第二話-リコピン先生の危機?みさきゅんの危機?
7月11日(土)、32度、快晴
暑。今日を表す漢字はその一文字で充分だ。先週は夏にしてはいくらか過ごしやすい涼しさだったのになぁ。最近天候がおかしい気がしてならない……が、私にはどうにもできないので置いておこう。
そうそう、先週無理矢理参加が決定されてしまった町会対抗アニソン紅白の開催日は明日に迫り、今日はいやいやながらも学校でリハーサルをした。歌う曲はまだ決まっていなくて、明日の喉のコンディションやテンションで決める……予定なのだが、どう考えてももう決まっているようなものである。とりあえず、とりあえず書くが……基本関係ないと思って欲しい。
・里子スペシャル(却下)
・日向スペシャル(絶対却下)
・小日向スペシャル!(作ったのは日向。てかみさきゅんの本名ばれちゃうでしょ馬鹿!!)
・とんぼスペシャル(もう意味不すぎてヤバイ)
・Happy Smile(みさきゅんのデビュー曲)
そして学園長、あなたの好感度は(もともと無かったに等しいけど)+から-になりました。やったねおめでとう。
「おーっはよう小日向!」
「……ああ……おはよう、とんぼ……」
「ん?どうした小日向、いつにも増してテンション低いな」
心の底からキョトンとした顔をする日向。……今人気のメンタリズムでも覚えて人の心を読むがいい。
「いつにも増してってなんだよ……ってか、なにこの候補曲一覧は!!なに里子スペシャルって!まじ意味不なんですけど!!」
「意味不とはひどいな。里子スペシャルとはその名の通り、私がメイクしたスペシャルなソングさ」
「なんかうざい。なんか喋り方うざい!」
「まあまあ、リコピン先生も小日向も落ち着きなよ。ま、僕はみさきゅんの声が聞ければなんでもいいんだけどね♪」
「意味分かんないから!!……ってか、明日は私の声で歌うよ?」
私は喉の調子を変える事によって、何種類かの声を出す事が出来、主なものは「小日向の声」、「小日向の歌声」、「みさきゅんの声」、「みさきゅんの歌声」。明日は「小日向の歌声」で歌うので、私がみさきゅんだとは気付かれにくい。あー、みさきゅんのファンなんだろうなーくらいにしか思われないだろう。
「え!?待って、それじゃあ小日向を出す意味がないじゃないか!」
「なにが目的なんだお前はっ!!」
「えー、いいじゃん小日向ぁー。コンサートだと思えば、さ?」
「ネットアイドルってほとんどコンサートしないでしょーがっ!」
そう、ネットアイドルとは大体、人前に出るの恥ずかしくてやばい!って人がなるものなので、リアルでコンサートをしたらもはやネットアイドルではなく普通のアイドルになってしまう。
「ま、どちらにしろ小日向には歌ってもらえればいいんだろ?」
……しかし、いくらとんぼともめようと、結局私は出るのだ。
「じゃ、ボイストレーニングするぞ~」
歌に関してはとても尊敬できる……とは言い難い、というか全くと言っていいほど言えないリコピン先生のボイストレーニングが始まる。
この学園には3人の音楽教師がいるはずだが、歌好き同好会顧問リコピン先生の担当教科は確か数学。
「先生、一次関数の基本式は?」
正解はy=ax+b。中学二年生で約半年、教科書の約半分のページを使って叩き込まれるこの単元、間違えたらもう先生と呼べなくなるレベルの問題だ。
「そんなの簡単だ。答えはx=yba。なんだ小日向、先生を馬鹿にしているのか?」
どうやったらxが左に来るんだよ!そんな式、一次関数も比例も二次関数も反比例も出て来なかっただろ!
「……先生、一次関数は、y=ax+b、だよ」
「なっ……それは本当か、とんぼ?」
「……うん」
生徒三人に生暖かい目で見つめられる先生一人。
「名門高校の先生がこんなんでいいのか……?」
確かに。クビだ!とか言われてしまいそうで若干怖い。
とその時、部室の扉がノックもなしに開けられた。
「……っ、誰だ、てめぇ!」
「こら、日向失礼で……って、あれ?失礼ですが、お名前は……?」
「リコピン、分かるか?」
「さぁ。って日向、今あんたリコピンって言っただろ!」
「誰だ?」
入ってきたのは、いわゆる日曜夜の怒鳴るお父さんヘアにピカピカ光るおでこと黒ぶちのメガネ、それに真っ黒のスーツと真っ赤なネクタイをした、そう、例えるなら……。
「なんか学園長の標準装備みたいな格好してねぇか?」
「あーっ、分かる!テンプレっぽいよね!」
「こら!」
いきなりの怒声にビクッとする三人(+先生一人)。部活では先生を怒る方だし、普段は超優等生の自分達なので、基本怒られるという事に慣れていない。
「私は立派な学園長だぞ!」
「あー……並木さん?」
確か、学園のパンフレットに名前があったような気がする。
「そうじゃ。わたしは、並木一郎」
あれ?次郎じゃないの?
「一郎?次郎じゃなかったっけ」
そうそう、そんな感じで私の心の中を察してくれればいいのに。
「次郎は私の弟。この学園の理事長をしておる」
「理事長か。弟さんの方が偉いじゃねーか」
「ちょっと日向、本当の事言ったら可哀想じゃないか。ねぇ、日向?」
基本的に新入部員も訪問者もいないこの部活のメンバーは気配りというものを知らない。
「で、なんの御用ですか?」
ちなみに私は国語の偏差値が70あり、どうでもいい人にも敬語を使うのが大の得意なのである。
「上野里子先生」
「んはぁい?」
「解雇処分だ」
「はいはい……って、ええええ!?」
「何言い出すんだよおっさん!」
「理由は?」
「彼女はこの学園には相応しくない、ただそれだけだ」
「いや、ちょ……」
私は足掻く。
「リコピン先生はきちんと仕事をしています!」
私は吠えた。
「ほう、では聞かせてもらおうか」
学園長が超絶憎たらしく笑う。
「うーんと、雑学教えてくれたりとか、部活の顧問とか部活の顧問とか部活の顧問とか部活の顧問とか部活の顧問とか……」
「お前部活の顧問とかしか言ってねぇぞ」
日向に突っ込まれる。
「あう……だって、本当にそれしか……」
とそこで、私は重要な事にいち早く気付く。
「ってちょっと待てぇぇぇぇい!!!え、何!?リコピ……上野先生が解雇になったらこの部活廃部じゃん!!!」
「あ!そうか!」
「そ、そうだねぇ……」
学園長は何かを思案している。悪い事でなければいいが……」
「いきなり廃部は嫌だろう。チャンスをやる」
「チャンス?」
日向の左眉がピクッと動く。ここだけの話、日向は元ヤン。このまま挑発し続けると爆発するフラグが立っているので、早めにお願いしたい。
「向坂、お前ネットアイドルらしいな」
うぇ、どこから漏れたんでしょーか。
「は、はぁ、まぁ……」
「再来週、公民館で地元凱旋コンサートを行え。もちろん私とそこの三人にも見てもらう。ネットと変わらないようなコンサートをな。もしそれが成功すれば、解雇はなしにしよう」
リコピン先生の視線が痛い。日向の視線が怖い。てかガン飛ばしてる。とんぼは目をキラキラ輝かせている。
「えー……マジですか……」
「お願い、私の首が懸かってるのよ!」
自分の首を指差しながら言う先生。
「いや待て待て。なんで実物の首が懸かるんだよ。てか誰のせいだよ」
「先生借金が多くて。教師辞めたら死んじゃうの」
「語尾を若干上げる話し方やめてください。……はぁ」
結局、みさきゅんはコンサートするしかないのか……。
結局コンサートするしかないんです。
それがみさきゅんの運命。