43 精霊の頼み事
「どうした若造?もうお眠か?」
地に伏したヴァルヘイムにつまらなそうに見下ろす男が言う。
「ふむ、威勢が良かったのは最初だけか?」
「くっそ、まだだ、まだ」
ヴァルヘイムがフラつきながらも起き上がる。
「ほう、そうじゃ根性を見せぃ」
その姿を楽しそうに見守る背中が「ほれ、おぬし等も掛かって来い」と挑発している。
その背中に向かい、アリシアが踏み込み斬り掛かる。
「ほう、思い切りは良し。だが、踏み込みが浅い!」
振り返りざまにアリシアの剣を叩き落す。
俺も死角に回り込み斬撃を飛ばす。
「ほう、【飛閃】を習得したか」
不可視の斬撃を同じ【飛閃】で迎撃される。
「なっ?撃ち落すって!?」
不可視の斬撃だぞ?斬線の直線上にしか飛ばないとはいえ、化物か?
「見えんなら、感じたら良い」
「そんな理由で納得できるか!」
理不尽極まりない爺だ。
「ヴァル、アリシア。たぶんお祖父様は単騎であの魔獣にも勝つぞ。そういう相手だ」
1対1で勝ち目など有る筈が無い。
「よしよし、格上の相手には正面から1対1で挑まない。良い判断じゃ、が1対3で良いのか?後2.3人、レイとユリアが来るまで待った方が良くはないか?」
余裕綽々の爺がニヤニヤと舐めきった口調で言う。
「舐めんなよジジイ」
ヴァルヘイムが突っ込む。
「っち!」
正面から行くなといったのに。
はい、3人まとめてボッロボロですよ。
3方向同時攻撃も時間差攻撃も高低立体攻撃も全て無駄でした。
「悪くは無い。動きに無駄が多いのが問題かのう。身体操作から教えるか」
人に限らず、全ての物体には重心が有る。重心を動かす際に力がいる。ならば重心の動きを最小限に抑えられれば無駄な動きの無い最適な動きを習得できる。
それが祖父の考えらしく、重心の操作から始まる身体操作を極めれば予備動作を無くし、滑る様に移動できる様になるらしい。
祖父が2人に身体操作の何たるかのレクチャーを始めたころ。
「じゃあ、貴方はこっちで私と稽古ね♪」
2人目の鬼が現れた。
朝稽古どころか、ほぼ1日全てを地獄の稽古として費やした。
自室に戻りベットに倒れこむように突っ伏す。
窓から吹き込む風が全身を撫でる。
疲労感からかいつの間にか眠っていたようだ。
目が覚めると宙に漂う少女が居た。
「おっ!ようやく起きたか。しかし、帰って来るなら帰って来るで連絡すれば良いものを、薄情者が」
魔法の師とも言える風の上位精霊だった。
「久しぶりだなエアル。元気だったか?」
「我は精霊じゃぞ?病もせぬし怪我もせん。まぁ心遣いは感謝しよう」
エアルは苦笑いを浮かべると俺の前まで降りたきた。
「それより坊に聞かねばならん事がある」
真面目な顔のエアルには妙な迫力があった。
「な、なんだよ?」
「封じられておった『魔獣ファルガス』に遭遇したそうだの?」
「ファルガスって名前かどうかは知らないけど、エルフが迷いの森に封じていた魔獣の事なら遭遇したよ」
「何故奴の封は解かれた?精霊の助力が無しに封は解けない筈じゃが?」
「ああ、それはな・・・」
事の概要を説明し終わると、
「それは些かまずいのう」
暗い声を出すエアル。
「何か問題が有るのか?」
「この世界に精霊によって封じられておる物がどれだけあると思う?大小合わせれば10や20では無いぞ。それらの封印が精霊の協力なしに解ける事が証明されたようなものじゃ」
そいつは問題大有りだな。
「まぁ、重要な多重封印は今回の様な方法では解けんじゃろうが、単純な封印は解かれてしまう可能性が高いじゃろうな」
「あの魔獣みたいなのが他にもいるのか?そんなの手に負えないぞ」
「ん?ファルガスは大した脅威では無いぞ?精々が数十万の軍隊と同程度の戦力じゃろ。1国を滅ぼせるかどうか、と言った所じゃろう」
「え?かつて大陸を滅ぼしかけたって?」
「それは別の魔獣じゃ。ファルガスは大昔に、とある国が生体実験の末に生み出した生物兵器の特異体じゃ。再生能力が高く、不死性が強かったので封じる事としただけじゃな。我では無理じゃが、大精霊級が滅する気になれば出来たじゃろう。ただし、辺り一面千年は草木も生えぬ荒野と化すじゃろうがな」
「大した奴じゃないって事か?」
俺達は大陸の危機だと思って頑張ったんだけどな
「他の魔獣に比べれば、じゃがな。数人で封じたとなれば僥倖といって良いじゃろう」
「封印が解けて間もなかったから、本調子じゃなかったんだろ」
「かもしれん。もしくは長い封印の間にその力を失っていたか。
何にしても問題は魔獣の封印を解かんとする者がいるという事じゃろ」
「アイツ等もダークエルフ以外は逃げられたしな」
あの後ギルドでも足取りを追ったが遂に見つけられなかったらしい。
「そもそも、精霊を捕らえ精霊石に変えるなど個人で出来る事ではない。相応の組織が後ろに居るのじゃろう」
組織的に魔獣の封印を解こうとしている連中。
そう言えば、あの連中も『魔獣は封を解いたものに従う』とか言ってたし、魔獣を戦力として扱おうとしている感じだったな。
今更ながらその事に気付いた。
「やばいな、既に後手に回っているか?」
「そこで頼みじゃ。この件を国やギルドに掛け合ってもらいたい。坊であれば伝手は幾らか有るだろう?」
「分かった。明日にでも、お祖父様に相談してみるよ」
あれで祖父は国王の相談役だし、いざとなれば王都で情報局に勤める父の手を借りるのも有りだろう。
「頼む、我も精霊達に情報収集を頼んでみるのでな」
そう言うとエアルは窓から出て行った。
「大事に成らないと良いんだけどな」
俺の呟きは窓のからの風に乗って流れていった。
「違うじゃろ?久しぶりに会ったのじゃからお土産的な物が有るじゃろ!?」
忘れていたと慌ててエアルが戻ってきた。
「ハァ~、だと思ったよ」
俺の溜息は窓からの精霊によって吹き飛ばされた。
エアルが俺から心ゆくまで魔力を吸っていったのは予想通りだろう。
明日どう説明したら良いものか悩みながら眠りに就いた。
「あちゃですよ。おきてくだちゃい!」
「ん?もうちょっと寝かせて」
「ダメでーしゅ!トーウ♪」
ボス!
「ぐふっ!」
「ナイスアタックですよレミーア」
毎朝やるのこれ?
地獄の朝稽古を何とか生き抜き、迎えた朝食の後。
「お祖父様、先日話した魔獣の件でご相談が有るのですが宜しいですか?」
エアルからの頼み事を片付けてしまおうか。
「ん?構わんが急にどうした?」
「昨晩思い至ったのですが、魔獣の封印解除があの一件で終わらない可能性が有ると思えるのです」
正確には、指摘されて気付いたのだが。
「根拠は?」
「従来、精霊による封印は精霊の協力無しに解除できないと思われてきましたが、精霊石を用いれば解除が可能という事なら他の封印も危険だと言えます」
「なるほど」
「それに、あの大きさの精霊石を個人レベルで用意できるとは思えません」
「つまり、背後に大きな組織がいると言う事か?」
「そこは、可能性が有るとしか言えませんが。連中は魔獣を使役出来るつもりでいた様でした」
「使役目的で魔獣の開放を目論む組織が在るというのは厄介じゃな。
ふむ、よし、明日王都に向かうとするか、今日中に準備しておけよ」
「は?何故王都に?私もですか?」
「そうじゃ、お前が話さんでどうする?陛下に直接申し上げるのじゃよ」
いやいや、大事になったらイロイロ面倒くさくなるじゃないか。




