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中枢機構 三三〇四

作者: sbsbbb

挿絵(By みてみん)



第一章 日常



 新緑がその存在を殊更に主張し始めた頃。

 雲ひとつない晴天の下、子供たちは元気に町中を駆け回り、女たちは井戸端で他愛もない話に花を咲かせていた。

 そんなどこにでもありそうな下町の一角に“花村剣術道場”はあった。先代師範が城の剣術指南役を務めていたこともあり、この辺りでは名の知れた道場だった。

 今日も現師範花村弥太郎の下、生徒たちは稽古に励んでいた。

 弥太郎は竹刀片手に生徒の間を縫うようにして歩きながら指導をおこなっていた。

 弥太郎はそのいかつい顔立ちから怖がられる事が多く、子供を泣かせてしまう事もしばしば。子供好きの彼にとって悩ましいことだった。その為子供たちと触れ合えるこの仕事を彼は天職だと思っている。

「新之助。振りが大きすぎる。もう少し小さく」

「はい!」

「喜助は力みすぎ」

「はい!」

 生徒たちは今、竹刀を手に素振りを行っている。その中に師範の娘であるサキの姿もあった。父に似ず可愛らしい顔立ちをしている。サキは伸ばした髪を後ろで束ね真剣な顔で竹刀を振っていた。額にはうっすら汗が浮かんでいた。男性上位のこの世の中。師範の娘とはいえ道場に通う女性はほぼいないであろう。その証拠に近隣の道場を見てもサキだけであった。

「素振りやめ!」

 弥太郎の声が響く。

 生徒たちは手を止め、それぞれ脇へと下がる。

「これより手合いを行う」

 弥太郎はゆっくりと道場の奥、神棚の下へ歩みを進める。そして生徒達の方へ体を向ける。

「喜助。サキ。前へ」

『はい!』

 二人は道場の中央へ進み、竹刀の先が触れるか触れないかというくらいの距離を置き向き合う。

 ともに久しぶりの手合い。二人の実力にさほど差はない。

 緊張感が高まる。

「はじめ!」

 サキは一歩前へ、喜助は一歩下がる。動き出しはほぼ同時。しかしすぐに喜助の視界からサキの姿が消える。喜助は慌ててさらに一歩下がる。さぁ、どこからでも――


――パァン――


 道場内に竹刀の爆ぜる音が響く。

「えっ……?」

 目の前に額を押さえてうずくまるサキの姿があった。

 何が起きたんだ――?

 喜助は竹刀を構えたまま動けずにいた。

「おい、大丈夫か!」

 弥太郎が慌てた様子で駆けてくる。その顔はすでに師範ではなく父親のそれであった。


 母屋の自室にて座布団を枕に横になるサキ。額にはぬらした手ぬぐいがのっていた。道場で転んだときに額を竹刀の柄に思い切り打ち付け真っ赤になっていたので現在冷却中である。

「あ〜あ……またやっちゃった」

 また何もないところで転んでしまった。何故かいつも大事なところで失敗してしまう。「気だけが前に出ている」とよく言われる。そのたびに母から「剣術なんてやめて女の子らしくしなさい」等と小言をもらっていた。

 元々好きで始めた剣術ではなかったが、いつしかこれを使って人の役に立てたらと思うようになっていた。でも、なかなか思うようにいかない。

 物思いにふけりながらボーっと天井を眺めていると、何かその視界を横切るものがあった。その動きはとてもゆったりとしていた。サキはそれを目で追う。球形をしたそれは時折色を変えながら漂うように浮かんでいた。その名を“キウイ”といった。


 キウイは花村家に代々伝わっているもので、その昔、天の使いが残していったとされている。使用者が望めばその姿を変える便利なものである。

 ちなみにキウイという名は姿を変える際に金属が軋むような“キィィ”という音を立てるところからサキがつけたものである。

 元々両親がサキのことを案じて持たせたものだったが、キウイは使用者の意思に反応して動くもの。両親の想定していたような突発的な事態に対する“お守り”にはなり得るはずもなく、今ではサキの良き友になっている。


 夕日が室内を赤く染める。道場の方から子供たちの話し声が聞こえる。どうやら今日の稽古は終わったようだ。

「喜助には悪いことをしたなぁ」

 ポツリつぶやく。

 父に抱えられ道場を出るときにチラリと見えた喜助の姿。なんともいえない不思議な顔をしていた。喜助にとって手合いの相手がいきなり転んで負傷するなんて初めての経験だろう。まぁ、それは喜助に限ったことではないだろうが。 

明後日の稽古の日にでも……いや、明日の方が……。

「ねぇ、キウイ。キウイはどう思う?」

 サキの元へやってくるキウイ。しばらくサキの周囲を漂った後、何事もなかったように離れていく。 キウイは何も言わないが、なぜだか背中を押されたようなそんな気がした。

「うん。そうだよね、やっぱり。明日喜助のところに行ってみるよ」



第二章 潜入



 月明かりの下、列を成して歩く人影があった。

 皆、一様に袋のようなものを背負い、先頭の人影はなにやら四角い箱を手にしていた。それは時折発光し、そのたびに皆立ち止まり言葉を交わしていた。

「やっぱり動いてますね」

 先頭の人影が言う。

 手元の端末が発光するたびにその顔をぼんやりと浮かび上がらせる。

「間違いないのか」

「えぇ。何度やっても同じ反応です」

「了解。よし、行くぞ」

 彼らの視線の先には山といっても差し支えないほど大きな半球形の物体があった。それは月明かりを受け、鈍く光を放っていた。

 サキは花柄の着物に身を包み、家を出た。額にはたんこぶがあり、うっすら赤くなっていた。

 キウイはいつものようにサキの頭の上辺りを漂っている。時折まるで疲れたとでも言うようにサキの頭の上に乗り、そのまましばらく動かないこともあった。初めはサキも嫌がっていたが、今ではサキの方が根負けし日常のひとつとなっていた。

 空は今日も快晴。このところ雨は降っていない。しかし、晴れが続くと「雨降らないかなぁ」と思うこともある。雨は嫌いだが、やんだ後の澄んだ空気や匂いは好きだった。

「大丈夫かなぁ、あの木」

 サキの視線の先には町の中央にそびえたつ巨木の姿があった。

 天にまで届きそうなくらい大きなその木は、その巨大さと季節問わず青々とした葉を繁らせているところから“御神木”と呼ばれ、信仰の対象にもなっていた。

 このところの雨が降っていないせいか若干元気がないようにサキにはみえた。

「……それじゃぁ、キウイ。案内お願いね」

 キウイはサキの肩の辺りまで下りてくると、その身を矢印に変えゆっくりと進み始めた。喜助の家は道場からみて御神木の右の方にあるはずだ。

 町中をキウイについて進んでいく。すると道端にかがみこんで木箱と格闘している男の姿が眼にとまる。

「キウイ、ちょっと待って」

 サキは男に声をかける。

「すいません。どうかされたんですか?」

「あぁ、君は花村さん所の……どうしたんだい、そのおでこ」

「ちょっとぶつけちゃって……」

 サキは苦笑いを浮かべる。そして気づく。おでこの話をしにきたのではない。

「ところで今、何をしてるんですか?」

「仕事しようと思ったんだけど、鍵の具合が悪いみたいでな。道具箱が開かなくて仕事にならんのだよ」

 男は再び手にした錠前に鍵を差し込んでみたが、カチャカチャと音がするだけで開く気配はない。

「困ったもんだ。もういっそのこと壊してしまったほうが早いのかもしれんな」

 男はため息をひとつ。

「う~ん……あっ、そうだ」

 サキは矢印姿のキウイに尋ねる。

「ねぇ、キウイ。この鍵開けられないかなぁ」

 キウイはその姿を変えられる。しかし今まで道案内の矢印くらいにしか変形させたことはない。でも、もしこれができればもっといろんな人の役に立てるかも知れないとサキは考えていた。

 キウイは変形を解き、球形に戻る。そしていつものようにサキの周りを漂い始める。何かしそうな気配は微塵も感じられない。やっぱりだめなのかもしれない。世の中そんな都合よくいくわけがない。

 サキと男の間に気まずい空気が漂う。

「……うん。やっぱり壊すことにするよ。ありがとな」

 男が先に口を開いた。

「すいません。お役に立てなくて……」

 サキは力なく頭を垂れる。

「まぁ、そんなに気を落とすなって。お前さんが悪いわけじゃないんだから……ん?」

 男の視線がサキの頭上に注がれる。サキもつられるように頭をあげる。 

「あれ? キウイ?」

 キウイが木箱の方へ向かってゆっくりと移動していた。

 二人の視線がキウイに注がれる。相変わらずキウイはゆっくりと移動している。

 キウイは木箱についた錠前に張り付く。


――キィィ――


 カチャッ。

 軽い音とともに鍵が外れる。

 何事もなかったようにサキの元へ戻ってくるキウイ。

「おぉっ! すごいな、そいつ。一体どうやったんだい?」

 男は子供のように眼を輝かせていた。

「えっ……」

 人の役に立てたのは素直に嬉しく思う。しかし、サキにも何が起こったのかわからなかった。

「……なっ、内緒です」

 そう応えるのが精一杯だった。

「ははっ。内緒かぁ。でもまぁ、とにかくこれで仕事が出来る。ありがとな」

 男は木箱を開け、仕事にとりかかる。

 なんで鍵を開けるまであんなに時間差があったのだろう。

 サキはどこかすっきりしない気持ちのままその場を後にした。

 元々キウイは自我を持たず主の意思に従うもの。その意思が明確であれば反応も早い。しかし、今回の場合、サキの言葉がキウイに対しての指示とも確認ともとれる上に、サキ自身出来るかどうか半信半疑の状態だった。そのためにキウイがそれを指示と認識するまでに時間を要したのだ。それにサキはまだ気づいていないようだった。

「イタッ」

 顔をあげるとそこには男が立っていた。考え事をしながら歩いていたので、ぶつかってしまったようだ。

「すいません。考え事してて――」

 サキは頭を下げる。

 男は驚いた表情を浮かべている。

「大丈夫ですか?」

 サキは尋ねる。

「……! だ、大丈夫ですから」

 男は無愛想にそれだけ言うと逃げるようして去っていった。服装は町人のようだったが、男は金髪碧眼だった。サキは生まれてこのかたあんな人に出会ったことがない。気になって振り返る。そこに男の姿はなかった。

 サキは気持ちを切り替え、キウイに言った。

「さて、キウイ。今度こそ喜助の家までお願いね」

 キウイは再び矢印に姿を変え、ゆっくりと進み始めた。

 

 建物の影に男の姿があった。

 男は手にした銀色の筒を口元に近づける。

「こちらエース。セージ、応答願う」

『こちらセージ。どうだ、下の様子は』

 筒から声が聞こえる。どうやら通信装置のようだ。

「生存者多数確認。何人か声をかけてみたが鍵の在り処どころかその存在自体知らないようだ」

 エースは調査結果を伝える。

『それは本当なのか?』

「あぁ、間違いない」

 エースは断言する。

『在り処はともかく、存在すら知らないなんて……ありえないだろうそんなこと』

「それに、この船のこともわかってない。声をかけた人たちの中に『船なら川に……』って、船着場まで案内してくれた奴までいたくらいだ」

『それこそありえんだろう。自分達の――』

 そこにノイズとともに別の声が割り込んできた。それはサキがぶつかった金髪碧眼の男のものだった。

『こちらジン。鍵の所在を確認した! 今は少女が所持している。至急対応願う』 

 その言葉に緊張が走る。

『こちらセージ。ジンはそのまま調査を続行。エースはとりあえずジンと合流してくれ。対応が決まったら追って連絡する』

 セージは二人に指示を飛ばす。

『了解』

「了解した」

『くれぐれも無茶するなよ』



第三章 接触・対立



 自宅への帰り道。サキの頭の上にはキウイがちょこんと乗っていた。

「思ってたより遅くなっちゃったな」

 喜助に謝ったらそのまま帰ろう、そう思っていた。しかし、喜助の母にお茶を勧められ、先ほどまで彼女のひとり喋りに付き合わされていたのだ。

「喜助から聞いてはいたけど、あれは想像以上だったね」

 おそらくキウイに同意を求めたのだろう。しかしキウイは何も応えない。でもちゃんと伝わっている。サキはそう信じていた。


 サキからその声が聞こえるかどうかというくらいのところにエースとジンの二人はいた。

「本当に鍵と関係あるんでしょうか、彼女」

 ジンが問う。

「さぁ、どうだろうな。だが、“鍵付き”であるからには何も知らないってことはないと思うけどな」

「しかし、まだ“鍵付き”と断定されたわけでは――それに罠の可能性だって」

「そんなことしてどうする。お前もわかってるだろ。鍵がそんな安易に使って良いというものではないことくらい」

「それはそうですけど」

「まぁ、お前の気持ちもわからんでもない。私もあんなに若い“鍵付き”をみるのは初めてだから――おい、行くぞ」

エースは駆け出した。その視線の先には今まさに角を曲がろうとするサキの姿があった。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 ジンは慌ててエースの後を追う。

 ろくに確認もせずに飛び出したその先には腰に刀を下げた――確か侍と呼ばれていたはず――男がいた。ぎりぎりのところで衝突は回避したが、腰のポーチが侍の刀に当たってしまった。

 ジンは軽く頭を下げ、男の脇を通り抜けようとした。

「すいません。急いでいたもので」

「無礼者!」

 しかし男はそれを許さなかった。

「鞘当てしておきながら、その程度ですまそうなどと……! 許せん! そこになおれ!」

 男は怒りに身を震わせていたが、ジンにはなぜそんなに怒っているのか全く理解できなかった。

「えっ、えっと、あの……その……」

 ジンはパニックに陥りかけていた。

「なんだ、喧嘩か?」

 人が集まり始める。

 ジンの頭の中は真っ白になっていた。いったい何がどうしてこうなっているのか、さっぱりわからない。ただ、現状が悪い方に向かっていることだけは理解出来た。

 男が刀を抜いた。

——やばい。逃げなければ——

 ジンは視線を巡らせる。しかしすでに辺りは町人に囲まれており逃げ道などない。

 男が刀を振り上げる。

 もうあれを使うしかない。ジンが覚悟を決めた次の瞬間。

 人ごみの中から一瞬光がもれる。


——バチッ——


 静寂が辺りを支配した。まるで時が止まったかのようだった。

 男が糸の切れた操り人形のようにゆっくりと崩れ落ちていく。


「いったい何が――」

 野次馬の間に動揺が広がり始める。

「……なぁおい。し、死んじまったのかい……?」

「大変だ、こりゃぁ」

 それはジンも同じだった。元々隠密行動だったはずなのになんでこんな大事に――後々鍵の交渉等になったとして、これが良い材料になるわけがない。ジンは己の不運を呪った。

 ジンは辺りを見回した。

 野次馬の向こうに手招きしているエースの姿を見つけた。

 人々はその存在にまだ気づいていないが、それも時間の問題だろう。とにかく一刻も早く、ここから逃げなければならない。

 この騒ぎを聞き付けて野次馬の数は減るどころか逆に増えてきている。

 邪魔するものがいたらあれを使うと心に決め、一路エースを目指し、野次馬の中へ飛び込んでいった。

野次馬たちは驚き、反射的に避ける。自然とジンの前に道が出来ていく。意外とあっさり野次馬包囲網を突破することが出来た。

 二人が合流し駆け出そうとしたその時、


「待ちなさい!」


 サキが二人の前に立ちはだかる。

 二人は顔を見合わせる。二人とも苦渋に満ちた顔をしていた。

 今、彼女と一番対立してはならないのに――

 しかし、近くにいたのだからこれも想定しておくべき事態だったのかもしれない。

 前門のサキ、後門の町人。完全に手詰まりの状態だった。

「いや。あの――」

 ジンが口を開くが上手く言葉にならない。

 一体何をどうしたらこの場を乗り越えられるのだろうか。

「人を殺して逃げようだなんて。私そんなの絶対に許さないんだから!」

 サキが二人に迫ってくる。

「えっ……殺し?」

 ジンが間の抜けた声をあげる。そして気がついた。

――彼女勘違いしてる。

 エースも気づいたようでサキの方へ一歩踏み出し言った。

「ちょっと待ってくれ。私たちは誰も殺してなどいない」

「嘘言わないで。全然動かないじゃない、あの人」

「あれは電気銃で感電して気を失っているだけだ。死んだのではない」

「でんきじゅう……? そんな訳の分からない事言ってごまかそうなんて――」

「もしかして彼女電気知らないんじゃないですか」

 ジンがエースにだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いた。

「……なぁ、電気って知ってるか?」

 エースはサキに尋ねた。

「だからさっきから訳の分からないことばっかり言って。そんな手には乗らないんだからねっ」

 そんな手って一体どんな手だよ――ジンは思わずそう突っ込みそうになった。

「……もういい。これ以上は無意味だ……」

 エースはブツブツと苛立たしげに呟いていた。

「殺るぞ、ジン」

 エースは腰に下げたポーチから何かとりだした。それは手のひらに収まりそうなくらいの小さな銃だった。それをサキへ向ける。

「ちょっと、エース! なにしてるんですか!」

「もう、これ以上は無意味だ。娘。鍵をこちらに渡せ」

 サキはなにが起きているのかわからず、眼をぱちくりさせていた。

「もう一度だけ言う。娘。鍵を渡せ。さもなくば――」

「鍵……?」

 サキは首をかしげる。

――鍵って何の鍵?

――あの人が持っているのは何?

――なんであの人は怒ってるの?

 サキにはわからないことだらけだった。

 このまま問答を続けていても成果があがらないだろうことはジンにも理解できた。しかし、それにしてもこれは突然すぎる。何も知らない相手に電気銃を向けるなんて。

 今からあの子に一から教える時間もないし、理解出来ないだろう。ジンはそう判断すると二人の間に割って入ることにした。

「やめてください、エース! 鍵の前で何考えてるんですか」

「うるさい!」

 エースはジンを睨みつける。

「これ以上は時間の無駄だ。お前にもそのくらい分かるだろう!」

 エースの言うことも分からないわけではない。でもやっぱりこれは。

「それにしたってこれは強引すぎですよ! とりあえず電気銃を降ろしてください」

「強引だろうが、鍵さえ手に入れば問題はない」

 そんな訳ない。ジンは思った。

「そんなことしたらこの船が――」

「うるさい! そんなもの私の知ったことではない!」


――バチッ――


 エースが電気銃の引き金を引いた。

「キャッ……!」

「な……!」

 ジンは慌ててサキの方を見た。

 サキの前を浮遊するキウイ。近くの建物の壁にえぐれたような跡があった。

 どうやらキウイがサキのことを守ったようだ。

「あっ、ありがとうキウイ」

 ジンはホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、エースはその結果にさらに苛立ちをつのらせたようだった。

「この野郎!」

 エースは立て続けに電気銃の引き金を引く。

 キウイはことごとくそれを防ぐ。

 エースは苛立ちのあまり完全に目的を見失っている。

「やり過ぎです! やめてください、エース!」

「ぎゃっ」

 流れ弾にあたって野次馬の男が崩れ落ちる。

「おじさん大丈夫!?」

 サキは男の元に駆け寄る。

 男は完全に意識を失っていた。弱々しいが一応息はある。まだ死んではいないようだった。

 サキはエースを睨みつける。

「弾切れか……くそ!」

 当のエースは電気銃を地面に叩き付け、こちらには全く気づいていないようだった。

「一体何人殺せば気がすむの……」

 サキがつぶやいた。

「えっ……?」

 ジンはサキの方を向く。そしてサキの足元で倒れている男に気がつく。

 しまった。野次馬たちの存在を忘れていた。

「…………」

口を開くも言葉が出ない。何を言ったら良いのか全く浮かばない。エースは電気銃に八つ当たりをしていて全くあてになりそうにない。

「絶対に……絶対許さないんだから!」

 サキの怒りに応えるようにキウイはまばゆい光を放ち、姿を変え始める。

 みるみる大きくなるキウイ。

 そこに現れたのは天にも届きそうなくらい巨大な刀だった。

「こんなのありかよ……」

 ジンは呟く。これは逃げる以外にない。

 野次馬たちも危険を感じて逃げ始める。

「エース! 逃げて、早く!」

 エースはゆっくりと顔を上げる。そこに驚愕の表情が浮かぶ。

「早く!」

 ジンが叫ぶ。

「キウイ、やっつけちゃえ!」


 ゴォォォォォォ――


 耳をつんざくような轟音をたて振り下ろされる巨大な刀。

 その風圧で辺りの建物が次々と壊されていく。

 

 ズゴォォォォォォン――

 

 土煙を巻き上げ地面に大きなくぼみをつくった後、刀はその姿を消した。

「はっ、はははっ……」

 ジンの口から笑いが漏れる。エースも近くで腰を抜かして動けずにいた。

 刀の巨大さ故、照準は甘く、二人は難を逃れた。しかし思わぬ鍵の力を前に最早どうして良いのかわからなかった。

「な、なんだこれは!?」

 誰かが声をあげた。

 声の主は気を失っていたはずの侍の男だった。いつの間にやら意識を取り戻したようだ。

「えっ……!? 生きてる……!?」

 サキの顔に驚愕の表情が浮かぶ。

 ジンはサキに方に向き、

「えーっと。見ての通り私たちは誰も殺してません。ちゃんと話しますので聞いてもらえますか?」



第四章 新しい世界へ。



 サキはジンにこの町のこと、この世界のことについて教えてもらいながら“御神木”の根元までやってきた。

 町のどこからでも見える大きな木。これまで安易に近づく事は許されず、サキがここまで来るのは初めてのことだった。この巨大さを別にすればサキには普通の木にしか見えない。この木が彼らの言っていた”えれべーたー”とかいうものだとはどうしても思えなかった。それにここが大きな船の中だなんて。

 前を歩いていたエースが立ち止まる。サキは考え事をしながら歩いていたのでそのままその背中にぶつかってしまった。

「おっと……」

 エースは数歩たたらを踏む。

「――す、すいません」

 サキは鼻に手をあてながら言った。

「大丈夫ですか」

 ジンがどちらにともなく言う。

 エースは軽く手をあげると、こちらを振り向くことなくまた歩を進めた。

 “御神木”に手が届く距離まで行くとエースはその幹を手の甲で叩き始める。サキには彼が何をしているのかまったく見当がつかなかった。しばらくするとゴンゴンと生木からは絶対にしない音が聞こえた。エースは確認するようにもう一度同じ所を叩く。やはり先ほどと同じようにゴンゴンという音がする。

「よくここまで擬態させたな。見事なもんだ」

 エースはブツブツと呟く。

 エースはサキの方を向き、手招きする。サキが躊躇していると促すようにジンが背中を押した。

 サキはゆっくりと歩を進める。

 サキが隣までやって来るとエースは言った。

「ここが入り口だ。ここから上に行ける……」

 彼らはキウイのことを鍵だと言っていた。キウイがいればどこにでも行けると。

「キウイ。この扉開けて」

 サキが言う。

 キウイはサキの傍を離れ、“御神木”の前へ行くと、今までにないくらいの速度でその色を変え始める。

――コアユニット、ナンバー三三〇四と確認。開錠します――

 どこからともなく声が聞こえる。

 “コアユニット、ナンバー三三〇四”それがキウイの本当の名前なのだろうか。そう思うとサキはなんだか寂しい感じがした。

 プシューと空気が漏れるような音がして幹の一部が左右に開く。

 ジンとエースが先に中へと入っていく。サキもキウイとともに中へ。そこには木の中とは思えない銀色の空間が広がっていた。

 サキは辺りを見回す。床から天井まで全て銀色だった。

――扉閉まります――

 ゆっくりと入り口が閉じていく。

 扉が閉まるとブゥンと小さな音を立て動き始める。

 いつまで経っても銀色一色。これは本当に動いているのだろうか。サキがそんな不安にかられ始めた次の瞬間エレベーターは木の部分を抜ける。

 突然眼下に広がる町並み。

「わぁ……すごい。町が全部見えるよ」

 サキは壁面に張りつくようにして町を眺める。

「あれ……?」 

 サキは思わず声をあげた。

 眼下に広がるのは住み慣れた町の姿。しかし、その外は何もなかった。町の外側は一面真っ黒で、まるで闇夜の湖に浮かぶ小島のようだった。

 彼らの言っていたことが一つずつ事実としてサキの前に姿を見せる。これまでの常識が崩壊していく中で、何故かサキはわくわくしていた。

 ふと、サキは思った。もしかしてキウイを連れてきた“天の使い”とはこのエレベーターを使って降りてきた人間の事ではないのだろうか。それが口伝される間に“天の使い”になっていったのでは。そう思うとなんだか自分が神様にでもなったような気がしてきた。

 きっと“天の使い”もこんな感じだったのだろう。

 キウイはいつものようにサキの周りを漂う。

 少し離れた所から二人はサキの様子を伺っていた。

「なんか彼女楽しそうですね」

 ジンが言う。

「あぁ、そうだな。もっとショックを受けるかと思っていたんだがな」

「でも、良かったですね。彼女ここまでついてきてくれて。正直あの状態からでは無理だと思いましたよ」

――まもなく管理フロアに到着します――

 その声と共に辺りは再び銀色に包まれる。

 サキが不思議そうに辺りを見回していた。

――管理フロアに到着。扉が開きます――

 声とともに扉が開く。

 その先にはエレベーターと同じく銀色に覆われた通路が続いていた。

 三人は無言で通路を歩く。キウイはサキの頭の上に乗っていた。三人の足音があたりに響く。

 しばらく進むと三人は壁に突き当たった。他に道はない。一体これからどうするのだろうか。サキは思った。しかし、前の二人はサキの心配をよそにさらに前へと歩を進める。すると突然壁が二つに割れ、左右に開く。そしてその奥には大きな部屋がみえた。

 サキは二人について中へ歩を進めた。

 部屋の中には沢山の光る板が並んでいた。そして右手にはもう一つ扉があった。

 その部屋の中央に一人の男が立っていた。男はセージと名乗り、サキに向かって軽く頭を下げた。

「さて、それではサキさん。話は二人から聞いてみえると思いますが、改めて私から。私たちは貴女方と同じようにシップの中で暮らしています。しかし最近鍵の力が衰えてきたようで、様々な問題を抱えています。そこで貴女の持つキーナンバー三三〇四……えっと、キウイ、でしたね……それをこちらに渡していただきたいのですよ」

 セージは笑顔を浮かべ、静かに言った。

「いや」

 即答だった。

「えっ……?」

 予想外の展開だったのか、セージは間の抜けた声をあげる。

「キウイは友達。物じゃない」

「貴女は困っている私たちを見捨てるというのですか」

 セージは問う。

「それにキウイが居なくなったら、今度は私たちの町が駄目になってしまうかもしれないんですよね」

「誰がそのようなことを?」

「ジンさんが教えてくれました」

 セージは壁際にいるジンを睨みつける。

「全く、余計なことを」

 ジンは口を開く。

「俺は間違ったことをしたとは思っていません。彼女と話をしてみて黙ったままでいるなんて駄目だと思っただけです」

 セージは眉間にしわを寄せる。

「まさかお前はここまま諦めて帰ろうなどと言い出すつもりじゃないだろうな。このままでは自分達の世界がなくなってしまうかもしれないのだぞ」

「しかし、だからと言って……」

「ねぇねぇ」

「…チッ……なんだ」

 セージは苛立ちを隠さずにサキの方を向く。

「この外にも大きな世界があるんでしょ。なら、そこで暮らせば良いじゃない」

 サキが言う。

「そんな簡単な話では――」

 セージが口を開いたが、サキが途中でそれを妨げる。

「それならみんなで考えましょうよ。そしたら良い考えが浮かぶかもしれないし。私も行くわ。外の世界も見てみたいしね」

 突然サキの頭上にいたキウイがめまぐるしくその色を変え始める。部屋にもう一つあった扉がゆっくりと開き始める。サキは扉に向かってゆっくりと歩き始める。

 扉の向こうから光が差し込む。

「なんだかすごいことが出来そうな気がしない?」

 光に包まれるサキ。

 光の加減だろうか。

 その背中に一対の大きな羽根が見えたような気がした。

初めまして、SBSBBBです。ここまで読んで頂きありがとうございます。

ただいまHP作成中で、そちらでも紹介していく予定です。

sbsbbb.com

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