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「…………」
考えることをやめてしまったかのように沈黙してしまったルミネの様子に、リスキィは苦笑する。
「変態の親父と変態のお袋が出会ってファックしたら俺が生まれた。そうおかしな話じゃねぇだろ」
「いや待っておかしい絶対おかしいって変態って言葉を使ったら異種姦をよくある話にできると思うなよ」
怒濤の如き突っ込みの連打にも涼しい顔のリスキィに何を言っても無駄だと理解したルミネは大きなため息をついた。と言っても肺を持たないため、電子音声で無理矢理「はーあ」と発音しただけだが。
「……つまり」
騒ぐだけでは話が進まないと判断したため、ルミネは一時的にリスキィの話を常識として設定する。ここは下界。人間と先住民が結婚して子供を作るのはよくある話。泣きたい。
「あんたの親父さんはダストマンとして下界に来て、アンチェインのイガグリさん達と出会った」
「この地下街は最初はイガグリが地下鉄とかの空間を利用していた。それを親父が技術を提供してここまで広げた」
「そして親父さんはあんたのお母さんと出会って、あんたが生まれた」
「お袋は俺を生んだ時点で死んじまったけどな。親父も俺が十歳の時に」
その時の様子を思い出したのか、リスキィは口元をひきつらせる。余りいい思い出ではないのが明らかだったので、ルミネは聞かなかったことにした。
「……その時に俺は親父からダストマンとしての職を引き継いだのさ。この位置情報チップも親父のだ」
リスキィは胸元のロケットを開いて、中に収まっている一センチ角の小さなチップをルミネに見せる。電力供給を絶たれているためか、チップは沈黙を貫いていた。
「ロクでもねぇ親父だよ。息子に自分の頭をかち割らせてチップを出させるんだからな」
まるで生きたまま行ったかのような口振りにルミネはぎょっとする。
「まさか生きたままやったの?」
「・・・・・・その中間ってところか。呼吸が止まった段階でやったからな。ひょっとしたら痛かったかもしれねぇ。脳の微弱な電力で動く代物だから、死んでからだと上に反応が消えたことがバレるんだよ」
リスキィはロケットを指で軽く弾いた。ロケットは限界まで漕いだブランコのような挙動で跳ね上がると、再びリスキィの胸元に落ちた。
「だからこのチップは洗浄とかはしてねぇ。親父の干からびた脳漿がまだ着いてる。親父の意志はまだここにある」
ルミネは理解する。上界の目から逃れるためにチップはその役割を終えたが、父親の形見であることには変わりないのだ。
だからこそ、ルミネの心中に疑念が再燃する。
「・・・・・・質問が二つあるわ」
父親の位置情報チップをそのまま使っていたのだから、上界の目を今まで欺いてこれたことはわかる。だが生活必需品を運搬する定期便の乗組員とは必ず接触するはずだし、なにより墜落した輸送鑑内で、キリムラは彼のことを父親の名前で呼んだ。これは彼に関わった人間が全て彼をアンジェ・ティンバーレイクと認識していたということだ。親子だから容姿がにているという言い訳は通じない。ダストマン以外に下界に降りてくるのは基本的に延長五体のみなのだ。彼らはアイカメラで遺伝子情報を取得し、対象を認識する。いくら親子といえど、遺伝子までは欺けない。
彼はどうやって彼らの目を騙し通しているのか。
「悪いけどそれは言えねぇ」
リスキィの拒否には確固たる意志が含まれていた。
「こればっかりは迂闊に漏らすと、どこからバレるかわかったもんじゃねぇからな。バレることで被害を被る人がいるんでね。それは絶対に言えない」
人、という表現にルミネは引っかかりを感じる。
「叔父さん?」
どうやら図星だったようで、リスキィがガリガリと頭をかいた。
「内緒だ内緒。ただ、もう使えない手なのは確かだからな。期待しない方がいい」
もう使えない手となると電源を切った位置情報チップが関係しているのだろうか。ただそれ以上口を出すのは本当に嫌がるだろうと察してこれ以上は追求しないことにした。
「じゃあ、二つ目」
父親の頭を叩き割り、自身の身をも危険にさらしながらダストマンを続け、なおかつ地下に絶滅させるべき先住民を匿っているのは何故なのか。そこまでしてダストマンの地位を維持した割には、侵略戦争の英雄と対峙した際にあっさりと戦闘態勢に入っている。ただあれはルミネが突然叫びだしてしまったことや、キリムラが完全に口封じのために完全に殺る気だったことなど、イレギュラーな要素が多かったため仕方がない部分もあるのだが。
「なにを企んでいるの? クーデター?」
可能性として最もあり得そうな札を切り出す。本来この大地は先住民のもので、人間は突然やってきてこの星に住まわせろと言い出したのだ。その様ないつ全て奪い取ろうとするかもわからない者達と共生出来るはずもない。拒んだ結果実力行使され、最終的には敗北。苦汁を飲み続けた二十年の間により効率よく人類を殺害できるように進化を遂げ、一時的に大地を奪い返すことには成功する。現在はいわば休戦状態なのだ。少なくとも先住民が上界に到達する手段はない。先住民、特にアンチェイン側としては上界に潜り込むことが出来れば勝利は確定しているのだ。そのための手段の一つとして、上界から物資を受け取れるダストマンという地位は容易には捨てがたいものだろう。先住民に友好的なダストマンがいるのなら、是非とも仲間に引き込んでおきたいと考えるのは至極当然だ。
だがリスキィは首を縦にも横にも振らず、悪戯をごまかす子供のように舌を出すのだった。
「内緒」
「内緒ってあんたーー」
「少なくともクーデターとか血なまぐさいやり方で世界を変えようとは思ってねぇよ。俺たちが考えてるのはその一歩先だ。いや、一歩後かな?」
どっちだよ、とルミネの思考が一瞬乱れた隙をついて、リスキィは柏手を一つ打ち、「はいこの話もう終わり!」と話を強引に打ち切った。