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2-7

「今は自分の置かれている状況を何とかすることだけを考えろ。な?」


 ルミネが応答する間を与えず、リスキィはデスクに無造作に投げ出されていたルミネ、もとい銃を取り上げる。


「しっかりと検分するのはこれが初めてだな……」


 見れば見るほど奇妙な銃だった。

 まずその大きさ。従来の拳銃と比較しても、その二周りは大きい。小型のショットガンと表現した方が近いだろう。

 加えて重い。この場に重量計はないが、十キロは軽く越えているのではないだろうか。まず一般兵が構えて取り回せる重さではない。延長五体であれば重さに音を上げることはないだろうが、人体の範疇を越える動きの出来ない延長五体にこれを持たせたところで長時間の活動は無理だろう。となるとやはり体幹を使って運用すると考えるのが妥当か。

 極めつけはその形だ。従来の大型拳銃のバレル部分は粘土でぺたぺたと飾り付けたかのように肥大化している。重量の主な原因はこの部分だろう。ただ無骨な流線型という訳ではなく、先端部は細く絞りトリガーに向かうにつれて膨らんでいる。何かを象っているのか。


「…………」


 リスキィは間違っても引き金に触れないよう注意しながら、その銃の正面から向かい合う。

 バレル部分の上部のやや後ろに赤いセンサーらしき小さな構造物が二つ。試しにその部分を手で覆ってみる。


「おいやめろ暗い」


 ルミネが苦言を呈する。どうやらこのセンサーはいわば銃の視覚らしい。その二つのセンサーを目だとすると、この銃の奇妙な流線型にも段々と意味が見いだせてくる。


「……オオカミ?」


 かつて地球に生息していた、高貴の象徴とされた獣。リスキィは画像で見たことがあるのみだが、鼻先から後頭部までのラインがバレルの膨らんでいる部分と似通うものがあるのだ。数えるほどしかオオカミの画像は見たことがないので、それ以上のことはわからない。そもそも動物を象った武器など聞いたことがない。壁にでも飾るつもりなのだろうか?

 だがそれよりも今はセンサーだ。

 銃に視覚センサーを取り付けると言うことは、それが必要な何らかの知的精神体がこの銃の内部にいた可能性が高い。


「…………」


 だが今それを徒に口にしてもルミネを動揺させるだけだし、その存在は直に接したルミネが一番よくわかっているだろう。あとでルミネ本人から詳しく話を聞けばすむ話なので、リスキィはこの件を頭の片隅に保存し、銃の調査に戻る。

 本来銃弾の尻、雷管を叩くための撃鉄があるはずの部分には、小さなモニターが埋まっている。指で画面を軽く触れると画面に光が走り、起動画面が表示される。


「……サード、デイ……?」


 画面隅に表示された、オペレーティング・システム(OS)と思わしき文字列をたどたどしく読む。文字自体は初級の英単語の組み合わせ。その意味するのは、


「第三のサードデイ?」


 Third day Ver.1.0。

 父アンジェは熱心なキリスト教信者であった、というわけではない。ただ一般教養として、最低限の聖書の知識は教わっていた。

 聖書曰く、人間を生んだ地球は神という生物の上位に位置する存在によって、七日間で作られた。一日目に空を作り、二日目に海を作り、三日目には大地を分けそこに樹木を生やした。

 つまり三日目サードデイとは大地の出来た日のことだ。ただその名前とこの銃の機能、どうにも関係性があるとは思えない。

 画面に戻ると、右上には時刻と何かの残量が残されている。パーセントで表示されているところを見ると残存電力だろうか。現在は九十パーセント以上を維持している。当面電池切れの心配はなさそうだ。左側には何らかの残量を示すメーター。こちらは目に見えて目減りしている。現在の装弾数だろうか。だとしたら三分の一を明らかに切っているこの量はかなり心許ない。

 そして真ん中ーー。


「……なにじろじろ見てんのよ」


 一人の女の子がとても不機嫌そうな顔で佇んでいた。髪は黒のショートボブ。顔は笑みであれば愛嬌もあるだろうが、今は不機嫌一色で塗りつぶされている。上半身しか見えていないが、当然といえばいいのだろうか、服を着ていない。胸の位置で腕を組んで隠してはいるが、圧迫されてあふれでた乳房が存在感を放っていた。


「はじめまして。俺の名はリスキィ・ティンバーレイク。しがない普通のダストマンだ」

「ご丁寧にどうも。私はルミネ。この通り今裸だからあんまりじろじろ画面を見ないでくれる?」


 対面での会話を拒否されてしまったため、リスキィは画面から目を離す。


「どうなってんだよ。今お前五感はあるのか?」

「考えることは出来る。視覚嗅覚聴覚はセンサーがあるみたいね。触覚と味覚は多分無い目は銃の上部からほぼ画面全体が見渡せるわ。瞳孔を動かさなくても前方位見える感じ」


 ルミネの言葉を信じるのなら、思考と意志疎通のための感覚は残されているということになる。器官も各種センサーが代用されているのだろう。ということはこれらの機能は酔狂でつけられたのではない。装備者との意志疎通と思考が必要だと判断されたから存在しているのだ。

 問題はなぜ必要なのか? ということだ。


「この銃に関して何か中からわかんねぇのかよ」

「うーん……。わかんない」

「いやわかんないじゃねぇよ。なら何でお前は俺の体を治せたんだよ」

「いや、あのね、何とかしなきゃって思ってたら、急に頭の中に、こう、ブワっと思考が流れ込んできた感じ」

「はぁ?」


 言っていることがうまく理解できない。それはルミネも同じことなのだろう。機会音声に明らかな苛立ちが含まれていた。


「閃きってあるじゃない? あれが頭の中じゃなく、外からねじ込まれた感じ。私はじゃあそれをするしかないって思ったら、装置の方で勝手にやってくれたというか……」

「…………」

「パソコンで検索したみたいな。『なんとかしなきゃ』って入力したら、『もしかしてこれですか?』って検索結果が出たから、『じゃあそれで』って感じ。もう知らん。これ以上は上手い例えが思いつかない」

「『じゃあそれで』で俺たちは助かったのかよ……」


 ボヤきながらも、リスキィの脳内では仮説の構築が始まる。

 パソコンで検索するという表現を直接使うなら、操作者が内蔵されたパソコンだと思えばいいということだ。命令に対応して検索エンジンが適切な返答を用意する、実行命令を下せば実行する。恐らく回答結果は常に複数種類出されるのだろう。ルミネはその中から適当に一つ選択し、実行命令を出した。結果リスキィの体は何らかの手段によって修復された。

 問題はその手段がなんなのか、だ。

 これはてっとり早く知る方法がある。


「じゃあもっかいやってみるか」

「は? 冗談やめてよ! あんたまた自分の体撃ち抜く気?」

「んなわけねぇだろ。こいつで試すんだよ」


 リスキィはポケットからあるおもちゃを取り出す。いつの時代も男児の心を引きつけてやまない、身近な物の形を模し、変形機構によってロボットとなるおもちゃ。現在は腰回りのパーツが壊れているのか、下半身がリスキィの手の微細な動きに反応してゆらゆらと揺れていた。


「人間と同条件とまではいかねぇが、そこそこ複雑な構造だしな。こいつで試す。お前は脳内で同じことをやればいい」


 なんとかしろ、という曖昧な命令でも回答策を提示できるのだ。サードデイというOSはかなり優秀な部類にはいるだろう。今回は人間よりも単純な無機物だ。危機的状況というわけでもないので、ルミネもしっかり手順を考察できる。


「……わかった。やってみる」


 ルミネの承認を得て、リスキィは立ち上がり、地面に散らばっていたガラクタを脇へ寄せて空間を作り、そこにおもちゃをおいた。

 最初の行動は、対象物へ銃弾を撃ち込むこと。

 リスキィは引き金を引いた。

 空気音と共に発射された銃弾はおもちゃを粉々に打ち砕き、床へとめり込んだ。


「…………」「…………」


 気まずい沈黙が二人の間を流れる。


「おい」

「えっ」

「えっ、じゃねぇよ! 粉々に砕けてんじゃねぇか!」

「知らないわよ! 引き金を引いたのはあんたでしょ!」

「あんな威力出なかったじゃねぇか! 人体軽く貫通する……」


 何かに気づいたかのようにリスキィの目が見開かれる。


「威力だ」

「え?」

「銃弾の威力だよ。多分この銃は火薬を使わないタイプ。そのカテゴリの中で電力で弾速が調節できるのはレールガンぐらいだ」


 レールガンとは、簡潔に言うなら二本のレールとその間に電導体を置き、電力を流すことで発生する磁力の差を使って物体を撃ち出す構造の銃器だ。その威力は電力の量と、レールの長さによる加速時間に依存する。言い換えるとレールの長さと電力を調節すれば、銃弾の威力を自在に変えることができるのだ。この銃に内包できるレールの長さは限られているため速度には限界はあるが、相応の電力を用意できればハンドガン程度の弾速は得られるだろう。


「つーわけで電力の調整が利くはずだ。ちょっと下げてくれ」


 リスキィはルミネに指示をとばしつつ、粉々になったおもちゃをかき集める。

 二発目は無事、おもちゃ内に留まる。

 条件は揃った。


「よし、ルミネ。なんとかしてくれ」


 あえて曖昧な命令を下す。


「なんか、『貯蓄』と『修復』と『分解』とか色々選択肢があるから選んでくれ、って聞いていた」


 貯蓄と分解が何なのかが惹かれたが、直すと約束したものである以上勝手なことはできない。


「あの時と同じように」


 あえてリスキィは命令を抽象的にぼやかす。前回はリスキィはなにも口出ししていないからだ。


「じゃあ、『可能性の一番高い形への修復』を行います」


 ルミネの宣言と同時に、銃が青白く発光を始める。それに呼応するように、おもちゃも。その光に侵食されたかのようにおもちゃの形が一瞬にして崩れて液体ともつかない形になったかと思うと、質量を失っていく。みるみるうちに消えていくのだ。最後の色まで失われると、そこには人差し指ほどの穴だけが残った。


「『再構築します』」


 銃のたてがみかと思われる部分の青白い光が一層強くなる。光に光が重なってより濃く見えるのだ。つまりはたてがみから新しい光が生まれている。新しい光はたてがみから止めどなく出力され続け、次第に一つの形を構成していく。


「『再構築終了』」


 アナウンスと同時に、青白い光が消失する。中から現れたのは先ほどまで床にあったはずのおもちゃだ。支えもなく重力に引かれて落下するおもちゃを、リスキィは慌てて腰を落として受け止める。


「すべてのタスクを終了しました」


 銃からも青白い光が放散し、すべては実験前と同じ状態になる。ただ一つ違うのは、先ほどまで銃弾に砕かれて粉々だったおもちゃが、ロボットの形としてリスキィの手元にあることだ。

 銃をデスクの上に戻し、おもちゃを検分する。どこも異常は見つからない。試しに変形を試みると、おもちゃの可動部分は円滑に動き、変形前の自動車の形になった。

 完全に直っている。


「すげぇ……」


 リスキィが感嘆の溜息を漏らすほど、おもちゃは時代の流れによる傷や手垢すら見事に再現されていた。

 子供心に驚く脳内の片隅で、技術屋としてのリスキィが目の前で起きた現象を分析するための立論を行っていた。

 知的精神体。

 銃弾。

 青白い光。

 再構築。


「…………」


 脳裏を掠めた結論は、手放しで信じられる物では到底なかった。だが目の前でその様を見てしまったのだ。信じるしかない。リスキィは遂にここまで来たかという科学技術の進歩への賛美か、神の領域ともいえる世界へ足を踏み入れてしまった人間への恐怖故か、大きく身を震わせた。


「リスキィ? 何かわかった?」


 しびれを切らしたルミネに呼びかけられ、我に返る。


「ああ……。誰か知らんが、とんでもねぇもんを作りやがった」


 自分を落ち着かせるために、リスキィは一呼吸置く。


「物質転送装置だ。それも超高性能のな」

 

しばらく説明パート続くよー(ゲッソリ)

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