Episode 2:メキシコ『アステカ武闘大会』潜入! ランキング売買の闇を追え!①
イタリア北東部の街、トレントでヨーロッパヒグマの捕獲に成功したチーム・バンドー。
トレント市長ゾーラと自然保護団体の代表、ベラルディが癒着した汚職も暴いた彼等は、仕事の報酬に加えて警察からの褒賞金も獲得。
再始動の初仕事として、最高の成果を得たと言って良いだろう。
通常任務に戻ったアニマルポリスと別れたチーム・バンドーだったが、クレアとハインツはフランスのボルドーヘ、バンドーとシルバ、そしてリンはポルトガルのリスボンへと、一時的な別行動を取っていた。
9月9日・10:00
熊の捕獲に消費した魔力と、長旅の疲れを回復させているリンをホテルに残し、バンドーとシルバが訪問していたのはフットボールクラブ『リスボンFC』のクラブハウス。
かつてバンドーは、現在オセアニアの賞金稼ぎチームのメンバーであるファーナム、グラハムらとともに、リスボンFCのアウェイバスを占拠した悪党を撃退している。(本編第2話参照)
その縁で彼等はクラブから名誉サポーターとして表彰され、シルバセラーのワインも今シーズンのクラブオフィシャルワインになっていたのだ。
「シーズン開幕と同時に、貴方達のワインも好調な売れ行きを見せております。軽くて甘めのワインですが、スポーツのお供には最適ですよ。来シーズン以降の契約については、来年の頭までにお返事させていただきますね」
シルバセラーの主力商品は、収穫出来る葡萄の品種であるリースリングの果実味を活かした、爽やかな甘さが売りのデザートワイン。
いわゆる「ワイン通」には向かない商品だが、似た特徴を持つドイツ産ワインよりも価格を抑えているため、オセアニアやアジアにとどまらない販路拡大が期待出来る。
「ありがとうございます! 自分も来年からはフルタイムの社員になる予定ですので、ご検討宜しくお願い致します!」
クラブ担当者に頭を下げるシルバには、既に堅気の社会人オーラが漂っている。
担当者はシルバの体格を改めて眺め、少々残念そうな表情を浮かべていた。
「……シルバさんはブラジルの血もおありですし、その体格でゴールキーパーをやった事もあるそうですね? まだまだお若くて軍隊経験もあるとなれば、ウチのコーチングスタッフをお願いしたいくらいですよ。家系とはいえワイン農場に就職とは実に惜しい!」
「いえいえ、とんでもない。自分はこれから、地元の人達に恩を返さなければいけないんですよ。心身がまともなうちに、腰を落ち着けたくなってしまったとも言えますね」
シルバの言葉には、正直な本音が込められていた。
12歳の時に両親をテロで失うまで、シルバはニュージーランドの大自然に囲まれ、幼馴染みのバンドーやサヤと幸せな日々を送っている。
両親の仇討ちを心に誓い、命の恩人であるロドリゲス軍曹の養子となり、厳しい訓練に耐えて軍で頭角を現したシルバ。
だが、その思いが強過ぎる余り、政治の駒として回り道を余儀なくされる軍を除隊した。
彼はバンドー達とともに、統一世界の危機を救う事で軍に恩を返し、モスクワ武闘大会でチーム・バンドーに恩を返し、そして実家のシルバセラーに就職する事で地元の人達に恩を返す。
その人生をともに過ごしてくれる伴侶のリンに返す恩は、恐らく一生分になる。
しかしながら、少なくともリンはそんな損得感情を持って動く事はないはずだ。
チーム・バンドーが過ごしたこの5ヶ月間は、普通の人間の一生分以上の密度であり、彼等の関係は家族や友人といった言葉では説明出来ないのだから。
「良かったねケンちゃん! ワインもキウイも契約延長だよ!」
シルバセラーのビジネスにとどまる事なく、キウイフルーツをはじめとしたバンドーファームのビジネスも、チーム・バンドーの知名度急上昇により絶好調。
ポルトガルから細々と始まったヨーロッパでの販路も、今や生産規模から新規開拓を断念しなければならないレベルに到達していた。
バンドーの祖父ヒロシは、もう車椅子が手放せない身体になっている。
だが、創業者の彼が昔気質な信念を貫く限り、信用や品質を落とす様なビジネスに手を染めたりはしないだろう。
9月9日・12:00
「いいのかクレア? たまにしか帰ってなかったとはいえ、まだ道場が建つまで半年近くあるぜ。ひとりになりたい時もあるんじゃねえか?」
クレアは剣士になって以来、フランスのボルドーにあるウィークリーマンションを生活の拠点にしている。
都会過ぎず田舎過ぎず、交通の便とワインの美味しさに惹かれてもう4年。
チーム・バンドーが長旅に出る時も、こまめに契約を延長していた隠れ家を、遂に手放す時が来たのだ。
「……ハインツ、もういいのよ。来年からは剣術道場の師範になる訳だし、財団を継がなかった実家への後ろめたさもなくなったわ。結局、故郷のソフィアがあたしの運命の地だったの」
「俺の運命の地も、ソフィアになるって訳か……。お袋はケルンから出ねえだろうな」
保護犬と質素な暮らしを営む母親メリアム(本編第7話参照)を心配しつつも、クレアとの未来を確信した今のハインツに、もう迷いはない。
賞金稼ぎを続けながら、剣士ランキング第1位を少しでも長く死守する。
彼の夢を実現するために、クレアは彼を道場の共同経営者ではなく、雇われの客員剣術師範にとどめてくれたのである。
「……クレア、お前がいなかったら、俺はただ強いだけのトラブルメーカーだったよ。マジで感謝してるぜ」
柔和な秋のボルドーの陽射しが、ハインツの心も穏やかにさせていた。
もっとも、謙虚な様でいて、自分の強さだけは微塵も疑っていない所が彼らしい。
「あんたとあたしだけじゃ、東欧の腕利きのままで終わったかも知れないわね。バンドーやシルバ君、そしてリンやフクちゃんとの出会いがなかったら……」
ふたりの脳裏に、これまでの日々が走馬灯の様に蘇る。
この瞬間にも数多の賞金稼ぎが重症を負い、時には生命まで落としている中、チーム・バンドーは誰ひとりとして生死の間を彷徨う経験はない。
それは勿論、個々の高い能力あってこそと言えるものの、報酬額を下げてでも周囲の力を借りられる判断力と人脈があったからなのだ。
「だがよ、世の中何があるか分からねえ。このまま賞金稼ぎを続けていたら、いつか俺達の誰かが死ぬなんて事があるかも知れないからな。2099年の大トリ、モスクワ武闘大会ですっぱりと引退するたあ、バンドー達も賢いぜ」
クレアとハインツは、今や誰もが認める名剣士カップル。
しかしながら、その名声故に彼等を狙う者は必ず存在し、地方の剣術道場夫婦として穏やかな人生を送れる保証はないだろう。
「……何よ、剣なしじゃ生きていけないあたし達がバカだって言うの?」
全てを許している様な、クレアの悪戯っぽい微笑み。
ハインツはその微笑みに応え、彼女を優しく抱き締めた。
「……賢すぎる人生はつまらねえよ。こんな時代だもんな」
9月10日・13:00
クレアとハインツが合流し、チーム・バンドーが向かったのはポルトの賞金稼ぎ組合。
バンドー、シルバ、そしてクレアの3名が、最初にチームとして登録されたのがここの組合であり、その後の活躍と貢献を祝う表彰に、パーティー全員が招かれていたのである。
「チーム・バンドーの皆さん、ありがとう! そして、おめでとうございま〜す!」
チーム・バンドーの成功に引っ張られて、当時のオペレーターであるマリア・ネーベスは昇進し、ポルト賞金稼ぎ組合の代表補佐に任命されていた。
彼女がバンドー達に伝えた的確な情報と、賞金稼ぎの現実。
その何処かに商売を煽る美辞麗句があれば、素人だったバンドーは勘違いし、早々に大怪我を負っていたかも知れない。
「ポルトからこんな凄え人達が出てきたなんて……俺達も街の平和と稼ぎを両立するぞ!」
ささやかな表彰式に顔を出したのは、まだ平日の昼間に仕事が見つからない、登録したての新人賞金稼ぎ達。
彼等はやる気と希望に満ち、チーム・バンドーに羨望の眼差しを向けてはいるものの、この厳しい仕事を続けられる者はごく僅か。
来年には賞金稼ぎを引退するバンドー、シルバ、そしてリンは新人の成功より、彼等の無事を祈る気持ちの方が強かった。
「メインスポンサーのフェリックスが撤退して、報酬額は減ってしまいましたが……これは組合からの褒賞金です。受け取って下さい」
表彰式に相応しく、マリアは綺麗にラッピングされた褒賞金入りの封筒をバンドーに手渡す。
その額は150000CPであり、現在のチーム・バンドーにとっては旅費にしかならないが、組合のこの姿勢こそが「賞金稼ぎシステム」を崩壊させないための企業努力なのだろう。
「ありがとうございます! ……でもマリアさん、褒賞金の手渡しだけなら昨日でも大丈夫でしたよ。お忙しい中、わざわざ俺達が5人揃うまで待たなくても良かったのに……」
バンドーの言葉に、他のメンバーも心の中でうなずいている。
この表彰式をメディアが取材するといった話は聞いていないし、ギャラリーとして集まった新人賞金稼ぎに稽古をつけて欲しいとも言われていない。
そして、昨日1日リスボンに滞在した結果、ポルトガルで自分達の力が今すぐに必要とされている……そんな気配は特になかったのだ。
「はい、実は……。コーヒーを提供させていただきますので、食堂でお待ち下さい」
マリアの表情はまだ明るく、深刻な問題がある様には見えないものの、やはり何らかの依頼がありそうだ。
チーム・バンドーは新人賞金稼ぎに励ましの言葉をかけて食堂へと向かい、クレアだけはひとりの新人剣士の持つ剣が気になって足を止める。
「……あ〜、あんたこれ、8800CPの剣じゃない? ダメよこれは。実戦じゃ使い物にならないわよ。バンドーも最初これにしようとして、あたしが止めさせたんだから!」
9月10日・14:00
「すみません、呼び止めてしまって……。実は賞金稼ぎ組合全体の決定事項として、とある調査が行われる事になりました。よろしければ、皆さんにもご協力願いたいのですが……」
昼食時を過ぎ、閑散とした平日の組合食堂にマリアの声が響き渡る。
「調査、ですか……?」
アースの至る所にネットワークが存在する賞金稼ぎ組合が、わざわざいちパーティーに協力を依頼する調査とは何なのか。
マリアの表情と話しぶりからして、特に危険な調査ではなさそうだが、リンは一抹の不安を覚えていた。
「はい……まずは、最新の剣士ランキングをご覧になって下さい」
マリアによって配られた資料には、最新の剣士ランキングがプリントされている。
ハインツの第1位、現在拘束調査中のフェリックス社の御曹司メナハムの第2位は不動だが、かつて暫定第1位だったキリチェンコが死去し、第4位のアッガーが呼吸器疾患により剣士を引退せざるを得なくなったため、カムイやルステンベルガーといった馴染みの顔も上位に並ぶ。
バンドーはアッガーの暴走を止めた実績から第45位に順位を上げ、最近は火炎魔法での活躍が目立っていたクレアも、地道な悪党退治が評価されて第59位にランクアップしていた。
「……皆さん、第100位までを眺めて、何か目につく点はありませんか?」
マリアからの問いかけに、剣士歴の浅いバンドーは何も答える事が出来ない。
クレアはランキング入れ替わりの多さには気づいたものの、自分以外のランキングにはさほど興味がないため、具体的な回答が浮かばない様子である。
「……70位くらいから、俺の知っている剣士の名前がごそっと消えたな。代わりにこれまで殆ど名前を聞かない、ラテン系の剣士が増えてやがるぜ」
剣の腕前だけではなく、剣術マニアとしても名高いハインツ。
彼は剣の道を志した10年以上も前から、一度でもランキングに入った剣士の名前は記憶の片隅にとどめているのだ。
「ハインツさんの言う通りです。軍部強硬派とフェリックス社の争いの後から、ランキング70位辺りを境に多くの剣士が引退しました。勿論、負傷や疾病、家族の要請などで剣士の引退は止められませんが、通常であればランキング80位台の剣士が70位台に繰り上がるはずです」
「……では、このランキングは異常であると?」
不気味な沈黙を挟んだ後、思わず身を乗り出したシルバ。
マリアはチーム・バンドーの集中力と正義感を目のあたりにし、彼等の協力を確信して即座に本題へと斬り込んでいく。
「ハインツさんは、暫定第1位のキリチェンコさんと対決して勝利しました。軍部強硬派の配下にあったキリチェンコさんは罪滅ぼしとして、ハインツさんにランキングを譲ったのです。暫定第1位の剣士を、トップ10ランカーが倒したのですから、妥当と言えますよね」
キリチェンコを救えなかったハインツは、当時を回想して眉間にしわを寄せている。
彼に譲られ、いまだメナハムとの決着がついていない自身のランキング第1位も、あくまで暫定レベルに過ぎない。
「……つまり私達組合は、ランキングの近い剣士が対決し、上位者が自身の敗北を認めた場合、ランキング変動を許可しているのです。ですから今回のランキング大変動も、上位者の引退や敗北宣言を尊重し、彼等の指名する剣士をランキングに上げました。ですが……」
賞金稼ぎシステムの信用を支えている、剣士ランキング。
その根幹が揺らぎかねない問題に、マリアの表情が徐々に曇り始めた。
「長い間ランキングに記録された活躍を讃え、引退する剣士やその家族にコンタクトを取る中で、彼等がランキングを譲った剣士達の中に、殆ど実績のない者が複数いたのです。そして、私達組合がその剣士達の経歴を独自に調査した結果、武器やドラッグの密輸などの犯罪に関わった可能性までが浮上しました」
「……ケンちゃん、もしかして『ラ・マシア』の残党がこの業界に……?」
バンドーの推理に、シルバも確信を持ってうなずく。
スペインのバルセロナに拠点を置く犯罪組織『ラ・マシア』は、ラテン系犯罪者の巣窟であり、裏稼業の隠れ蓑として設立された運送会社『インテル・カルガ』では、通常業務の他に武器やドラッグの密輸も行われていた。(本編第42〜44話参照)
この『ラ・マシア』を陰から牛耳っていたのが、今は亡きフェリックス社の御曹司、ヨーラム・フェリックスである。
ヨーラムとフェリックス社の後ろ盾を失った『ラ・マシア』は、警察からの捜査もあって空中分解。
だが、殺人やテロ行為の様な凶悪犯罪に手を染めていない若手組員の中には、グレーゾーンの仕事で稼いだ資金を元手に、賞金稼ぎに転向した者がいたらしい。
マリア達組合側の調査結果が正しければ、『ラ・マシア』の残党は引退を考えていたランカー剣士を買収し、労せずして自らに箔をつけていた……。
すなわち、「ランキング売買」が行われた可能性が高いと言えるだろう。
「警察や軍との仕事も多かったチーム・バンドーの皆さんなら、犯罪事情にもお詳しいでしょう。仮にランキング売買でステイタスを確立した賞金稼ぎがいるとすれば、そのステイタスを利用して金儲けに走ると思われます」
顔や名前は知られていなくとも、自身の剣士ランキングが100位以内である事を証明し、同じ仲間と徒党を組んでいれば信用は高まる。
高報酬の仕事が回って来る確率がアップし、彼等の正体を知らない新人賞金稼ぎ達を悪の道へと引き込んでしまうかも知れない。
「『ラ・マシア』の人脈を活かせば、武闘大会の裏で賭博とかやれるよね? わざと仲間を対戦相手側に賭けさせれば、自分が弱くて負けても金を稼げるんじゃないかな? 組合の調査が来る前に剣士を引退して、金を持ち逃げするなんて事も……」
「冴えてるじゃねえか、バンドー。今のお前なら、いつでも『ラ・マシア』に入れるな!」
バンドーとハインツのやり取りは、最初こそ食堂に軽い笑いをもたらしたものの、深く考えれば考えるほど背筋が凍りつく。
ランキングが発表されてしまった以上、一刻も早く不正剣士を捕らえ、芋づる式に仲間を洗い出さなければ、組合の意義や武闘大会のモラルは崩壊してしまうだろう。
「つまり組合は、あたし達にも不正剣士の情報と証拠を集めて欲しいって訳ね」
クレアが弾き出した結論に、無言でうなずくマリア。
どうやら、次の仕事が決まった様だ。
「……その通りです。私達組合スタッフは情報漏洩や脅迫などの危険から、武闘大会や任務の現場に赴く事までは出来ません。急なお願いで申し訳ありませんが、9月15日からメキシコシティで開催される『アステカ武闘大会』に観客として潜入し、疑惑のかかる剣士を視察して欲しいのです」
「アステカ武闘大会……私の兄が参加する大会です!」
リンからの突然の告白に、チーム・バンドーには想定外の衝撃が走る。
彼女はパーティーメンバーはおろか、最愛のパートナーであるシルバにもこの事実を知らせていなかったのである。
「ジェシーさん、どうして今まで黙っていたんですか? 知らせてくれたら、皆で応援に行ったのに」
統一世界を救うという巨大な使命がなくなった今、リンの兄ロビーの格闘家としての成長は、チーム・バンドー全員が楽しみにしていた希望のひとつ。
シルバがリンに対して落胆や不満の表情を見せる事はないものの、彼女が何故この件に触れていないのか、それだけは気になる所だ。
「……2〜3日前に急に決まった話らしくて、私達はまだトレントにいましたから……。あと、メキシコに皆を連れて行くのも少し不安でしたし……」
2045年、世界は同時多発的な大災害に見舞われ、バンドーの祖父ヒロシの故郷である日本をはじめ、韓国と北朝鮮、そしてアメリカとカナダの5ヶ国が地図上から姿を消し、水没したトリニダード・トバゴも観測隊しか滞在していない。
上記の5ヶ国は特に被害が大きく、核兵器や原子力発電所の損傷により、人間が住める環境ではなくなってしまったのである。
その影響はロシア、中国、そしてメキシコの一部にも及び、大災害から50年の時を経て、ようやく放射能の影響が解明。
現在のメキシコでは、中部のモンテレイから南側の土地にのみ人間の営みが定着していた。
「アステカ武闘大会が開催されるメキシコシティは、モンテレイより南側です。現在では人間にとって有害な土地ではない事が証明されていますが、健康面での不安がある場合、私達も無理強いは出来ませんね……」
マリアは肩を落とし、伏し目がちになっている。
だが、リン個人としては特にメキシコに拒否反応はなさそうである。
「ジェシーさんに問題がなければ、自分はメキシコに行きたいですね。アステカ武闘大会は格闘技で名高い大会で、格闘トーナメントは世界屈指のレベルなんです。恐らく知り合いも参加しているでしょうし、自分やバンドーさんにはいい刺激になりますよ」
シルバの言葉を受けて、元来格闘家として自分を試したかったバンドーも俄然、メキシコ行きに乗り気になっていた。
「……なるほどな。実は俺は今まで、アステカの剣士トーナメントのレベルの低さには失望していたんだ。やはり剣術はヨーロッパが一番だとな。だがよ、つまりこれは格闘技に注目が集まっているから、ラテン系の剣士達が不正しやすい場所を選んだとも言えるよな」
ハインツの胸中では、既にこの仕事を引き受けていると言って良いだろう。
一度は諦めかけていたマリアの瞳に、再び生気が満ちている。
「リン、ロビーを応援しに行こうよ! 俺達の仕事は視察なんだから、ロビーの試合を見ている時は危険もない。リンのライバルになるかも知れない魔道士だって見れるしさ」
パーティーのハイテンションに背中を押され、リンも兄の応援を決意する。
マリアは喜びと安堵感からラテンの血が爆発し、チーム・バンドーひとりひとりとパワフルなハグを交わしていた。
「実は私達組合も、アステカ武闘大会を叩き台にして格闘家ランキングと魔道士ランキングを新たに作成するつもりなんです。先の貢献もあるシルバさんとリンさんは、それぞれかなり高いランキングが期待出来ますよ!」
優れた格闘家が多数参加するアステカ武闘大会だけに、大会不参加のシルバがランキングを極める事はまだないはず。
しかしながら、魔道士ランキングに関しては、統一世界の危機を救ったリンとハッサン、そしてバーバラがランキングのトップ3を占めるのはほぼ確実だろう。
「この仕事決まりね。ポルトからメキシコシティまでは直行便があるから、15日ならまだ余裕があるわ。マリアさん、参考資料とチケットを用意して貰えますか?」
クレアをはじめ、チーム・バンドーはメキシコ初体験。
シルバは軍隊時代に彼の地を訪れてはいるが、テロリストの逃走経路を塞ぐために数時間滞在しただけだった。
「ありがとうございます。マークした剣士の顔写真と武闘大会のチケットは既に準備しています。現地ホテルと13日の早朝便を押さえ、メキシコシティの組合職員も迎えにやりますので、出発までうちの宿泊所もご利用下さい!」
ポルトガルとメキシコの時差は、およそ6時間。
ポルトからメキシコシティへのフライトは、およそ18時間。
13日の早朝にポルトを発てば、メキシコシティには現地13日の夜に到着する計算になる。
仮に航空機にトラブルがあっても、1日余裕があるだけに不安はなかった。
「中南米の悪党に詳しい知人がこの街にいます。彼はもうすぐ仕事から解放されますから、これから情報収集に行きましょう」
「人力車商売のアルバレスさんだね! 懐かしいな、あそこでバイトしていたの、まだ5ヶ月前の事なんだけど……」
シルバとバンドーのやり取りは、ハインツとリンには理解不能。
クレアの加入によりチーム・バンドーの母体が出来た当時、シルバとバンドーは賞金稼ぎだけでは生活出来なかったのである。(本編第4話参照)
9月10日・16:00
ポルトの観光地で、リヤカー屋台と古い日本の資料を参考に人力車商売を始めた、退役軍人のフリオ・アルバレス元曹長。
軍隊時代の大怪我で両足に義足を着用し、壮絶なリハビリを乗り越えた彼に人力車を引く脚力はない。
だが、自身に似た境遇の退役軍人仲間や社会に馴染めないはみ出し者、或いは社会復帰を目指すホームレスなどを雇い、日中短時間の業務ながら人力車をポルトの名物に成長させていた。
「……日給5000CPのお前らが、世界を救う英雄になるとはな……。俺が人でなし扱いされちまうから、宣伝する時は慎重にやってくれよ」
西陽に目を細めながら、解散する仲間に日給を手渡すアルバレス。
その顔ぶれは、バンドー達が働いていた5ヶ月前と余り変わっていない。
「気前のいい客がいてな。気に入ったウチの職員を自分の会社に採用してくれたんだよ。だが、いくら待遇が良くても、知らない土地と知らない人間に耐えられないんだろうな。こいつらすぐに、こんな薄給の職場に戻って来ちまうんだ」
アルバレスは肩をすくめ、お手上げといったジェスチャーを示している。
とは言うものの、その眼差しは何処か優しく温かいものだった。
「……一度孤独や疎外感を味わうと、人間はそう簡単に立ち直れないもんさ。歯を食いしばって堅気の世界で生きている奴等は、努力が足りない、甘えるなと言うだろう。しかし、同じ気持ちの仲間に囲まれ、どうにか生活出来る居場所を必死に守ろうとする姿も、立派な『努力』だと思わないか?」
恐らくは無意識に語られるアルバレスの本音に、チーム・バンドーは言葉を失う。
アルバレスは退役軍人やホームレスを例えに出しただけだろうが、これは賞金稼ぎにも当てはまるはず。
正義感が強く、心身ともに屈強な人間だけが賞金稼ぎになる訳ではない。
かつて悪魔に魂を売り渡し、その後悔を浄化する居場所を見つけられないだけの人間もいるかも知れない。
自分達は明確な信念を持って、倒すべき悪党を選別してきたつもりだったチーム・バンドー。
だが、常に自分の価値観をアップデートし、善悪の基準を意識に問い続けなければ、この仕事で幸せを築く事は不可能なのだ。
「……メキシコの武闘大会に関わりそうな悪党か……。そうだな、まずはレアンドロ・ゴメスだ。俺と同じアルゼンチン出身で、ジャンルを問わない勝負事の賭博元締めさ。中南米のスポーツ関係者で、奴を知らない人間はいないだろう。だが、そんな大物がメキシコまでわざわざ来るとは思えない」
悪党の欲望を管理する第一人者は、セキュリティ意識も万全という事か。
はるばる組合から訪れたチーム・バンドーの表情に、やや徒労の色が浮かび始めている。
「ゴメスの配下にメキシコ人がいる。『ブルーカラーの仲介屋』と呼ばれているラファエル・バスケスだ。奴はラテン系の悪党にしては珍しく、羽振りの良さを見た目に示さない。いつも薄汚れた作業服を着ていて、体格も中肉中背だから、いちファンだと思われて選手とコンタクトしやすいのさ」
アルバレスから、遂に有力な情報が語られた。
『ラ・マシア』人脈に加えてラテンの大物と手を組めば、ランキング売買剣士も身の安全を確保出来るだろう。
「アルバレスさん、バスケスの外見に目立った特徴はありますか? 自分達の仕事は視察で、選手の立場で奴等と接する事はないんです」
シルバからの質問を受け、顎に手をあて考え込んでしまうアルバレス。
作業服姿では、露出している部分は手首と顔しかない。
「奴がストリートファイト賭博で稼いでいた頃、左の頬に大きな切り傷があった。だが、すっかり小金持ちになった今は整形手術で傷痕を消している。強いて言うなら、そこの不自然さくらいだな。奴は髪型や帽子をよく変えるんだ。近くから見ないと判別は難しい」
なかなかに厳しい条件だが、その名前と特徴が知れただけでも収穫だ。
大会参加者に知り合いがいれば、控室を訪問すれば何らかの情報も得られるだろう。
「ありがとうございます! 仕事がなくなったら、またお世話になるかも知れません。このバイト、凄く楽しかったですから!」
最後にバンドーの無邪気な感謝を伝え、組合の宿泊所へと向かう一同。
アルバレスにとって、バンドーのそのひと言が何よりの励みになったに違いない。
9月13日・19:00
18時間もの長旅を終え、メキシコシティ国際空港に到着したチーム・バンドー。
蓄積した疲労に加えて、ヨーロッパやオセアニアからは想像もつかない湿度の高さで、彼等が外に出るまでの足取りは極めて重かった。
「何なのこの街? 作りが狭苦しいのに車も多くて、こんな空気でよく生活出来るわね!」
早くもメキシコの印象が最悪になったクレアは、問題発言を連発中。
バンドー、シルバ、リンもそれぞれ顔をしかめながら、周囲の景色に圧倒されている。
「やれやれだな……お前ら育ちが良過ぎんじゃねえのか? この猥雑さと活力、なかなかいいだろうよ。ここに来たら戦いたくなる奴等の気持ち、俺は分かるぜ!」
幼少時からハングリーな環境に慣れているハインツだけは、メキシコの雰囲気に好印象らしい。
「もうすぐマリアさんの地図にあるホテルに到着します。私達のために空港のすぐ近くのホテルを予約してくれるなんて、ありがたいですよね……あっ?」
リンは早急、ホテル正門前でこちらに手を振るスーツ姿の男性の姿を捉える。
どうやら彼が、マリアによって手配された現地の賞金稼ぎ組合職員なのだろう。
「お待ちしておりました! チーム・バンドーの皆様ですよね? マリアさんの似顔絵そっくりだわ〜!」
現地職員のためにマリアがプリントした用紙には、チーム・バンドーの似顔絵。
各々の特徴を上手く掴んで描かれているが、中でもバンドーは丸顔に太字スマイルでそっくりだった。
「賞金稼ぎの宣材写真は大概、フル装備でキメキメのポーズと表情のものが送られて来るじゃないですか。ましてやバンドーさん達は今、メイクや衣装係も大物扱いするでしょう? 普段着の雰囲気をマリアさんが描いてくれたんですよ」
男性職員は、一見格闘技経験者かと思う程の立派な体格。
しかしながら、ラテンの血はユーモアのセンスを隠せず、不満を抱えた旅の始まりはいい感じの軟着陸に成功する。
「申し遅れました。私はメキシコシティ賞金稼ぎ組合のエルナンデス。そしてここが高級ホテル……いや、組合の宿泊所です!」
エルナンデスは両手を大きく広げ、派手なジェスチャーを用いて宿泊所を飾り立てる。
よく見ると、確かにこの建物はただ空港の間近にあるだけの、見慣れた組合ビルと宿泊所だった。
「……マリアさんに一杯喰わされたわ。組合にそんな金があるんだったら、もっとあたし達の褒賞金増やせるもんね……」
高級ホテルに泊まれなかったクレアの恨み節に、他のメンバーもエルナンデスも大爆笑。
だが、そもそも組合のセキュリティ対策は万全。
加えて宿泊所も食堂も道具屋も揃っており、メキシコシティが気に入らなかった場合、ここと武闘大会の会場を往復する毎日でもいいだろう。
「高級ホテルの夢破れ……いえいえ、ウチの食堂のタコスは並ばないと買えないくらい人気なんですよ! 武闘大会の会場行きのシャトルバスも臨時運行しますし、きっとチーム・バンドーの皆様を満足させてみせますよ!」
もはや芸人の様なエルナンデス。
メキシコの夜は騒々しさが目立っていたとしても、昼間にはまた別の景色が見られる事だろう。
一同はそう信じて、荷物を置くために宿泊所へと直行した。
「おうおう、やっぱり伝統ある武闘大会だけはあるな! 顔馴染みも結構参加してるぜ!」
宿泊所の部屋に到着早々、ハインツは机に置かれていた『アステカ武闘大会』の公式プログラムを熟読。
エキシビションマッチにロビーの名前を確認した後にも、チーム・ギネシュのイケメン格闘家トルガイ、チーム・HPのベテラン剣士ドワイト・コール、そしてチーム・エスピノーザ離脱後、プロ格闘家として本大会優勝候補の一角を占めているJED・トーレス(旧称エキセル・トーレス)のエントリーが判明している。
「ケンちゃん、ロビーの対戦相手のサルシードって、昔『寝技の王者』って言われていたあの人だよね……」
バンドーはロビーの相手の正体を知り、驚きを隠せない。
メキシコ伝説の格闘家カルロス・サルシードは現在45歳で、寝技の展開では20年間負け知らず。
7年前に現役を引退して以来、一度もリングには上がっていなかった。
引退後も酒やドラッグ、ギャンブル絡みのトラブルはなく、ロビーの様な無名の若手を相手に、エキシビションマッチで現役復帰しなければならない程、彼が困窮しているとは思えないのだが……。
「格闘家の家庭で仮にDVなどが行なわれていれば、慰謝料は跳ね上がりますからね……。自分達としては余り野次馬にはならず、ロビーの応援に集中しましょう」
シルバは大人の態度を見せ、バンドーとハインツもロビーの必勝パターンをあれやこれやと話し合っていた。
「チーム・バンドーの皆様、エルナンデスです! お食事の準備が出来ました。食堂に行く前に、ちょっと見ていただきたいものがございます。よろしいですか?」
男性部屋の外には、既に女性部屋からクレアとリンを連れたエルナンデスが待機している。
遅い夕食の前に優先しなければならない程、大事な何かがあるのだろうか?
「……お手間をとらせて申し訳ありません。この部屋は特別展示室、このメキシコシティ賞金稼ぎ組合に登録し、世のため人のために活躍した賞金稼ぎ達の功績を讃える部屋なのです」
エルナンデスがパーティーを案内した部屋には、メキシコシティ組合から育った賞金稼ぎ達の記念品が展示されている。
引退ついでに寄贈された剣、魔力の調整法を記した書物、政府や地域からの表彰状など、他の組合では見られない多彩な試みがバンドーの目も引いていた。
「凄いな、ちゃんと賞金稼ぎ達の人物像にも触れてるよ。ここにある、初仕事で赤っ恥かいてすぐ引退した人も、起業して成功したんだね!」
チーム・バンドー、チーム・カムイ、そしてチーム・ルステンベルガーといったパーティーの成功は、賞金稼ぎにとって夢の様なもの。
賞金稼ぎの大半は、数年の自由な生活と引き換えに心身を擦り減らすか、或いは力だけを先鋭化させて悪の道に堕ちてしまう。
その中で自分を見つめ直し、本物の成功を収めるヒントが、この特別展示室には眠っていた。
「……ちょっと待って下さい。あの、お墓みたいな石は何ですか?」
リンが見つけた謎の石。
それはまさに、若くしてこの世を去ったとある魔道士の墓石。
チーム・バンドーが知らない、その魔道士の名は『ホルヘ・ベガ』。
「……私が皆様をご案内した理由がこれです。賞金稼ぎの中には、悪魔に魂を売ってしまった者も多数存在しますが、今だからこそ、単純な悪党として死者という数字にしてはいけない、大切な真実を残さなければいけないと思うのです」
エルナンデスは神妙な表情を見せ、ホルヘ・ベガに関する真実を語り始める。
ホルヘ・ベガはメキシコシティの裕福な家庭に生まれ育ち、天性の魔法センスと飽くなき探究心で、ラテンの最強魔道士としての評価を欲しいままにしていた。
しかしある日、ドラッグの力を借りて凶暴化する悪党に興味を惹かれ、ドラッグで魔法のパワーアップを試してしまう。
彼の魔法は更に強力になったが、徐々に薬物依存症に蝕まれていったベガは故郷を追われ、ドラッグ欲しさに『ラ・マシア』に合流、ヨーラム・フェリックスの支配下に置かれる事となる。
ロシアのハバロフスクで勃発した、軍部強硬派とフェリックス陣営との開戦でベガは死亡。
だが、フェリックス陣営に勝利をもたらし、軍部を退却させる決め手となったのは、殆どが彼の魔法だった。(本編第77話参照)
冷酷非情で知られるヨーラムも、ベガの貢献とその末路には同情を禁じ得ず、配下に命令して彼の墓をメキシコシティに建立する。
しかしながらヨーラムはモスクワで命を落とし、フェリックス社も現在はカルト集団扱い。
そして「メキシコシティの恥」として認知されたベガの墓は、市民の手によって破壊されてしまったのだ。
「……ホルヘ・ベガは、確かに誰かの手本になれる様な人間ではありませんでした。でも、彼はこの組合からキャリアをスタートさせたのです。今、彼の魂には行き場がありません。墓石さえも、この部屋にしか置けないのです。私達がホルヘ・ベガという人間を、歴史に残さないといけません」
エルナンデスの言葉を聞きながら、チーム・バンドーは今、この場に立ちすくむ事しか出来ない。
軍部強硬派とフェリックス社との戦いに於ける、最大の功労者と言える彼等でさえ、今日ここに来るまで『ホルヘ・ベガ』という男を知らずに一生を終えていたのだろう。
「……ヨーラムにも、人の心があったんだな……。でも、あの戦いでフェリックスが俺達に勝っていたら、ベガは世界の英雄になっていたのかな? 違うよ、絶対に違う……!」
バンドーは己の迷いを素直に示した後、強い信念でそれを否定する。
彼のその行動は、この場にいる全ての人間が支持したはずだ。
「……エルナンデス、ありがとう。あたし達、メキシコに来れて良かったわ。ここを指定したマリアさんにも感謝しなきゃね」
クレアの言葉を最後にパーティーは更なる団結を固め、新たな決意でこれからの任務に挑むのである。
(続く)