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2-3

 キリムラは苛立っていた。


 とは言っても延長五体に感情を表現する機能はない。意志疎通のために表情を変えることは出来るが今はあえてそうする意味はないため、端から見れば無表情でやや足早に進んでいるようにしか見えない。


 憤りの原因は先程の政府への報告だ。こちらのミスで護送対象を奪われたのは明白だ。それはキリムラも自覚している。だが政府がキリムラに与えたのは引き続き護送対象の奪還に当たれと言う命令のみだった。こちらが開示を要求した、奪還対象に関する情報は一切得られていない。恐らくはあの銃が何らかの形で関与して、致命傷を負っていたあのダストマンは完治したのだ。奪還の為には再び彼とまみえることは避けられない。対策を練るための情報は与えず、ただ取り返してこいとだけ命じられたのだ。これが憤らずにいられようか。


 ただいつまでも駄々をこねても仕方がない。情報をやらんと言うのなら自分の足で集めるまでだ。


 キリムラは退出するまでに通った扉という扉を蹴り壊したその足で向かったのは技術部だった。


 上界アッパーワールドは内部でさらに幾層にも分かれている。最も内側と外側はそれそれ下界と上界の維持に割かれており、市民が生活するのはその中間層となる。


 町並みは二千年代後半特有の、時代の最先端の技術をふんだんに盛り込んだネズミ色の無機質な建築物と昔ながらの住宅が入り交じり混沌としている。懐古派とでも言うのだろうか、好んで瓦に鉄筋コンクリートや木造建築に住む人間は一定数存在するのだ。


 空は青々としているが、拡大するとうっすらと継ぎ目が見える。太陽も本物に比べると幾分陽気というものに欠けるが、指摘するのは無粋というものだろう。


 何年経とうとどれだけ技術を進歩させようと、地球という星を母とする以上は太陽と共に生きるしかないのだから。


 技術部はそんな町並みから文字通り一線を画している。日本の中枢が集められたこの区画には許可証を持たない一般人は進入は許されないのだ。


 ゲートの認証装置に身分証明証を叩きつけ、エントランスの受付嬢に技術部長との面会を希望する旨を告げる。アポイントメントはもちろんとっていないが、受付嬢はキリムラの顔を見ただけで何かを察したように頷き、笑顔でエレベーターへ通される。伊達に英雄はやっていない。


 最上階で降り、目の前の扉をノック。ロックが解除され、キリムラは最奥部へと入る。


 そこは執務室らしく、備品は質素ながらも高い価値を感じさせる一品で揃えられていた。木製のデスクに革張りのチェア。手前には来賓用の足の短いテーブルとソファ。部屋の隅の花瓶には色鮮やかな花が挿されている。繊維の縫い目がある。造花だ。壁には本棚と書籍化された資料が理路整然と背を揃えて並んでいる。


「やぁキリムラ。新しい行動補助AIの出来はどうだった?」


 部屋の主はパソコンから目を離し、眼鏡を外した。白のカッターシャツを着ると言うよりも、それで脂肪を人間の形に無理矢理押さえ込んでいると言った方が正しい体型。頭頂部は五十手前にしてはやや寂しい。職場のストレスによる肥満と脱毛に悩まされる中年男性だ。


「自己主張が激しすぎる。勝手に起動するなど論外だ。おかげで任務を失敗した」


 来賓用のソファに出来るだけふてぶてしく見えるようにキリムラは股を広げどかりと座り込む。延長五体なので疲れなどあるわけもないが、直立不動で文句を言っても説得力はないだろう。


「ああ、そりゃ悪いことをしたな。私も最初は断ったんだがね。英雄でデータが取れるいい機会だからだのなんだのと押し切られたんだよ」


 悪いといいつつも、男の口調や表情に悪びれる様子は一切見られない。


「おい技術屋、そこは断固として断るべきだろう」


「研究費を盾にされると私も首を横には振れないよ。それだけ苛立っているのを見ると、お役人にまたなんかぐちぐち言われたな?」


 キリムラは思い出させないでくれと言わんばかりにひらひらを手を振った。


「それで? 愚痴と文句を言いにきた訳じゃないだろう?」

「ああ。お上がなにも教えてくれん以上、必要な情報はこちらで集める必要がある。私の下界での映像記録は見たか? カワサキ」


 カワサキと呼ばれた技術部長は首を縦に振った。


「ああ、見た」

「なら話は早い。映像のコピーを寄越せ。護送対象をアンジェ・ティンバーレイクに奪われた以上、奴の対策は必須だ」


 アンジェ・ティンバーレイクの名が上がった途端、カワサキの眉が不快そうに寄せられる。


「あれは本当に……奴なのか?」


 その口調に引っかかるものを感じ、キリムラは不機嫌モードを終了し姿勢を正した。


「奴を知っているのか?」


 カワサキの額に汗が見る見るうちに浮かんでくる。嫌悪というよりは、気味が悪いものを見たときのような緊張に近い。


「……遠い親戚だ。幼い頃に一度会ったきりだが」


 ティンバーレイクはアメリカのファーストネームだ。おそらくはカワサキ一族の誰かが国際結婚をしたのだろう。一族の中に犯罪者がいる中でカワサキはこの地位まで上り詰めたのだ。既に離婚しているのか、もしくは三等親以上離れているのか。


「そうか。あまり参考にはならんだろうが一応聞こう。奴はあんな身体能力を発揮し得るか?」


 返答は即座だった。


「あり得ない。奴は子供の頃は俺より足が遅かったんだぞ」


 キリサキは思案を巡らそうと額に手を当てる。今考えている、という意思表示だ。


「だが位置情報は間違いなくアンジェ・ティンバーレイクのものだった」


 映像の方もカワサキがあれだけ気味が悪そうにしているのだから本人だろう。


 だが身体能力は本人のものから逸脱している。

 外見と能力が大きくかけ離れている。

 キリムラは、そんな事例を一度だけ経験していた。


「先住民が奴に成り代わっているのかもしれんな」


 カワサキの目が大きく見開かれる。


「あ……」


 カワサキも同じ事例を思い出したのだろう。赤く上気していた顔が見る見るうちに青ざめていく。

 二十年の平和を打ち破られ、人類が下界を放棄し現在の状況を生み出すきっかけとなったあの事件。


「……カワサキ」


 キリムラの呼びかけで、カワサキは我に返る。


異形軍隊スパルトイのメンテナンスに入ってくれ。上の許可は俺が取り付ける」


 カワサキの青ざめていた顔が再び赤に染まる。分かりやすい奴だとキリムラは感心していた。


「あれは戦術兵器だぞ! 先住民一人に対して使うなど……!」


 キリムラは立ち上がり、言葉を続けようとするカワサキに指を突きつけ制止した。


「一人? 違うな。お前は何もわかっちゃいない。いいか、先住民がダストマンに成り代わっているとしたら、そいつはどうすると思う? 少なくとも数年は隠しおおせていたんだ、その間の物資はどこへ流されると思う? ダストマンが使っている情報端末から垂れ流される情報は? そいつらが人間のフリをして上界に紛れ込まないという保証は? 表面に出たのはアンジェ・ティンバーレイクのみだが、水面下には何匹いるものかわかったもんじゃない」


「…………」


「これはもはや戦争なんだよ、カワサキ。人間様が神から貰った土地を捨て、文字通り先住者の住む土地を横取りし、本当の罪人になるためのな。

 『このまま上界に住めばいい?』そんなはずはないだろう。だったらなんで侵略戦争を起こした。まだ十三歳だった俺に延長五体を与え銃を握らせた。先住民を大量虐殺して土地を奪おうとした」


「…………」


「もう戻れないんだよ、人類は」


 完全に沈黙したカワサキを後目にそう吐き捨てると、キリムラはドアのスライドボタンに触れる。


「・・・・・・映像のコピーに護送対象に関するデータを、知っているだけ添付してくれ。自分で調べる」


 返答を聞く間もなく、ドアは閉じる。

 ロックの乾いた金属音だけが通路に反響した。

19日までパソコンのない環境にいるので更新できません。

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