前世の夢
この世界に飽きていた・・・
人の心が荒んでいる世界。他人を蹴落とさなければ負ける競争社会。
休暇で来ているこの場所から、山々を見つめこう思う。
こんなに世界は美しいのに、と。
次の瞬間、けたたましいクラクションの音と、直後に頭を襲う激しい衝撃。
薄れゆく意識の中で見た華やかな世界。まるで中世の絵画のような・・・・
そして今世の命を終えた。
「ソフィア様、お目覚めの時間でございます」
侍女長の声でゆっくり目を開けると、寝ながら泣いていたのか涙が溜まっていたのでシーツでそっと拭う。
「おはようございます、ソフィア様。本日はアルバート王子との婚約の儀のためにドレスを仮縫いされる日でございますね」
あぁ、そうか。またあの時の夢を見たのか。いろんな前世の夢の中でこの世界と全く違うこの夢だけは
幾度となく見る。あの時私が見た風景も感じた風もすべて実感を伴って覚えている。
ゆっくり起き上がると侍女に促されるままガウンを羽織ってバスルームへ向かう。
バスルームにはほのかに薔薇の香りがしていて心地よい。薔薇は私が今世で最も好む花であることを侍女たちは良く知っていて気を利かせてくれたのだろう。
とても気の付く良い侍女たちなのだ。
入浴を済ませてから食堂へ行く。
食堂で待っていた父上も母上もなんだか嬉しそうな顔をしている。
「ソフィア、今日は婚約の儀で着るドレスの仮縫いの日ね。とても楽しみね。」
お母さまは私より浮かれている。ドレスは嫌いではないが、きつく締め付けられるのがあまり好きではないので今回は軽い生地を幾重にも重ねたふんわりとした締め付けの少ないデザインで作ってもらっている。
「はい。お母さま。シャルルの店のドレスはお父様のお勧め通りでした。きっと素敵なドレスに仕上がると思います。」
父であるアルトノエル公爵は私の感想に満足げな顔をする。口数は少ないが家族思いであり、忠誠心の厚い国王陛下の臣下である。どんなに忙しくとも家族で朝食をとることを優先してくれる優しい父だ。
支度をしてから馬車に乗りドレスの仮縫いに出かけることになった。