4 坊ちゃまの侍女
5/2 誤字訂正
こんにちは、ロザリア・シフォンと申します。
グリフ家で侍女として働いております。
最近、坊ちゃまの専属侍女として任じられました。
恐悦至極な御下命にこの身朽ち果てるその瞬間までグリフ家に尽くすことを決意いたしました。
お生まれになられた当初、余りにも泣かれる事が少なかった為、泣き声を上げられない程体が弱いのではないのかと、心配されておられました坊ちゃまも、半年ほど経った今では活発に動き回られるようになり、家中の皆が安堵しております。
それどころか、普通であれば7~8ヶ月ほどかかるとされる、『はいはい』を5ヶ月でマスターされました。
大旦那様は「この子は天才だー!」と騒ぎリズ侍女長よりお叱りを受けておられました。
そのリズ侍女長も坊ちゃまが只者ではないということは異存の無いご様子で、「この子は天才だー!」発言を否定することはございませんでした。
それというのも、あれはまだ坊ちゃまが体が弱いのではないのかと心配されていた頃でした。
リズ侍女長が坊ちゃまを抱きかかえ「たまには大声でお泣きなさい」と頬をつねった事がございました。
祖父馬鹿をこじらせた大旦那様の非難の声よりも早く、坊ちゃまは侍女長の手を払いのけ侍女長の頬を、しかも両側をつねり返すという反撃に出られました。
「いひゃい、いひゃい、おひゅるひくらさい」と謝る侍女長に、満面の笑顔で笑う坊ちゃまを、「これは只者ではない」と誰もが確信いたしました。
以来、侍女長は「坊ちゃまは体が弱いのでは?」という声を一笑に付し、「心配は要りません。直にやんちゃで手が付けられない程元気になられます」と一目置かれているそうです。
天使のごとき笑顔で皆を癒される坊ちゃまが、手の付けられないやんちゃ坊主になるなど考えられませんが、侍女長の言うとおり元気に成長されました。
そんな坊ちゃまの専属を命じられたことに、他の侍女から妬みの視線を送られる日々ですが、まったく問題になりません。
私が専属侍女に任じられたのは、坊ちゃまが私の尻尾に興味津々なご様子なのが大きいと思われます。
私の尻尾を見かけると、どうにか掴もうと近寄る坊ちゃまの姿が、私に懐いている様に見えたのかもしれません。
この時ほど獣人に生まれたことを感謝した事は在りませんでした。
今日も背後から忍び寄り飛び掛る坊ちゃまを避け、別の物に惹かれた風を装うフェイントを躱し、揺れる尻尾にじゃれつくどちらが猫なのか分からない至福の時間を過ごすと、門が開き馬車が入ってくる音が聞こえました。
旦那様のお帰りのようです。
坊ちゃまをベットにお戻しすると、廊下を足早に移動する靴音が聞こえ、ノックと同時に扉が開き
「会いたかったぞー我が息子よ!」
旦那様が入ってこられました。
ロイ・ラウンド・グリフ様。
グリフ侯爵家の次期当主にして、国王直下の親衛隊弟3番隊隊長を勤められ、いずれは騎士団団長もしくは王国軍大将軍になるだろうと言われる方とは思えない蕩けた笑顔で坊ちゃまを抱き上げていらっしゃいます。
そして、満面お笑顔で坊ちゃまに遠慮なく頬ずりをする姿に
軽く殺意を覚えます。
温度を測れるのなら間違えなく氷点下の視線に気づいたのか
「!!!」
刺客に背後をとられたかの反応で振り返り
「内緒だぞ」
と御命じられます。
大丈夫です。すでに皆が親馬鹿メーターが振り切れていることを承知しております。
とは申し上げず
「お帰りなさいませ。旦那様」
ただ頭を下るのでした。
日課と化したやり取りを終えると、本日の坊ちゃまがどんなご様子だったのかを報告いたしました。
坊ちゃまを膝に抱き『今日の坊ちゃま』を聞くと、嬉しそうに抱き上げ高い高いの姿勢のままグルグルと回ったり急降下・急上昇で歩き回る。
そろそろでしょうか?
ノック音と共に
「旦那様。お食事の時間です」
いつも通りの展開ながら、名残惜しそうに部屋をあとにする旦那様
入れ替わりに入ってきた食事当番の侍女からお行儀よくお食事を頂く坊ちゃまを優しく見守りながら
「ちょっとヨダレ、ヨダレふきなさいって」
なぜかヨダレを流す食事当番を注意する。
お食事後は、旦那様と奥様が坊ちゃまが眠るまでお傍にいらっしゃるので、邪魔にならないように部屋の隅にて待機しております。
すると
「そういえば、来週お義父様がいらっしゃるそうですよ♪」
ビキン
奥様の伝言に家中に衝撃が走ります。
『振り切れた親馬鹿』
『こじらせた祖父馬鹿』
坊ちゃまの事となれば正しく
『両雄並び立たず』
を地で行く二人に一体どうなってしまうのか?
なぜか遠くを眺めるような視線の坊ちゃまに同情の感が堪えられません。




