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1-6

「ちょっとなによこれいったいどうなってるのこれぇぇ!」



 突如放たれた甲高い機械音声が操舵室に響きわたる。


「!」


 瞬時に反応したキリムラは機械音声の音源を特定、右手の小機関銃を音源へと向ける。


「!?」


 リスキィは機械音声には反応したものの、その音源の場所に気づいた瞬間、そのあまりに突拍子もない位置に思考が停止してしまう。


 故に反応がコンマ数秒遅れる。


 勝負の決まる致命的な遅れ(ラグ)。


 キリムラが発砲するのとリスキィが床を蹴ったのは同時。だが音速に近い速度で進む弾丸との勝負は分が悪すぎた。


 初弾が右脇腹に着弾、上着とシャツを貫いて肉体を破壊する。


「――――!」


 痛みを感じるより先に脳内麻薬が分泌され、現実感が剥離する。


 二発目はやや上部、肋骨部分。骨は粉砕されたが、比較的外側であるため、内蔵には達しなかった。


 ここでリスキィの体が跳躍を始める。ただしキリムラのいる前方ではなく、左方、操舵室のより奥へ銃弾から逃げるように。


 銃弾はなおもリスキィを襲う。三発目が右肩を撃ち抜き、四発目が肩口を掠める。リスキィは肘を軸に右腕を振り子運動のように動かし、拳銃を放る。左手で受け止めると、暴れる銃口を抑えるために一度射撃をやめたキリムラに反撃する。


 だがキリムラはその反撃を読んでいたかのように、四点射を終えると扉の陰へ身を翻していた。銃弾は近くの壁をむなしく抉る。


 その隙にリスキィは扉からは直接狙われない、右側座席にイスをバリケード代わりに立てこもった。ここならキリムラは指令席部分から身を乗り出さないと狙えない。ここで立てこもっていれば時間は稼げる。


 時間だけは。


 だがそれを稼いだところでどうしようもない。


 被弾三発。内一発は内蔵まで到達している。時間制限が課せられているのはむしろリスキィ側なのだ。キリムラ側はこちらが戦意を喪失するまで適当に相手をしているだけで勝利は確定する。


 初弾が着弾した時点で勝敗はすでに決まっていたのだ。あとはこのロスタイムをやり過ごすだけ。


「どーしよっかねぇ……」


 唯一の出入り口は抑えられている。排気ダクトのような分かりやすい脱出路の類はなし。となると正面突破しかない。指令席から操作各席まで降りる経路は操舵室両端に二カ所。馬鹿正直に正面から向かうよりはリスキィ側の階段を上がって指令席まで最前線を押し上げるほうがいくらか勝機はあるだろう。


「だめだな」


 それは相手も承知のはずだ。階段を上る音がしたら即突入されて射殺される。


 キリムラを形だけでも入り口に釘付けにしておくために発砲する。右腕が負傷しているため、弾薬補充もままならない。弾倉内の九発が全てと考えた方がいいだろう。


 それ以前に出血の問題もある。止めどなく流れる血液の川が砂時計のように、リスキィの命の残量を計っていた。


 照準を狙う腕が早くも重く感じ始める。発砲。あと八発。


 頭の中で作戦を立て、それを否定しての繰り返し。強行突破も今の体ではままならない。あと七発。


「ねぇなに!? なにがどうなってるの!? 何であたしこんなことになってるの!? あんた誰!?」


 おまけにズボン背部の機械音声がキンキンと頭に響いて苛立ちを倍増させる。


「うるせぇ!」


 銃を握ったままの左手で器用にシャツの袖をめくり、薬指をトリガーガードにかけ、力任せに引き抜いて放り投げる。間髪入れずに照準を入り口に向け発砲。残り六発。


「そもそもお前のせいでこうなったんだろうが! なんだお前! なんで銃がしゃべるんだよ!」


「なにそれ私のせい!? こっちは命の危機が去ったと思ったら体が銃になってるわ汗臭いわ殺し合い始まってるわでさんざんなんだけど! なによこれあんた説明しなさいよ!」


「知るかぁ!」


 その慟哭がとどめとなったようで。


 視界が白みはじめ、ついに自力では腕を上げていられなくなる。イスの手すりに腕を固定し、無理矢理に照準を保った。


「やべぇ、よけいな体力使った……」


 負傷やこの異常な状況が冷静な判断を失わせていた。


「ちょっ、なによあんた怪我してるの? 死にそうじゃない! 頑張ってよ! あんた死んだら私あいつに連れていかれるじゃない!」


「知らねぇよ……」


 言いつつ発砲。やはり照準がうまく合わせられない。扉から大きく逸れた。残り五発。


「しくじったな……」


 どうせ被弾するのなら突っ込んだ方が袋小路にならずにすんだだろう、と結果論に思考が逃避しだしている。この状況を逆転するにはなにより体力が足りない。


「どどどどうしよどうしよどうしよどうしよ何か何か何か……」


 傍らに転がっている銃は思案を巡らせていることを表示しているかのように同じ言葉を繰り返している。


 ついには引き金さえ引くのが億劫になってきている。そろそろ悪あがきも潮時だろうか。せめて最後に自分に引導を渡すぐらいの力は残しておきたい。残り四発。


「……すまねぇ、みんな。俺、どうやらここまで」


「あ!」


 死を覚悟して残されたもの達に届かない最後の言葉を呟こうとしたところで、またもや甲高い機械音にかき消される。


「なんだよ」


「なんとかなるかもしれない!」


 リスキィはその言葉の意味が理解できる程度にはまだ意識はあった。だが手も足もない、ちょっとばかし大きな銃器が具体的になにをするのか、予想できるほどの思考能力は残っていなかった。


「言ってみ?」


 ただとりあえず聞いてから自害するかどうか判断することにした。


「あんた、この銃で自分を撃ちなさい! あとは私が何とかするから!」


 返ってきた答えは自害とさほど違いはなかった。獲物の違いしかない。


「何とかって?」


 問いながらも発砲。最早当てることは考えておらず、こちらにまだ抵抗の意志が残されていることを伝える以上の意味はなかった。それでも相手が突っ込んでこないのは、手負いの獣を迂闊につついて反撃を受けるのを嫌がっているのだろう。


 威勢の良かった銃は途端にしどろもどろになる。本人でさえ今の状況を把握出来ていないようなので当然だろう。


「それは、その、うまくは言えない。なんか手順的なものはわかるんだけど、一度同じ目に遭っただけだから、上手くできる保証はないし、そのまま死ぬかもしれない。けど」


 だがその先は、一種の覚悟に支えられた確固たる言葉だった。


「やらなければ死ぬ。やっても死ぬかもしれない。結果は同じ。手段が違うだけ。そうでしょ?」


 そして後者の手段ならば、生き残るための可能性がわずかながら存在する。


 そのために自分を撃てという大きな矛盾をはらむ選択に、リスキィは思わず口元をゆがめるのだった。


「いいね」


 三発残っていた弾丸も全て撃ちきってしまう。


「そういうの、嫌いじゃない」


 その賭けに乗った、もう引き返せないということを、自分に言い聞かせるためにとった行動だった。


 イスに拳銃を放り出し、床に落ちていた物言う銃を拾い上げ、自分の腹部に当て、躊躇なく引き金を引いた。


 最後の記憶は、ぷしゅんという火薬を推進力に使わない銃器特有の妙に気の抜けた発射音だった。

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