第15話〜お願い誰か俺を助けてよ〜
あらすじ。主人公は不能の恐れがある。
それでは、第15話をどうぞ。
ガヤガヤ ザワザワ
普通過ぎる効果音、でも、それがもっとも最適な、今、この状況。
「世の中って、不平等だよなぁ…」
松永のぼやきは俺と久保に向けられたものであることは容易に想像がつく。
「松永、人間にはな、2種類あるらしい。格好いい奴と、その引き立て役のな」
今日はえらくテンションが低めの川口が松永を諭す。
「セーちゃん♪はい、あーんして、あーん」
…。羞恥心のない十代に水平チョップしたくなった。俺の立場を考えろ。藤本。
と、いうわけで、お隣の久保さんはというと…
「ねぇねぇ久保くぅ〜ん、携帯のアド教えてよ〜。アド」
昨日の告白騒動で一躍有名になった俺らの班と藤本の班。その件で久保の容姿の事と、藤本班との仲が前橋高の女子生徒たちに知れ渡り藤本班をパイプに、どうにか久保とコンタクトを取ろうという魂胆らしい(岡部談)。
当の本人である久保はというと、これだけの人数がいるのに、一人一人の顔をしっかり確認して「42点、56点…61点、いや、59点か?」ボソボソと小声で恒例の失礼な採点をしている。相変わらず不思議というか馬鹿というか…。
「ねぇ、俺のアドは聞かんの?」
松永が近くにいた女子に声をかける。
「うっさいわねぇ、あんたたちになんか興味ないの。私たちが欲しいのは久保君の情報なの!」
「…んだと?俺は関係ねぇだろうが。何が『あんたたち』だ。えぇ?俺がいつお前らに言い寄ったよ?この売女め。自意識過剰も大概にしとくんだな」
川口が噴火した。今まで誰にもぶつけていなかった分のイライラをぶちまけた。ちょっとした八つ当たりなんだろうなぁ…。危ない危ない。
「な、何ですってぇー!?」
でも、まぁ、ここまで騒がしいのはちょっとなぁ…。
「セーちゃん、あーん」
こ、こっちもかっ!
「いや、だからな、もうちょっと周りというものをだな…」
「おい、田中」
藤本にちょっとした人間社会の摂理を説こうとしていると、低い声が横から割り込んできた。
声の主は…。上之保学園体育教師、剣道部顧問、剣道4段保持者。43歳バツイチ。酒井久蔵。
「…何すか?先生」
くるっと酒井のほうを向き、ちょっと不機嫌に対応する。何故か不機嫌か、こいつは行事のたびに馬鹿ばかりやってる俺たちを妙に嫌っている節があるからだ。嫌われてる相手とは話したくないからちょっと不機嫌め。
「昨日の件だが。何だ、アレは。異性との交遊は禁じると校則にもあるだろうが」
「そですね、しかし、それと昨日の件に何の接点が?」
とぼけてみせる、藤本は、何も言わない。
「ふざけるなっ!」
ばちんっ!
強烈なビンタが俺の頬を打つ。
「・・・っ!!」
反射的に相手を睨み付けてしまう。
「何だその目はっ!」
ばちんっ!ばちんっ!
今度は二回、左右を一回ずつ。口の中を鉄の味が駆け巡る。これで、今まで抑えていた俺の頭の中の何かが飛んだ。
「ざけんなよ…。何だ、しつこく叩きやがって…。旧式の教科書通りの説教でよ、人の心を変えれると思ってんのかよ、先生。こりゃ、説教でも指導でもなく、ただのストレス解消なんじゃないんですか?」
「っ!」
酒井は顔を赤くする。逆効果なのは分かっていた。でも、言わなきゃ気がすまなかった。
どっ!
「がっ…っは…」
胸を穿つ一撃。この衝撃はビンタのそれとは違う。この野郎、いよいよ得物を抜きやがった。酒井の右腕に握られた、血の染みが見えてきそうな竹刀。
周りの視線が一気にこっちに注がれる。
「一つ。聞いておく。お前は、そこの女子と付き合っているのか?昨日、彼女へどう答えた?」
「くだらねぇ、そんなののために殴られたのかよ。俺は。誤解も甚だしいぜ。俺がいつ彼女と付き…付き合っているって…言ったよ。付き合ってる…わけが、ない」
途切れ途切れなのは藤本に対して後ろめたさがあるから。今、藤本のほうを向くことは許されない。あと少しでも、相手に確信をもたれたら駄目だ。藤本は、何も言わない。
「…。ほう、嘘だったら、容赦しないからな」
俺を殴って気が済んだのか、予想外にあっさりと去っていった。
「大丈夫か?セーダイ。って、大丈夫じゃないやんな…。口切ったか?口、開けてみ」
一番先に俺に駆け寄ってきたのは久保。叩かれて一時たつというのに赤みの取れない頬を見て久保が心配そうにする。藤本は、何も言わない。
口をあける前から分かっていたが、口の中はやはり、切っていた。口内炎にならないかちょっと心配だったが、他に外傷はないので放っておく。
「うがいしたほうが良いで。あと、せやな…。一応、バス子ちゃんとこに行っといた方がいいかもな。今日も、スキーはたぶん禁止になるやろうけど」
「…。マジでか…。つーか、俺はココに何しに来たんだよ…」
「修学旅行しに来たんだろ?」
松永が笑いをこらえながらそう言う。
「ここで話しとくのもなんだし、さっさと保健室行けば?」
「・・・。ん、そうだな…。ま、俺の分までスキー楽しめや」
ちょっと皮肉を込めてそう返す。くそぅ、何で俺ばっかりこんな目に。
「努力する…。楽しめるように、な。どうにも、そうできそうにはないが」
川口が眉間にシワを寄せてある一点を見る。俺もソッチを見る。なるほど。大変のは俺ばっかりじゃないようだ。
「んじゃっ!久保、頑張れよっ!」
速攻で逃げる。人の波に飲まれないように。自分のあらゆる身体能力を最大限に活かし、俺の件のほとぼりが冷めるのを今か今かと待ち構えていた久保に群がる女性陣を避ける、避ける、避ける。
・
・
・
女の海を抜け出て、医務室に行き着く。相当息を切らしている。医務室の前に見慣れた影が一つ。高見さん?否、藤本だった。
「…。何やってるんだ?こんなところで」
その人影に近づき、声をかけてみる。
「・・・」
藤本は、何も言わない。反応すらしない。こっちを見ない。声が聞こえない。そんなことはない距離だ。
「おいっ!ゆっちゃんって!」
今度は大声で呼んでみる。
「……ぃで」
何か言ったのは聞こえた、しかし、あまりに小さい声で上手く聞き取れなかった。
「『ゆっちゃん』とか気安く呼ぶなって言ってるの」
「あ・・な、何を…言っ…ぅ」
あまりのショックに声が上手く出せない。口に猿ぐつわでもされた気分だ。頭の中が真っ白になり何も考えられない。
「理由?理由が聞きたい?」
普段の彼女とは違う、凄くさびしそうな彼女。
「う、あ、う…ぅん」
「とても、身勝手だったから。こういっておきましょうか。あとは田中君が、自分で考えて」
パタパタパタ…
彼女はそういうとその場から去っていった。少しずつ遠ざかっていくスリッパの音が凄く嫌だった。
いきなり、俺が、泣き出した。声にならない嗚咽を出し、俺が、泣き出した。
彼女が何故あんなことを言ったのか。それは、何となく分かる。多分、酒井との言いあいが関係しているのだろう。
でも、あそこで言った俺があそこでついた嘘は、自分以外にも、藤本を守ろうとしてついた嘘で、あの場では最善だと思ったから。俺が傷つくだけなら、あの場で公言しても良かったが、酒井が怒って藤本に危害が及んだら嫌だと判断したからだ。
ここまで自分を自分で弁解してはっと、思う。そんなやって、藤本をわからずやに仕立て上げ、藤本が悪いとして、自分を守ろうとする自分がいて、それに気づいて、またひどく泣き出した。今度は声が漏れる、大声になりそうだ。誰か、俺を、止めてください。
「あぁあああぁああぁあああーっ!!」
医務室の前で、泣きじゃくった。大声で。廊下で反響する。大音量の泣き声。みっともなく、泣き崩れた。真っ白な頭には藤本の最後に残した酷く哀しそうな顔だけが残っていた。
如何でしたか?この辺から佳境(?)になってくるのですが…。次回『第16話〜小休止〜』も、どうか貴方様の時間の都合が許す限り…。