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メキシコ『アステカ武闘大会』潜入! ランキング売買の闇を追え!⑤ 〜バンドー、武闘大会参戦!〜


 ランキング売買疑惑のある剣士の動向を探るため、メキシコシティで開催される『第27回アステカ武闘大会』に潜入したチーム・バンドー。

 チーム・HPのハドソンとパク、そしてコールの協力も得て、チーム・バンドーは当該剣士の拘束に成功した。


 当該剣士のうち、モレノは疑惑以前に拳銃の不法所持で問答無用の逮捕。

 カイセードには情状酌量の余地があり、ランキング不正までの過程を自供した事によって、武闘大会の成績次第でランキング認定の可能性を残す事となる。


 残るコレーアはモレノとともに違法賭博と八百長に関わっていたが、ランキングと対戦相手の買収にドラッグを使用していた事が判明。

 試合中にドラッグを服用した対戦相手のマガジャネスとともにコレーアは逮捕され、ドラッグでランキングを売り渡した元剣士、カミンスキーにも捜査の目が向けられた。



 組合から依頼されていた任務は、かすり傷ひとつなく無難に終えたチーム・バンドー。

 だが、モレノには放射能による大気汚染地域で生まれ育った裏事情があり、彼にランキングを売り渡した剣士以外にも利権を共有した人間が隠れている可能性がある。

 

 その一方で、カイセードにランキングを譲った元剣士、フレイは現在転職活動中と思われていたが、昨夜、彼の携帯電話がライン川から発見されたとの情報が入っていた。

 

 クレアとハインツは組合と警察に協力し、引き続きこの件の解明調査に参加。

 バンドーは逮捕されたコレーアとマガジャネスの代わりに、リザーバーとして武闘大会へのエントリーが決定する。



 9月16日・9:00


 武闘大会剣術トーナメントにリザーバー参戦が決定し、バンドーは一夜漬けの調整を終えていた。

 

 今大会には左利きの剣士がいないため、宿舎でのスパーリング・パートナーを務めたのは、ハインツではなくクレア。

 ランキングこそバンドーに抜かれた彼女だが、チーム事情で火炎魔法によるサポート役に徹していただけであり、純粋な剣士としての技術と経験値はまだまだバンドーより上である。



「バンドー、5ヶ月前に比べたら、もうあんたに目立った隙はないわ。格闘技の癖で相手の懐に入り過ぎちゃうリスクと、劣勢時の極端な消極性……この戦術的なバラつきさえ改善すれば、トップ20も射程圏内ね」


 格闘センスこそあれ、剣術素人のバンドーが半年足らずでランカー剣士の仲間入りを果たせたのは、間違いなくクレアの基礎訓練のお陰だ。

 

 そこにハインツのストイックさと、今は亡きベルリンの剣士、シュティンドルのフィジカルアドバイス(本編第8話参照)。

 最後にレジェンド剣士、ダグラス・スコットからの実戦向け剣術指南(本編第69、73話参照)……これで強くなれない様では、バンドー自身に素質がなかったと言えるのだろう。


「俺とクレアは、警察やエルナンデスと一緒にモレノの事情を探ってくる。奴がただの悪党だったならそれでいいんだが、故郷の大気汚染地域に家族や知り合いが住んでいる様だと、統一国家全体の問題になるだろうな」


「バンドーさんの応援と、武闘大会のトラブル解決なら自分達に任せて下さい。くれぐれも気をつけて」


 ハインツとシルバは互いに言葉を交わし、クレアとリンの表情にも決意が滲んでいた。


「バンドー、あたしの剣術師範としての信用がかかってるんだから、絶対優勝しなさいよ」


「おう、約束するよ!」


 専業剣士引退後は、故郷のソフィアに剣術道場をオープンする予定のクレア。

 

 アステカ武闘大会のチャンピオンを輩出したとなれば、その名声は中南米にも轟く。

 バンドーの責任は重大だ。



 9月16日・10:30


 第27回アステカ武闘大会、魔術トーナメント準決勝。


 中南米では魔導士適性の人間が少ないのか、魔術トーナメントは不人気コンテンツ。

 大会初日は夕方から開催されたにもかかわらず、準々決勝は2日目の午前中開催となり、試合もハイペースの一撃必殺展開が多い。


 早くも準決勝が行われているが、この試合は風魔法の空気球を投げ合うパターンで、今や世界トップレベルの魔導士となったリンの注目を集める様な逸材は見当たらなさそうだ。


「ええいっ……!」


 今大会最年少、16歳のレティシア・フローレスは整った顔立ちの少女だが、ショートカットの前髪をちょんまげの様に額の上で結んだ、いかにも活発なヘアスタイル。

 一方、対戦相手の魔導士ヘスス・バレラは還暦間近で頭髪も寂しくなっているものの、まるで孫を見る様にリラックスした戦いを見せており、レティシアの気合いはどうにも空回り気味である。


「……お嬢ちゃんの攻撃は確かに素早いし、パワーもある様だね。だが、私は30年も魔導塾講師として働いていたのだ。その攻撃が当たるか当たらないかくらいは見切れるよ」


 次世代のホープと、円熟の優勝候補。

 広くないサブアレーナのステージでは体力の消耗も少なく、恐らくは退職金稼ぎと思われるベテランの経験値が上回ると思われていた。


「……仕方ないわね、プランBを出すしかない!」


 これまで直線的な若さに任せた攻撃に終始していたレティシアは、より大きな空気球を作成。

 その球をアレーナの頑強な柱に向けてゆっくりと放ち、矢継ぎ早に小さな空気球を別角度から高速でぶつける。


「何っ……うおおっ!?」


 小球の勢いがプラスされた大きな空気球は、アレーナの柱を直撃して進路を変更。

 アレーナ全体に小さな振動をもたらしながら、大きな空気球はそのまま不意を突かれたバレラの腰に命中した。


「あいたた……ダメだ、もう立てん、ギブアップだ!」


「第1ラウンド4分25秒、勝者、レティシア・フローレス!」

 

 レティシアの痛快な頭脳プレーに、このトーナメント一番の歓声を上げる観客達。

 空気球の戦術バリエーションを豊富に持つリンも、弱冠16歳のレティシアの機転に拍手を送る。



「……負けたよお嬢ちゃん。だが、柱に空気球をぶつけるなんてギャンブルだよ。もしアレーナが壊れてしまったら、お嬢ちゃんだけじゃ弁償出来ないだろう?」


 寄る年波には勝てず、腰のダメージにより担架で搬送されるバレラ。

 しかしながら、彼の最後の負け惜しみはレティシアの満面の笑顔で否定される事となった。


「パパは設計士なの。メヒコアレーナの柱はメキシコで一番頑丈だから、空気球くらいではびくともしないって言ってたわ」


「そうか……堅気の仕事の方が、やはり強いのか……」


 バレラは意味深なセリフを残して退場し、歓声に応えるレティシアとリンの視線が偶然一致する。


「……え? まさか、ジェシー・リンさん!?」


 今のリンであれば、魔道士でその存在を知らない者はいないだろう。

 憧れのスーパースターとの初対面とばかりに、期待と喜びに満ち溢れた表情を浮かべたレティシアは、猛スピードで観客席に駆け降りてきた。


「リンさん、はじめまして! レティシア・フローレスです! あっ、こちらがシルバさんですね!? 大きい〜!」


 試合中の真剣な表情とはまるで別人の様に、10代の少女らしさを爆発させるレティシア。

 バンドーは午後からの剣術トーナメントに備えて控え室でトレーニングに励んでいたが、チーム・バンドーは今更不在メンバーの紹介など必要ない有名人揃いである。


「はじめまして、レティシアさん。お見知り置きしていただいて光栄です。貴女の技術、戦術、機転など、堪能させていただきました。いよいよ決勝ですね! 貴女の様な新世代が出てきてくれたら、私も頼もしく感じますよ」


 上からものを言う事に慣れていないリンだけに、自分を慕うレティシアへの対応もややぎこちない。

 だが、積極的なレティシアは気まずい沈黙を作る事もなく、リンから実用的なアドバイスをあれこれ引き出そうとしていた。



「……ありがとうございます、勉強になります! でも、リンさんはモスクワ武闘大会で賞金稼ぎを引退するんですよね。出来れば魔法学校の教官みたいな、魔法を教えるお仕事に就いてくれると嬉しいんですけど……」


 いくつかのアドバイスを得た後、レティシアはリンの将来に想いを馳せている。

 魔法学校や剣術学校の入学には年齢制限があるが、まだ16歳の彼女が持つポテンシャルは、魔法がひとつの選択肢に過ぎないレベルで限りない。


「私はもう、来年からワイン農場に就職が決まっています。かつての勤め先だった図書館が大企業に乗っ取られてしまったので、暫くチーム・バンドーで戦う事を選びましたが、その大企業ももうすぐ生まれ変わるんですよ。今の私は、農場の事故や災害を防ぐために魔法を役立てたいと考えていますね」


 フェリックス社との因縁を振り返るリンの横顔も、今では涼しいもの。

 最愛のパートナー、シルバの存在は勿論だが、バンドーをはじめとする「運命を変えたご近所さん」と力を合わせるニュージーランドでの未来に、もう迷いはないのだ。


「実は私も、魔導士になるかどうかはまだ決めていないんです……。パパの勤める会社に入って、現場の事故や災害を防ぐのも立派な目標だと思っていたので、リンさんから今の言葉を聴けて嬉しかったです!」


 どうやらレティシアは、魔導士という狭い世界に収まる器ではないらしい。

 彼女の姿勢に感銘を受けたリンはレティシアを抱き寄せ、何やら小声で囁きかける。


「……え!? はい、ありがとうございます!」


 レティシアは僅かに頬を紅く染め、深いお辞儀を残して退場する。

 両者の間に割り込むべきではないと考えていたシルバは、遂に挨拶以上の行動は取らなかったものの、リンが最後に何を言っていたのかだけは気になっていた。


 

 振り返ってみると、リンは最初からシルバに好意を持っていた訳ではない。

 彼の誠実さをもって自らに贈られる好意を、徐々に受け入れる形で現在に至ったのである。


 恐らくリンはレティシアに対して、愛するパートナーを見つけた時点で、これまでに立てた人生の計画などあてにならなくなるが、それが不幸という訳ではない事を伝えたかったのだろう。



 その後レティシアは見事優勝し、魔術トーナメント史上最年少チャンピオンとなった。

 彼女のルックスや話題性も相まって、中南米の魔力保持者が魔導士を目指してくれる様になれば、少なくとも組合や武闘大会の運営側は安心するに違いない。



 9月16日・12:00


 軽い昼食を摂ったのち、13:00からの剣術トーナメントに備える参加者達。

 初戦免除の形となり、ベスト8選手のドーピング検査で初登場したバンドーだが、その実績と腰の低いキャラクターが幸いして、誰からも疎まれる事はなかった。


「順調に行けばコールとの決勝戦だ。バンドー、俺達も今日ばかりはお前の敵だぜ」


 組合からの仕事を終え、報酬ゲットも確定したハドソンとパクは極めて上機嫌。

 バンドーが調子を取り戻したカイセードに不覚を取らなければ、多くの専門家もこの決勝カードを予想している。


(……それで、俺の対戦相手は……?)


 試合まで1時間ともなれば、わざわざ対戦相手に挨拶しようとする者は殆どいない。

 バンドーが見つけた準々決勝の相手、コスタリカ出身のホエル・ロブレスは、ひとり瞑想気味に集中力を高めていた。


(若いとは聞いていたけど、思った以上に幼い感じだな……)


 赤茶色のマッシュルームカットで、中米出身者としては色白なロブレスは恐らくスペイン系。

 20歳の新鋭は故郷で頭角を現し、アステカで腕試しといった所なのだろう。


 バンドーがとりわけ注目したのは彼の剣。

 20歳そこそこの若者が持つにはかなり高額なものであり、実家が裕福なのか、それとも既に大金を稼ぐ程の実力者なのか……いずれにせよ油断は禁物だ。


「……!? バ、バンドーさんですか? す、すみませんでした!」


 瞑想から目覚めたロブレスは、何ら謝罪の必要がないにもかかわらず、瞑想姿を見られたバンドーに頭を下げて退場してしまう。

 目にかかる程の前髪といい、どうやらコミュ障に近いレベルでシャイな青年らしい。



 9月16日・12:40


「それではこれより、第27回アステカ武闘大会格闘トーナメント準々決勝、第2試合を行います。赤コーナー、JED(ジェッド)トーレス!」


 シルバとリンが見つめる中、トーレスは大歓声を背中に受けながら、ゆっくりとリングに姿を現す。

 

 チーム・エスピノーザ解散後、中南米を主戦場とするプロ格闘家へと転向した彼は、得意のボクシングにキックと寝技を融合。

 アステカ武闘大会初参戦にして、優勝候補の一角として期待される程の人気と実力を兼ね備えていた。


「青コーナー、トルガイ・ケリモル!」


 リンの兄、ロビーのプロデビュー戦の対戦相手でもあったトルガイ。

 チーム・ギネシュの一員として、チーム・バンドーとも近しい間柄にある彼は、観客席に見つけたシルバとリンに軽く手で合図を送る。(本編第14話、30話参照)


 ロビーと同じくイケメン格闘家として知られる彼の人気ぶりは、ここメキシコでも健在。

 彼もアステカ武闘大会は初参戦だが、1回戦、ベスト16ともに判定による辛勝だったため、かなりのダメージが蓄積していた。


「……トルガイさんのコンディションが悪そうですね……。トーレスさんの優勢は明らかですけど、兄の勝利を刺激にして欲しいです」


 兄ロビーとの関係性からか、リンは僅かばかりトルガイに情が入っている様に見える。

 パンチではトーレスにアドバンテージがあるだけに、トルガイの生命線である両足に巻かれたテーピングは痛々しい。

 

「……自分は彼らに一度は勝っていますが、今戦って勝てる自信はありません。最近の自分達は、すっかり親善大使の様な活動をしていましたからね……」


 シルバは観客としての集中力を高めながら、この両者と拳を交えた頃の緊張感を呼び起こそうとしている。

 この試合は彼とリンにとって、残り少ない賞金稼ぎ生活へのモチベーションを改めて高めるという重要な意味を持っており、トーナメント参加を決めたバンドーとはまた別の選択をしなければならなかったのだ。



「ラウンド・ワン、ファイト!」


(どうせ長くは戦えない……いっちょ賭けに出るか!)


 トーレスのパンチを耐え忍び、ローキックのカウンターから勝機を見出すと思われていたトルガイが、試合開始からまさかの猛ラッシュ。

 相手の懐に潜り込み、至近距離からパンチの連打をお見舞いする。


「……フッ、足のダメージは相当らしいな!」


 一瞬驚いたトーレスは、トルガイ最初の一撃を肩の辺りに喰らってしまう。

 だが、彼は自身を即座に適応させ、ボクシング型のガードで上半身を鉄壁に整えた。


「もう判定勝ちはこりごりなのさ!」


 ガードの上からの攻撃にも、トルガイは全く気落ちなし。

 ラッキーパンチでポイントを狙う戦術ではなく、両足の負傷により必殺のキックを出すタイミングが限られるため、それまでは相手にポイントを与えないという、単純な結論なのである。


「お前がキックを出さないなら、俺のキックも味わってみるか?」


 プロ格闘家への転向で、パンチに頼り過ぎていた自身のプレースタイルを見直したトーレス。

 当然、キックや寝技が一朝一夕(いっちょういっせき)に身につくものではないが、中南米には優れたジムやコーチが多数存在していた。


「この近距離じゃ、せいぜい前蹴りだろ? 膝でガードしておしまいだぜ」


 幸いにして、トルガイの膝から上にダメージは少ない。

 前蹴り程度なら、トーレスのキックを受けてみるのも経験値になるだろう。


「……これならどうだ!?」


 トルガイのパンチ連打に、やや疲れが見え始めたその瞬間、トーレスは鋭い回転から左手の裏拳をトルガイの顔面に定める。

 咄嗟の判断で顔面のガードを固めるトルガイだったが、相手の右足は勢いのまま彼の脇腹にヒットした。


「くっ……!」


 痛みには耐えたものの、脇腹に込めた力がトルガイの動きを鈍らせ、トーレスの右ストレートがガードの上から炸裂する。


「ぐおっ!」


 思わず卒倒しそうになる衝撃を、どうにか持ちこたえるトルガイ。

 チャンスとばかりに形勢逆転のトーレスは重心を下げ、がら空きになった相手のボディーを目掛けてパンチを引き絞った。


「それぐらいは読んでるぜ!」


 トルガイはトーレスのパンチを左腕全体でガードした後、残された右腕で相手の拳を抑えつける。


「このチャンス、逃さん!」


 アレーナを揺さぶる大歓声とともに、マットに倒れ込んだ両者。

 トルガイはダメージの残る左腕も加えた体勢から、トーレスの右腕を決めにかかった。


「理想的な展開です! あとはトルガイに腕を決めきれるだけのパワーが残っているか……?」


 思わず席から立ち上がり、興奮を隠せないシルバ。

 トーレスの精神力は強靭極まりなく、トルガイの勝利はすなわち、トーレスの腕が折れる事を意味しているのかも知れないが……。


(……畜生、左腕に力が入らねえ……!)


 外からみれば完全に優位に見えるトルガイだが、トーレスのパンチを喰らった左腕のダメージは想像以上。

 加えて左の脇腹にもダメージがあるため、トルガイの左腕は相手の右腕を固定するのがやっとである。


「くっ……俺の攻撃だって、闇雲に繰り出している訳じゃないぜ……そりゃっ!」


 右腕を決められた痛みに耐えるトーレスだが、その口調が示す様に、彼にはまだ余裕が感じられている。

 寝たままの右膝蹴りではトルガイを突き放せないと見るや、身体を反転させて左足のキックで寝技からの脱出を試みた。


「……!? がはっ……!」


 トーレスの左足は、ラッキーにもトルガイの顔面、鼻腔(びくう)周辺に直撃。

 ダメージ的に甚大ではないものの、生理的嫌悪感と呼吸難からトルガイの寝技は解体してしまう。


 「あああぁぁっ!」


 両者にとって、いち早く立ち上がった後の一撃が勝負の分かれ目。

 僅かに早く立ち上がったトルガイは不安定な姿勢ながら、ラストチャンスとも言える起死回生の右ローキックを、トーレスの左の二の腕にお見舞いした。


 アレーナには乾いた打撃音が響き渡り、トルガイのローキックはトーレスの左腕を直撃。

 だが、トーレスの目はダメージによる絶望どころかギラギラとした熱い野望に燃えたぎり、彼の全力の右ストレートがトルガイのボディーを捉える。 


「……ゲホッ……!」


 トップレベルのミドル級ボクサーとして将来を嘱望されていたトーレスのパンチ直撃に、流石のトルガイも万事休す。

 トルガイのローキックを喰らったトーレスの左腕もかなりのダメージがあるが、先程のパンチとは違って相手のガードもなく、トーレスにとってこのシチュエーションでK.O.出来ない相手はそういないのだ。


「ストーップ、ストーップ!」


 カンカンカンカン……


 トルガイの表情を確認したレフェリーは、即座に試合を制止。

 仮にダウンを宣告しても、10カウント以内の復帰は不可能と判断したのだろう。


「1ラウンド3分08秒、勝者、JEDトーレス!」


 結果こそ下馬評通りだが、短い時間に両者の長所が凝縮された好試合。

 アレーナの観客はスタンディング・オベーションで選手を称え、後ろの観客に押される形でリングに近づいたシルバとリンは、意識を取り戻したトルガイを激励する。


「……アステカに楽な相手はいないな。シルバ、その女と堅気の人生に逃げ込む前に、俺をもう一回倒す気になる事を願っているぜ」


 トルガイのキックを受けた左腕だけではなく、勝負を決めた右腕にも寝技によるダメージが残っている。

 トーレスはシルバとの再戦を望みつつ、トーナメント制覇を目指して控え室でダメージ回復に専念した。



 9月16日・14:15


「それではこれより、アステカ武闘大会剣術トーナメント準々決勝第4試合を行います。赤コーナー、レイジ・バンドー!」


 ランカーというだけではなく、統一世界の危機を救った英雄としても名を上げた、バンドーのトーナメント参戦効果は予想以上。

 レティシアをはじめとした魔術トーナメント関係者や、先程敗退したトルガイの応援に駆けつけたヨーロッパの女性ファンなどが観戦に訪れ、小さなサブアレーナはあっという間に満員御礼となる。


「青コーナー、ホエル・ロブレス!」


 予想外の大観衆に驚いたロブレスは、久しぶりの武闘大会参戦のバンドーより緊張が大きい。

 まだ20歳という年齢から、試合内容を問われる立場ではないだけに、冷静なパフォーマンスを期待したい所だ。


「バンドーさん、特に緊張はないみたいですね。ルールに乗っ取った試合は久しぶりですけど、イタリアでもランカー剣士を退けましたから」


 シルバとともにバンドーのセコンド帯同を許可されたリンは、今や自然な貫禄すら滲み出ているバンドーに関心しきり。

 彼女の言う通り、バンドーは2週間程前にイタリアでユリアーノというランカー剣士を倒しており、スタミナ面はともかくとして、剣士としての勘は鈍っていない。


「ホエル・ロブレスは基本に忠実な慎重派で、ガードを固めながら攻撃の糸口を探り、第2ラウンドで素早い上半身攻撃からポイントを連取してきた様です。油断は禁物ですが、今のバンドーさんなら第1ラウンドで勝負を決めてくれるでしょう」


 恐らくは今後、カイセードとコールが待ち受ける剣術トーナメント。

 シルバの分析も、バンドーがロブレス相手にスタミナを消費する訳にはいかないという視点によるものだ。


(……胸を貸している余裕はない、早いうちに勝負を決めるぞ!)


 バンドーは気持ちを高めながら、数多の修羅場をともに潜り抜けてきた相棒を見つめる。

 対戦相手ロブレスの剣も大切にメンテナンスされた高額なものであるが、バンドーの愛剣にもまた、一筋縄では行かないドラマが隠されている事を忘れてはならない。



 ベルリンの顔役的な名剣士、シュティンドルに感銘を受けたバンドーは指導を受けるものの、シュティンドルは仲間の裏切りに遭い命を落としてしまう。

 息子の遺品を整理しようとしていたシュティンドルの両親から、クレアが剣を譲り受け、バンドーはその剣を今日まで大切に使ってきたのだ。(本編第8話参照)


 だが、シュティンドルにはもともと愛弟子がいる。

 

 10代にして頭角を現し、チーム・ルステンベルガーにスカウトされたティム・シュワーブ。

 バンドーとは軽口を叩き合う兄弟の様な間柄だが、本来ならば彼がシュティンドルの剣を継承するに相応しいはずだ。


 バンドーはモスクワ武闘大会を最後に、賞金稼ぎを引退する。

 だからこそ彼はその瞬間、愛剣をシュワーブに譲渡する決意を固めていたのである。



「バンドーさん、今日はよろしくお願いします」


 雰囲気にのまれない儀式でもあるのか、ロブレスは突如としてバンドーに歩み寄り、中南米人としては珍しい程に深く頭を下げる。

 日系人のバンドーとしては馴染み深い礼儀だが、圧勝する気満々な今の彼には、相手のこの態度は少々肩透かしに見えなくもない。


「ラウンド・ワン、ファイト!」


「おりゃあぁ、覚悟しな!」

 

 師匠であるシュティンドル仕込みの、素早い出足。

 対戦相手の殆どが、ずんぐりしたバンドーの体格とのギャップに意表を突かれて序盤のペースを握られてしまうのだ。


「……は、速い! うわあっ!」


 初めて目の当たりにするバンドーの初速に、咄嗟のガードで上半身を固めるだけのロブレス。

 これまでの参加者とは重さが違う剣の接触音が響いた事で、アレーナは歓声すら上がらない。


「上手くガードしたな。悪いがスローペースに付き合う気はないぜ!」


 バンドーは相手のガードから素早く剣を離し、槍を突く様に間合いをあけて剣を引き、片手でロブレスの左肩の防具を狙い撃ち。

 かつて完敗を喫したルステンベルガーのお株を奪う、手首のフェイントを活かして相手のガードを掻い潜る突き技だ。(本編第24話参照)


「えっ……!? 軌道が読めない!」


 バンドーの突きは、見事なまでにロブレスの左肩の防具を粉砕。

 これでロブレスは防具のない左肩を意識せざるを得ず、右利きのロブレスは増々攻撃が消極的になるだろう。


「凄え! 流石はランキング45位、圧倒的じゃねえか!」


 これまでのトーナメントでは見られなかった、ハイレベルな攻撃。

 加えてその攻撃が、一見ずんぐりした体格で穏やかな雰囲気の日系人から繰り出されている。

 

 バンドーの参戦をきっかけとして、中南米系主体の観客席からはお家芸の格闘技とはまた違う、新たな興奮を見出した喜びが溢れ出していた。 

 

「今日のバンドーさんは冴えてます! 勝利はもう、時間の問題ですね!」


 普段は冷静な分析を行うシルバが、早くもバンドーの勝利を確信している。

 格下相手に様子見をせず、素早くトップフォームを取り戻そうと試みるバンドーの積極性が、全てプラスに働いているからだろう。


(……くっ、落ち着くんだ。相手が突きで重心を下げてくるなら、僕のチャンスじゃないか……!)


 更なるガードを固めて、どうにかバンドーの追撃を耐えるロブレス。

 彼は細身だが上背があるため、バンドーは突きや左右のスウィングを多用してガードを崩し、懐に飛び込んだとどめの一撃を思い描いていた。


「……!? おおっと!」


 勢い良く攻め過ぎたか、バンドーは右足が勇んでややバランスを崩す。

 ロブレスのカウンターを恐れた彼は、攻撃を一旦立て直すために重心を左足に移し、強制的に間合いをあけようと試みる。


「チャンス、でやあぁぁっ……!」


 ロブレスはここぞとばかり、真上から剣を振り下ろす。

 そのフォームは何処か、日本古来の剣道を思わせる端正な構えだった。


 ブオォッ……


 ステージに一陣の風が舞うかの様な圧から、間一髪脱出したバンドー。

 だが、安堵した彼の表情を嘲笑うかの如く、バンドーの右肩の防具にもひびが入っている。


「何っ!? 剣はギリギリかわしたはずなのに……」


 戦う本人にさえ自覚のない、右肩へのダメージ。

 それは肉体への衝撃が皆無な、まさに「剣の切れ味」によるダメージだった。


「若いのもやるじゃねえか! ガンガン攻めてくれよ!」


 現行スコアとしては、バンドーのポイントが加点3、ロブレスのポイントは加点1といった所。

 それでも詰めかけた観衆は、両者の激しいつばぜり合いを期待しているに違いない。


(あの剣、高級なだけじゃないな。相当な腕の職人がメンテナンスしている。あの技が剣を活かす攻撃なのか?)


 この数ヶ月の間に、剣士として常人以上に濃密な対戦を積み上げてきたバンドー。

 その対戦相手達は、剣の腕前や太刀筋(たちすじ)にそれぞれ多彩な個性を(たた)えていた。


 しかしながら、各々が最低限のこだわりを反映している剣そのものに関して、その存在感が表に出てくるのはこのロブレスが初めてである。

 恐らく彼の実力以上に、この剣の切れ味によって救われた戦いがあったはず。


 敵意を全く感じさせないその謙虚な佇まいといい、ロブレスは剣士と言うより、試し斬りをする剣職人の様なオーラを放っていたのだ。


「下半身には……隙がある!」


 バンドーは相手の攻撃を意識的に引き出すため、わざと分かりやすく下半身を攻撃目標に選択。

 ロブレスが余裕を持って剣を振り上げた瞬間、バンドーはバックステップで間合いを取り、上半身のガードを固める。


「面! 面! 胴!」


 小気味良い上半身攻撃を見せるロブレス。

 

 やはり、彼の剣術ルーツは日本古来の剣道。

 その礼儀正しさも、剣の切れ味に徹底してこだわっていたのも、あくまで相手の動きを止め、戦意を低下させるスポーツマンシップに重点を置いていた結果だったのだ。


「いいね! 身が引き締まる思いだよ!」


 ロブレスの連打を受け止めているにもかかわらず、バンドーはむしろ爽やかな笑みを浮かべている。

 剣道の心得は殆どない彼だったが、そのリズムへの順応性と技の予測精度は、もはや日系人のDNAに刻まれた才覚である。


「小手! 突き……!」


「……突きだっ……!」


 突きのタイミングが一致する両者。

 バンドーは反時計回りに身体を回転させ、野球のバットスウィングの要領でロブレスの剣を弾き飛ばした。


「くっ……しまった!」


 さほど広くないサブアレーナに、甲高い剣の接触音が轟く。

 振動による両手の痛みで剣を失ったロブレスの胸にある防具は、バンドーの突きによって鮮やかに破壊され、これで勝負あり。


「ストーップ! ロブレス選手の胸の防具が破壊されました! 1ラウンド2分46秒、勝者、レイジ・バンドー!」


「よっしゃー!」


 気合の雄叫びを大歓声に隠して、控えめに初戦快勝のガッツポーズを決めるバンドー。

 素早い剣道技を見せたロブレスにも喝采が届けられたが、パワーでもテクニックでも両者の差は歴然としていた。


「いや〜、あの間合いで肩が切れるとは思わなかったよ。でも、剣の切れ味にはビビっても、強い奴のメンタルまでは揺さぶれないな。まあ、俺が強いとは言い難いんだけどね」


 バンドーは無邪気な太字スマイルでロブレスの肩を叩き、剣の力に頼りがちな青年剣士もバツの悪そうな表情を浮かべている。


「剣も高そうだけど、メンテナンスにも凄く腕のいい職人を雇っているんだね! 差し支えなかったら、その人教えてくれないかな?」


 モスクワ武闘大会を控えて剣士ランキング第1位を死守したいハインツは勿論、いずれは愛剣をシュワーブに託す予定のバンドーも、剣のメンテナンスは重要な関心事。

 一方ロブレスは、自分が裕福なお坊ちゃん扱いを受けたと感じたのか、笑顔の中にも真剣な目つきを見せてバンドーに返答した。


「……実家はそこそこ裕福でした。そこは否定しません。でも頼ったのは剣を買うまでで、メンテナンスは僕が毎日ひとりでやっているんですよ」


「えっ、マジ!? それって凄い才能じゃん! ちょっと控え室で話聞いてもいい?」


 アレーナの熱狂に背を向け、両者は剣の話に没頭。

 バンドーはシルバとリンに指先で合図し、押し寄せるマスコミのインタビューを丁重に断りながら4人で控え室に帰還する。



 ホエル・ロブレスは、コスタリカの空港職員である両親の間に生まれたが、現在は父親が空港運営会社の役員に昇進した事もあり、準富裕層として経済的には不自由のない暮らしを送っている。

 しかしながら多忙な両親の下、立派な家にホームヘルパーとふたりで暮らす時期が長かったためなのか、どちらかと言えば内向的な読書家として少年時代を過ごしていた。


 そんな彼が興味を持ったのは、日本、朝鮮、アメリカ、カナダといった、統一世界の地図から消えてしまった地域の文化。

 中でも日本の剣道には関心が高く、統一世界の富裕層が所有していると噂の、希少な本物の『日本刀』をその目で見る事を夢見ている。


「……コスタリカは中米の中では平和に見えるでしょうけど、実は南米から運ばれてくるドラッグの仲介マフィアが存在しています。僕は剣士としてはまだ新米ですが、警察や父の会社の協力もあって、仲間達と一緒にマフィア配下のチンピラを捕らえる仕事をしているんですよ」


 裕福な家庭に生まれ育ったのであれば、自ら前線に出てその身を危険に晒す必要はないはず。

 しかしながら、彼の剣への探究心に父親のドラッグ密輸を警戒する任務が重なった事で、その運命は動き出したのだ。


「……余計なお世話かも知れないけど、ロブレス君は剣のメンテナンス職人でも十分にやっていけると思うな。君さえ良かったら俺達の剣のメンテナンスも頼みたいし、剣士としての成功にこだわりがないのであれば、自分の工房を持った方がいいんじゃないかな?」


 この場に集うバンドー、シルバ、リンは全員、年末には賞金稼ぎを引退する身。

 若い剣士にかける言葉としては、やや保守的に過ぎる実感は彼等自身にもあるだろう。


「……メンテナンスの腕を褒めていただいて、誠にありがとうございます! 自分にとって大事なものを極めたいとは思いますが……裕福だからといって……若いうちから目先の責任や仕事から逃げるのは良くないと……強く思うんです……」


 ロブレスの真っ直ぐな誠実さに、バンドー達は胸を打たれている。

 成り行きでの武闘大会参戦だったが、このタイミングでの参戦、そしてこのロブレスが初戦の対戦相手で本当に良かった。


「うん、頑張って! 命だけは大事にしてよ!」


 バンドーはロブレスを熱く激励し、シルバとリンもその輪に加わる。

 交換したアドレスと電話番号は、これから互いの人生に大きなプラスをもたらすに違いない。



 9月16日・14:45


「降りますよ。防護服の着用は万全ですか?」


「ああ、何だか自分が自分じゃねえみたいな気分だけどな」


 メキシコ北中部の街、サカテカスに到着したハインツとクレア。

 メキシコシティ警察のヘリコプターに搭乗しているのは、彼等とモレノ、組合職員のエルナンデス、警官2名、そしてパイロットの計7名だ。


「モレノ、お前は防護服を着ていないな。本当にいいのか?」


 喘息持ちにもかかわらず、放射能による大気汚染警戒地域に普段着の軽装で乗り込むモレノ。

 自身の故郷で顔馴染みに威厳を示したい覚悟は伝わるものの、警官からの忠告を聞かない彼のこの選択は、確実に命を縮める。



 2045年に発生した同時的多発大災害により、北朝鮮とアメリカの核兵器が暴発。

 長い時間をかけてアースの浄化と整備がなされてはきたが、朝鮮半島と日本、そして北米大陸は封鎖され、地図からその姿を消して久しい。


 メキシコは放射能による大気汚染が残る北部を封鎖し、生命の入植が許可されたのは中部のモンテレイ以南。

 だが、モンテレイの北西部にあるサカテカスには、中米の悪党や貧困者達が廃墟を利用して住み着いている。


 経済活動地域に近く、政府が統治していないため居住費や住民税はかからない。

 更に加えて、この地域には銀をはじめとする鉱物資源が豊富に埋蔵されている事から、現地で数少ない防護服を持っている闇業者による、採掘や密売が事実上黙認されていたのだ。


「……お前達がいくら綺麗事を抜かそうが、安価な商品の一部にはこの街の鉱物が使われている。俺の親をはじめとして、目先の金がないせいでこの街で命を削ってきた人間を否定する事は、神が許しても俺は許さないぜ」


 武闘大会での違法賭博が上手く行きさえすれば、今頃はケイマン諸島で隠居しているはずだったモレノ。

 しかしながら今の彼は、久しぶりの故郷に何処か懐かしい安堵感すら覚えている。


 例えそれが、犯罪者としての見せしめ凱旋だったとしても……。



  (続く)

 

 

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