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クリーニング屋

作者: まっすー
掲載日:2025/12/20

今日もあるお客さんが記憶を洗いに来た...

街の喧騒から逃れるように伸びる、細い路地の突き当たり。そこには、看板も出さず、ただ古ぼけた「営業中」の木札だけを下げた奇妙な店がある。

店主は、深い皺を刻んだ顔に銀縁の眼鏡をかけた、風のような老人だ。彼は、客が持ち込む「汚れてしまった記憶」を洗い、修復する。それがこの店の仕事だった。

ある冬の夕暮れ、一人の青年が重い扉を開けた。コートの肩には薄っすらと雪が積もっており、彼の表情はその雪よりも白く、生気がなかった。

「……ここに来れば、やり直せると聞きました」

青年の名は健一といった。彼は震える手で、カウンターに置かれた小さなトレイに「自分の記憶」を差し出すような仕草をした。

「一年前、妻を事故で亡くしました。でも、僕の頭にこびりついているのは、彼女の笑顔じゃない。あの日、家を出る直前に交わした、最悪の怒鳴り合いなんです。あんな言葉、言うつもりじゃなかった。でも、それが最後になってしまった」

健一の語る記憶は、泥水に浸した羊毛のように黒く、重く、淀んでいた。

「その記憶が、僕の毎日を汚していくんです。彼女を思い出すたびに、あの罵声が耳元でリフレインする。もう耐えられない。消してください。あの日の記憶を、まるごと」

老人は眼鏡を指で押し上げ、静かに口を開いた。

「消すことはできませんよ。うちの仕事はあくまでクリーニングです。汚れを落とし、元の形を整えるだけ。それでよろしければ」

老人は健一の承諾を得ると、奥の作業場へと消えた。

カチ、カチ、と古い柱時計の音だけが響く店内で、健一は自分の指先を見つめていた。一年前のあの日。靴を履く彼女の背中に投げつけた卑怯な言葉。彼女がどんな顔をしてドアを閉めたのか、怖くて見ることができなかった。

一時間ほど経っただろうか。老人が戻ってきた。その手には、洗いたてのシャツのように真っ白に輝く、柔らかな光の塊があった。

「お客さん、作業は終わりました。ただ、汚れを落としてみたら、あなたが気づいていなかった『層』が出てきましてね」

老人は、その光を健一の額にそっと戻した。

瞬間、健一の視界が歪んだ。

気づけば、彼はあの日の一DKのマンションに立っていた。玄関で自分と自分が怒鳴り合っている。地獄のような光景だ。しかし、視点が少しずれる。

激しいドアの閉まる音。

一人取り残された部屋。当時の健一はすぐに仕事へ向かったはずだった。だが、今の健一が見たのは、その後の光景だ。

部屋のテーブルの上。喧嘩の熱気が残る部屋で、妻が書きかけのまま放置していたメモ帳。そこには、喧嘩をする数分前まで彼女が考えていたであろう、一週間後の健一の誕生日の献立が記されていた。

『健一の好きなハンバーグ。奮発していいお肉を買う。ケーキはいつものお店で予約。』

そして、その端には小さな、本当に小さな文字でこう書き加えられていた。

『最近、彼が疲れているみたい。もっと優しくしなきゃ。私、頑張る。』

視界が急速に現実へ戻る。

健一の頬を、熱い涙が伝った。

「彼女は……怒って家を出たんじゃなかった」

「汚れというのはね、執着なんです」老人は穏やかに言った。

「あなたが『自分を許せない』という強い思いで記憶を塗りつぶしていたから、その下にある真実が見えなくなっていた。あの日の最後は喧嘩だったかもしれない。でも、彼女があなたに抱いていたのは、最後まで愛でしたよ」

健一は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。痛みは消えていない。後悔がゼロになったわけでもない。けれど、あの真っ黒だった記憶は、今は春の陽だまりのような色に変わっていた。

「……この記憶、持って帰ります」

「ええ、それがいい。記憶は使い込むほど汚れますが、またいつでも洗いに来なさい。ただし、次はもっと幸せな記憶を汚してしまった時にね」

健一が店を出ると、外は本格的な雪になっていた。

しかし、彼の足取りは先ほどとは違っていた。冷たい空気の中で、彼は小さく「ありがとう」と呟いた。それは店主への言葉であり、そして、今はもう隣にいない彼女への、初めての真っ直ぐな言葉だった。

店主は窓の外を見送りながら、静かに店じまいの準備を始めた。

カウンターの上には、彼が大切に使い込んでいる磨き布が一枚。

人の心は放っておけばすぐに埃が溜まる。だからこそ、こうして光を灯し続ける場所が必要なのだ。

街の灯りが、雪に反射してキラキラと輝き始めていた。

最後まで読んでくれてありがとうございます!

今作品はいかがだったでしょうか?

少し、自分的にはもっと工夫したほうがいいよな、とか、内容が薄くなってるな、とか課題を見つけることができました。小説を書くのは初めてなので、ぜひ、改善点などがあったら教えてほしいです!

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