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反射的に拳銃を構える。
「……ん?」
入ってきた人物は予想と違う光景が広がっていることを怪訝に思ったのか、眉をひそめる。
非常電源の淡い青に照らされるのは軍服。機能性と防塵防弾性の両立をはかった結果採用された、前時代のスレンダーなスラックスとベスト。右手には各国の軍で正式採用されている小機関銃。あつらえたかのような一寸の遊びもなく整えられたその装備一式は、調和を通り越し、持ち主と服、併せて一つの存在であるかのような違和感ととある遊び道具を連想させる。
「誰だお前は」
玩具の兵隊。
「俺はこの周辺区域を担当しているダストマン、アンジュ・ティンバーレイク。担当区域に空から輸送艦が降ってきたんでな、救命救助のため侵入させてもらった」
軍人の瞳の色が変わる。不審人物を見る疑念から、最下層民を見る侮蔑の眼光へと。
「そうか。私はショウゴ・キリムラ。この通り軍服を来ているが、階級はない。一応退役した身なのでな」
ショウゴ・キリムラ。
その名は上界下界問わず知らない者はいな、侵略戦争の英雄。現在は国際連合軍を退役し、表向きは避暑地に別荘を用意され、優雅な余生を送っているとされている。
だが裏世界を生きる者たちの間では、彼は未だ政府の案件を秘密裏に請け負っているとささやかれ、戦場で彼の姿を見たと主張する者もいる。
リスキィ自身、彼らの話は戯言だと思っていた。
今この瞬間、彼の姿を目の当たりにするまでは。
「……征服戦争の英雄と、まさかこんなところで出会うなんてな。良いのかい? そう簡単に名乗っちまって」
「構わんよ」
とキリムラはもう答え飽きていると言わんばかりの即答だった。
「私は今この時も自宅で読書に没頭している。貴様がなんと言おうとこの事実は変わらんさ」
視線が銃を降ろせと命令している。相手は英雄、こちらは最下層の一介のダストマン。ここはおとなしく従うべきだと判断し、リスキィは銃を降ろす。
ただ、安全装置はかけない。
「本題だ、アンジェ・ティンバーレイク。貴様は人命救助のためにこの輸送艦に侵入した。そしてこの操舵室に入った。それまでに誰も、何も見なかったか?」
疑念。間違いなくキリムラはこの操舵室に抹殺対象が潜んでいることを知っている。そしてその場には自分がいた。
ならば自分が回収対象を盗もうとしていると疑ってかかるのは何らおかしくはない。問答無用で銃殺しないのは、リスキィが身分をすぐに明かしたためと、驕りがあるためだろう。
英雄としての、驕り。
両者の距離は階段を挟んで約五メートル。跳躍すれば一瞬で肉薄できる。
「……俺もまずは操舵室だろうってことでここに来てみたんだが、部屋には誰もいなかった。この大量の血液があるだけだ」
その場から一歩右へ動き、キリムラへと距離を詰めつつ、その場から移動する。キリムラの視線がリスキィから血液へと移り、リスキィへの注意が一瞬途切れる。
完全に警戒を解いたはずがない。だが意識がわずかにでもリスキィから移れば、こちらの動作を察知するのをコンマ数秒でも遅らせることができれば、それだけで勝負を決めることができる。
半歩引いてあった右脚の筋肉が瞬間的に膨張し、そのエネルギーを床へと叩きつけるーー!