〜プロローグ〜
〜不思議な世界というものは案外、隣にあるものなのかもしれない〜
ー僕はいつも通り、学校から家への帰途についていた…
「ーっ!」
久しぶりに見たものだから少し驚いてしまった。そこにあったはずのもの、いや、者はもう見えない。やはり気のせいだろうか、などと考えることなどとっくにやめていた。だってそれは紛れもなく『いる』のだから。
小さい頃はしょっちゅう見ていたが気にすることなどなかった。それが明らかな異常だと気づいたのは中学生になってからだったが、その頃にはもう見ることは少なくなっていた。年に2〜3回ぐらいだった。自分が見ているものが果たして何であるのか、そんなことは当然のことにして分かるはずもなかった。
そこには『人の影』があった。ただこいつらが無害なものであろうということしか僕は知らない。まあ、見ぬフリをしてればいいはずだ。これまではそれで大丈夫だったんだから。
少し不安になった僕は再び歩き出し、帰宅を続けようとした。しかし、十数mぐらい歩を進めると突然、
「ニャーッ!」
と黒猫が飛び出してきた。
「わっ」
驚いた僕は危うく後ろにこけそうになった。なんとか体勢を整えると、黒猫はもういない。(しかし、今のは…どう考えたって…)はっきりと見たわけではないのにそれが黒猫だと思ったわけ…それは…
「あの『人の影』の雰囲気に似てたな」
これはいままでになかったことだ、心の内で不安よりも危機感が膨らみ始めてきた。だって最近は全く会っていなかったものに会ったかと思えば、そいつによく似た雰囲気の猫に出会ったのだから。だから僕は、
「早く、家に帰ろう」
そう決意したのだった。
不気味なほど赤く染まった夕焼け空は、僕の歩行を早歩きに、そして駆け足までにした。
なんとか家にまでたどり着いたときにはかなりの汗をかいていた。結局、夕飯を食べてからは何もする気になれず床についた。
ジリリリリリ… 目覚ましが鳴っている、普段は鳴る前に起きるのだがよっぽど昨日のことが頭について離れなかったらしい。昨日は三時くらいまで寝れなかった記憶がある。
「ふあ」
1日明けたがしかし昨日のことはまだ少し頭に残っていた。(ま、なんとかなるよな?)そうして僕はいつものように登校の準備に取り掛かる。
家を出ると昨日の印象的な夕焼け空とは対照的に快晴の青空が待っていた。そんな中、昨日のことを少し考えていたからか、
「おーい、リョウ。聞こえてる〜?」
自分の名前が呼ばれて、やっとその声の主に気がついた。
「ああ、なんだ、茉莉か。」
その声の主、桐島茉莉は、頬を膨らませながら、
「茉莉か、ってそっけないね。幼馴染みが迎えにくるシチュエーションだって最近は少ないんだよ?少しは喜ばないの?」
ん〜、なんというか少し変わってるというか…。でもいつも通りかわいい。
「あなたの騎士になりますって言ってくれたのに!」
いつの話なんだ。そんな昔の話をまだ信じてるのか?彼女の顔を見ると、明らかに笑いをこらえている。まあ、知ってるけどさ。僕は彼女が好きだ、そんなことを言ってしまえるくらいに。騎士になりたいは言い過ぎだったと後悔しているが…
「いつの話だよ。それよりどうしたのその手?」
茉莉の中指には包帯が巻いてあった。茉莉はとくに気にしたふうもなく笑顔で、
「あぁこれ?昨日、料理しているときにちょっとね。」
そんないつもの会話をしているうちに学校に到着した。
「じゃ、またあとでね〜」
そういうと彼女は自分の教室に向かって走り出して行った。
授業も終わり、今はもう放課後。昨日と同じような赤い夕焼け空にわずかながらの不安を抱きながら僕は校門前で茉莉を待っていた。その日は委員会があるらしく、少し遅れるという話はすでに茉莉から聞いていた。すると、
「あれ?あいつは…」
なんと昨日見た黒猫が歩いていた。
「なんだってまた…」
昨日は突然出てきたものだったから分からなかったが、どうやらあの猫は『本物』らしい。ただあの『影』をうっすらとまとっているようにも見えた。(昨日はなにもなかったからな。ちょっと追いかけてみるか。)
その時茉莉はちょうど委員会が終わり、校門へ向かっていた。リョウが見えたので、
「リョウ〜。」
呼び掛けてみたが、どうやらリョウは別のものに気を取られているようだ。
「あれ?気づいてないのかな?」
そのまま近付こうとすると、突然リョウはなにかを追いかけるように歩きだした。当然、茉莉もそのリョウの後について行くのだった。
猫は特に、不思議な仕草をとることもなくただ移動するだけだったが、突然足を止めたかと思うと、ついてきているのは分かっているんだ、とばかりにこちらに目を向けてきた。
どうしようか迷った僕だったが結局近づくことに決めた。猫は依然足を止めてこちらを見ている。その視線はちょっと不気味だ、異様に落ち着いている。
猫まであと数歩といったところだろうか。突然、茉莉の声が聞こえてきた、
「リョウ、危ない!」
ハッと顔を上げた頃にはもう手遅れだったようだ、一台のトラックが眼前に迫っている。次の瞬間にはキーッというブレーキ音とゴッという鈍い音が響き、僕の視界は赤く染まり、茉莉の叫び声とも泣き声ともつかない声が僕の耳に残った。
彼女の笑顔やさまざまな表情を思い出し、その他の思い出たちもたくさん蘇ってきた。(あぁ、これが走馬灯って奴なんだな)
記憶の最後に出てきたのはその日の真っ赤な夕焼け空と影をまとったような黒猫だった。
ー僕の死がこの物語のハジマリ。