引っ越し
この作品は、学生時代に部活動内で複数人で執筆した合作作品の「番外編の番外編」にあたります。
本編はリレー形式で生まれた創作世界であり、本作はその世界観やキャラクターたちを引き継ぎながら、私個人の手で執筆したものです。
執筆に関わった他のメンバーは、作中に登場するキャラクター名と同じあだ名を持っていたため、ここでは個別の名前は伏せさせていただきます。
作品の成り立ちをご理解いただいた上で、お楽しみいただけたら幸いです。
王家が用意してくれた家に勇者たちが着いたのは三日前のこと。初日は移動と家の中の探検で終わった。二日目は部屋決めと家具や自分たちの荷物を入れることで終わった。三日目は荷物を少しほどいただけで終わった。
そして、今日。特に大きな荷物のない少年は暇をしていた。みんな大量の荷物の置き場を作ろうと頑張っていた。それはもちろん、賢王も然り。
少年はため息をついては窓の外の高い塀を見た。常人では越えることすら不可能な高い塀。唯一の救いは門があることだろうか。そこから出入りは可能になっている。
高すぎる塀は圧迫感しか与えない。それ故、少年が監獄だと思っても仕方のないことだった。
コンコン、とノックの音がして、外から声がかけられた。
「入っても良いか?」
「どうぞ」
扉が開いて賢王が部屋に入ってくる。少年は座っていたベッドから立ち上がる。
「荷ほどき終わったか?」
「うん」
少年は賢王を椅子と机の方に案内してティーカップにお茶を淹れようとティーポットを魔法で浮かせた。
「荷物、少ないから暇だろ?」
「うん。僕の持ち物って他の人に比べて少なかったから、今は暇なんだ」
「それにしても、この部屋、殺風景すぎないか?」
少年はその言葉にくすっと笑う。ティーポットとカップを器用に操り、賢王の前にお茶のはいったティーカップを置く。賢王は香りを嗅いでからそれをゆっくり口に運んだ。
「美味しいな」
「それはどうもありがとう」
少年はティーポットを机の上に置くとそれまで操っていたものに向かっていた意識を目の前の賢王に向けた。
「家具とかは少なくても、服とかはいっぱいあるだろ?クローゼットに全部おさまったのか?」
「え?いっぱいの服?服はこれと……」
少年は自分が着ている服をさした後、クローゼットの前に行き、それを開けた。中には大量のハンガー、しかし、その多くは何もかけられていない。
「……少なすぎないか?」
賢王が怒ったように言った。少年はうっと言葉につまる。賢王はため息をつきながらすっとメジャーを出した。少年は賢王の顔をじっと見る。賢王は一言すごく真面目な顔で言った。
「ばんざいして」
「ばんざい?」
少年は言われた通り素直に両手を上にあげた。賢王がそれを見て素早くメジャーで少年の体をぐるっと一周。サッとその長さを見て記憶する。
「えっと?」
「そのまま。動いちゃ駄目」
少年はシュンとしながらも動かないよう気をつけながら賢王の観察をする。長めの睫毛に縁取られたややつり上がった猫目、小さな唇。いつもは見上げるような感じの賢王を見下ろしていること自体が面白い。めったに見れない光景だ。
「……そんなに見ないでくれ、指導者」
少年は賢王にそう言われて首をかしげた。そんなに見ていたかな、と少年は思った。しかし、賢王はそんな少年の考えをよんでか言った。
「あんまりにも無自覚だからよけい悪いんじゃないか、指導者」
「無自覚?何がだ、賢王?」
きょとんとした表情があどけない少年を更にあどけなく見せる。賢王はメジャーに視線をうつす。そして、そこの数字をサッと記憶する。
「ザイーム、身長は?」
「え……?120cmぐらい?」
案外小さい、と思ったが口にはしなかった。何故って、そりゃ、身長は少年のコンプレックスだと知っているからだ。
「服、どうするつもりだ?」
「えー?別にそんなにたくさんあっても困るだけだし、いらないよ?」
少年が今着ているのは多少マシなものだが、残念ながら他のハンガーにかけられている服とかは少年にとってはサイズがちょっと大きい。さらに、それらの服の材質はどう考えてもちょっと手触りの悪いものが多い。
しかし少年は全く気にしていない。
例えば、その手触りの悪い生地は少年のやわらかな肌に少しずつ傷をつけていた。滑らかな肌がそれで傷ついていることを賢王は知っている。
少年がいくら滑らかな肌をしていても傷ついてばかりでは駄目だと賢王は思う。
「指導者、もうちょっと服について考えてくれ」
少年はシュンとする。サラッとした髪が少し頬にかかる。
「……わかった」
少年が渋々そう言った。賢王はそう言った少年が絶対に行動にうつさないことを知っていた。だから、少年の体のサイズをはかったのだ。
服は一週間もあれば作れる。なんだったら、三日あれば良い。
少年にぴったりな服を作って少年にあげた時、少年はどんな反応をするだろう?喜んでくれるだろうか?少年がそれを着てみせてくれた時、どう思うだろう?
……そんなの、まだ知らなくて良い。賢王はそう思ってどんなデザインの服にするかを考え始めた。