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2-9

 リスキィはキーボードを叩く。パソコンの片隅に小さなウィンドウが現れ、SOUND ONLYと表示された。


「よう、叔父貴。元気ですか? 僕は元気です」

「ふざけとる場合かっ! 貴様自分が何をしたのかわかっているのか!」


 重低音の怒声がスピーカーを振動させる。リスキィは不快そうに眉をひそめ、音声パネルを呼び出して操作し、イコライザーで低音をカットした。


「墜落した輸送艦内に死の危機に瀕している人命がいる可能性を考えて艦内に潜入しました。そしたら内部にいた侵略戦争の英雄になにを勘違いしたのか射殺されそうになりました。大人しく殺される訳にもいかなかったのでやむなく相手の延長五体を破壊しました。

 正当防衛じゃん。俺なにもおかしいことしてねぇよ?」


 リスキィは両手を広げ、不満そうな表情で不服を訴えるポーズを取ったが、映像は出力されていないので相手に伝わるはずはない。


「・・・・・・大破した輸送艦からは、英雄が護送していたある重要機密が失われていた」


 低音が押さえられ若干通りの良くなった叔父の声が、リスキィの鼓膜を貫いて表情を凍らせる。


「お前が盗んだんだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」


 リスキィは答えない。今この場で嘘をついても、自身の立場を危うくするだけだからだ。


「・・・・・・そうか」


 その沈黙を肯定と受け取ったのか、叔父は失望の意を込めたため息をつく。


「なぜそれを盗んだ・・・・・・とは、聞くまでもないだろうがな」


 ダストマンによる惑星の清掃は、先住民がほぼ絶滅したという「前提」のもと成り立っている。各種資源を地中に戻し再開発を可能にするだけなら、西暦二千年頃の技術で十分なのだ。それに加えてダストマンの反逆や、わずかに残っている先住民に上界の技術が奪われることを未然に防ぐため、現在上界で使われている技術の多くは下界には存在しない。仮にダストマンが先住民の生き残りによって捕食されたとしても、その生体反応が消えた地点に延長五体を送り込む方が効率がいいのだ。


 上界の、しかも最新技術が詰め込まれた重要機密。


 それが目の前に転がっていたとしたら、国際指名手配という多大なるリスクを考慮しても拾う価値はある。


「いいかリスキィ、今すぐそれを手放せ。そうすれば、アンジェ・ティンバーレイクという名前は捨てることになるだろうが、お前は変わらずダストマンとして生活を続けていける。そう出来るように尽力してやる」

「確約はしてくれねぇんだな」

「茶化すなこの大馬鹿者!」


 カワサキの喝が衝撃波となってスピーカーから放たれ、リスキィに衝突する。


「……異形軍隊スパルトイだ。奴は、キリムラショウゴは本気でその集落を破壊する気でいる。奴には出来るだけ関わるなと口を酸っぱくして言い聞かせただろう?」


 自身が我を失って怒鳴っていたことに気付き、カワサキは大げさなぐらい声を潜める。恐らく職場から偽装を重ねた回線で通信しているのだろうが、物理的な距離を隔てて聞かれたら意味をなさない。


「お前の目的は何だ? その武器はそのためには絶対に必要なものか? 違うだろう。今はリスクをとるべき場面じゃない。それぐらい今お前が置かれている状況はマズいんだ。代わりの身分ならいいものを偽造してやる。だから今回は退くんだ」


 恐らくこのカワサキという男は、リスキィと深い信頼関係にあるのだろう。国際指名手配犯となってしまったリスキィを継続的に支援していたことが発覚すれば、失脚どころか投獄され全てを失いかけない。そのリスクを負ってでも、リスキィがこれ以上立場を悪くしないよう尽力する。どういった見返りが彼にあるのかわからないが、恐らくそういった利害関係を越えたものが二人の間を結んでいるのだ。


 ルミネは最早絆と呼べるレベルの関係を構築している二人を感心すると共に、自分の身の行く末についての漠然とした諦めの感情が胸中を占めていた。


 リスキィにとって最前の選択は、サードデイを差し出すこと。その後カワサキの策により新しく赴任するダストマンとしての身分を偽造してもらえば、今までと遜色のない生活を送れる。自分は上界に送り返され、サードデイのAIとして一生を終えるか、元々入っていたAIよりも性能が悪いため、消去されてしまうかもしれない。


 この仕事を請け負った時点で、この運命は決まっていたのだろうか。


「……すまねぇな、叔父貴」


 不思議と感情は波立たない。いくら咆哮しようが慟哭しようが涙も鼻水も出ないからか、それとも人格が機械の体に順応して感情を切除しつつあるからか。


「その提案は受けれねぇよ」


 その一言は、ルミネを少しだけ人間に引き戻した。


「……貴様、自分がなにを言っているのかわかっているのか?」


「ああ、十分に理解している。このまま俺がこいつを持ってりゃ英雄に狙われ続けることも、下手すればこの地下街丸ごと潰されることも、更には叔父貴との関係がバレる可能性まであるってことも。だが俺はこの銃が俺の目的の役に立つからだとかそんな身勝手な理由で持ち続けるんじゃない。こいつは今ものすごく困ってる。そして俺はこいつに命を救われた。なら俺がこいつを助け返して借りを返すのは当然の帰結だろうよ」

「……お前、自分がなにを言っているのか」

「よーく理解してるぜ。馬鹿げた選択をしてるってことはな。だが俺の親父は『借りを作ったらのし袋つけて叩き返せ』って俺を躾けたんだ。ここでこの銃を返せば親父の教えを否定しちまう」


 リスキィは立ち上がって上半身を大きく反らすと、勢いを付けてデスクに頭を叩きつけた。スチール独特の鈍い音が響く。恐らくは音声のみの叔父に対して土下座していることを伝えるためだったのだろう。だが衝撃でパソコンが跳ねる程の勢いでぶつける必要はなかったのではないだろうか。


「すまねぇ叔父貴。今は返せねぇ。だが必ず返す。もちろんもう叔父貴の手は借りねぇ。自力で何とかする。だから叔父貴はこの通信をもって俺とは手を切ってくれ。今までありがとう。ごめん」

「おいーー」


 叔父の反応を待たず、リスキィは通信を打ち切る。部屋に静寂が戻り、リスキィは糸が切れたかのようにチェアに倒れ込んだ。


「あーあ、やっちまった。叔父貴言ってる意味わかんなかっただろうなぁ……」

「ねぇ」


 天井を仰ぐリスキィに、ルミネが呼びかける。


「血、出てる」


 リスキィが額に手を当てると、ぬるりとした感触が得られた。


「放っときゃそのうち乾くよ。さぁてどうすっかね……」

「……どういうつもり?」


 周囲に拭くものがないため血の付いた手を持て余していると、ルミネが問いかけた。


「あん?」

「何で私を助けるのよ。この銃を差し出せばあんたは助かるじゃない」

「差し出して欲しいんなら喜んで差し出すぜ?」

「・・・・・・・・・・・・」


 言葉に窮するルミネの様子に、リスキィは苦笑する。


「心にもないならそんなこと言うなよ。これは単なる俺の生き方だ。借りたもんは返す。あんたは俺の命を救ってくれた。命一個分の恩義は命一個分の報いで応じる。それだけの話だ」


 部屋の扉がノックされる。リスキィが返事をすると、禿頭の男性がトレイを持って入ってくる。リスキィがイガグリと呼んでいた男性。トレイの上にはサンドイッチと形容しがたい黒い何かが二皿、手を拭くためのおしぼり。イガグリは一歩でリスキィの元まで近づくと、トレイを差し出した。


「サンキュ。昼飯まだだったんだ。こっちのカロリーとしての意味を成してそうな方にするわ」


 リスキィは微塵の迷いも見せずにサンドイッチの皿とおしぼりをとる。血をおしぼりで拭き取り、サンドイッチを口に押し込み始めた。


「そっちの黒いのはラズ作だろ? 多分パンと具はイガグリがあらかじめ作ってあるやつ」


 イガグリが頷く。


「出来合いのものを挟むだけなのになんでそうなるのかね? あいつの手、毒でも分泌してるんじゃね?」


 イガグリは肩をすくめた。


 そんな世間話をしている間に、リスキィは十切れ以上あったサンドイッチを詰め込んで飲み込んでしまう。


「ごちそーさん。ついでに一つ頼みごとしていいかね?」


 イガグリが頷く。


 リスキィはここに至るまでの顛末をかいつまんで話した。イガグリは時々理解していることを示すかのように頷くのみ。下手をすればこの街にも危険が及ぶ可能性があるのだが、動揺やリスキィを責めるそぶりは見せない。案外日常茶飯事なのかもしれない。もしくは、それを解決してきたリスキィへの信頼か。


「って訳でさ、当分本業はお休み。こいつの体盗んだ張本人を捜すから、手伝って欲しいんだ。つーわけで、街のみんなには上界にバレない範囲で見慣れない女がいないか探して欲しい。見つけても絶対に手出しはせず、俺に報告してくれ。あとは俺が何とかする」


 イガグリは頷いた。そのまま引き返すかと思ったが、体を乗り出してデスクの上のマウスを握り、ソフトを一つ起動させる。表示されたのは地図。恐らくはこの地下の全体図だろう。イガグリはその中の一点にマウスを止めた。


 その一連の動作だけでリスキィは全てを察したようで、頭をバリバリとかきながらため息をついた。


「まーた野良が迷い込んだのかよ。解ったよ。ちょうどこいつの調査ももう少ししたいところだったしな」


 リスキィがチェアから立ち上がり、床上のがらくたを足で蹴り飛ばしながらストレッチを始める。イガグリはパソコンが何かを受信したことに気付き、リスキィの肩を叩く。


「どうした?」


 イガグリが画面を指さす。受信したのはメールのようだった。差出人は「…」。それだけでリスキィは何か感づいたのか、わたわたとメールを開く。本文はなし。添付されているファイルが二つ。その二つのファイル名を見ると、リスキィは拳を握り、吼えた。


「愛してるぜ叔父貴ィィィィィィィ!」


 添付ファイルは偽造された上界の住民票と、サードデイに関するデータだった。

ラストは短いといったな。すまんありゃウソだ。

師走特有の忙しさのため12月末まで更新できません。

今のうちの先の展開考えときます。

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