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甲高い機械音が操舵室に響いたとき、ショウゴ・キリムラの対応はきわめて冷静だった。
音源がダストマンである彼の背部であったため、彼が奪還対象を隠し持っていると断定、発砲した。その際彼はやや人間離れした敏捷力を見せたが、発砲した四発の内三発が着弾、その二発が致命傷として彼の命をむしばみ続ける。あとはこうして時折突撃に踏み切る素振りを見せれば、相手はそれを阻むために威嚇射撃を行う。弾が切れるか事切れるかを待てば勝利は確定。なにも焦ることはない。
補充のきわめて困難なダストマンではあるが、一つ席が空けば重犯罪者の内の誰かが貧乏くじを引くことになるだけ。
ただ心残りと呼べばいいのか、疑問点が二つある。
一つはあのダストマンの身体能力。
交戦の合間にアクセスしたデータベースによると、アンジェ・ティンバーレイクは現在三十九歳。青年期を終え、壮年へとさしかかろうとする年齢だ。そんな延長五体でもないただの人間が、四発も被弾しながらあそこまでの身体能力を発揮できるものだろうか?
そしてもう一つは、恐らくは奪還対象と思わしき銃から発せられた機械音。
警備開始前に”彼女”と軽い事務連絡を交わしたが、その口調は成熟した女性の至って落ち着いたものだった。音質は全く同じであるものの、あのような叫び声をあげるようなAIではないはずだ。
――わからないことが多すぎる。
戦闘に関する一切の挙動を補助AIに任せながら多少思案してみたが、満足のいく結論はでなかった。
だが問題はない。ダストマンはあとで遺体を解剖すればいいし、銃の方も研究所まで届けてしまえばそれで任務は終了だ。
立て続けに放たれた三連射を最後に、銃声が止む。彼が握っていた拳銃の装弾数は十発。弾丸を補充しなければもう撃てない。
頃合いか。
キリムラは補助AIを切り、完全なる自立駆動に切り替える。詰めの状況では、いかに優勢かつ優秀であれどAIは頼らない。英雄の地位はあくまで自分の頭脳で築いてきたのだ。
姿勢を低くし、滑り込むように操舵室に侵入する。再装填する時間は与えない。音を立てることをおそれず、素早く階段を下る。
先に下段の床を踏んだ左足を軸に右へと方向転換。ダストマンが籠城している奥の座席へと向き直ろうとするキリムラの視界がこちらに向かって飛来する何かを捉えた。
銃弾にしては明らかに大きく、遅い。カギ型であるためブーメランのように回転しながら”それ”はこちらに迫ってくる。
待機状態に入っていた補助AIがこちらの意志を無視して起動し、それが奪還対象である銃であることを喚きたてる。こちらは命のやり取りをしている最中なのだ、かなり煩わしい。
「――――」
内心舌打ちをしながら補助AIを黙らせ、思考回路がうなりをあげて状況を分析する。
銃は左手で受け止めればいい。
問題はその銃がこちらに向けて飛んできたということだ。
何者かが投げた。
この場でそれが出来るのは一人――
計算は一瞬。
落下予定地点に左手を伸ばしつつ、右手の小機関銃を前方へ向け、ダストマンを迎撃する、という結論をキリムラは速やかに実行した。
そして補助AIを切って実行に移るまでの一瞬の思考時間は、勝負を決するのに十分な隙だった。
最後に視界が捉えたのは接近する影。あまりにも躍動的で獲物に飛びかかる獣の動きにちかく、人影と表現するには違和感を感じた。
視界が黒く塗りつぶされ、後頭部に衝撃が走ったと思ったら、メインカメラも受信機も記憶媒体も、全て粉々に粉砕された。
右手で落下を続ける銃を受け止める。
左手で壁に埋まったショウゴ・キリムラの頭部を引き抜いて投げ捨てる。頭部だけ圧縮されたいびつな延長五体はただ沈黙するのみだった。
念のためバッテリーの内蔵部分である腹部を蹴りで踏み抜き、とどめを刺した。
これで、本当の決着。
「……なにそのスピード。あんた本当に人間?」
「話はあとだ。とっととずらかるぞ」
緊張を解く暇もなくリスキィは拳銃を回収し、一目散にその場から逃走した。