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久方ぶりの強い光にリスキィは明順応を起こし目をつむったが、目という器官を持たないルミネはいち早くその先に広がっている景色を感知できた。
空間はそれほど広くはない。実際の面積はサッカーグラウンドが入るぐらいなのだろうが、所狭しとひしめく家屋がその空間に狭いという印象を与えるのだ。天井の四方にはライトが備え付けられており、それが空間に十分な光を与えていた。
そして往来のための道や僅かに残された広間では、遊ぶ子供達や歓談に花を咲かせる女性達、賭けるものなどはなく淡々とカードに興じる男達が思い思いの時間を過ごしていた。見える範囲でざっと数えて二十人ほど。建物の数から推測するに、総人口は百人程度だろう。
「街……?」
思わずそう呟いたのは、その集落が余りにも整っていたからだ。住民の着衣に着古した様子こそあるものの大事に着られているようだし、建物もコンクリートはむき出しで上界の建設物には遠く及ばないものの、一定の強度は保持している。住民の顔にも慢性的な疲労などは見られず、日々を生き生きと過ごしているようだった。
地下街。
そこはそう表現するのに十分だった。
リスキィはそんなルミネの驚いた様子に満足そうな表情を浮かべ、街の中へと歩を進める。
街の住民は侵入者を察知して一瞬警戒するが、それがリスキィだとわかると一様に警戒を解き、口々に声をかける。
「あらリスキィ、今日は来る日だったかしら?」
「いんや、ちょっとヤボ用があってね」
「おうリスキィ、面子足んねぇんだ、一局どうだい?」
「悪ぃ、今取り込み中なんだ、他の奴誘ってくれ」
「リスキィ!このおもちゃまた壊れた!」「壊れた!」
「またかよ、壊れたじゃねぇよ壊したんだろ。今忙しいんだ、他の遊びしてろ」
「えー」「えー」
「えーじゃねぇよ、かあちゃんにまた壊したことチクんぞ」
住民の声を軽く交わしながら、リスキィは足早に路地へと入る。
足を止めたのは町中でも一際大きな建物。
両開きの扉を押して入る。点在するテーブルとイス、奥にはカウンターと棚に陳列された酒瓶。バーだ。カウンターの奥では開店準備中なのか、禿頭の眉間に深い皺を刻んだ初老の男性がコップを磨いている。男性はちらりとリスキィを見たので、リスキィは挨拶の意を込めて軽く手を上げた。
「リスキィ!」
入店者に気づいた一人の女の子が、満面の笑みでリスキィの胸に飛び込む。
「ようラズ、元気してたか?」
リスキィはラズと呼んだ、褐色の肌で黒のロングスカートに白のブラウスの、いかにも給仕といった出で立ちの少女を片手で器用に受け止めた。
「あたしは元気!街も異常ないよ!」
満面の笑みの少女はころりと怪訝そうな顔へと表情を変える。
「でもどうしたの? 今日は来る日じゃないよね?」
「ああ、ちょいとごたごたに巻き込まれちまってな。当分上には戻れそうにない」
「そっか・・・・・・」
瞬く間に顔を曇らせた少女をあやすように、リスキィはラズの頭に手を置いた。
「どうした? 何か欠品でも出たか?」
「うん・・・・・・」
「大丈夫だ。さくっと解決してまた持ってきてやるよ」
ラスの頭から手を離し、リスキィは店の奥へと進む。
「イガグリ! 奥の部屋使うぞ!」
イガグリと呼ばれた禿頭の男性がコクリと首を縦に振る。
奥へと続く通路の一番奥の部屋。ポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込んで回し、リスキィは部屋に入った。
勝手は知っているらしく、部屋の壁のスイッチを一発で探り当てて点灯する。
六畳程度の窓のない部屋の隅に作業机とパソコン、他には用途不明の機械類やケーブルが敷き詰められている。リスキィは擦り足で強引に進み、イスまでたどり着き、机にルミネをおいて一息ついた。
「どうもごたごたに巻き込んですいませんね」
「ふてくされんなよ。事実じゃねぇか」
リスキィはパソコンのスイッチを入れた。
「・・・・・・こっちは色々と聞きたいことがあるんだけど」
「いいぜ。なにから聞きたい? それともこっちで順序立てて話そうか?」
ルミネは少し思案するように沈黙した後、短く「そうしてちょうだい」と答えた。