夜空の鷹、夢の跡
私的描写が多く含まれます。
元となった楽曲への想いが強い方にはお勧めしません。
重いエンジンを響かせながら、僕らは夜の闇に飛び立った。低空を舞う黒い影、俺達は目的地を目指した。
眠れなかった。眠れる気にはなれなかった。雲のまばらにある満月の夜。素知らぬ様子で何もかも見透かされているようなあの月は、淡い光で黒光りする身体を照らしていた。待機命令が出たまま、準備だけを整える。鷹じゃない、俺自身の準備。
地図に示された街。街というよりは、村か。名はなんというのだろう。あいにくこの地方の言語には精通していない。そんな俺に、小さな村の名前など読めるはずもない。
知る必要はない。知ってしまえば、迷いが出る。俺はまたこのボタンを押す指に戸惑いを覚えてしまう。
あの小さな村には、どんな人が住んでいるのだろう。どんな暮らしだろうか。幸せに、笑い合っているのだろうか。夢、もあるのか。だとしたら、どんな夢がそこで生まれて、育まれているんだろう。
ノイズ交じりの声。現実に引き戻される。冷たい操縦桿を握り、俺達五人は、漆黒の身体を空に溶け込ませて行った。
正義を御旗に――そう教え込まれてきた。
真下に流れる紅蓮の火が、その正義なのだろうか。
生きとし生けるもの全てを焼き尽くす。真っ赤に燃えあがる村の中を逃げまどう人々も、第二波によって吹き飛ばされる。命の灯も、激しく燃え盛る炎に掻き消され、消えてしまった。
予定時刻ちょうど、機首を上げて上昇する。弾薬庫の蓋を閉じて、“勝利の旋回”。見上げた空は穏やかで、けれども残酷で。何も見ない、何も聞かない。ただただ、漆黒の鳥を巣へと誘わせた。
ささやかに打ち上げられる花火の光が、黒光りする身体に反射して、奇怪な色を滲ませる。怒り、嘆き、悔み、そして憎しみが込められた一筋の刃。
突如近くで爆発音。振り返った先には炎上する鷹がいた。爆発、四散した破片が隣の機体を貫く。残りは速度をあげて振り切ろうとする。
白み始めた薄明るい空が、視界いっぱい真っ白に染まった。衝撃が伝わった時には、目の前のガラスが身体を抉るように突き刺さっていた。彼らの怒りが、俺の身体を貫く。鈍い痛み、胸から流れる真紅の血。これまで俺達が焼いてきた人たちも、同じ色、この真紅の血を流して絶えていった。無情であった俺達の手によって、彼らは――
震える手で操縦桿を握る。振り向いて叫ぶ、誰を呼ぶ声か、誰もいない。そこには、炎に包まれた鷹が散る様だけ。同じ色に燃やされ、同じ色に鎮められた。俺達は今、報いを受けている。
おぼつかない手が鷹の弱弱しさを伝えてくれる。霞んだ月に、懐かしい人たちの顔が映る。母さん、父さん、親しかった友も、そして――愛しい君さえ。もう会えないことを理解した、そんな一瞬だった。
空が青くなりだす。もし、平和な国でのうのうと生きて死んでいったなら、こんな朝焼けを見ることもなかっただろうに。一面の砂漠、地平線の彼方から昇る朝日にまっすぐ向かう。一度はぐれた夜鷹は、もう群れに戻ることはできない。そうして、俺の身体は流れ星のように輝いて消えた。
俺達は等しく生きている、同じ色の血を身体に流し、命を育んできた。それはこれまでも、そしてこれからも。同じ血の繋がりが、俺達を結ぶ。
正義を御旗に――結局、正義なんてもので解決できるものは何一つなかった。流れ出る真紅の血を止めることさえできない。何もできなかった。
夢を見てた、長い長い、夢を。
人の夢、希望。ささやかな願いはとどかず、また紅蓮の火が大地を焼き尽くす。誰も気づけない、そうして、夢を見て散ってゆく。
紅く燃える剣は、人を狂わせる。狂わされるから、何も分からなくなる。
一羽の夜鷹の、ほんのささいな夢――きっと、平和な世界はいつか来る、そう信じて俺達は星になる。