22 苦戦
ギャリン!
鋭い銀閃がゴーレムの体に僅かな傷跡を残す。
いや、僅かな傷跡しか残せない。
「チッ!やはり斬撃は効果的ではない」
仲間の援護で注意を逸らし、アリシアが無防備な背後から全力で斬りかかったが、致命傷には程遠い。
「たぶんミスリル製です。僕の魔法ではアイツの魔法耐性を抜けられません」
強い魔法耐性を持つミスリルに、更に魔法を無効化する防衛紋章を掘り込まれたゴーレムの魔法防御力はマシウス、ナタリアの最大級の魔法を耐え抜いて見せた。
2人の最大魔法に俺の魔法も上乗せし、そこにメリオラとアリシアの最強技を叩き込めば倒せるかもしれない。
しかし、現状それは出来ない。
開戦直後にマシウス、ナタリアの魔法に耐え切ったゴーレムに突っ込んでいったメリオラは、ゴーレムの豪腕を避け切れずに壁に叩き付けられ戦線を離脱した。
その上、メリオラの治療のためにナタリアまでも戦線を離れ更に窮地に追い込まれている。
アリシアと目が合う、マシウスを見れば彼もまたゴーレムへの警戒を解かないまま俺の目を見ている。
その目が
「「いい加減に本気をだせ」」
俺にそう言ってくる。
マシウスから「話が有ります」と呼び出されたのは、30階を突破した日の夜だ。
20階を過ぎモンスターの強さが跳ね上がったのは感じていた。
それまでのモンスターは片手間に倒せた。
20階からは気を抜けばケガをする、そんな気がしていた。
30階のボスは4体のデュラハンだった。
それぞれに別の無効化・吸収属性を付与されたデュラハンは強敵だった。
防御技能の高いアリシアはともかく、攻撃特化のメリオラは大ダメージを追い戦線を離れた。
それまでには無い苦戦に皆冷や汗をかきながらの勝利だった。
そんな後でのマシウスからの呼び出しだった。
「僕には目標があります。
この学院はその夢の為の試金石です。
学院の迷宮を走破することが目的ではありません。
だから、といって失敗しても良いという事は有りません」
ここまで迷宮への挑戦は順調といえるだろう。
迷宮内の迷路に手間取ったことは有る。
謎が解けずに撤退したことは有る。
フロアーボスに苦戦もした。
そろそろ今までのように順調には行かなくなるだろう。
そんな思いがし始めてきていた。
「ヒロさんは何で本気を出さないんですか?」
やっぱり気づいていたか、お前も。
流石というべきか、当然というべきか最初にその事に気づいたのは、アリシアだった。
日々の稽古や授業、ギルドの仕事、迷宮での戦闘、俺の動きを最もよく見ているのは彼女だろう。
俺の動きに些細な違和感を感じていたのだろう。
「自分の命の責任は自身で負うべきだ。お前が何を考えているのかは分からないが、お前が後悔しないと言うのなら、私から言うべきことは無い」
とあるギルドの仕事の最中にボソリと呟いた彼女に、俺は実力を隠している事がバレている事を知った。
観察力に優れ、後方から俺達を見てきたマシウスも、切羽詰った状況でも余裕を見せる俺に違和感を感じていたのだろう。
「アナタにはアナタの考えがるんでしょうけど・・・」
ただ、その目には俺を責める色はより本当の実力への興味の色の方が強いように見えた。
「・・・」
「ハアー。いつかは見せてくれるんですよね?」
何も語らない俺に肩をすくめると、それだけ言い残しマシウスは去っていった。
残った俺は満天の星空を見上げ、その時が来る予感を感じていた。
そして、遂にその時が来たのだろうか?
ズン、ズン、ズン
悠然と歩き寄るゴーレムの前に俺は立ちはだかる。
「2人とも下がっていてくれ」
無言で下がっていく2人の気配を背中で感じ、静かに魔力の出力を上げる。
俺やアリシアの使っている『身体強化』は魔法ではない。
体中に魔力を巡らし細胞を活性化させ反射速度や筋力を強化するものだ。
これまでに無い魔力の高まりに、仲間達も息を飲む。
(ミスリルゴーレム。お祖父様なら断ち切るだろな。俺もコイツを壊す覚悟で全力を出せば)
右手の中の得物を見る。
免許皆伝の代わり、そう言われて渡されたのは祖父の使う『剣』ではなく『刀』だった。
同じ刃物でも断ち切る剣と切り裂く刀では使い方が違う。
特に硬い相手に刀は不利だ、刀の刃は僅かな欠けで切れ味が極端に鈍る。
(切り裂くのは諦めるか)
刀に魔力を纏わせる。刃の上に魔力の刃を作り『刀』を『剣』へと変える。
(胴体は無理か?なら足だな)
『硬い相手は可動部を狙え』
『剣皇』の教えに従いゴーレムの右足の付け根を狙う。
間合いに入った瞬間、ゴーレムに向かって弾け飛ぶ。
迎撃するようにゴーレムの豪腕が振られる。
ブウォーン!
屈み込む様に避ける俺の頭上を風を巻きながら腕が通り抜ける。
その勢いのまま右足を斬りつける。
(重い!けど)
ズッシリっとした手応えを感じるが強引に振り切る。
(流石にただの鉄とは違うか)
残心の姿勢のまま背後に巨大な物が倒れる音を聞く。
右足を失い、それでもまだ立ち上がろうとするゴーレムの首筋に背後から剣を突き立てる。
僅かに刺さった刀身を伝い内部に魔力を送り込み動力回路を焼き切る。
「まったく、堅い相手は厄介だ。斬るのも一苦労だ」
(だが、本当に厄介なのは)
驚きに目を剥いている仲間達にどう説明したものか、そのほうが厄介に思えてならない。
> サイド ???
「『斬るのも一苦労だ』じゃねぇって。フツー無理だぜ?。コイツおかしいぞ」
「たかがミスリルゴーレム1体じゃない。なにを驚いてるのよ?」
「フツーは無効化出来ない程の高位の魔法か、時間をかけて魔法無効化紋章を削って無力化するか、しか無いんだよ。剣で斬るとか『剣王』かってんだよ」
「確か『剣皇』のお孫さんだったっけ? それに、それを言うなら貴方も斬ってたじゃない?」
「無理だよ。コイツじゃなきゃ、な」
傍らに立て掛けてある愛剣を叩き存在を示す。
「そのうちキッチリ挨拶しとかなきゃな」
ニヤリと笑うその顔は獲物を前にした獣のようだった。
> サイド ヒロ
いったい何を聞かれるかと内心心配していたが、アリシアとマシウスは何か事情が有るのだろうと、特に何も聞かずにいてくれた。流石だ。
ナタリアは専門外の事に何があったのか理解できていなかったのと、空気を呼んだのか特に何も聞くことは無かった。
しかし、最も流石だったのはメリオラだった。
「何で今まで本気を出さなかったのさ?」
まったく空気を読む気が無かった。




