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思い出とサクラ

 アルバート王子が帰国した数日後、王子からの使者が来た。明日は久々に王宮でアルバート王子に会うことになっている。

 メイド達は怖くなるほどの気合の入れようで、ドレスやアクセサリーを選び並べてどれにするかと聞いてくるが、相変わらずウエストを絞り上げるコルセットが必須のもので、私の内臓を痛めつけるドレスばかりだ。

 うんざりしながらもできるだけ軽い生地で作られているものを選んだ。綺麗なドレスを着ることはもちろん嫌いではないのだが、いかんせん苦しいのだ。最近の流行は生地の軽い明るい色が多いのでそこはまだ助かっていると言えるだろう。

 翌朝、メイドに磨き上げられほんのり香る薔薇の香水をつけ、迎えの馬車に乗りアルバート王子の元へ向かった。


「アルトノエル公爵令嬢ソフィア様がいらっしゃいました」


 側近のガレアスさんが私の来訪を告げ、アルバート王子の執務室のドアを開けてくれた。


「よく来たなソフィー、元気にしていたか」


 勧められるままソファーへ座るとアルバート王子は私と向かい合うように座る。


「アルバート様もお元気そうでなによりです。モーデンハイムはいかがでしたか」

「モーデンハイムは街のあちらこちらに武具屋があって我が国よりも武器が身近にある国だという印象だった。金細工が発達しているだけあって見事な装飾があちらこちらでみられたよ」


 アルバート王子はそうだ、と言って執務机の引き出しから細長い箱を取り出し私に手渡してくれた。


「土産だ。ソフィーが好きそうだと思ってな」


 箱は黒のビロードで覆われた美しい箱で、中を開けると1本の髪飾りが入っていた。金細工で網目状に薔薇の花を模しており中央部分には赤い宝石が一つはめ込まれている。レッドベリルだろうか。赤い石といえばエメラルドの一種だったようなうっすらとした前世の記憶だ。この大陸ではとても貴重なものだと認識しているが。こんな高価なものをお土産に買ってくるのはさすがに王族という感じがして若干遠い目をしてしまった。


「ありがとうございます。こんな高価なものを頂いてしまってよろしいのですか?」


 アルバート王子はにっこり笑って私の手から髪飾りを取ると後ろに回って私の髪に付けてくれた。


 なっ・・・!王子が自ら私の髪に・・・!


「あ・・あの・・アルバート様自らつけていただけるとは・・・ありがとうございます」


 アルバート王子は気にすることもなく「やっぱりよく似合う」といって向かいのソファーに座って紅茶を飲み始めた。いくら幼馴染とはいえ、許嫁とはいえ、男性に髪を触られて冷静ではいられず真っ赤になってしまった。

 クスクスと笑いながら、久々にホール湖へ遠乗りしないかという話になったので二つ返事で承諾した。

 その後は手紙にも書いた日常の話やアルバート王子が公務以外で感じたモーデンハイムについての話をし、あっという間に夕方になった。


「では、ソフィー明後日の朝迎えに行く」

「はい、それでは御機嫌よう」


 ドレスの裾をつまみ挨拶をして部屋を出ると、見慣れない騎士が馬車の横に立っており馬車に乗るときにエスコートをしてくれた。


「アルトノエル公爵令嬢、これからお屋敷までお送りさせていただきます。私の事はエレンとお呼びください」

「ありがとうございますエレン様。よろしくお願いいたします」


 馬車の横を馬で並走し私を屋敷まで送り届けてくれた。

 湯あみを済ませて食堂へ行くとお母さまが待っていたがお父様は今日も帰ってきていなかった。


「お父様は最近お忙しそうね。帰りも遅いし夕食もあまり食べていないようだけど大丈夫かしら」

「そうね、少し心配だけどお仕事の話をしない人だから本人に任せるしかないわね」


 お母さまはアルバート王子からお土産で頂いた私の髪飾りをとても褒めてくれた。食事をしながら庭の薔薇について私が品種改良を試みている薄いピンクのものや黄色のものについての話で盛り上がり、ブラックベルト(黒土地帯)にはブリーリという野生のピンクの花が咲く木が生えていることを教えてくれた。いつか見に行きたい。それにしてもお母さまはこの大陸のあちこちの事をよく知っている人だと感心する。旅行が趣味だったのだろうか?また今度若い時の話を聞いてみよう。


 明後日はホール湖への遠乗りだが、先日ホール湖に行ったときに出会ったタチカ村の子供達はどうしているだろうか。確かリンとカルだったか。薬師のミシェルさんに預かってもらい、お父様が領地内の実務を行っているレイモンドさんに任せてくれるという話だったので、問題はないと思うが。

 私の頭の中は明後日の遠乗りに持っていくお弁当のメニューを考える事でいっぱいになっていた。


 まだ子供だった頃の学友たちとの思い出が詰まったホール湖やアルバート王子と遊んだ庭、裏山探検。従妹の令嬢たちや家同士が懇意にしている令嬢たちとの街への買い物、お忍びの観劇など楽しくわくわくする毎日だった。あの頃は身分なんて関係なく遊んでいたものだが社交界デビューをする15歳前後になると、ヤングアダルトいわゆる大人の一歩手前でも、もう子供として扱わない年齢ということになるので、友人同士でも礼儀作法を優先しなくてはならない。


 その頃から貴族の子供たちは婚約者を持つことが多い。ただ、家同士の決めた婚約者というものについては私たちの少し上の世代からは古臭い、想い人と結婚したいと反発する風潮があり、親世代は頭を抱えているとお父様は言っていたがそのことについてお母さまは、一生の事だから本人同士が決めればいいということを言っていた。割と理解のある母親だと私は思う。


 私自身も第2王子との婚約なんて考えてもいなかったが、我が家は私のほかに子供は居ないし家の存続のためと貴族間のバランス調整のためにもアルトノエル公爵と王族の婚姻関係が必要だということは理解している。

 アルバート王子自身も王族の責務としか考えていないだろう。恋や愛などという甘酸っぱい話より政治バランスの方が主な結婚なんて私の望むものじゃないしいまでももやもやした気持ちがあって、でもどうすることもできない現実もあって。一緒に出掛けても一緒に住んでもそこに愛情が無ければ赤の他人との空虚な生活しかないと思ってしまう。


 そんな生活で息抜きなんてどうやるんだろう。一人でキャンプなんてできる時代じゃないしいっそのこと町民にでもなれば自由に生きられたのかもしれないが、この時代のこの国に生まれたことは変えられないのでこの辺のことは頭の隅に追いやって寝ることにした。


 ナイトテーブルに置いた果実水を飲み、布団に潜り込むとふんわりとしたカモミールの香りがする。サシェでシーツに香りをつけている。メイド達は私が植物好きなので自然とハーブやお茶、花などに親しんでいる。この国の貴族は薔薇や様々な植物を庭に植えることが当たり前で、訪問者も初めて訪れる屋敷の庭や植栽を誉めることは貴族マナーの一つとなっている。


 うちの庭師さんは老齢ではあるもののおじい様の代からこの屋敷の庭師をしており、お父様とも仲良しだ。孫が生まれたときはお父様に名づけを頼んできたほど懇意にしている。私の家族は公爵家ではあるものの割と庶民的な感覚を持っているのだと思う。そんな環境が私には居心地がいいのだ。メイドの誕生日や厩番の結婚式などにもお祝いの花を贈ったりするのだ。実際はお母さまと私が積極的にやっているのだが。

 メイドなどの勤め人が居て初めて日々の生活が成り立っていることを考えると感謝することは大事だと思う。何事も感謝が大事なのだ。

 そんなことを考えながらいつの間にか眠りに落ちた。


 疲れ切ったお父様が帰ってきたのはそれから数時間後の日付が変わったころだったらしい。





 

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