40 短い別れ
「これは何だ?」
目の前に置かれた謎の黒い物体。
香ばし過ぎる香りを放つソレを指差し尋ねる。
「見ての通りの『野ウサギの丸焼き』だが?」
そうか、『野ウサギの丸焼き』か。
どう見ても『焦げた何か』にしか見えないんだが、料理名としてはきっとそうだったのだろうな。
「満腹亭の店主直伝のスパイスを使用しているぞ」
「どうだ」と言わんばかりに胸を張るアリシアに重要な事を聞く。
「料理の工程とか聞いても良いか?」
「工程?そんなもの聞いてどうする?」
「一応な。まず、野ウサギを手に入れました。次は?」
「串に刺して焼く」
「いきなり!?下準備は?」
「ん?ああ、心配するな。ちゃんとスパイスを振りかけてからだ」
「心配なのはそこじゃねぇよ!毛皮を剥ぐとか、内臓を取り出すとかは?」
「何だそれは?」
「持って帰れ!」
「なっ!?」
「満腹亭のオヤジに丸焼きの正しい作り方を聞いて出直して来い!」
呆然としているアリシアに『野ウサギの丸焦げ』を渡し追い払う。
「次!」
入ってきたのは土鍋を持ったナタリアだ。
テーブルの上に鍋を置くと、そのフタを取る。
「な、何だこれは?」
甘い湯気の出る何色と言うのか表現出来ない汁に苺やバナナ等の果物の浮いた謎の物体を指差す。
「ふふふ、知らないのは当然、私のオリジナルな創作料理なんだから。
大好きな果物を美味しい果汁で煮込んだ、名付けて『果実鍋』です」
「お前も帰れ!もしくは帰らせてくれ、俺を!!」
何の拷問だ?俺の罪状は何なんだ?
学院祭が終わると学院は長期休暇に入る。
俺やナタリアは国元へ、パーティの他のメンバーも地元に戻る為、フェルディールの町に残るのはメリオラのみだ。
「皆でパーッと騒ごう」そんなメリオラの提案に乗る事にした。
パーティ外からもリューネ、マリアベル等ギルド職員や世話になっている冒険者にヴァルヘイム、カトライア等の学院で世話になっている関係者も参加してもらう事となった。
ギルドの酒場を借りて行う事となった。(タダだったから)
ただし「食い物は自分達で用意しろよ」との事で、料理の調達方法の話しとなった。
その席で「自分達で作れば良いんじゃない?」と不用意な発言がメリオラから発せられた。
「ボクはあんまり得意じゃないんだけどさ、多少はね」「あれ?皆料理できないの?」
そんな挑発的発言に堪えられる面子ではなかった。
「馬鹿を言うな、料理ぐらい簡単だ」
無理だよアリシア。だってどう考えてもその発言は、失敗フラグだ。
「だ、大丈夫だよ。お、お菓子ならたまに作るから」
大丈夫な筈が無い。初耳だよナタリア。
「どこかの店で買ってきましょう」
それが正解だよなマシウス。
「肉買ってきて焼いたら、そんで良いだろ?」
ヴァルヘイム、お客様は黙ってろ。
反対派の奮戦も空しく、多数決の結果5対2で料理は自作する事となった。
その宴で出す料理の選考会が、審査委員(俺1人のみ)の元で行われている。
「もう帰りたい」
わりかし本気で言っているのだが、まるで取り合ってもらえない。
「まぁ、そう言わずにこれを食ってみろよ?」
そう笑いながら何かを乗っけた皿を持ってきたのはヴァルヘイムだった。
「俺の一品は『焼き肉』だ!」
確かに『焼き肉』だ、もっと正確に言うなら『焼いた肉』だろう。
某狩猟ゲームの『こんがり肉』そのものだ。
「え~と、何の肉だ?」
食用に適さないバジリスクとかコカトリスとかじゃ無いよな?
「おう、今日ギルドに持ち込まれたワイルドボアーだ」
ワイルドボアーは、ちょっと大きい野生の猪だ。もちろん食用として卸されている。
だが、一体どの部位を使えばこの形状になるのかが分からない。
「ふむ、一応食べれそうではあるか?」
今日初の食用に適した物だ。
「お前、なんか失礼だな」
ヴァルヘイムが抗議の声をあげるが、前の2人の芸術品(食用外)が記憶にある内は油断は出来ない。
結論から言えば
「普通だな。いたって普通の肉だな」
ウリも無ければオチも無い タダの『焼けた肉』だ。
「何で不満そうなんだよ?」
次に持ってきたのは
「あれ?リューネさん?」
「きっと、皆さん肉料理ばかりで野菜が足りないと思うんです。
凝った味付けも良いと思いますけど、素朴な素材の味を楽しむ料理も良いと思うんです」
ドーンと置かれたのは彩り鮮やかな野菜サラダだった。
しかし、野菜サラダにはある物が足りなかった。
「リュ-ネさん、ドレッシングとか「素材の味をお楽しみください!」は?」
『素材の味を楽しむ』というより、『素材の味しかしない』じゃないのか?
「ただ野菜を刻んだだけか、それで料理とはな」
アリシアが鼻で笑う。
「あら?その黒い焦げの塊はどうやって作成したんですか?錬金術ですか?」
まさか料理でそんなものは出来ませんよね?とリューネが返す。
バチバチと火花を散らす二人を残し、マリアベルに紹介できる仕出し料理屋が無いか聞く事にした。
ちなみにメリオラの料理は焼きソバもどきだった。(食用としてはギリギリでいけそうだった)
『焼きソバ』『焼き肉』『サラダ』で宴会が出来るかと言えば、微妙に出来そうな気もした。
宴会は支部長がナタリアにリベンジを挑んだ辺りから壊れていった。
巷に流れる噂の真偽を確かめようと多くの冒険者達が見守る中、エルドラが沈んだ。
死屍累々の酒場の中に伝説の証人となった冒険者達の歓声が響く。
俺はその歓声をギルドの外で聞いていた。
「どうやらナタリアが勝ったみたいだな」
歓声からどちらが勝者なのかは予想が出来た。
「明日はまた二日酔いだろうな、懲りない奴等だ」
肩をすくめ、苦笑いする。
「私はちゃんと学習してるぞ」
胸を張るアリシアは、確かに今日はあまり飲んでいない。
「そうしてくれると助かるよ」
俺の周りは学習能力の無い奴が多くて困る。
「ふふ、学院に来る前はこんな騒がしい夜を迎える事になるとは思わなかったな」
「ん?そうなのか?」
「学院ではひたすら剣の道に励むつもりだった。
訓練の相手として以外の仲間などいらないと思っていた。
きっと、お前に会ったせいだな」
アリシアの目は真っ直ぐ俺の目を見ている。
「最初の授業で学院生の実力を見てやろうと思っていた。
期待はして無かった。多少は手応えが有ると良いなと思う程度だった」
「でも最初の対戦相手が、予想を裏切って強かった。て訳だ」
まぁ、俺もそうだった、学院のレベルは俺の予想より遥かに高いのかと思ったよ。
あの試合で学院生活の予定が大幅に狂ったよな。
「負けたくないと思った、学べるだけ学んで、盗めるだけ盗んでやろうと思った。
嫌がるお前を連れ出し何度も何度も稽古に付き合わせたな。
早く追い付いてやろうと思ったのに、背中さえなかなか見えてこなかった」
「俺も早く追い付いてもらって『私がやるからお前は寝てろ』て言ってもらいたいよ」
それが偽らざる本音だよ。
「ふふ、そうだな、お前はそういう奴だった。肩の力を抜いてユラユラしていた。
そんなお前を見ていたら、いつの間にか私の肩からも力が抜けていた。
周りを見る余裕が出来て、気が付いたら仲間達に囲まれていて、こんな馬鹿騒ぎに付き合っている。
きっとお前と出会ったせいなんだろうな」
「そいつは悪かったな。でも嫌じゃないんだろ?」
「ああ、毎日が楽しいよ。不思議だよ、私が学院生活を楽しむ日が来るとは」
無表情は相変わらずだけど、以前より表情が柔らかくなった気はする。
「お前と出会えて良かったよ」
それは初めて見る表情だった。はにかんだ様な照れくさそうな笑顔。
「あれ?もしかして恋愛フラグ?」などと思っていると、
一瞬の事で、すぐにいつもの無表情に戻り「そろそろ戻るか」とギルドに戻って行く。
「俺もお前に出会えて良かったよ。退屈だけはしないしな。これからも宜しくな」
内心ではドキドキとしながらアリシアの後を追う。
「ああ、こちらこそ。それと、追い付くのを諦めたわけじゃないからな。明日も稽古だぞ」
完全にいつものアリシアだった。
その後、死屍累々の酒場にウンザリしながらも、2人で片付けをしたのは言うまでも無い。
△ △ △ △ △ △ △ △
学院は長期の休暇に入り、皆が思い思いの場所へと向かう。
実家から迎えに来た馬車に乗る。
「じゃあ、またな」
短い言葉で別れの挨拶を終わらせる。
別に今生の別れでもない、気取る必要も無いだろう。
メリオラ達に手を振られながら見送られ、馬車が出る。
正直に言えば気が重い。姉の「鍛え直す」発言がとても気になっている。
片道約10日の旅路だ。休暇が45日なので実家に居られるのは20日前後か。
地獄を見るには十分な時間だな。
まずい、今生の別れになるかもしれない。
そんな馬鹿な事を考えつつ、ベイグラートへ向かった。
9日の旅路の末に着いた半年振りの我が家。
正面玄関の前に家族と使用人が出迎えてくれている。
変わりの無い家族の姿に安堵する。
使用人達も特に変わりは無いか。
と思ったが、使用人達の列の最後に見知った顔ではあるが使用人では無かった筈の顔が3つ在る。
「何やってるんだお前等?」
侍女の格好をしたアリシア、メリオラ。
執事の格好をしたヴァルヘイム。
ホントお前等何やってるの?
学院編は一休み
舞台は生まれ故郷ロギナスに移ります
新たな登場人物も予定しております
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




