断罪代行~私の代わりに家族を断罪してください!~
私はいらない子供だ。
三歳の時に母が死んで、後妻と一緒にやってきた二つ年上の優秀な姉と比べ続けられた。父が私をかばってくれたことは一度もない。
私は顔の造詣もそこまで整っていないから、政略結婚の駒としてすら使い道がない、なんて暴言はいいほうで、母と姉の気分次第では殴られる日々だった。父はそんな私をただ眺めている。
十六歳の誕生日を迎えたはずの今日もまた、姉に馬乗りで殴られて首を絞められた。
きっと鬱憤がたまっていたのだろう。
最近、婚約者の方とうまくいっていないそうだから。
ずっとずっと、我慢していた。
私が我慢すれば、いつかきっと状況が変わってくれると信じていた。
いつか、家族団らんの食事の席に私の場所も用意されると思っていた。
でも、そんなのは幻想だ。
息ができなくなって、顔が真っ赤になって。
それでも姉に首を絞め続けられて、とうとう死を覚悟した。
ああ、私の人生。なんにもいいことなかったな。
でも、結局死ぬ前に手は離れていって、げほごほとむせこむ私をゴミよりひどい目でみる姉を見た瞬間、全てがどうでもよくなった。
ここに私の居場所はない。夢を見るのはやめよう。
そして、もう限界だ、と。
正面から家飛び出すと連れ戻されて殴られるかもしれない。
だから、私は深夜になってからひっそりと部屋を抜け出して、屋敷の裏にある森に入った。
本当に幼いころ、母がまだ生きていた時に「裏の森には化け物がいるから近づいてはいけない」と言い含められていた。
でも、そんなのはどうでもいい。私はただ、自由になりたかった。
誰に見つかることもなく森の中に分け入って、整備されていない森の中を突き進む。
死に場所が欲しかった。
あの屋敷では死んでなお侮辱されるとわかりきっているから、どうせ死ぬなら静かに死にたかった。
そうして森の中をさまよって、髪は枝木に引っかかってぼろぼろで足元は先日降った雨のせいで泥だらけ。
元からみずぼらしい外見がさらに酷くなっている自覚がある。
ふらふらと歩いていると、ふいに歌声が聞こえた。
(こんな深夜に森の中で歌……?)
不思議に思ってそちらに足を向ける。
ゆっくりと近づいていくと、湖のほとりに一人の女性がいた。
私より年上で、おそらく二十歳を超えているだろう。
白を基調とした服に青いラインが入っている服装からして聖女のようだ。
どうしてこんな森の中に、とは思うけれど、今の私にはどうでもいい。
聖女らしき人が切り株に腰を下ろして歌を歌っていた。
思わず聞き惚れてしまうような美しい歌だ。
ずっと聞いていたい、そう思った。誰かの歌を聞くなんて、母が生きていたころ以来だから。
けれど、歌は止まってしまった。ゆっくりとこちらに視線を滑らせる。
「あら、どうしたの?」
声音まで涼やかだ。呆然と立ちすくむ私に、聖女様が微笑んでいる。
その笑みがあまりに美しく穢れがなくて、私を見据える瞳が優しくて、憎しみや嫌悪が宿っていなかったから。
それだけで私は泣きそうになる。
「こちらにいらっしゃい」
手招きをされて、ふらつく足取りで近づく。
聖女様の傍に立ちすくむ私に、彼女はやっぱり穏やかに微笑んだ。
「どうしたの、辛いことでもあったのかしら?」
優しく問いかけられて、私は一気に現実を思い出す。一瞬の逃避が終わって、膝から崩れ落ちた。
「あらあら」
地面にうずくまってしくしくと泣く私の頭を聖女様がなでてくれる。
優しい手、亡き母を思い出すような、温かな手。もうずっと、私には縁がなかったもの。
「せ、聖女様……! もう、私はどうしていいのかわかりません!」
悲鳴のような言葉が口から零れ落ちた。
泣きじゃくる私に聖女様は「話してごらんなさい」と声をかけて下さる。
私は順序だてて話すことすらできないまま、ただ、辛くて仕方ないことを支離滅裂に話し続けた。
死んでしまいたいこと、家に居場所がないこと、ずっと殴られていること。
それらを訴える私に、聖女様はただ微笑んでいる。
一通り話し終えて、私が涙を手のひらで拭っていると聖女様が先ほどまでと同じ穏やかな声音で、とんでもない提案をしてきた。
「貴女に提案があるの。断罪代行、なんていかがかしら?」
「だんざい、だいこう……」
おうむ返しに呟いた私に、聖女様がにこりと笑う。
優しい笑みのはずなのに、どこか恐ろしい。
でも、私は吸い込まれるように聖女様の青い瞳に釘付けになっていた。
「貴女の復讐を断罪という形で私が代行するわ。そうね、依頼代は貴女が家を継いだ時の財産の半分。どうしますか?」
目からうろこがおちた気分だった。
断罪を代行してもらう。
そんな考えは欠片もなくて、そもそも断罪も復讐も思いつきもしなかった。
ただ、自分が死んで解放されることしか考えられなかったから。
でも、聖女様の提案は酷く魅力的に思える。
縛り付けられて、抑え込まれていた感情があふれだす。
いままで、耐えるしかなかった自分が「やりかえしてもいい」のだといわれて、高ぶっている。
「っ。お願いします!」
「契約成立ね」
涙で滲む視界のまま、首を縦に振った私に聖女様がにっこりと笑う。
そこで初めて聖女様が私に手を差し出した。
「まずはそこの湖で身だしなみを整えて。そうしたら、断罪代行が終わるまで別の場所で匿ってあげるから」
「はい」
「契約は守ってね?」
「はい」
指きりよ、と小指を差し出されて、私は戸惑ってしまう。
聖女様の右手の小指と顔を交互に見つめる私に、彼女がくすりと笑う。
「遠い国の約束の仕方。小指をこうやって絡めるの」
そう口にして聖女様は私の右手の小指をとった。
指を絡めて、物騒な歌を聖女様が歌う。
その瞬間、じんわりと体が熱くなった。
魔法による契約が交わされたのだと、世間に疎い私でもわかる。
「契約を破ったら、手ひどいしっぺ返しが来るわ」
「はい」
従順に頷く。契約を破る気はない。
我が家の財産がどれほどのものか、私は知らないけれど。
この境遇から抜け出せるのなら、全てを差し出してもいい。それくらい、今の私は追い詰められている。
「さ、髪と体を洗ってきなさい」
優しく促されて、私はお下がりで元々ぼろぼろだったのにさらに泥で汚れたドレスを脱いで、湖に入った。
冷たい水は木の枝に引っかかった箇所にしみたけれど、それでも心地いいものだった。
▽▲▽▲▽
餌が連れたわ。
私のことを「聖女様」と呼ぶ少女を町外れの宿屋の二階に匿って、にっこりと微笑んだ。
ベッドですやすやと眠る少女――地方伯爵ダルク家の娘、アリーゼは無垢な寝顔を無防備にさらしている。
私のことをすっかり信用している様子だった。
アリーゼから依頼された断罪代行は、ダルク家伯爵である父と伯爵夫人の義理の母、そして義理の姉の処罰だ。
具体的にはダルク家から両親及び姉を追放し、アリーゼが家を継げるようにしなければならない。
アリーゼがそこまで望んだわけではないが、私が報酬を受け取るには彼女が家の財産を動かせるようにしなければならないからだ。
「まずは情報収集ね」
アリーゼが虐待されていたという情報だけでは追放までは難しい。
うまくダルク家に隠蔽されてしまう可能性がある。
人前で逃げようのない断罪劇をするのが最も堅実だ。
恥をかかせてこの国に戻ってこれないようにすれば、後々アリーゼに害をなすことも難しいはず。
(まあ、断罪代行が終わった後のことは私の管轄外ではあるけれど)
それにしても良い拾いものをした。
前回の断罪代行で巻き上げたお金がそろそろ尽きそうだったのだ。
今回は今までで一番実入りがいいだろうから、これでしばらくは安泰だ。
「さて、今日は寝て明日から準備をしようかしらね」
んー、と背伸びをして私もベッドに入り込んだ。
空気に触れて冷たいシーツを体に巻きつけて、目をつむる。
眠りに落ちる直前「せいじょさま……」という声が聞こえた気がして、笑みを深めたのだった。
金を掴ませたダルク家の下男下女によって、ダルク家を失墜させるための証拠を集めた。
金に目がくらむような質の悪い使用人を雇っているあたりに、ダルク家の落ちぶれを感じる。
顔なじみの貴族に声をかけたところ、ダルク家が税収で不正をしていることも掴めた。
諸々の証言と証拠を頭に叩き込んで、私は煌びやかなドレスに袖を通す。
男爵家の応接室を借りて、普段身に着けている聖女を思わせる服からドレスに着替えた。
「それにしてもずいぶんと雰囲気がかわるのね。一瞥しただけでは誰だかわからないわ」
「誉めてくれてありがとう」
私に協力してくれている男爵令嬢のアンヌに優雅に笑う。
笑みの種類を変えるだけでも、他人が受ける印象は大幅に変わるものだ。
気持ち濃く化粧をして髪を綺麗に結いあげれば、別人にもなれる。
普段、楚々とした聖女風でふるまっているのはその方が他人の受けがいいからだ。
「アンヌ、胸元がきついわ」
「我慢して。胸は私よりファイザのほうが大きいのよ。新しいドレスを仕立てるほどではないんでしょう?」
「そうねぇ」
少しきつい胸元に手を当てる。ふうと息を吐き出して、私はアンヌへと視線を滑らせる。
「ドレスと馬車の融通をありがとう。お金は全部が終わったら支払うわね」
「ええ。期待しているわ」
ダルク家の資産の半分が手に入ると思えば、自然と足取りは軽くなる。
私はアンヌが用意してくれている馬車に乗り込んで、夜会へと出かけるのだった。
夜会の主催は辺境伯夫人だ。この地方の貴族にはあらかた声がかかっていると聞く。
ドレスを身にまとって馬車に乗ってさえいれば、だれが来たかのチェックなど杜撰なものだ。
するりと夜会の会場に足を踏み入れた私は、念のため手にした扇で顔を隠しながら周囲を注意深く観察する。
時折声をかけられれば、挨拶を返す。
そうやって溶け込んでいると、主催の辺境伯夫人の挨拶があり、パーティーは始まった。
会場にはダルク家の夫妻とアリーゼの姉も揃っている。
深まる笑みを扇で隠しながら、私はタイミングを計った。
パーティーの時間がややたって、お酒に酔う人たちが出始めた。この機会を待っていたのだ。
私はするすると人ごみを抜けて、アリーゼの姉――ジゼルの前へと歩み出た。
「初めまして、ジゼル様」
「あら、初めまして。どなたかしら?」
「ファイザと申します。貴女が虐げて殺そうとしたアリーゼの親友です」
後半にかけて声を少し大きくした私の言葉に、ジゼルが不愉快そうに眉をよせた。
「なぁに、それ。だれのことかしら?」
「あら、知りませんか。アリーゼは貴女の暴力に耐えかねて、死のうとしたのに」
私の言葉に周囲の人々がざわめく。
苛立ちもあらわに、ジゼルが殺意のこもった目で私を見るけれど、全然怖くはない。
「だれか! この不作法者をつまみ出してちょうだい!」
ジゼルが大声を上げる。けれど、動く者はいない。
私が根回しをしないと思っているならおめでたい頭だ。
「貴女はアリーゼの首を絞めて殺そうとした。アリーゼ自身が証言者です。法廷で争いますか?」
「ちっ」
舌打ちなんてはしたない。私がにこりと微笑むと、苛立ちのまま踵を返そうとする。逃がさない。
「ダルク家があなたの我儘を叶えるために多額の使い込みをしている証拠もありましてよ」
「!」
驚いたように振り返ったジゼルは目を見開いている。
私の発言に先ほどまではざわつきつつも静観していた他の貴族たちがひそやかに色々なことを囁きだす。
ほら、簡単。場の空気は私の味方だ。
「貴女、いい加減にしないさい!」
「君、嫉妬は見苦しい」
ヒステリックな金切り声と焦った声音が飛んでくる。
視線を向ければそこにはアリーゼの父と義母がいる。
私はにこにこと微笑みながら、扇を閉じて綺麗なカーテシーを披露する。
「初めまして、伯爵、伯爵夫人。貴方方のこともアリーゼから聞いております」
まっすぐに背を伸ばして、二人を見据える。
こわばった表情の伯爵に先に矛槍を向ける。
「まずは伯爵、貴方は実子のアリーゼが虐げられているのを放置するだけではなく、ジゼルの我儘を叶えるために税収を上げた。さらには国庫に出さねばならないお金までちょろまかしていますね」
ざわりと一層大きなどよめきが起こる。伯爵が反論するより先に今度は夫人に狙いを定める。
「夫人は下男の男と絶賛不倫中。いくらのお金を横流ししているのか、証拠を出しましょうか?」
「なんだと?!」
「嘘ですわ、旦那様!」
怒りの先を妻に代えた滑稽な様子を見つめつつ、最後に私がみるのはジゼルだ。
唇を噛みしめているジゼルの後ろに彼女の婚約者が駆け付けたのをみて、笑みを深める。
「義理とはいえ妹を殺そうとする女性との婚約は、見直した方がいいかもしれませんね」
あえて後ろに呆然と佇む婚約者に向けて放った言葉。
彼が唖然とした表情をしたのを確認して、私はいっそう綺麗に微笑んだ。
「では皆様、私はこれで」
伯爵が夫人を問い詰めている、婚約者の存在に気付いたジゼルが言い訳を並べている。
周囲の人間は面白そうにそれを眺めていた。
私はにこにこと微笑みながら場を後にして、馬車に乗ったのだった。
▽▲▽▲▽
「ほ、本当に私が伯爵家を継ぐの……?」
宿屋に私を尋ねて一人の男がやってきた。
王都から派遣された調査員だと名乗った男は、私に正式にダルク家を継ぐように告げたのだ。
そのための書状も手にしていた。手にしてみても、嘘が書かれているとは思えない。
しっかりとしたものだ。王室から発行された正式なものに見える。
「処罰はどうなったのかしら?」
横から口をはさんだ聖女様の主語を省いた言葉にも嫌な顔一つせず、調査員の男は淡々と答える。
「ダルク伯爵の不正の事実が確認され、夫人も同調していたことが認められました。また、ジゼル嬢をはじめとしてダルク家の使用人を含め、正当なる後継者であるアリーゼ様を虐げた罪により、流刑が決まっております」
「正当な、後継者……」
現実感がない。ずっと虐げられてきたから、正統な後継者と言われてもピンとこない。
ぼんやりとつぶやいた私に聖女様が補足する。
「貴女のお母様は侯爵家から嫁いでいるの。どこから現れたのかわからない義母よりよほど立場は上よ。だからこそ、虐げられたのでしょうけれど」
それは知らなかったことだ。聖女様はそこまで調べてくださったのか。
調査員の男が頷いているから事実なのだろう。聖女様はにこりと微笑んで、私に問いかける。
「どうかしら? ご満足いただけた?」
「はい。はい……!」
ぼろぼろと涙を流しながら頷いた私に、聖女様は満足そうに笑った。
一か月後、父と義母、そして姉がいなくなった伯爵家で、お屋敷の使用人も総入れ替えした。
彼らは私を虐げた側の人間だ。
働き口がなくなると、泣いて縋られても反省されたって雇用し続けるつもりはなかった。
バタバタしてしまったけれど、どうにかダルク家の資産を計算して、約束通りその半分を聖女様に差し出した。
この一か月客間で自由に暮らしていた聖女様も、お金を受け取ったら街を出るという。
「ありがとう、いい取引ができたわ」
「聖女様のおかげで私の人生が変わりました。本当にありがとうございます……!!」
ぼさぼさの髪はまだ痛んでいたけれど整えたことでそれなりに見えるようになった。
ドレスもお下がりで着古してぼろぼろのものではなく、新品のものに袖を通せている。
今まで縁のなかったアクセサリーも身につけられた。
伯爵家の資産の半分は結構な額だ。けれど、全然惜しくない。
命を助けてくれた恩人に渡すには足りないくらいだと思っている。
「じゃあ、これで。私は行くわ」
「はい。本当にありがとうございます。聖女様」
深々と頭を下げた私に背を向けて聖女様が財産を乗せた馬車に乗る。
馬車と御者は私の方で信頼できる人を手配した。これは私からのささやかなお礼の気持ちだ。
「じゃあねぇ、ばいばい」
「はい」
馬車の窓からひらひらと手を振る聖女様に、私は明るく笑う。
きっと、この先の未来は明るい。立ち去る聖女様を見送って、心の底からそう思った。
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