51 別れと出会い
新しい生活は、別れと出会いから始まる。
学院での生活の2年目は、やはり別れと出会いがあった。
別れ その1
ヴァルヘイム・グランディオ
出会ったとき、既に3回生だった彼は、この春に卒業し新しい場所へと飛び立って行った。
「俺には夢があるんだよ」
そう語った。
「1つは、S級の冒険者なる事」
既にB級になって1年以上になる彼はA級に上がる日も遠くは無いと噂されている。
どうやら真面目にコツコツと依頼をこなしていけば、ほとんど誰でもC級までは上がれるらしい。
B級に上がれるのは才能ある人間か、運の良い人間に絞られ、A級に上がれるのは本当に実力が有り、努力した人間だけらしい。
更にその上のS級に上がれるのは冒険者1万人に1人いるかどうかの確率らしい。
「もう1つは、剣王になる事」
これはもう、剣を志すものなら、というものらしい。
前にアリシアも同じような事を言っていたような気がする。
しかし、彼にとってはそんな肩書きや称号に意味は無いらしく、かつては興味も無かったらしい。
だが、間近で見て感じた『剣皇』にその思いが変わった様だ。
「こんな連中が大陸中から集まるんだろ?なら行くしかないだろ」と『剣王祭』への興味を語っていた。
そして「やるからには勝つ」結果として剣王に成っている。そういう事らしい。
もちろん彼自身も今現在では実力不足であることを認識しているらしく、「エジリアで数年修行する」と言っていた。
エジリアは魔族領に近く、結界を抜けて来る魔族や、それこそ剣王ですら不覚を取りかねない強力な魔物が生息する『魔境』と呼ばれる危険地帯が近い為、武芸が奨励される国となった。
自然と多くの名を上げたい冒険者や高みを目指す武芸者が集まり、格好の修行場となっている。
彼の『諦めなければいつかは辿り着ける』その信念の通り、辿り着けるまで挑み続けるだろう。
がんばれ、ヴァルヘイム。応援はしているぞ。
だが、お前を兄と呼ぶ日が来るのは御免被りたいけどな。
別れ その2
マリアベル・リーンハイム
長年のギルドへの貢献が認められたマリアベルは、支部長として他の町のギルドに栄転する事となった。
俺が1年足らずでBランクに昇級出来たのは、このギルドの実質的管理者である彼女に目を掛けて貰えていた事が大きいのだろう。
彼女の栄転を祝う送別会は、多くの職員の祝福と、今後の支部の運営への不安からの現実逃避で、まさしく混沌の地獄絵図と化した。
そんな中で、最もはしゃいでいたのは支部長エルドラだった。
口では「口煩いマリーが居なくなれば毎日呑み放題だ」と言っていたが、それが単なる照れ隠しなのはバレバレだった。
付き合いの長い同僚の栄転が、嬉しくも有り寂しくも有ったのだろう。そのペースはいつもより更に速かった。
酔い潰れたエルドラが「元気でな、体に気を付けんだぞ」と寝言で呟いたのを俺の耳は聞き漏らさなかった。
数日後、俺達は新天地に旅立つマリアベルを見送った。
「寂しくなりますね?」
そう呟くリューネ。
「馬鹿言ってんな、グズ、生きてりゃ出会いも別れもあんだよ、グズ」
赤い目で鼻を啜りながら、皆の微笑ましい視線に、
「グジュ、何だ?ただ風邪気味で鼻水が出てるだけでぃ。グズ」
そう言って踵を返した、ここ50年病気1つした事が無いと言われるエルドラだった。
出会い その1
オリビア
新しい活動の拠点を手にしたのは良いが、ある問題を抱える事にもなった。
家の維持・管理が出来ない。
ハッキリ言えば、俺は家事がほぼ出来ない。
簡単な料理ぐらいは出来るが、掃除も洗濯も庭の手入れも出来ない。
実家では使用人達に任せ切っていたし。学院の寮でも洗濯は専門の事務員にやってもらっていた。
それを考えれば、
食事は、別に全て外食でも別に構わない。
洗濯は、定期的に専門の業者に出せば良い。
掃除は、専門の業者にお願いすれ良い。
庭の手入れは、専門の業者にお願いするしかない。
あれ?これなら使用人雇ったほうが早くないか?
という訳で使用人を募集することとした。
募集要項は
『募集人数 1~2名
内容
炊事・掃除・洗濯・庭の手入れ等、屋敷の管理
賃金 銀貨7枚/日
*三食支給 住込み可 』
こんな感じだった。
これをギルドでリューネに見せたところ、
「この条件だったら、私が今すぐ応募しますよ」
と言われた。
給金は月額で銀貨200枚程度になるようにしたのだが、三食付の住込みなら、出費の大半を占める食費と家賃の心配が無くなり、更に月額で銀貨200枚も貰えるのは破格だと言われた。
実家の使用人の月給は金貨2~5枚らしいと言ったら、
「侯爵家の使用人と一緒にしないで下さい。その人達はその道のスペシャリストですよ?」
なるほど、確かにあの広大な屋敷を、数人で瞬く間に磨き上げる彼女達は只者ではないだろう。
「怪しい仕事の募集ではないかと勘繰ってしまう」と言われ、金額を見直すべく家に戻ると、
「ほら、探していた使用人だ。雇ってやれ」
なぜか家主より偉そうなアリシアに1人の女性を紹介された。
「彼女はオリビア。地方の農村の出身で、騙されて人買いに売られそうだったので助けて来た。職を探していたらしいので、丁度良かったので連れて来た」
「オリビアです。頑張りますんで宜しくお願い致します」
拳を握り、頑張りますとアピールしている彼女は、確かに田舎の純朴娘といった感じだった。
「なぁ?サラリと『人買いから助けてきた』とか言ってたが?」
「ん?借金の肩代わりをしてきただけだが?」
「ほう?借金の肩代わりとな。ちなみに金額は?」
「金貨33枚だ。端数は知らん」
結構な額じゃないか
「元々借りたのは金貨5枚だったらしいんだが、金利が金利を生んで金貨33枚になったそうだ」
違法な闇金に金借りたんだな。
「なるほどな。ところで何でお前はそんな大金持ってたんだ?」
アリシアは別に浪費家ではないが、だからといって金貨33枚の蓄えが有ったとも思えない。
「ああ、その件なんだが、以前に盗賊団の討伐に行ったのを覚えているか?」
「盗賊団の討伐?確か2ヶ月ぐらい前だったか?」
しばらく前に、俺、アリシア、メリオラ、ヴァルヘイムの4人で盗賊のアジトを根こそぎ潰してきた。
「アレの追加報酬が入ったんだ。どうやら別の国で暴れていた盗賊だったらしくてな、その国では賞金首だったらしく、その賞金と、アジトに貯め込んであった財宝の一部が引取り人不在で、討伐者への追加報酬になった様で合計で金貨37枚の追加報酬を受け取った」
「で、それの中から金貨33枚払ってきた訳か?」
人助けは良い事なんだろうけどな。
「メリオラにはちゃんと説明しておけよ?」
「ああ、そのつもりだ」
なら、金の件は別に良い。
「オリビアさん、炊事、洗濯、掃除は大丈夫ですか?それが出来ないのなら雇えませんが?」
「大丈夫です!村では家事は母と一緒にやってましたから」
「他にも庭の手入れもありますけど?」
「草むしりは得意です!」
いや、手入れ=草むしり、じゃないけど、まぁ良いか。
「では採用しますが。いつから働けますか?」
「今から働きます!」
「意気込みは結構。でも住込みで働いてもらいたいので、準備が有ると思いますので、明後日からでお願いできますか?」
「住込み!?分かりました。準備します」
何やら目をキラキラ輝かせたオリビアは元気よく答えた
「後、給金ですが1日銀貨7枚ですが良いですか?」
「7枚!?そんなに良いんですか?」
しまった、7枚は多すぎると言われたんだった。
「ええ、でもその給金の中から借金の返済に回してもらいますので、実質はもっと少ないですよ。いくら返済に回します?」
「ああ、そうですよね。1月で銀貨210枚ですよね?なら200枚を返済に」
「200枚?それだと10枚しか残らないけど?」
「え?ええ、三食付の住込みでしたら、それで十分過ぎます」
いやいや、流石にそれは少なすぎるだろう。
絶句する俺の服の袖をクイクイっとアリシアが引く。
「彼女のような地方出身の日雇い労働者は日に銀貨1枚を稼げたら御の字だ。日々の食事代すらままならない事も多い」
確かに冒険者の依頼でも薬草の採取など危険の少ない物は、スキルを使用しても銀貨1枚程度にしかならなかった。
「分かりました。では支払いは日に銀貨2枚。銀貨5枚を借金の返済に充てます。22ヶ月で完済予定です」
「銀貨2枚!そんなに良いんですか?」
「はい、使用人をタダ働きさせていると噂されても困りますから」
「有難う御座います!私頑張ります!」
意気込んだオリビアに支度金として金貨1枚を渡したところ、卒倒された。
初めて金貨を持ったらしく「こんなの持ち歩いたら、人攫いに攫われます」と挙動不審になっていた。
そんなこんなで、我が家に料理人兼管理人が誕生した。
出会い その2
エリザベス・フラディール
新入生の入寮が始まり、例年通の混雑を見せる学院。
荷物を持ち寮へと向かう新入生。
中にはその流れに逆らい憮然と事務局に向かう者もいる。
「例年の事らしいんだよな」
俺も昨年この学院の春の風物詩と化した『部屋のダブルブッキング』を味わった。
そんな時だった。
「ちょっと、そこのアナタ!」
突然掛けられた声に振り返ると、腰に手を当てた金髪の女子がいた。
「アナタよ、アナタ!他に誰がいるのよ?」
確かに、俺の他には誰も居ない。
「何か?」
見知らぬ女子に呼び止められる覚えも無いが。
「この学院のナタリア・ラスベルという女子学生をご存知?」
「ナタリア?ああ、知ってるけど」
俺の答えに笑顔を咲かせる。
「そう、ちょうど良かったわ。ナタリアのところまで案内なさい」
この有無を言わせない物言いには覚えがある。特権階級のお嬢様か?
「この手のタイプは面倒くさいんだよな」
「なにをブツブツ言ってるの?早く案内なさい」
無視してしまいたいが、後々問題になりかねない。
なら、やるべきことは簡単だ。
「良し、さっさとナタリアに押し付けよう」
「ナタリアが今どこに居るかは分かりませんが、彼女の部屋まで案内すれば宜しいですか?」
探せば見つけられるだろうが、そこまでする気にはならない。
「しかたないわね。それで結構よ」
そう言うと彼女は歩き出した。
荷物を残して。
「これは、俺に持てって事なんだろうな」
溜息と共に、荷物を浮遊魔法で浮かせ運ぶ。
「あら?中々便利な魔法が使えるのね」
感心したように彼女は言うが、荷物を運んでいる事自体は当然と思っている様だ。
懐かしき、第4寮棟307号室。1年前はノック無しにドアを開けたこの部屋。
今回はしっかりノックをする。
コンコン
「ナタリア、居るか?」
「はーい」
ガッチャ!
「なに?」
短い返事から間もなく、ドアを開けよく見知った彼女が顔を出した。
「用事は俺じゃなくて、こっち」
俺が指し示す先に居たのは、
「久しぶりね、ナタリア」
やはり若干上から目線の彼女だった。
「え?な、なんで殿下が?」
あ?殿下だと?
彼女は俺の予想より更に偉そうだ。
新キャラ登場です
オリビアはハーレム要員では有りません
エリザベスは今後の展開でキーになる予定です
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




