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2-1

「……もう一度確認するぞ。


 お前は主に上界の荒事を専門とする便利屋で、コードネームはルミネ。そんなお前の元にある依頼が舞い込んできた。「指定区画の研究所に上日本が開発した新型の銃器があるのでそれを盗んでこい。受け渡しは指定した輸送鑑で行う。依頼人に関する情報は全くつかめなかったが、成功報酬が膨大な額で前金の払いも良かったので喜んで引き受けた。入念な準備の末研究所に進入しその銃器を入手したところまでは良かったのだが、直接警備を担当していたのはなんと侵略戦争の英雄、ショウゴ・キリムラだった。重傷を追いつつもなんとか逃走に成功し、指定された輸送鑑に乗ったまでは良かったが航空途中にエンジンが爆発、安全装置もほとんどが無力化されていたため、輸送鑑は墜落。死を覚悟した最中、盗んだ銃器は突如しゃべりだし、自分の体を撃つという「取引」を持ちかけ、お前はそれに応じて自分の体を打ち抜いた。意識が飛んで、気がついたら汗くさい臭いと銃撃戦の中にいて、自分が銃器の”中に入っている”ことに気がついた」


「だから、何度もそう説明してるでしょ!」

「信じられねぇから何度も聞いてるんだよ」


 輸送鑑での戦闘後、リスキィは脱兎のごとくその場から逃走し、バイクに乗って拠点まで戻ってきていた。必死の思いで守ったトラックは放置という形になってしまったが、状況が状況なので仕方がない。


 拠点に戻るなり、リスキィはルミネを放り出し、身辺の整理を始めた。無論自首のためではない。ほとぼりが冷めるまで潜伏するのだ。そのためには拠点に残っている個人情報は消去する必要がある。移動はバイクになるので、積載量以上のものは持っていけない。


 とはいえ完全に放っておくことも出来ないので、作業中のラジオ代わりにルミネの話を聞いていたのだ。


 身辺整理、と言っても持っていくものはほとんどない。拠点内にあるもののほとんどは上界から提供されたものなので違法もなにもない。せいぜい情報端末パソコンを精査して不利になりそうな改竄記録やソフトを消去するぐらいだった。


「それよりねぇ、ヤバいんじゃないの? ダストマンって頭の中にチップが埋め込まれてて、位置情報を常に知られてるんでしょ? どこに逃げても」

「それは問題ねぇよ」


 リスキィは胸元のロケットを指ではじいた。


「俺の、正確には俺の親父のチップはこれだからな。バッテリーも切ってあるから位置がバレることはねぇ」


 親父、という単語が、ルミネにある違和感を想起させた。


「そういえばあんた、英雄にアンジェってーー」


 ルミネの甲高い機械音声を、非常ベルの甲高い警鐘の周波数が多い隠す。


「んだよこの忙しいときにーー!」


 リスキィはキーボードを叩く手を止め、スピーカーのスイッチを入れた。


「はろはろ、叔父貴殿?」

「貴様今度は何をした!」


 野太い怒声がリスキィの鼓膜を貫く。ルミネも耳を塞ぎたかったが、耳もなければ手もなかったのでどうしようもなかった。


「常習犯かよ」


 代わりにそうぽつりと漏らす。


「数分前に待機命令が出てたと思ったら出頭命令になっとるぞ!」

「あ、ほんとだ。出頭命令出てら」


 リスキィはズボンのポケットから携帯端末を取り出して画面を確認する。見るものの焦燥感をかき立てるような、赤の背景に黒の文字で淡々と下界アンダーワールドの指定区域で待機するよう命令が下されていた。


「話せば長くなるんだわ。俺は一旦逃げる。落ち着いたらこっちからコンタクトとるわ」


 携帯端末を握りつぶして放り捨て、そう一方的に通信を打ち切った。


「うっし、行くぞ。細かい話は移動してからだ」


 情報端末の電源を引っこ抜き、リスキィは傍らのルミネを掴む。


「うええ、酔う」


 視界がぐるりと回転する急な動きに酔ったのか、ルミネは悲鳴を上げた。


「我慢してくれ。あっちについたらちゃんとホルスター作ってやるよ」

「あっちって?」

「話は運転しながらだ」


 リスキィは入り口の洋服立てにかけてあった鼠色のローブを羽織り、フードを目深にしっかりとかぶった。


 外にでる。ひび割れたアスファルトと鼠色のローブは全く同じ色合いだった。


 ダストマンはチップによる位置の特定だけでなく、上界からカメラによっても監視されている。ただ精度には限界があるため、こうして地面の色に紛れてしまえば時間稼ぎにはなるのだ。欲を言えば光学迷彩なら言うことなしなのだが、この際贅沢は言っていられない。


 十分ほど歩き、地下への階段を降りる。明滅する非常電源を頼りに上下する階段を進み、腰ほどの高さの機能していないゲートをくぐると、その奥には一台のバイクが停めてあった。地上のものと違い、余計なものは削ぎ落とされている。深くとられたサスペンションやキャラメルパターンのタイヤ、高い車高に頑丈さと軽量さを追求した無骨な車体。悪路を走破するために設計されたことが見て取れた。


 リスキィは車体にまたがり、エンジンに点火する。ライトが淡い青の支配する暗闇に閃光を切り開く。


 タンクに取り付けられていたバッグにルミネを放り込み、エンジンの回転数を上げ、クラッチをつなげて発進する。


 重低音の嘶きをあげ、鉄の馬が閃光を携えて、通路から下に伸びる階段をくだっていく。階段の終点から伸びる歩廊に降り立ち、更に二メートル程の段差をウイリ―しながら飛び降りる。着地の衝撃で跳ねた拳銃を左手で受け止め、バッグの中に戻す。


「上手いものね」

「そいつはどうも」

「皮肉で言ってんのよ」


 そんな軽口を交わしながら、リスキィは闇のはびこる通路へとバイクを走らせる。かつては線路が通っていた名残なのか、通路の中央は二本のレールと、朽ちて歪んだ結果不規則に並んだ枕木が占領している。リスキィはそれらを避ける為に通路の両端、時には合流地点で進路を変更しながら進んでいく。直進、進路変更、時には旋回して別の通路へ。ルミネも当初はその回数を数えていたが、途中で馬鹿馬鹿しくなって諦めた。それほどの回数、方向転換を繰り返していたのだ。もはや方角も解らない。現在地を知る術がない。


 どれくらい移動しただろう。


 唐突に線路の途中でバイクは停止した。


「着いたぞ」


 ほとんど手が加えられていない線路の中で、この地点だけ人力でこじ開けられたかのように、人一人がどうにか通れる程度の穴が開いている。ギアをニュートラルに入れて降車したリスキィは、穴に手だけを突っ込み、棒状の物を取り出す。端の辺りを捻ると反対側から光が発せられる。小型の懐中電灯だ。


 リスキィはバイクのエンジンを切る。光源が懐中電灯だけになり、暗闇がぐっと距離を詰めてくる。


「まだなの?」

「もう着いてるよ。慣れりゃ手探りでも行けるぐらいだ」


 リスキィは穴の奥を照らす。線路のコンクリートとは質感の違う壁。取っ手と蝶番がついているところを見ると鉄製の扉だろう。


 口で懐中電灯を咥え、左手にルミネを提げてリスキィは扉の取っ手に手をかける。


「ようこそ、下界アンダーワールドへ」


 リスキィが扉を開けると、強烈な光がリスキィをルミネを迎え入れた。

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