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ヨーロッパヒグマ VS ツッパリ (笑) ジョニーの店 ②


 9月4日・15:30


 ヨーロッパヒグマ捕獲の依頼を受け、アニマルポリス、天才少年剣士ラバッツァとともにイタリア北東部の街トレントに到着したチーム・バンドー。

 

 だが、自然豊かで閑静な街並みに馴染む間もなく、バンドーはいきなり地元の剣士ユリアーノから、ランキング目当ての襲撃を受けてしまう。

 更に加えて、遅い昼食に立ち寄ったパン屋の店員までが凄まじいインパクトを放っており、一同の旅は一筋縄ではいかない様相を呈していた。



「……ん? お前達この辺じゃ見ねえ顔だが……。もしかして、熊退治を頼まれた賞金稼ぎか?」


 バンドーの祖父ヒロシ、いや、その遥か昔の世代から伝えられていた、かつての日本でマイノリティーに愛されていた「ヤンキー」「ツッパリ」と呼ばれる、伝説のライフスタイル。

 その姿をありのままに残している店長ジョニーを前にして、バンドーは身の安全を第一に言葉を選ばざるを得なくなる。


「……は、初めまして。熊退治じゃなくて捕獲を頼まれた、賞金稼ぎのバンドーです。まさかイタリアに来て、日本古来の伝説を継承する人に出会えるなんて……」


 バンドーのこの挨拶は、当然ながらツッコミ成分が多分に含まれた社交辞令に過ぎない。

 だが、ジョニーはそれを素直な称賛と解釈した様だ。


「お前がバンドーか。流石に日系人は話が分かるぜ。祖国が無くなろうとも、グローバルな環境に身を置こうとも、小さな仲間を守り抜き、巨大な力に愚直に抗う『ツッパリ』は、日系人の魂のルーツなんだよ」


 やはり日系人である事が判明し、極力関わりたくないオーラが漂うジョニー。

 そんな彼を眺めて、パーティーの面々は徐々に各々の心の声が膨れ上がってくる。

 

 しかしながら、彼等は昼食を取るためにこの店を訪れただけだ。

 北イタリアの旅の想い出として、笑えるネタとして美しく心に保存しておけばそれでいい。


「10人とは大所帯だが、安心しろ。ウチは16:00に閉店するからもう客は来ねえ。お前達が食べ終わるまで開けといてやるから、ゆっくりしていきな」


「……(ゆっくりしていきたくないけど)ありがとうございます!」


 店員のキャラクターと、パンの味は無関係。

 セレブ向けブティックの店員からも評価の高いパンを、特にパーティーの女性陣は楽しみにしていた。



「美味しい! 種類も豊富だし、この味でこの値段だと採算ギリギリなんじゃないの?」


 剣士になる前までは、実家の財団で無意識なセレブ生活を送っていたクレアまでも唸らせる、『ジョニーズ・ベーカリー』のパン。

 パーティーの面々からの評判も上々で、ジョニーがこのキャラでさえなければリピーターになる事確実な味である。


「うめえかい、そいつはありがとよ。まぁ、俺達は稼ぐ事が目的じゃねえからな。トレントの街で愛されて、認めてもらえればそれでいいのさ」


 ジョニーは穏やかな笑みを浮かべ、店に飾られたひとつの遺影を指差した。


「……あの男が先代だ。あの先代、ジョナタンのおじきがワルを引き取って改心させ、パン職人に育て上げるんだ。昔は俺もワルだったんだよ。だから俺はおじきが死んだ後、出所して行き場のないワルを引き取ってパン職人に育てているのさ」


 誠に申し訳ないのだが、パーティーの誰ひとりとしてジョニーが堅気の人生を歩んできたなどとは思っていない。

 だが、若い頃のあやまちを素直に認め、社会と地域に貢献している現在の彼は、正しく評価するべきだろう。


「色々と苦労なされたんですね……。あ、自分は賞金稼ぎのシルバで、日系とブラジル系のハーフです。これまでジョニーさんが育ててきたお弟子さんは、皆パン職人として成功しているのですか?」


 無意識のうちに飛び出したシルバの質問に、悪意や余計な詮索(せんさく)の意図はないはずだ。

 

 とは言えジョニーも決して若くはなく、店の評判が良いにもかかわらず、ビジネスとしての野心を持とうとしない。

 まして先代ジョナタン亡き後、激務をこなしてまでワルの更生にこだわっている。


 その背景には、彼が納得していない何らかの現実が横たわっていると考えられるだろう。


「……俺が育てた弟子は5人いたが、パン職人として生活出来ているのはふたりだけさ。残り3人は苦労や努力から逃げ出し、刑務所に逆戻りだよ。俺はまだ、ジョナタンのおじきには追いつけねえ」


 初めて見た時はどんなならず者かと警戒したジョニーは、ワルな仲間内で必死に義理と人情を守り続ける本物のヤンキーであり、本物のツッパリ。

 ただ彼は、それ以上にもそれ以下にもなろうとしない頑固で不器用な男だったに違いない。


「そこのタトゥー男はタイジンガー。ドイツ系だがイタリア向きの舌を持っていて、来年ミラノのカフェに引き抜かれる事が決まっている。俺の弟子で一番の出世頭だよ」


「ジョニーにはいくら感謝しても足りねえくらいだ。最近はここで修行しようなんて根性のあるワルはいねえから、俺も正直ミラノに行くべきか迷った。流石にジョニーひとりじゃ店は回せねえしな」


 その体格とタトゥーで、ある意味ジョニー以上に一般人を寄せ付けない雰囲気を持つタイジンガー。

 しかしながら彼も、自身なき後のジョニーと店を心配する思慮深さを身につけている。


「な〜に、心配するな。店を閉めても移動販売ならひとりで出来る。車に勝負ペイントをキメてブイブイ言わすのが待ちきれねえぜ!」


 不穏な気合いを炸裂させるジョニーの言葉に、バンドーの頭の中には「押忍」や「夜露死苦」などといった、日本語の歴史的活用法が鮮やかなペイントとして踊っていた。




「ナカムゥ〜ラ! ナカムゥ〜ラ! 大変だナカムゥ〜ラ……ぶっ!!!」


 突然、謎の奇声を上げて店に乱入するひとりの男。

 ジョニーは彼を横目で睨むと、何のためらいもなく渾身の右ストレートでK.O.する。


「てめぇ……いつになったらジョニーと呼べる様になるんだよ!」


 どうやらこの男はジョニーの知り合いの様だが、ナカムラという本名を明かされた事が相当トサカに来たらしい。

 日本語の響きを好まず横文字に憧れる、「日系人あるある」だ。


「……騒がしくてすまねえな。俺の本名はタロウ・ナカムラ。イタリアでこの名前は何だか恥ずかしくてよ、おじきの魂を継承する意味もあってジョニーで通しているのさ」


 ジョニーは今更、誰も興味を持たない自身の名前の由来を明らかにする。

 つまり、今K.O.されている男は本名のナカムラでジョニーに親しんでいた、古い友人と考えられるだろう。


「ナカムゥ〜ラ、大変だ! またアイツが、あの熊がこの街を目指しているらしいぜ!」


 殴られてもジョニーの本名を連呼しているあたり、この友人も相当に頑固である。

 しかし、彼の熊情報を見過ごす事は出来ない。


「……何だと!? トレントは山からかなり遠いはずだ。何故わざわざ危険を犯してまでここに……?」


 何やらこのふたり、熊の事を良く知っていると思われる。

 ユリアーノが話していた2年前の出来事と、何か関係があるのだろうか?


「ジョニーさん、熊に詳しいんですか!? 実は俺達、ユリアーノって剣士から2年前に熊がこの街で暴れた話を聞いたんです! 2年前の事、詳しく聞かせて下さい!」


 これから接見する自治体や自然保護団体が、100%真実を語る保証はない。

 バンドーはジョニーに詰め寄り、2年前の熊騒動の情報収集に意欲を見せた。



「……この街はまともな政策を立てられない極左政党と怪しい自然保護団体、そして無責任なセレブ達に乗っ取られちまった。奴等は熊の下山で農作物はおろか、ペットや人間の犠牲が出たにもかかわらず熊を保護しようとしている。ICチップで熊の居場所は分かるが、その結論はただ熊から逃げ回れという指示なんだよ」


「ナカムゥ〜ラは昔の飲酒運転と器物破損、そしてこの俺の車にぶつけた罪で前科者になった。だからデカい顔は出来ないが、2年前に暴れた熊をトレントから追い出した英雄なんだよ! あんたらが賞金稼ぎなら話は早い。ナカムゥ〜ラと協力して熊を山に閉じ込めて、ムカつく奴らにもひと泡吹かせてくれ!」


 ジョニーのワルっぷりと無謀っぷりを聞かされ、驚きというか開いた口が塞がらないチーム・バンドー。

 見た所ライフルも鈍器も所持していなさそうなジョニーが、たったひとりで凶暴なヨーロッパヒグマに勝利したというのだろうか?


「……どうやって熊に勝ったのか知りたいか? 俺の命の次に大切だった相棒のバイクを、奴の腹にぶつけたのさ。バイクは大破しちまったが、奴も退却するくらいのダメージを負ったはずだった。それなのに、自分からこの街まで戻ってくるだと……?」


 セレブ向けのレストランなどで食べた高級食材の味を、熊が忘れられなかったのか。

 それとも、憎っくきジョニーにリベンジマッチを申し込むため、彼の気配と匂いの記憶を辿ってきたのか……。


 人間がいくら憶測を巡らせた所で、熊が自らトレントに向かおうとしている事実は覆らない。

 そしてバンドー達にとってのジョニーは、ツッコミ待ちのヤバいパン屋さんからヤバい参考人へと変わったのである。




「……賞金稼ぎ組合に行ってみるもんだな! 情報通りに奴等を見つける事が出来たぜ。アントワン、俺達ツイてるぞ。ここのパン屋も店員が少ねえみたいだし、タダ飯ゲットもチョロいぜ!」


 限りなく言いがかりに近いバンドーへの復讐に燃え、チーム・バンドーを追ってイタリアにやって来たスリ、ファティとアントワン。

 彼等は『ジョニーズ・ベーカリー』の店舗ガラスを覗き込み、早速金銭と食糧のターゲットを見つける事に成功した。


 だが、混沌を極めるこの状況で、彼等の仕事が順調に行くとは到底思えない……。

 


 9月4日・18:00


 ラバッツァに案内され、一同はトレントの役場に到着する。


 夕食時に行われる会合に参加するのはトレントのゾーラ市長と、自然保護団体『グローバル・フェアネス』のベラルディ代表。

 

 だが、庶民から嫌われる事を恐れない極左政党と自然保護団体がのさばる市政に、来賓をもてなす意思は薄いらしい。

 夕食時の会合にもかかわらず、テーブルに用意されたのはエスプレッソのみ。



「あ〜うめぇ! エスプレッソおかわりもらえる?」


 一同が僅かばかりのモヤモヤを抱える中、まだ10代のラバッツァは自分に正直で遠慮を知らない。


「ラバッツァ君、そんなに飲むと眠れなくなりますよ〜」


 まるで弟を注意する様なシンディのひと言に、ギクシャクしていた場の空気も和んでいく。

 微笑みを浮かべて退出する職員と入れ替わる様に、ゾーラ市長とベラルディ代表が応接室に入ってきた。



「チーム・バンドーとアニマルポリス一同、そしてラバッツァ君、ようこそトレントへ! 私が市長のゾーラだ」


 定型的な挨拶で登場のゾーラ市長。

 恰幅(かっぷく)が良く頭髪の寂しい彼はテーブルの余白に視線を落とし、イタリア人らしい大袈裟なジェスチャーで即座にお詫びを表現する。


「……申し訳ない。もっと君達をもてなそうと思ってはいたのだが、熊に急な動きがあって忙しくなったのだよ」


 この動きは、先程のジョニーの旧友の情報と一致する。

 市政としても最低限の仕事はしている……一同が胸を撫で下ろしたその瞬間、市長の背後からベラルディ代表が甲高い声を響かせた。


「市長、彼等はプロフェッショナルです。もてなし云々で気分を害したりはしませんよ。まあ私なら、テーブルに肉料理を置くくらいならば、もてなしなどしませんがね」


 ベラルディはバンドー達を評価している様だが、結局は肉食を嫌う自己愛が勝ってしまっている。

 自然を重視する姿勢に似合わない程に着飾るのもこの手のタイプの特徴で、やはりクレアからの悪評に間違いはないらしい。


「……いや、俺達も食事は済ませてますから気にしないで下さい。それより熊がトレントに近づいているという話は、俺達もついさっき市民から聞いたんです。だからまず俺達に、熊の現在地を知る道具を貸して欲しいのと、どの位置までに熊を捕獲すべきなのか教えてくれますか?」


 最近のバンドーは、率先して話し合いを進める役割に慣れてきた。

 これもリーダーとして公の舞台に立つ機会が増えたからであり、彼の素のキャラクターが世界で認知されたおかげだろう。


「これが熊のICチップに対応したGPS時計だ。だが、月々2000CPのレンタル料を渋って時計を拒否する市民も多くてね……」


 ゾーラ市長は半ば呆れ顔で、庶民の野生動物への無関心ぶりを嘆いている。

 

 だが、問題は小さな出費にあるのではない。 

 人間が熊に手を出せず、熊による街の被害が放置されている不安が庶民の支持を失っている理由なのだ。


「どうも市政と市民との間に、距離がある様に感じるわね。ベラルディ、あんたもずっとそんな調子だとまた居場所をなくすわよ」


 クレアは旧知のベラルディを牽制しつつ、環境保護政策が気に入らない人間の批判にしか作用していない市政への懸念を、それとなくちらつかせる。


「……不思議なものだよ。私が党首を務める『環境保守党』は、その名前とは真逆の極左政党というレッテルを貼られている。豊かな自然を破壊してでも新しい産業の誘致に固執する勢力が、いつの間にか保守という名前を与えられているのは、滑稽この上ないね」


 ゾーラ市長は論点をすり替え、話を突然理念のレベルへと飛躍させている。

 彼は政治の世界で一旗あげるため、保守勢力の中堅議員から転向していたのだ。


「少し寄り道した限りじゃあ、あんたらに不満が溜まっている市民は多いみてえだぜ。俺的には集団利益への同調圧力が凝り固まっちまったのが極右で、個人主義から暴走しているのが極左だな」


 ハインツも独自の視点から市政を批判。

 ゾーラ市長にもベラルディにも、既に排他的な個人主義が見られている。

 

「おやおや、チーム・バンドーの皆様は随分手厳しいのですね。流石は軍隊や大企業と戦ってきただけの事はあります。しかしながら、貴方達の仕事は熊も市民も守る事なのですよ。些細な考え方の違いはあっても、私達と貴方達のゴールは同じでしょう?」


 ベラルディは巧みな話術で強引に着地点を見出し、ゾーラ市長は無言で頷いた後にゆっくりと口を開いた。


「……統一世界が運営される様になって、もう50年になる。自然災害でこのアースの限界を悟った先代達が必死に知恵を絞り、環境を守りながらこの地の破滅を救ったのだ。ロシアやヨーロッパのために他の地域は犠牲になれという、先の軍部強硬派の思想が極右ならば、環境保護に理解を示さない人間は置いていくという我々の思想は、確かに極左なのかも知れない……」


 バンドーに手渡されたGPS時計は、トレントの西隣にある集落モルベッロで、熊が小休止した事を示している。

 ここの森林からトレントの入り口付近の平地が、熊の捕獲ポイントとみて間違いないだろう。


「……だが、これだけ多彩な思惑が混じり合う統一世界で、極右と極左以外の思想が物事を前に進めると思うのかね? 歴代の大統領も極右や極左に振り回されるだけだったのだからな」


 ゾーラ市長の信念は、あくまでディベート用にそれらしくあつらえたもの。

 一同は素早く相手を変え、こちらも深くは関わりたくないベラルディと打ち合わせを始める。



「ベラルディさん、自分達はいつでも行動に移せる準備はしています。現在位置モルベッロから、熊がトレントへ移動する過程の平地で捕獲し、最終的にヘリコプターでオーストリア国境の山奥まで搬送する……。この流れでよろしいですか?」


 ベラルディとの調整役は、道具の扱いと地理全般に明るいシルバ。

 事実、彼の力とリンやクレアの魔法をもってすれば、高齢とジョニーから受けた古傷を抱える熊の捕獲は、一般のハンターが行うより容易だろう。


「軍隊出身のシルバ君ですね。貴方がいるから特殊部隊からの援助も受ける事が出来ました。民間からのレンタルではコストも馬鹿になりませんからね。最悪トレント市内に入っても、住宅のない地域までなら流れはそれでいいです、期待していますよ」


 この期に及んでコストの話を持ち出すあたり、ベラルディはすっかりビジネスマンである。

 チーム・バンドーやアニマルポリスに支払う報酬など、レンタル費用に比べれば些細なものだ。


「報酬は総額5000000CPですが、捕獲に失敗した場合、或いは熊が死亡した場合、3000000CPに下がります。そして、麻酔弾の威力が強い事もあり、熊の体調を考慮して着弾はなるべく下半身にして欲しいのです。首や心臓付近の着弾は危ない」


「……おい、ちょっと待て! 俺達は5000000CPだから引き受けたんだ、失敗で報酬が下がるなんて聞いてねえぜ! それに、こっちは命懸けなんだ。弾なんて何処に当たろうがいいだろ!」


 ベラルディの細かい要求に、早速キレ始めるハインツ。

 

 案内役のラバッツァは低報酬でも文句は言わないだろうが、それでも命懸けの仕事の報酬がひとりあたり300000CPではやりきれない。

 ましてやアニマルポリスの場合、組織を通す事で報酬が幾分目減りするのだから。


「申し訳ないのですが、『グローバル・フェアネス』はそこの部分はノータッチです。交渉はゾーラ市長にお願いしますね。そしてこれは、駐車場にあるトラック一体型の最新式捕獲檻のマニュアルです。詰め込めば皆乗れますし、扱いも難しくはないですからご安心を」


 ベラルディはまるで他人事の様に、薄ら笑いを浮かべながらマニュアルを手渡す。

 

 業務内容上、アニマルポリスも大型車の免許を所有しているが、中でもシンディは天然キャラに似合わぬ理系の才女。

 彼女はマニュアルを流し読みしただけで、最新式捕獲檻の使い方をいち早く理解した。


「……凄い! トラックのまま倒れた熊さんをベルトコンベアで檻まで運べるんですね~。檻だけを外してヘリコプターで吊るせるし、タイマーで自動的に檻も開きます。これ、上手く使えばひとりで猛獣を山に返せますよ〜!」


 女性のみで構成されているアニマルポリスは、警察組織に属しているとは言え、拳銃やライフルの常備は許されていない。

 だが、ヘリコプターまでのトラック運転や非常時のフォローを全員が意識する事によって、狙撃手のシルバや魔法担当のリンとクレアの負担を軽減出来る。


「……こんな時、俺達剣士は微妙な立場だよな。剣1本で熊に勝てるとは思えないし、命懸けでもよってたかって動物を斬りつけたら、世間的に悪党になっちゃうし……」


 チームリーダーのバンドーも、剣士ランキング第1位のハインツも、今回の仕事ばかりは雑用係で終わるのかも知れない。

 いや、彼等が雑用係で終わるなら大成功だ。


「君達が熊の前に立ち塞がって、シルバ君が麻酔弾を撃つ時間を稼げばいいじゃないか。身長約240cm、体重約300kgだが、高齢と腹部にあると思われる傷で動きは鈍っている。行動範囲を狭めさえすれば元軍人が弾を外す事はないだろう」


 揃いも揃って、ゾーラ市長までが他人事。

 アニマルポリス初任務を控えたアグネスは、頭では理解しつつも具体的なヒグマのイメージを深めてしまい、その恐怖に頭を抱えている。


「……おや、アニマルポリスのお嬢さんを怖がらせてしまった様だね、申し訳ない。今熊が潜んでいるモルベッロは野生動物に適した環境で、居住区が重なる住民も殆どいない。だが、観光地としてこの州に欠かせないので、熊を遠ざけるしかないのだ。捕獲のタイミングについては、我々から連絡する。今夜から数日、役場の向かい側にあるホテルに泊まってくれたまえ」




 会合を終え、ホテルで遅い夕食を取る一同。


 極左政党と自然保護団体のタッグチーム。

 この先入観から多少は身構えていたものの、思っていた程のトラブルはなかった。


 むしろゾーラ市長やベラルディの、他人事の様な態度に釈然としないものを感じる。

 古くからの住民から嫌われても政策を強引に押し通してきた、その執念は余り伝わってこない。


 まるで近いうちに、市政から退くつもりだと言わんばかりに……。



「ゾーラ市長は熊の腹の傷を知っていた。奴等はジョニーが熊と戦った事は特に意識してねえみたいだが、どうする? ジョニーにも協力してもらうか?」


 熊が再びトレントに向かっている理由は何なのか。

 万が一、その理由が熊の持つジョニーへの私怨である場合、迂闊(うかつ)にジョニーを近づけるのは危険だ。


「ハインツ、俺達だけでやろう。ジョニーさんの事だ、また熊を見たら暴走しちゃうよ」


「そうですね。この仕事は自分達チーム・バンドーの仕事ですからね」


 バンドーはハインツからの提案を柔らかく拒否し、シルバもそれに賛同する。

 その後は皆で知恵を出し合い、熊捕獲プランの大枠が決定する。


 

 まず、熊を視界に見据えた段階でリンが風魔法を準備し、相手の突進に備える。

 

 熊が怯まず距離を詰めてきた場合、クレアの火炎魔法でライターの火を飛ばして相手を威嚇。

 シルバは麻酔弾を発砲出来るタイミングでいつでも発砲出来る様に、照準合わせに集中する。


 バンドー、ハインツ、ラバッツァは3人の護衛に回り、背後からアニマルポリスがトラック一体型の檻を準備し、緊急時はトラックの中に全員が避難する。


 シルバに渡された麻酔弾は3発。

 彼の腕なら3回外す事はないだろうが、万が一効き目にトラブルがあった場合、アニマルポリスの持つ小型麻酔銃の弾丸数発を撃ち込めば熊は眠る……という段取りだ。


 熊は深い眠りに就いたのか、18:00から現在位置に変動はない。

 今日1日の疲れを取り、明日以降に備えるために、一同も短時間の見張り役を交代させながら眠りに就く。



 9月5日・7:00


 一夜明け、まだ熊はモルベッロから動かない。

 少しばかり不規則な睡眠にはなったものの、一同は疲れもほぼ癒え、そそくさと朝食を取り始めていた。


「……昼間は熊に備えて待機していないといけないからな。俺、ジョニーさんの店で昼飯用のパン買ってくるよ」


「私も行きます。バンドーさんだけじゃ10人分は持てないだろうから」


 今から街を観光する余裕はなく、ジョニーのパンに好印象を持っている一同は、『ジョニーズ・ベーカリー』で昼食を調達する事を即決。

 バンドーとメグミはふたりだけの自由時間を確保出来るとあって、買い物にも積極的である。



「おお、やっぱりここは寒いね。熊みたいな上着だけど買って良かったよ」


 時刻は9:00を回ったあたり。

 『ジョニーズ・ベーカリー』は早朝から営業しているが、朝食時の混雑を避けるため、バンドーとメグミは買い物の時間を少しずらしていた。


「でも、自然が豊かでいい雰囲気の街ですね。熊が心変わりして、まっすぐ山に帰ってくれないかな……?」


 メグミは例え報酬が下がったとしても、安全な任務終了を第一に願っている。

 だが、ふたりが『ジョニーズ・ベーカリー』に近づくにつれて、この時間帯としては物騒な空気が店先を覆っている事に気づく。



「……てめえ、待ちやがれ!」


 店内に残っていた数名の客も、ジョニーの怒号に驚いてドアから逃げ出す。

 遠目から眺める限りでは、ジョニーとタイジンガーがふたりの男を追いかけている様だ。


「大人しくしな、このコソ泥が!」


 自慢の腕力で泥棒らしき男を羽交い締めにするタイジンガーと、まだまだ血の気の多いボディブローをもうひとりの泥棒に撃ち込むジョニー。

 バンドーの剣に出番はなく、泥棒コンビは腰砕けに座り込んでいる。


「ジョニーさん、大丈夫!?」


 用心して剣に手をかけたバンドーがジョニー達の背後に駆けつける時、泥棒コンビは慌ててバンドーから顔を背けた。


「コイツら、自分達がバンドーの友達(ダチ)だと言ってよ、俺に居場所を訊いてきたのさ。怪しいと思いながら役所に連絡するふりをしたら案の定、ウチのパンを盗もうとしやがった。おいバンドー、まさかコイツらお前のダチじゃねえよな?」


 急な事態がいまいち飲み込めないバンドーは、ジョニーの怒りに煽られる形で泥棒の顔を覗き込み、遥かな記憶を呼び起こす事となる。


「……あ〜!? お前達あの時の!」


 自身が初めて魔法を発動させるきっかけとなった、フランスはアンダイエ駅でのバッグ泥棒。

 魔法でエネルギーを使い果たしたバンドーだったが、「眠り病」になる間際に焼きついたその人相は、忘れたくても忘れられない。


「バンドーさん、この人達は何者なの?」


 当時を知らないメグミにつられて、一度は店から逃げ出した客も泥棒を囲い込む。

 

 アントワンはもう逃げ場がないと観念したのか、頭を抱えて自らの正体を語り始めた。

 だがそれは、ファティが突破口を見つけるまでの時間稼ぎに過ぎなかったのである。




「……俺にひと泡吹かせるためだけに、わざわざイタリアまで来たのかよ? お前達暇人だな。言っておくけど、俺は金なんて持ってないぜ。チーム・バンドーの金庫番は他にいるからさ」


 アントワンの身の上話を聞かされたバンドーは、すっかり呆れ顔。

 金庫番とはクレアの事を指しているのだが、勿論泥棒相手にその名前を口にする事はない。


「こんなセコい泥棒じゃあ、前科者でも1日留置所ですぐ釈放だな。くだらねえが、さっさと警察(サツ)に突き出そうぜ」


 タイジンガーがふたりを強引に立たせようとしたその時、ジョニーは泥棒に思わぬ提案を持ちかけた。


「……てめえらはろくでなしだが、今の話を聞く限り親で苦労しているみてえだな。俺も死んだ親の借金で苦労したんだよ。どうだ、ウチの店で働いて堅気にならねえか?」


「おい待てよジョニー。確かにワルを更生させるのはウチの伝統だが、コイツら俺達とは筋が違う。根性が足りねえよ!」


 同じワルの分際で、なかなかに横柄なタイジンガー。

 とは言うものの、今出会ったばかりのフランスから来たスリ稼業コンビを店員に採用するなど、確かにまともな店長のする事ではない。


「タイジンガー、お前はもうすぐミラノに行くだろ。お前がいなくなった後も勿論、俺がひとりでパンを移動販売するつもりだ。だが、折角おじきが残してくれた店を守れるなら守りてえ……。コイツらがモノになるかどうかは分からねえけどよ……」


 ジョニーのバイタリティとファティ達のひ弱さを比べてみれば、仮にジョニーが反撃を喰らっても命に別状はないだろう。

 ちょいと腕っぷしの強いワルに捕まってこのザマなら、ファティ達のスリ稼業もそろそろ潮時だ。


「……へっ、余計なお世話だよ! 堅気になるとしてもよ、もっとマトモな格好した上司の下につくぜ!」


 至極もっともな反論をぶつけながら、ファティはダイナマイトの様な紙筒をバッグから取り出す。

 まさか本物ではないと信じたいが、万が一の警戒は必要である。


「皆逃げろ! 警察に知らせてくれ!」


 バンドーの叫び声に、店に残っていた客は蜘蛛の子を散らす様に通りを駆け回る。

 

 ファティは躊躇(ちゅうちょ)なく紙筒に火をつけたものの、握力で筒が折れても火薬のひと粒も出てこない。

 少なくとも、これはダイナマイトではなかった。


「喰らいやがれ……ホイよ!」


 紙筒の中身は、複数繋げられた爆竹。

 ファティはそれを地面に放り投げ、方耳を塞ぎながらアントワンに目で合図する。

 

「あちっ……わちゃちゃちゃ!」


 バンドーとジョニーの足下が、まるでコントの様に火花を上げている。

 その隙に、ファティとアントワンはまんまと通りの角まで逃げ切ってしまった。


「バンドー、覚えてろよ! お前からは剣だろうが服だろうが、盗めるものは盗んでやるからな!」


 実に悪役らしい捨てゼリフを残して、はるばるフランスから訪れたスリ稼業コンビはトレントの街中に身を隠す。

 熊出没注意の警戒が敷かれている事も知らないまま……。




「……すまねえ、俺が甘い顔を見せたばっかりに……」


 普段はハイテンションなジョニーも、流石に自身の行動を反省してうなだれている。

 朝からバッチリキメたリーゼント頭はかなり重そうで、バンドーとメグミは同情より先に不謹慎な笑いがジワっていた。


「ジョニーさん、気にしなくていいよ。あいつら極悪人じゃなさそうだし、警察に知らせたからすぐ捕まると思う。それより俺達、昼飯のパンを買いに来たんだ。2〜3日中に熊の捕物帖があるだろうから、不要な外出は避ける様にお客さんにも言っておいてよ」


「分かった。作り置きのパンで良かったら半額にしてやる。俺の手を借りたかったらいつでも連絡してくれよ!」


 気を取り直したジョニーから思わぬサービスを受けたバンドーは、一瞬浮いたパン代を着服する邪念に支配されそうになった。

 しかし、余計な小銭はファティ達にスられる危険性があり、メグミからも疑いの気配を察知した彼は、大人しくお釣りをクレアに預ける決意を固める。



 9月5日・14:00


 州を挙げての厳戒態勢も虚しく、熊の動きは特にないまま気温のピークを迎えた。

 涼しくなってから熊が動き出す可能性は十分にあるものの、モルベッロでの熊の行動ペースを考えると、今日は1日無駄骨に終わるかも知れない。


 一同は普通にパンで昼食を終え、バンドーは懐かしい泥棒の話でシルバ、クレアと盛り上がっていた。



「……あれ? あの人何処かで……?」


 クレアはホテルの窓から見える役所の正門に視線を落とし、何やらベラルディらしき人物と口論している初老の男性について記憶を辿る。


「クレアさん、知ってる人なんですか?」


 リンの問いかけと同時に男性を思い出したクレアは、大きく手を叩くいてひとりうなずいた。


「『グローバル・フェアネス』の先代代表とウチに来た、機械の整備士さんだわ! あの人の代わりはいないって、ベラルディも高額報酬を用意するくらいの凄腕なのよ」



 『グローバル・フェアネス』は表向き、非営利団体となっている。

 しかしながら、ベラルディが民間からの機材レンタルをコスト面で渋っていた様に、上層部が必要なものまでコストカットする一方で、裏では何らかの利権を守ろうとしている可能性が高い。


 機械はなるべく自前か、協力自治体からの払い下げ品。

 この条件を維持するためには腕のいい整備士が必要不可欠だが、職人タイプは金だけでは引き留められない事がままあるのだ。

 

 

「……アントニオ、君についていくのはもう限界だ! 我々は詐欺師ではない。自ら自然を破壊する様になってしまったら、先代に顔向け出来ないではないか!」


 ベラルディの事をファーストネームで呼ぶこの整備士には長いキャリアと、『グローバル・フェアネス』組織内での確かな信用があるのだろう。

 今、この整備士を失えば、何やら組織にとって致命的な秘密が表に出てしまうに違いない。


「ヴァルガ、落ち着いてくれ! 私の故郷も安住の地ではない。私達はまた別の街へ移らなければならないんだ。これはビジネスではなく、必要経費の回収だよ。動物を殺した訳でも、森を焼いた訳でもないだろ?」


「……フン、そんなに金が必要なら、君の立派な服や時計を売ればいいだろう。若い奴等がボロを着て、空腹に耐えても理念を追っているんだ。彼等より金をもらっている私も恥ずかしくなったんだよ、今日限りで辞めさせてもらう!」


 ホテルの窓は開かないため、クレア達が口論の内容を知る事は出来なかった。

 

 だが、ヴァルガと呼ばれる整備士は堪忍袋の緒が切れたのか、怒りに任せて帽子を地面に叩きつけていた。

 彼の背中を無言で見送るしかないベラルディは、暫しうつむいて沈黙した後、携帯電話を取り出して誰かと通話している。



 ピピビッ……


「どわっ! ガンボアさんから電話だ!」


 ベラルディとヴァルガの不穏な口論に釘付けになっていた一同は、シルバの携帯電話に届いた特殊部隊隊長、ガンボアからの通信で咄嗟に我へと返る。


「中尉、お久しぶりです! 先程聞いた泥棒の件ですが、どうやらバイヨンヌ刑務所の職業訓練を無視して逃走したらしいですね。バイヨンヌ側と話を付けて、委任状と諸経費さえ移せば、トレントでの就労は可能ですよ。自分はその店長、ワルに甘過ぎる様な気がしますがね〜!」


 もう一生直らない、軍隊時代の上官シルバのニックネーム「中尉」。

 チーム・バンドーの情報便利屋と化しているガンボアとシルバのやり取りは、すっかり旅の名物となっていた。


「ガンボア、いつもすまないな。今回の泥棒は俺達にも縁がある奴等なんだ。チャンスをやりたいんだよ」


 いずれファティ達が捕まれば、フランスに強制送還させる費用さえ渋られてしまうだろう。

 しかし、彼等を北イタリアの刑務所に入れるにも金がかかり、ジョニーの店での職業訓練が実現するならば自治体は万々歳に違いない。



「……中尉、もうひとつキナ臭い話を聞きました。中尉達が今仕事で組んでいる『グローバル・フェアネス』の職員らしき人間が、国境を越えてオーストリアの山に入り、蜂の巣ごと大量のハチミツを盗んだという疑惑が広まっているんです」


「何だって!?」


 熊の捕獲も冷静に準備してきたシルバが、この旅一番の大声を上げる。

 先程の口論もそれが理由なのか……慌てて窓の外を見回すシルバだったが、ベラルディもヴァルガも既にそこにはいなかった。


「皆、大変な事になりそうです!『グローバル・フェアネス』は熊の生息地だった山からハチミツを盗み、違法なビジネスをしている可能性があります! ひょっとしたら、熊が山からトレントまで降りてきた理由はジョニーさんへの仕返しではなく、奪われたエサを取り戻しに来たのかも知れません!」


 シルバの報告により、つい先程までの平常運転ムードから、一気に緊迫の度合いを増す今回のミッション。

 依頼主の不法行為を疑ったままの熊捕獲作戦では、誰ひとり冷静さを保てない。



 ピピーッ! ピピーッ!


 最悪のタイミングで、GPS時計が熊のトレント進攻を知らせてしまう。

 同時に鳴り響くバンドーの携帯電話の発信者は、ゾーラ市長だった。


「皆、細かい事は後回しだ! まずは熊の捕獲を全力、そして最速で決めるぞ!」


「おう!」


 リーダーの掛け声で一致団結したチーム・バンドー。

 今彼等がやるべき事は、人的被害をゼロに抑えて熊をトラックの檻に閉じ込める事だけなのだから。



  (続く)

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