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1-4

 艦内に生の気配はない。それは足下を照らす程度の非常灯の淡い青のせいかもしれないし、艦全体を支配する静寂のせいかもしれなかった。


「誰かいねぇのか! いたら返事してくれ! ダストマンだ! 救助に来た!」


 声を張り上げるが、反応はない。既に口なしとなっているのか、なろうとしているのか、もしくはこちらに存在を知られるのが不利益になるのか。


「…………」


 リスキィは腰から拳銃を抜き、安全装置を解除する。銃身をスライドさせ、薬室に弾丸を送り込む。引き金に指はかけずに右手に下げる。


 通路は左右に延びているが、リスキィは左へと進む。目的は操舵室だ。自動操縦であれば話は別だが、艦が墜ちてきたということは少なくとも発進させた誰かがいるということだ。ならばまずは操舵室を捜索するのが理にかなっているだろう。


「む」


 リスキィは床の汚れに気づく。顔を床に近づけて臭いを嗅ぐ。鉄の臭い。血液だ。見つけた者を導くかのように、転々と通路の奥へ続いていた。血の道標は最奥の扉で一度途切れる。


 扉の向こうは操舵室だった。


 足を踏み入れた途端、血の臭いが濃くなる。ここに負傷者が長時間居たことは間違いない。


 操舵室は二階構造で、上段には指令官用らしき席が一つのみで、そこから下段の各操縦席と画面が見渡せるようになっている。どうやら現在は機能していないようだ。指令席のパネルと叩いてみても画面が変化しない。非常電源が点灯しており、足下は判別できる程度には視界は保たれている。


 無論、階段を転々と降りていく血の跡も。


「…………」


 リスキィあえて足音を消さずに階段をゆっくりと下りていく。甲高い金属音。だが室内には何の変化も現れない。


 血の跡はどうやら操作席の一つで終着しているようだった。足下のペダルを踏み、座席を後ろにスライドさせて空間を広げる。


 中には誰もいなかった。ただ、生命を脅かすには十分な量の血だまりのみ。


「ん?」


 その血だまりの中に、何かが浸っている。


 リスキィは血だまりに手を伸ばし、その何かをつかみとった。


 第一印象は重い、だった。大人でも片手に長時間保持するのはなかなか辛そうだ。次に感じたのは固い。


 非常電源の淡い青の光で輪郭を判別し、リスキィはそれが何か理解した。

 銃だ。


 ただ銃と解ったのはその物体がバレルとグリップ、トリガーで構成されていたからで、細部は一般的な銃とは異なる。違和感は主にバレル部分。グリップの大きさからして片手拳銃という分類に入るのだろうが、バレルが不必要なほどに太く分厚く大きい。銃弾の軌道を安定させるためのバレルがこれだけ大きいとろくに狙いも付けられたものではないだろう。


 そして後部。撃鉄がない。つまり火薬を推進力とする従来の銃弾は使えないということだ。レールガンやリニアガン、コイルガンなど、火薬を必要としない銃器も発達こそしているが、実用化されているのはアサルトライフルのような体全体で構えるサイズまでで、ここまで小型化に成功したとは聞いたことがない。


 ということは。


「この新型の拳銃を巡って上界で一悶着あった、ってとこか」


 どこかの国の技術スパイがどこかの国のこの新型を盗みだそうとしたところ負傷、命辛々この輸送艦に逃げ込んだら艦が大破して下界アンダーワールドに墜落してきた、といったところだろう。なぜ艦のエンジン部が内側から爆破されたのかなど疑問点はあるがそれを考えたところで結論はこの場では導けない。


 問題はその戦利品らしき拳銃が放置してあり、大量失血しているはずの技術スパイの姿が見当たらない、ということだ。搭乗口は開いていたので逃亡したとみるのが妥当だ。だがその場合、なぜ負傷を負うきっかけとなった戦利品をこの場に放置しているのかがリスキィには解らなかった。ここまで血を流してまで手にしたのならなにが何でも完遂させてやると意地になりそうなものだが。


 ただ新製品らしき銃はこの場にあり、持ち出した人間は失踪している。

 ならばやることは一つ。


「ありがたくいただきます」


 この銃は技術スパイが引き続き所持したまま逃走していることにして、リスキィがこっそり失敬する。技術スパイはいずれ見つかり、このことは発覚するだろうが、恐らくその頃にはこの銃の内部機密はおおかた盗み終えているだろうから厳重に処分すればいい。


 そういうわけでリスキィはその銃をズボンのウエスト部分に差し込む。べったりとついた血液が肌につく嫌悪感と大きさと形状故の強烈な違和感は仕方がない。ホルスターには入らないし、なにより他の人間に見つかるわけにはいかないのだから。シャツと上着の袖をなおして多い隠す。


幼年期のころ、輸送艦にこっそり忍び込んで配給のお菓子を盗み出した頃を思い出した。いつもは人一倍食べる息子が妙に小食なのを不審に思った父親に見つかって大目玉を食らったことまで鮮明に覚えている。いいかリスキィ、お前は上界の誰にも見つかっちゃいけねぇんだぞ。なぜならお前はーー

 ーー扉のスライドする音が、リスキィの思考を過去から現在に引き戻した。

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