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ポメラのデータが飛んで書き直していたので遅れました。申し訳ありません。
あとしばらく忙しいので今後二日に一度の更新は無理です。ご了承ください。
リスキィは考えを巡らせるかのように手を頭の後ろでくみ、目を閉じて背もたれに体重をかける。
「ならまずはこの街のことから話すか」
「ああそれ、一番気になってた。あの人達は誰? みんなダストマン?」
「先住者だよ」
事も無げにリスキィは答える。
「・・・・・・冗談はよしてよ。教科書に載ってた先住民は、なんかもっとこう、怪物だった」
「今からだいたい三十年ぐらい前のあの日、何で人類は下界を放棄したと思う?」
「それは反惑星開拓派のテロ組織が全世界的に細菌テロを起こして、下界はウイルスが蔓延して人が住めない環境になったからでーー」
「たかだか五年で惑星全土に蔓延したウイルスは死滅しねぇよ。それは上界の上の奴らの嘘だ。市民に知られたらヤバいってレベルじゃねぇからな、先住民が人間に変異したなんて」
「いい加減にしてよ! 生き物がたった二十年でそこまで変異できるわけないじゃん!」
ルミネの機械音声に険がこもる。心なしか本体も軽く発熱しているようだった。
「なら証拠をお見せしようかね」
リスキィはパソコンを操作し、デスクトップ上の書類のアイコンをクリックする。少々の読み込み時間を経て表示されたのは、「日誌」と簡素な題名がつけられた膨大な量の文書だった。
「日誌・・・・・・?」
「うちの親父が下界にきてからつけてた日記だよ。イガグリ達と出会って意気投合したことも書いてるな」
言いつつも、リスキィはページ上部の空欄のページ番号を入力し、指定ページに直接飛んでしまう。どのページになにが書かれているか把握しているようだ。
「このページ。親父とイガグリ達が協力して行った実験についてかかれてる」
「実験?」
「先住民のな。親父とイガグリ、あとは協力者数人で、一匹の先住民を捕獲したんだ。写真あるぞ」
リスキィは該当ページ下部に移る。
そこには画像データが直接張り付けられていた。
被写体は人間ではないのは明らかだ。まず異様なまでに長い胴体に手と足が四本ずつある。判別がついたのはその被写体が檻の中に入れられていて、後方の四本で体重を支えながら残りの四本で鉄格子をつかんで脱出を試みていたからだ。手足は多いくせに頭部らしき部位は見えない。触覚のない百足とも言えそうだが、全身を覆う肥大化した紫色の筋肉がそれを拒んでいた。
「実験内容は至極単純。単独で奴を押さえつけられる奴が交代で奴の目の届くところで監視し続けるだけ。それによって先住民がどういった身体の変化を行うかを記録する。もちろん三食に糞尿の掃除付き」
実験体のどこに目があるのかとルミネはつっこみたい衝動に駆られたが、話が進まないので黙っていた。
「観察一ヶ月目。早速変化が現れた。手足それぞれ二本が退化を始めた。それに伴い、二足で支えきれるようにするためか、身体も縮み出す」
ページがスクロールされ、次の写真が表示される。一目で判別できるほどに手足の一部が縮んでおり、尻尾のように延びていた胴体の一部も短くなっている。
「二ヶ月目。手足の退化が完了、完全な二手二足になる。
三ヶ月目。胴体も縮小を終える。これだけ見ると首切り死体を放置しましたと言い張れないこともない。
四ヶ月目。胴体の先端に目らしき器官が形成される」
次の写真が表示される度に、実験体はまるで誰かにこねくり回される粘土かのようにその形状を著しく変化させていく。
「五ヶ月目。今後は鼻、口、耳が形成される。顔という独立した部位を作るという発想はないらしい。感覚器が胴体にできた辺りから、監視の際に意図的に独り言や歌を歌い、実験体に言語を習得する知能があるか確かめる。
六ヶ月目。ごく短い単語の発音を確認。音声ファイルも残ってるな。聞いてみるか?」
「いや、いい」
ルミネは即答した。あんな怪物から美声が聞けるとも思わないし、何よりも怪物の写真を連続で見せられて、消化器もないのに若干吐き気がしていた。
「一年経つと短い単語なら発声できるようになった。この時点で実験を終了、実験体を処分。献体を解剖してみたところ、身体の構成要素が実験前より人間に近くなっていましたとさ」
リスキィは画面右上の赤いばつボタンを押し、文書を閉じた。顔色が優れないところを見るとあまり見ていて気分のいいものではないのだろう。
「先住民ってのはな、どうやら捕食対象に姿形を似せようとする性質があるらしい。地球の生き物でいえば疑似餌とか擬態に近いな。同類だと思わせて確実に殺せる距離まで接近する。日誌のはイガグリ達のその言葉が真実なのかどうか、客観的に確認するための実験だった。結果はごらんの通りだ。人類が下界を開発していた二十年の間にも、決して少なくない行方不明者がいたらしい。一代じゃあ完全にうり二つってのは無理だろうが、対象のDNAを定期的に摂取し、相応の代を重ねた結果が、”あの日”だったってわけだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。その理論だとあんたやあんたの親父さんが先住民と仲良さ気にしていたのと矛盾するじゃん!」
「そこは完全なイレギュラーだ。仮説はあるが、確固とした裏付けがあるわけでもない」
事も無げにリスキィは言う。ルミネはその言葉を聞いた途端、扉の向こうで誰かが聞き耳を立てているかのような強迫観念に駆られた。
今ここは捕食者の巣の中も同然なのだ。体が金属の塊であるのが不幸中の幸いといえるが、不幸であることに変わりはない。
「イガグリ達はな、人間に近づきすぎたんだ。先住民としての本能で、人間にうまくなろうとしすぎて、人間としての心まで持っちまったんだとさ。だから人間を食えなくなった。そうなると先住民として生きていけるはずがないから、そういう奴らで集まってこうして地下に集落を作ったのさ。地上だと上界にばれたら問答無用の皆殺しだからな。そいつらに出会って意気投合して、文明を提供したのがうちの親父だ。
親父は先住民を二種類に分類した。従来の人間を捕食する先住民を、この星の食物連鎖を保持してるってことでチェイン。イガグリ達みたいに、人間同然になっちまった奴らを、食物連鎖から追い出されたってことでアンチェイン。この地下街にはアンチェインしかいねぇよ。俺と親父が食われてねぇからそこは大丈夫だ」
地下街にはアンチェインしかいない。リスキィのその言葉は、ルミネに一つの疑問を抱かせる。
ダストマンは下界に着任する際、血縁の者で希望者は同行が認められるが、一年後の生存率が三割を割る死地に家族を引き連れていこうとする者などいるはずもなかった。
リスキィの父親は単身下界に降り立ったことになる。
母親がいないのだ。
身の毛もよだつような、ある仮定をのぞいて。
「あ、ああ、あんたの母親って、もしかして・・・・・・」
その先の言葉がつっかえて出てこない。
「ああ、俺のお袋? アンチェインだぜ?」
リスキィの口調は、なにを気にすることがあると言わんばかりに平然としていた。
「俺は人間と先住民のあいのこだよ」