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3-2

 出来の悪いB級ホラー映画のように、それは曲がり角からぬるりと顔を覗かせた。


 一見は人の顔、の様に見える。ただその造形は人間のそれとは似ても似つかない。似通っているのはその大きさだけで、本来あるべき器官は目しかない。その目も瞼やまつげなどといったものはなく、むき出しの眼球がぎょろぎょろと視線をさまよわせているのみ。あれが目として機能していないことは明白だ。サードデイが走査しても、あの眼球らしき部位に神経などの類はつながっていない。ただ筋肉が人間の視線らしき動きを模倣しているだけだ。内部にも脳や骨の類はなく、得体の知れない体液が詰まってい る。先住民は補食対象に徐々に姿を変えるというリスキィの言葉の通り、あれは人間へと近づく過程の中の一時期なのだろう。だとすればあそこからどのようにしてラズやイガグリのようなアンチェインにまでたどり着くのか、地球の進化論では皆目見当もつかなかった。


 リスキィは身構えるでもなく逃げるでもなく、ただ立って相手の次の行動を待っている。


 相手の反応が返って来なかったからか、先住民は曲がり角から全貌を表した。


 まず手足の合計が四本ではない。身体を支える脚部も物を掴む腕部も四本ずつの計八本だ。足四本で体を支える必要があるということはそれだけ肥大した胴体を持っているということだ。そういった点は地球の物理と似通っているのか、二本では支えきれそうにない、破裂寸前の風船のような図体ずうたいが四本足の上に鎮座していた。体毛もなければ性器の類もない。

 一言で言うならソーセージに爪楊枝を突き刺して手足を、先端にも楊枝を刺して銀杏辺りで頭を象ったような造形だった。


「…………」


 両者の距離は十メートルほど。


 そんな地球の法則を逸した生物を目の前にして、ルミネは言いようのない吐き気のような物を覚えた。それがサードデイがAIに対して与えている警告の一つなのか、それともルミネの人間としての感覚が由来なのかはわからなかった。


 理性が訴える。人間と目の前の生物とは倫理も常識も通じないと。

 本能が吼える。人間と目の前の生物は遺伝子の一片まで異なると。


 ルミネを構成する全てが叫ぶ。解りあえないと。未来永劫、人とこれは殺しあう運命だと。


 だがルミネのそんな直感をよそに、


「ヘイブラザー。迷子かい?」


 そんな人間と先住民のあいの子を自称するダストマンは、サードデイを応急処置で作って右腰に下げたホルスターに放り込み、両手を広げて交友的態度を示した。


「俺の名前はリスキィ・ティンバーレイク。しがない普通のダスーー」


 そんな緊張感の欠片も感じさせないリスキィの口調は、衝撃とともに途切れた。先住民が異様なまでにか細い四肢からは想像もつかない速度で接近し、リスキィの顔面に拳を叩き込んだのだ。


 そんな質量を無視した電撃戦術を顔面に受け、リスキィの背筋が一瞬大きく痙攣する。


 そしてそれだけだった。


「・・・・・・名乗らずに本題に入るのは失礼だと怒るのはよく解るんだがな」


 リスキィの顔面にあった腕が、彼の顔から離される。無抵抗のままその衝撃を受けたと思われていたが、しっかりと左手で受け止めていた。そして数十倍はあろうかと思われる体重差を物ともせずに押し返したのだ。


「名乗ってる奴に殴りかかるのは”なし”だろ、ブラザー」


 口調は厳しいが、露わになった顔には怒りの表情はない。生徒に諭す教師のような態度だった。


 その顔面に二発目が叩き込まれる。


「やーめろって」


 今回は察知していたのか、初撃より若干の余裕を持って受け止めた。


「怒ってんのかい? 怯えてんのかい? それとも両方? あんたの気持ちはわかるぜ、ブラザー。自分たちの土地をいきなりやってきた奴らに取られたらそりゃ怒るよな。こんな迷路みたいな所に迷い込んだら内心チビりそうに決まってる。そんなときにこんなナリした奴が出てきたらそりゃあ仕掛けるよな。でも大丈夫だブラザー。俺は敵じゃない」


 十数倍はありそうな体重差を物ともせず、リスキィは先住民の両腕を押し返す。そうして出来た両者の空間に顔を突っ込み、先住民の焦点の定かではない眼球に真摯な光を宿した目で語りかける。


「出口なら教えてやる。だから今回は退いてくれ、ブラザー。今はまだ虐げられた生活を余儀なくされると思うが、俺がいつか必ず変えーー」


 耳元を飛び回る蝿を叩くように、先住民の残りの二本がリスキィの顔を叩き潰した。


 ぶちりと何かが切れる音がした。


「・・・・・・おい」


 リスキィのどこかの血管が切れる音だった。


「いい加減にしねぇと怒るぞ」


 ぼきりと何かが折れる音と甲高い悲鳴が重なり、リスキィの顔面が解放される。


 四本ある腕のうち一本は手首から先がひしゃげ、もう一本は前腕の辺りから体液を噴き出しながら、先住民が逃れるようにリスキィから距離を取る。


「これで最後だ、ブラザー」


 握力だけでちぎり取った先住民の左手を前方へ放り投げ、リスキィは再度平和的交渉を望むかのごとく両手を広げ、戦う意志はないことを強調する。


「俺の言葉が解るなら同じポーズを取ってくれ。そうしてくれたら出口まで案内する」


 先住民は体のどの部位から発しているのかよく解らないくぐもったうめき声を上げながら無事な二本の腕で損傷の激しい二本をかばいつつ、こちらを警戒するように身構えている。


 先住民の唸り声だけが控えめに自己主張する、静かな時間。


 やがてリスキィに追撃の意志がないと判断したのか、先住民は傷ついた両腕をかばうのをやめ、空いた二本の腕をおずおずと広げだした。唸り声もそのトーンを下げている。痛みに対する耐性が高いのだろうか。


 意志が伝わった喜びからか、リスキィの顔に笑みがあふれた。


「解ってくれたようで何よりだ、ブラザー。ついてきてくれ、出口はこっちだ」


 お互いに戦う意志がないことを共有したリスキィは先住民にくるりと背を向け、感情を放出するかのように全速力で駆け出す。


 違う。


 突き飛ばされたのだ。


 背を向けた瞬間、好機と判断した先住民は先ほども見せた身体能力を生かしてリスキィの背後をとり、その圧倒的な質量に速度を乗せて突撃したのだった。


 数十倍近い体重差の相手からのタックルを無防備な背に受け、リスキィの背骨が軋む。肺の空気が体内から押し出される。骨格が歪み内蔵が悲鳴を上げ、リスキィはきりもみになりながら吹っ飛んでゆく。


 そして為す術もなく地下街を支える円柱に激突して圧死――しなかった。


 くるり、と。


 衝突の寸前、意識を失い空気抵抗の成すがままに遊んでいたリスキィの四肢は突如として自律を取り戻し、空中で体勢を変え、円柱に足から突っ込む姿勢へ。最初に円柱に触れた足はその衝撃を殺すため、足首、膝、股関節が限界まで稼働する。続いて両手が円柱に到達。同じく各種関節が胴体への衝撃を和らげる。


 そうしてリスキィは獣のような動作で円柱に”着地”してみせたのだ。


「ああ、そう」


 肺に僅かばかりの空気を取り込み、リスキィはそう発音する。


 柱への勢いが完全に相殺され、次の瞬間には落下運動に入ろうかというその僅かな間、リスキィは前方、突撃を終え体勢を整えている先住民を見据えた。


 その瞳には先ほどの好意的な感情は消え失せており、代わりに別の感情に満ちていた。


「じゃー死ねよ」


 それは侮蔑を含んだ冷たい殺意。


 リスキィのその言葉がまるでスイッチであったかのように、サードデイの感覚器センサーから人間の反応が消失し、代わりに先住民のそれが現れた。

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