ。

「ありえねぇ、なんだこの強さ」

 羽羽の嘆きが聞こえる。こいつ、たまに口が悪くなるな、と羊はぼんやりと思いながら、次々にトランプを捲った。

 ハートの四に、ダイヤの四。アタリ。

「あ、ジョーカーとられた!」

 ジョーカー二枚、アタリ。

 キング、続けてキング、これもアタリ。

ぱた、ぱた、と小気味良い音が聞こえる。

 羊の記憶は相変わらず戻らない。戻らないが、判ったことはいくつかある。

 トランプゲームが、やたらと強いのだ。ポーカーに、ババ抜き、大富豪、神経衰弱、トランプを使った遊戯で、負けた覚えがなかった。

「記憶喪失の癖に」トランプが次々に捲られていく様子を眺めながら、羽羽は嘆く。「なんでよ、なんか、コツとかあるの?」

「いや、適当にやってるだけ」

 クイーンが、連続で二枚、これもアタリ。自分のことながら、怖くなるくらいの冴えっぷりだった。既に七回連続でアタリを引いている。

「あ、ミス」と、ここに来て初めて外れた。六に、十。「まぁいい。ほら、好きなだけとって見せろよ」

「ムカつく。絶対、おかしい。こんなに当たるはずないって。イカサマでもしてるんじゃないだろうな」

「覚えてないが、俺はトランプゲームのチャンピオンだったのかもしれないな」なきにしもあらず。

「超能力とか?」

 中路さんが、そう聞いてきた。その、「超能力」という滑稽にも聞こえるその響きに、苦笑する。

「中路さん、超能力なんて信じてるの?」これは羽羽が言った。「幽霊とかも信じちゃう性質?」

「僕は割と、世の中なんでもありだと思ってるよ」

 それは多分、空飛ぶクジラを念頭に置いた言葉だったのだろう。一瞬だけ空を見た。「実は以前、超能力者に会ったことがあるんだ」

「え」「嘘」羽羽と羊の声が重なる。ウルカも、「嘘だ」と否定するかのように、わんと吠えた。「どこで?」

 どこで……、と中路さんが、躊躇する。デタラメを並べようとしているというよりは、秘密を語るべきか、語らざるべきかを迷っているかのような素振りだ。

「それは秘密」

「その超能力者さんは、何をしたの? スプーン曲げとかでも見せてくれた?」

「いや、海の上を歩いてた」

 かなり嘘くさくなった。「それ、多分夢だ」

「やっぱり夢かな」

「夢だよ」

 そうかなぁ、と中路さんはぼんやり呟く。

 それから、羽羽が「おっさんの戯言には付き合ってられない」とまた辛辣に言い放ち、トランプを捲って、また外して、投げやりになった。


 そんな平和の一幕を眺める影に、羊は気付かない。


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