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望むはただ平穏なる日々  作者: 素人Lv1
学院(2年目) 編
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68 月夜の晩に

「一体何を祝う宴だったんだろうな?」

  

 勿論、学院祭の武芸大会で優勝した俺を祝うものだった筈だ。


 実際に我が家を訪れた客は俺に祝いの言葉をかけてくれたのだが、どう考えてもそこが俺の主役感のクライマックスだ。

 祝宴が始まった頃の主役は『剣皇』の武勇伝で、現在の主役は…


「オラ!次ぎだ!エールでもワインでも、何でも良いから次持ってこい!!」

 歓声をバックに『酔いどれ支部長』グラハムの大声が次の酒を呼んでいる。


 フェルディールでも選りすぐりの強者(飲んだくれ)達による

『第七回 フェルディール最強決定戦』

 が開催中だ。


 主役は完全に同大会の暫定王者(6連覇中)の『底なし』ナタリアだ。

 一回大会~六回大会まで完全制覇しながらも『暫定』なのは何故だろうか?


 完全に給仕係と化した、本日の主役だった筈の俺は釈然としない物を感じながらも新しい酒を運ぶ。


 そこに

「こっちも酒を追加だ。一緒に肴も適当に頼む」

 祖父の周りで正座をしながら、有難いお言葉を拝聴する学生の輪に参加中のアリシアからも注文が入る。


 途中、身振り手振りを交えた実演を加え、様々な実体験や持論を話す祖父に感嘆の声を上げながら、こちらもかなりのハイペースで酒を飲んでいる。


 アリシアは治癒魔法によりその怪我は表面上は治ったものの「体の芯にダメージは蓄積されているから、暫くは安静に」と休養を余儀なくされていた。

 この宴でも、当初は「酌して回るだけだ」と言っていたが、自分の杯に酒を注がれれば、相手の杯にも注ぎ返すのが礼儀と言うもの、尊敬する剣皇に注がれた酒を断れるはずも無く、相応のペースでアリシアも飲んでいるようだ。


「怪我の治りに響くから、あんまり飲むなよ」

「当然だ」

 なにが当然なのだろうか?既に手遅れな感がするのだが?


 武芸大会が終わり、屋敷に戻った後で目を覚ましたアリシアは大会の結果を聞くことは無かった。

 ただ「来年は私が優勝する」と宣言すると再び眠りについた。


 俺が勝つことを疑うことなく信じていたのか、もしくは既に馬鹿騒ぎを始めていたメリオラ達の声が聞こえていたのか。


 俺としては前者であって欲しいが、真相はアリシアの胸の内だ。



 混沌とし始めてきた酒宴の会場を見回し、ため息と共に肩をすくめる。

「まぁ、予想通りなんだけどな」


 俺は酔っ払い達にトドメを刺すべく秘密兵器の投入を決めた。

「オリビア。もうアレ出しちゃって」

「宜しいのですか?」

「良いよ。これ以上長引かせるのも面倒だし」

 この日の為に密かに用意しておいた特別製の酒だ。


「グハー!」

「喉がー!」


 会場の至る所から上がる悲鳴を聞きながら、俺も特別製の酒を飲む。

 俺は体質的に酔っ払う事は無いが、高アルコールの喉を焼く感触、瞬間的な血流の増加は感じる。

「これは果汁ででも割らないと飲めないな」


 この世界では蒸留という概念が無いのか、ほとんどが醸造酒でアルコール度数はさほど高くない。

 『火酒』と呼ばれる高アルコール度数の物も有るが、特定の部族による秘伝の製法による特別な酒の為、一般人はほとんど口にする機会は無い。


 今回用意したのは市販の酒を密かに蒸留した物でアルコール度数は70%を超えている筈だ。

 酒豪を自負する皆様も初めて飲む蒸留酒に悶絶している。



 喜んで貰えた様でなによりだ。








 俺は1人、夜風に当たるべく屋敷を出た。

 気の向くまま、足の向くままに何処かへ向かうでもなく夜の散歩を楽しんでいた。

 夜とはいえ青白く輝く満月に照らされた道は、さほど暗くはなかった。


 街中を流れる川に架けられた橋の上にその女は居た。


「良い夜ね。月も綺麗だし、風も心地良いし、散歩するには丁度良いわね」

 月明かりに照らされ、風に流される髪が銀色に輝いて見えた。


「アナタも飲む?」

 どこからか出したのか彼女は手に持った酒瓶を掲げてみせる。


「いや、遠慮します」

 如何に美人さんからの誘いとはいえ、流石に初対面の相手とサシで飲むのは気が引けるし、今日はもう十分だ。


「そう、残念。まぁ、いいわ。取り合えず、乾杯♪」

 これまたどこから取り出したのか装飾過多な杯を掲げて美味しそうに中身を飲み干していく。


「かー!五臓六腑に染み渡るねー」

 見た目は美女だが中身はオッサンかもしれない。


「何に乾杯したんですか?」

「ん?そうねー。取り敢えずは『武芸大会優勝に』て事で♪」

 そう言うと再び杯に酒を満たし、俺に向けて掲げてみせると一息で飲み干した。


「おめでとーう♪」

「あ~、ありがとうございます」

 武芸大会後、街中で見知らぬ人から声を掛けられる事が何度も有った為、初対面の相手が俺を知っている事に驚きは無い。


「フェルディールには学院祭の見学ですか?」

 こんな特徴的な変人…いや、美人さん見かけたことは無い。


「そう。知り合いの応援に来たんだけど負けちゃってさー」

「あ~、それは申し訳ない」

「ハハハ、しょうがないよ。あの子が弱かっただけで、アナタのせいじゃないわよ」

 おや?その言い方だと、その知り合いは俺に負けたみたいだな。


「じゃあ今度は、2人の出会いに乾杯!」

「いや、付き合いませんからね」

「そう?じゃあ…満天の星にカンパーイ!」

 どうやら既に大分飲んでいる様だ。

 いくら美人さんとはいえ、酔っ払いに絡まれるのは今日はもうウンザリだ。

 早めに立ち去るが吉だ。


「フェルディールの治安は悪くはないですけど、女性が1人で夜遅くまで出歩くのは危険ですよ」

 一応注意だけはしておく。ここから先は自己責任でお願いします。


「あら?心配してくれるの?」

「まぁ、一応」

 面倒臭そうな酔っ払いとはいえ、見掛けた以上は不慮の事故にでも遭われたら気分が悪い。

 ここは一応我が家の近所な訳だし。


「嬉しい♪」

 フニョン♪


 突然背後から抱きつかれた。背中になにやら柔らかい感触を2つ感じる。

(これはDか?いやEか!?)


 突然の出来事に俺の足が止まる。


「フフ、一緒に飲む?」

「……きょ、今日は遠慮します」

 耳に吐息がかかる程の距離で囁かれる言葉に、心惹かれるものが無いといえば嘘になる。

 誘いに乗れば、今日は帰れないだろう。そして前世より数年は早く大人の階段を上れるという期待感もある。

 だが、その後にろくでもない事が起きる気がしてならない。何の根拠も無いのだが、間違いないと予感する。


「そう、残念」

 背中から暖かな温もりが離れていく。

 名残惜しいと感じるのは男として仕方が無いのだろう。もう一度言う。仕方が無いのだ。


「きっとアナタとは、またどこかで会うわ。そのときは一緒に、ね♪」

「ええ、その時はお願いします」

 本当にイロイロとお願いします。


 そんな言葉を交わし、この女性との再会を期待しながら家路についた。


「そう言えば名前を聞いてなかったな」

 歩き始めて暫くしてその事に気付いた。


「まぁ、今度会ったらで良いか」

 振り返った時、橋の上には誰も居なかった。






 ヒロと別れた女性は鼻歌混じりに町を東へと歩いて行く。

「ふふふ、ホントに面白い子」

「宜しかったので?」

「何がー?」

 突然掛けられた声に驚きもせずに言葉を返す。


 建物の影から進み出てきた男は女性の斜め後ろに従者の如く付き従う。


「あのまま見逃してよいのですか?抹殺指令が出ていますが?」

「抹殺指令?そんな訳ないでしょ。暇潰しに遊びに来ただけよ?」

「いえ『本国』からです」

「ハァ?本国で?なにそれ?」

「はい。ヒロ・ラウンド・グリフは『最優先抹殺対象危険人物』にリストアップされています」

「へー、ふーん、そうなの」

「どうしましょう?これから私が行って殺してまいりましょうか?」

「んー。放っておきましょ」

「宜しいのですか?」

「今は本国の指揮下じゃないし、良いんじゃない。報告は以上?」

「以上です」

 男は静かに一礼すると闇の中に消えていった。


 『最優先抹殺対象危険人物』自分達にとって危険極まりない人物がリストアップされる。

 敵対する魔族領三大勢力の主戦力幹部級か人類最高戦力級でなければ上げられる事はない。


「あの子を『最優先抹殺対象』にするなんて、何があったのかしら?」

 もしかしたら、いずれは人類最高戦力級に成り得るかもしれない。その片鱗は有る。

 しかし、今はまだそこまで警戒する必要は無い。

 ならば何か理由が有る。今そうしなければいけない理由が。


「ライエル君には勿体無いかなー」

 女性、メアシェスは暗い瞳で静かに復讐に燃える同僚が、獲物を横取りされる事を嫌う事を思い出す。


「横取りしたら、あの子も私に牙を向くかしら?」

 それはそれで面白そうだ。


 メアシェスはそんな妄想をしながら集合予定場所へと鼻歌を歌いながら向かうのだった。

次回より新章の予定です。


感想、ご指摘等ありましたら

宜しくお願いします

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