[童話] 飛べない小鳥
ある日目覚めた青い小鳥は、小さな違和感を抱いていた。
けれど、その違和感の正体がわからない。
だから、さほど気にすることなく、いつものように友だちに会いに行った。
「おはよう。今日は何して遊ぼうか?」
「おはよう。そうだね。とりあえず、向こうの山までいかないか?」
「うん。いいよ」
小鳥は、いつものように、空を飛ぼうとした。
そして、その時初めて、気がついた。
「飛べない」
ということに。
小鳥は、飛び方を忘れていた。
今までどうやって翼を動かしてきたのかわからない。
どうすれば空中に浮かび、風を感じられるのかわからなくなっていた。
心配する友だち。家族。
だけど、小鳥は笑って言った。
「そのうち、なんとかなるだろう」
けれども、ひとりになると、小鳥は泣いた。
ただでさえ、周りに後れを取っていたのに。もっと、もっと飛ぶ練習をする必要があったのに。
飛べない鳥は、どう生きればいい?
小鳥が飛べなくなって、数日が過ぎた。
小鳥も周りももうすでにあきらめ始めていた。
「初めから、うまく飛べていなかったのだ。そこまで悔しがる必要はない」
小鳥の父は、小鳥を励ますために、そう言った。
小鳥は涙をこらえることしかできなかった。
皆が空を飛んでいる間、小鳥はひとり地面を歩いた。
皆から少しでも離れたくて。
そんな小鳥の前に、一匹の大蛇が現れる。
幼い小鳥なんて簡単に飲み込んでしまうほど、大きな蛇だった。
小鳥は危険を察知し、翼を動かそうとした。
けれど、動かし方がわからない。
こんなに危険が迫っているというのに、動かし方がわからない。
おびえる小鳥。
にらむ大蛇。
小鳥は死を覚悟した。そして、きつく目を瞑る。
「くくく…」
声を殺すような笑い声が聞こえた。
小鳥は、思わず目を開けた。
目の前の大蛇が笑っていた。
声を殺した笑いから、大声に変わり、視線の先に小鳥をとらえ、声をあげて馬鹿笑いしている。
そして言った。
「お前みたいな弱い奴、誰が食べるものか。飛べない鳥なんてまずいだけだ」
小鳥は、その声に無意識に頷いていた。
自分のことを言われているというのに、他人事のように綺麗に頷いていた。
「そうだね。飛べないボクなんて、いらないよね」
それは、大蛇に言ったセリフか、はたまた自分に言ったセリフか。
「ああ。いらない。食べる価値もない」
「うん」
「けれど…」
何かを言おうとして、大蛇は口を閉ざす。
「けれど…何?」
食べないとわかったからだろうか。恐怖感が薄れてきた小鳥が大蛇に先を促した。
「けれど、お前は、…綺麗に飛んでいた」
「え?」
「俺は、お前を知っている。お前が綺麗に飛んでいたことを知っている」
「…からかわないでよ!!」
食うもの、食われるもの。
その立場にありながら、食われるものである小鳥は食うものである大蛇を怒鳴りつける。
「ボクは飛ぶのが下手だった。飛べなくなっても平気だって言われるほど。…こうやって歩いた方が早いって言われるほど」
大蛇は小鳥の怒鳴り声に怯むことなく、小鳥に視線を向ける。
小さく笑みを浮かべて。
「確かに、お前は低くしか飛べなかった。少しジャンプをしたら、食べてしまえただろう」
「ほらね。ボクは飛べてなかったんだよ」
「確かに、不格好だったな。見ていて笑ってしまうほど」
「ほらね。結局飛べても、飛べなくても同じなんだよ」
小鳥は、自分で言っていて悲しくなった。もう少しで、泣きそうだった。
かろうじて泣かなかったのは、大蛇が再び言葉を発したから。
「けれど、綺麗に飛んでいた」
小鳥の目の中に映る大蛇はとても真剣な目をしていた。だから、小鳥は言えなくなった。
「ボクなんか翼を持つ価値なんかない」という言葉を。
そして、代わりの言葉が口を出た。
「本当に?」
懇願。
それは、問いではなく、懇願だった。頷いてほしい。自分を認めて欲しいという。
「ああ」
大蛇はそれだけを応える。
「だって、低くしか飛べないんだよ?」
「ああ。確かにそうだ」
「不格好だって君が言ったんじゃないか」
「ああ。確かにそう言った」
「からかっているんだね?」
「いや。…それでも、下手でも、お前は…一生懸命だった」
「…」
「必死で飛ぼうとしていた」
「…」
「誰よりも低く飛ぶお前が、誰よりも上を見ていた。それが、綺麗に飛ぶことだと俺は思う」
小鳥は何も言わなかった。
一生懸命。
それは、上手く飛べないものが当たり前にすること。
上を見ているのは、そうしないと涙がこぼれそうになるから。
そんな姿が不格好なのだと思っていた。
飛べない癖に、一生懸命なんて。
飛べない癖に、上を目指すなんて。
だけど、大蛇は、そんな姿が綺麗と言った。
そんな自分を認めてくれた。初めて飛ぶことを認められた気がした。
鳥なのに上手く飛べない自分。
親にも友だちにも認められていない気がしていた。
飛べない自分が「鳥」を名乗ることさえ許されない気がしていた。
けれど、大蛇はそんな小鳥を「綺麗」と称した。
「ありがとう」
小鳥は呟いた。
大蛇がそれに頷く。
「…俺は、空を飛んでみたかった」
大蛇が静かに話しだす。その目は、空を見上げていた。
「俺は、翼が欲しかった。けれど、俺は鳥じゃない。…だから、お前に夢を託していた」
大蛇は空を見るのが好きだった。
雲の上には何があるのか見てみたかった。
けれど、自分は、地を這うことしかできない蛇でしかない。それが、どんなに悔しかったことか。
あきらめるしかないことはわかっていた。翼のない自分が空を飛ぶことなどできないことはわかっていた。
けれど、あきらめきれなかった。
そして、いつの間にか、この幼い青い小鳥に夢を託すようになっていた。
たまたま目に入ったのが、この小鳥だった。理由はただ、それだけ。
でも、大蛇の目には、この小鳥しか入ってこなかったのも事実。
不格好に翼を動かす小鳥を大蛇は綺麗だと思った。
何もしなくても、遥か高くを飛べる鳥ではなく、飛び方を忘れることのない鳥ではなく、この飛べない小鳥を綺麗だと思った。
飛べない自分と重ねたからなのかもしれない。
それでも、大蛇には輝いて見えた。
上手く飛べなくても、必死で翼を動かす小鳥の姿が。
だから、あきらめて欲しくなんかなかった。
飛べないことを自分のように素直に受け入れて欲しくなかった。
だって、小鳥には翼がある。
だって、小鳥は綺麗に飛べる。
だから、大蛇は小鳥の前に現れた。
自分におびえる小鳥。その目を見て、大蛇は改めて気がついた。
自分は、鳥ではないことに。
そして、もう一度、この小鳥に夢を託すことを決めた。
「飛んでくれ」
「お前なら、飛べる」
沈黙をつくっていた大蛇が小鳥に言う。
小鳥は無意識に頷いていた。
綺麗に頷いていた。
小鳥は数歩後ろに下がる。
そして、走った。
目を閉じる。
翼を動かす自分を頭に描いた。
目を開ける。
「ほらな」
大蛇が言った。その声は小鳥には聞こえなかっただろう。
小鳥は空高くに舞い上がっていたから。
もう、不格好ではなかった。
正真正銘、「綺麗に」飛んでいた。
大蛇の夢は果たされた。
「ありがとう」
小鳥は言った。
空高くから。腹の底から声を出し、地上にいる大蛇に。
大蛇は笑い、そして茂みの中に帰って行った。
「ありがとう。綺麗と言ってくれて、飛べると信じてくれてありがとう」
小鳥は、飛んだ。
綺麗に飛んだ。
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