78 予定外の援軍
ジグタル連合王国、王都グライロックの王城の玉座の間は国王ルイスを始め重臣達が集まっていた。
グリトラ帝国によるガラティオン要塞への攻撃が開始されて暫く経つが、場は重苦しい空気で満たされていた。
戦が始まってしまった以上、戦場から遠く離れた王都にて出来る事は何も無く、要塞からの報告を待つことしか出来ない。
そんな重苦しい雰囲気が、1人の衛兵の報告によって打ち破られる。
全く予想し得なかった方向から。
「陛下に謁見を求める者が来ております」
その衛兵の報告は場の空気を一変させた。
「どこの馬鹿だ?状況が分かってるのか?」
「国の一大事だぞ。そんな奴は追い返せ!」
居並ぶ重臣達が口々に非難する。
「しかし、その、相手というのが…」
「私ですよ」
衛兵が言い淀んだその時、突然扉が開き1人の人物が入ってきた。
「貴様!」「神妙にしろ!」
当然その闖入者は、扉の脇に控えていた衛兵によって拘束される。
「はいはーい。神妙にしまーす。大人しくしてますよー」
闖入者は両手を上げながらも軽口を叩く事は止めない。
「貴様は……」
ルイスやゲルディオにしても、その闖入者に見覚えが有ったわけではない。
しかし、その人物を見たときに何者なのかは理解出来た。
「良い!謁見を許す」
ルイスの言葉に衛兵が拘束を解く。
その人物は、乱れていたわけでも無い襟元を正すと、前へ進み出る。
まだ年若い男性の様に見えた。だが彼の年は見た目では分からない。
彼はルイスの前で恭しく膝を着き礼をとる。
「陛下に置かれましては、斯様な国の一大事に状況の分からぬ馬鹿を追い返す事無く、謁見の機会を与えて頂き、感謝致します」
第一声に皮肉を持ってくるあたり、彼のクセの強さが窺えた。
「うむ。斯様な事態故に、無駄な前置きは無用。一体何用か?」
ルイスが先を急がせる。
「どうやら既に戦端は開かれてしまった様で、残念です」
「前置き無用と申した筈だが?」
ルイスは再び早く本題に入れと急かす。
「いえ、事後承諾になってしまったなーと思いまして」
「事後承諾?」
「ええ、既に選りすぐりの5千人が、ガラティオン要塞に向けて出発済みです。距離から考えると、既に戦闘が始まっているかと思われます」
ルイスには、これまでの会話だけで何がどうなったのかを理解した。
だが、それでも正式な言葉として聞いたわけではない。
「使者殿、私はまだ貴殿の名前すら聞いていない。まずは勤めを果たされよ」
ルイスの言葉に軽く笑みを浮かべ頷いた男は、再び佇まいを直す。
「私はエルウィン・ノルトレット。大森林のグレイトアークから五大老の命により貴国と友好条約を結ぶ為に参りました。どうぞ宜しく御願い致します」
恭しく頭を下げる男、エルウィンは大森林のエルフだった。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
進軍してきたグリトラ軍はガラティオン要塞に対し競わせるかの様に軍を東西南北の4つに別けていた。
グリトラ軍にしてみれば、ガラティオン要塞さえ落とせばジグタル攻略に邪魔となる物は無くなる。
この戦いで30万の兵を失ってもガラティオン要塞を攻略出来ればグリトラの勝ちなのだった。
「行け!登れ!数はこちらが圧倒的に多い。貴様等の奮戦がグリトラ帝国の栄光の礎となる。死ぬ事を恐れるな、一人一殺の覚悟で戦え!」
4つ軍の1つ、北軍を預かる将軍は自軍こそが要塞攻略の最大功を上げるのだと躍起になっていた。
自身の言葉が兵士の士気を高めてはいない。むしろ士気を落としているという自覚はあった。
だが、そんな事はどうでも良かった。士気や練度など求めてはいない。兵数差による人海戦術、それが今回の作戦だった。
彼にとって今の勝負相手はグリトラ軍ではなく、同じ4軍の将軍達だった。
兵の損耗を度外視した、上げた戦功の大きさのみの勝負。
『勝敗など始めから分かっている、なら後は誰が第一功を取るか』それが彼の本心だった。
そして、それは他の将軍も似たり寄ったりであった。
ガラティオン要塞の城壁は高く堅固であった。
しかし、それを承知でグリトラ軍には「圧倒的な兵力差でゴリ押しすれば勝てるだろう」という楽観的な思いがあった。
北軍の将も例外ではなく、自身が預かる9万の兵は子飼いの兵以外の全て使い切るつもりでいた。
そんな彼の元に1つの報告が寄せられる。
「将軍、我が軍の後方、北側から約5千の軍勢が接近中です。いかが致しましょうか?」
「ふん、背後を突く気か。小賢しい。後方の予備隊で蹴散らせ。8千程出せば十分だろ」
攻城戦に集中させないように別働隊を伏せておき背後を狙う可能性など想定済みだった。
彼が自身の想定が大きく外れていた事を知るのまで、さほどの時間を要しなかった。
「将軍!出撃した予備隊ですが…」
「早いな、もう蹴散らしてきたか」
「いえ、…壊滅です」
「ほう、結構な事だ。寄せ集めの連中でもやるものだな」
「いえ、それが、壊滅したのは我が軍の方なのです!」
「何!?」
それまで報告に来た副官に向く事なく興味なさげだった将軍も驚き振り返る。
「馬鹿な…」
確かに予備隊は属国や敗戦国からの寄せ集めだった。相手がジグタルの精鋭部隊であれば返り討ちにあう可能性は十分有った。
しかし、それにしても早すぎる。
「何があった?」
「弓矢による遠距離からの攻撃だったようです」
「矢、だと?」
ガラティオン要塞には魔法による攻撃を防ぐ為に広範囲にわたる『魔封結界』が備えてある。
魔法が封じられている以上は、遠距離からの攻撃方法は弓矢や投石といった方法が主になる。
しかし、当然ながらそういった使い古された攻撃方法は対策も古くから確立されている。
「敵兵の5千は、ほぼ全員が弓兵だったようです。前衛に盾を構える者無く全員で弓を番えていたそうです」
「だとして、8千人の部隊がそう簡単に壊滅するか?そもそも、こちらの弓兵は何をしていた?」
「それが…こちらの矢は届かなかったそうです」
「何だと?」
「ですから、こちらの弓の有効射程の外からの攻撃だったそうです。しかも、一射一射が恐ろしく正確で盾の隙間を縫うように射ってきたそうです」
報告する副官自身も事の信憑性に自信が持てずにいた。
しかし、どうしても報告しておかねばならない事柄が有った。
「物見の報告によりますと『相手はエルフではないか』との事です」
「な!?」
今回の報告の中で最も耳を疑うものだった。
「……そうか」
完全な予想外に言葉を失っていた将軍だったが、この事が逆に全ての事態に説明をつけると思い至った。
「そういう事か!クソッタレ共めが!!」
森の中で狩猟生活を営んでいるエルフ(と将軍は思っている)が人より弓矢の扱いに長けているのは、不思議な事ではない。その中から特に弓矢の扱いに特化した者で構成された部隊なのだろうと予想した。
「そうと分かれば、絶対に連中を要塞に入れさせる訳にはいかんな」
ただでさえ通常の矢以上の有効射程と精密な狙撃技術を誇るエルフの部隊が、要塞の城壁という高所に立てば、それはもう脅威と言えた。
「ギリアス、貴様が指揮を取り撃退しろ。歩兵1万と魔法兵団を2千、いや4千連れて行け」
「4千…。魔法兵団全員になりますが、宜しいのですか?」
「構わん。ここに残したところで使い道が無い」
副官ギリアスの言葉に将軍は鷹揚に頷く。
この魔法兵団はグリトラの正規兵であり将軍の直属部隊でもあった。
しかし、魔封結界の範囲内では魔法兵の使い道は無い。
その事を承知の上で、万が一の為に連れてきた事を将軍は内心で自画自賛していた。
「弓矢の打ち合いでは勝ち目が無い。重装歩兵を前面に立ててもジリ貧だろう。更なる遠距離からの攻撃が必要だ。歩兵を囮にエルフ共を魔封結界の外まで誘い出せ。そこで魔法兵団の戦術魔法による超遠距離攻撃で一掃しろ」
「しかし、相手はエルフです。魔法の打ち合いになるのは危険では?」
「心配ない。連中は弓矢に特化している。魔法が使えんという事は無いだろうが、魔法の専門家たる我が魔法兵団が劣るという事はありえん。まぁ、そうでなくとも鍛え抜かれた魔法兵団が負ける事など考えられんがな」
将軍にとって子飼いの魔法兵団は自慢であり、切り札でもあった。
このときの彼の判断は、正解でもあり、間違いでもあった。
前半は彼の読み通り、エルフの部隊が要塞に入れば高所からの狙撃に各軍の指揮系統が寸断される可能性は十分に有った。
それは絶対に阻止するべきという判断は的確だったと言えた。
しかし、エルフの部隊の撃退に魔法兵を用いた事は間違いだった。
彼がそれを知るのは、自軍の遥か後方で巻き起こった地を揺るがすほどの爆発音を聞いたときだった。
自軍の魔法兵団が起せる最大の戦術魔法の数段上を行く破壊の嵐を巻き起こしたであろう事を本能的に理解し戦慄する。
この時、北軍の将軍は『魔封結界の外には出ない』という事を心中に固く誓った。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
「しかし、5千というのはどういう事ですか?」
「はて?どういう意味ですかね?」
ゲルディオの質問をエルウィンもまた疑問で返す。
「グレイトアークのエルフの数は10万以上と聞く。大森林全体で言えば数十万とも。ならば数万軍の編成が可能な筈だが?」
「あぁ、そういう事ですか。確かにグレイトアークには12万、大森林全体なら35万は居るでしょう。確かに2~3万の軍を編成するのは難しくはありませんでしたよ」
エルフは、ほぼ全員が魔法の使い手で、7~8割が弓の心得がある。
『戦力になる』という意味なら半数以上が当てはまると考えて良いのだろう。
「その上で『5千で十分』と判断したわけか?」
「そうです。しかし、ただの5千ではありませんよ。全員が弓矢の名手で魔法の達人ですし、率いているのは5大老の1人です」
「ほう」
「弓矢に関して言えば、相手の弓の射程外から一方的に撃てるでしょうし、魔法なら個人個人が人間の魔法士10人分ぐらいの力量が有ります。戦い方次第では数万の軍に匹敵するんじゃないですかね」
確かにエルフには人間の数倍の寿命がある。
倍以上の時間をかければ弓と魔法の2つの道で達人の域に達する事も出来るのかもしれない。
彼等はまだ知らない。
そのエルフの軍が、既にグリトラ軍に万単位の被害を与えている事を。
そして、エルウィンの言葉には続きが有った。
「それに、出撃したのは5千では有りませんよ。正確には5千と50です」
「5千と50?」
「えぇ、残りの50人はグリトラ軍本陣に向かっています」
「なに?何故、本陣に?」
「ん?『何故?』と言われても、そういう作戦だったのでは?」
「なっ!?」
サラリと飛び出した爆弾発言。
それはジグタルの作戦が漏れている、もしくは読まれている事を意味する。
「……」
エルフが気付いたのであれば、グリトラもまた気が付いているかもしれない。
その事に思い至りルイスは絶句する。
「フ、フフフ、ハハハハハ!」
突然、声を上げて笑い始めたゲルディオに周囲の者が怪訝そうに目を向ける。
「フフ、単なる勘というのもなかなか侮れんな」
「ゲルディオ?」
「ルイス、やはり俺の首をロギナスに送る必要はなさそうだ」
「何を言っている?」
突然脈絡の無い事を言い始めるゲルディオにルイスも戸惑いの色を隠せなかった。
「小娘共の読み通り。という事だ」
「…だから、何の事だ?」
「小僧の、ヒロの仕業だという事だ。考えてもみろ。俺達の作戦を知り、エルフを動かせる者が他に居るか?」
「む、……確かに、だが奴は10日前には大峡谷に居たのだぞ?どうやって?」
「フッ、あの小僧に常識は当てはまらんのだろう」
「ウン、ウン」
突拍子もない、だが妙に説得力の有るゲルディオの言葉を肯定する様にエルウィンが何度も頷いていた。
「勝ったぞ、この戦」
ゲルディオが強く断言した。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
グリトラ軍の本陣は背後に迫る所属不明の部隊を発見し、その対処に慌てふためいていた。
「おやおや?どうやら背後を取られた様ですよ?無様ですね。どうします、将軍閣下?」
「既に守備隊が動いている。貴公が気にする事ではない」
「なんでしたら、僕が行きますけど?」
その顔には「お前の兵は使い物になるのか?」と書いてある様だった。
「いらん。貴公の御自慢の魔剣は敵味方関係なく作用するのであろう?邪魔になるだけだ。大人しくしておれ」
「えー、僕の御自慢の魔剣が『早く血を吸いたい』と騒いでいるんですけど」
その男は、まるで相手を舐めきった口調で答える。
「ライエル・ネスファー。貴公が皇帝陛下直属の監察官であろうとも、この軍にいる限りは指揮官である私の命令に従ってもらう。待機だ!」
「まぁ、将軍閣下がそう言われるのなら、従いますよ。ただ、いざという時は好きにさせてもらいますよ?」
酷薄な笑みを浮かべたライエルは将軍に背を向けて歩き去る。
「やっぱり、あのジジイはウザイな。どうしよう?やっちゃう?殺っちゃおうか?」
ライエルはそんな他の者に聞かれたら問題になりそうな言葉を何を気にする事無く口にする。
聞かれたらそいつを殺してしまえば良いだけだと軽く考えていた。
「あぁー、やっぱり要塞攻略部隊の方が良かったよなー。アッチは切り放題ぽいし」
彼の役割は監察官。この軍の戦い振り、指揮官の采配等を見て報告するのが本来の役割だ。
しかし、彼にとっては監察官の仕事などはどうでも良く、合法的に相手を切れる戦場に赴く為の方便の様なものだった。
「せめて切り甲斐の有る相手が居ると良いんだけどなー」
数が無理ならせめて質。そんな事をのんきに考えながら迫る敵を見ていた。
『切り甲斐が有る』どころではない相手が近づいている事を彼はまだ知らない。
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




