7 魔物退治①
来ていただいてありがとうございます。
「ちゃっちゃと倒してくるねぇ」
翌朝、魔物退治の依頼が来てユリアンは朝食もそこそこに出かけて行った。ちょっと嬉しそうだった……。相変わらずの戦闘好きだなぁって呆れちゃった。
クラウドエンド王国は南北に長い国土で、私達の故郷が最北端のクラウドエンド連峰。ほぼ中央にこのお城がある王都が位置してる。魔王が出現して最南端の火山帯に城を作ったのが今から十年前。魔王の出現とともに魔物の動きや出現が活発化して被害が続出した。魔王を倒して魔物の勢いが落ち始めてるってユリアンは言ってたけど、王都の近くにも魔物はまだやってくるんだね。
王都を取り囲む城壁の外には穀倉地帯が広がってて、私達の主食になる穀類が植えられてる。私の大好きになったお菓子の主原料もその穀物だ。他にも野菜も育てられてる。
そこへ大型の魔物がやって来たらしい。人間くらいの背丈のある蝶の魔物で毒の鱗粉で人間を襲う。魔堕螺と呼ばれる魔物。一番の被害は農作物に卵を産むこと。農作物を食い荒らして土地を毒まみれにしてしまう。
倒し方も厄介で炎の魔法で攻撃すると爆発して猛毒が散る。剣で切っても同じ様になっちゃう。氷魔法で原型を留めて荒地で倒すか、風魔法で吹き飛ばして追い払うかしかない。私が旅の間に集めた情報はそんな感じだった。そんなに強い魔物ではないけれど飛び散る猛毒に気をつけないと、土地ごと汚染されてしまう。
珍しく寝坊したらしいエーレンが食堂に入って来た。この国では貴族の人達って自分の部屋で朝食をとるんだって。でもエーレンはいつも食堂でパウエルさん達と一緒に食べてる。珍しい人なんだって。今私とパウエルさんは午前のお茶を飲んでいた。
「すまない。遅れた……」
「おはようございます。エーレン様。お疲れなんでしょう。今日は予定も無いですし、ゆっくりされたら良かったのに」
謝るエーレンを気遣うパウエルさん。
「おはよう。いやせっかく何もないから……ユリアンは、そうか魔物討伐に駆り出されると言っていたか……」
そう言うとエーレンは私を見た。その瞬間、胸がどくんって鳴った。
「おはよう、フィリー」
「おはよう、エーレン。えと、薬草茶効かなかった?」
私は昨夜のことを思い出してちょっと視線を外した。なんだかエーレンの顔を見るのが恥ずかしかった。何だろうこれ……?
「いや、逆だよ。よく眠れて寝過ごしてしまった。ありがとう」
そう言ってエーレンも席に着いた。そして運ばれてきた食事を食べ始めた。
「コホン。で?昨夜何があったんですか?」
パウエルさんがにやりと笑った。むせて咳き込むエーレン。
「だ、大丈夫?」
私は慌てて立ち上がって背中をさすった。
「あ、あの、私昨日は寝付けなくて、夜に薬を作ってて。そうしたら起こしちゃったみたいで!疲れてたみたいだったから、師匠直伝の元気が出る薬草茶を飲んでもらったんです!」
「フィリー、ごほっ、ちょっと、待って……」
「へえ、そうだったんですか。夜中に女性の部屋にねぇ」
うんうんと頷くパウエルさん。あ、エーレンが叱られちゃう?
「あのっ私が悪いんです。夜に光石を出してしまったから、光が見えてしまってエーレンを起こしちゃったんです。それで心配して、見に来てくれて……」
いつもは厚い革の袋に入れてあるから、光石の光は漏れたりしない。私はエーレンは悪くないって説明した。
「そうですかぁ。それなら仕方ないですよね」
良かった。パウエルさん分かってくれた。あれ?笑ってる?
「で?どこから見てたんですか?光。エーレン様?あなたのお部屋からはフィリーネさんのお部屋の窓は見えませんよねぇ?」
「え?」
「う……」
そういえば……。エーレンと私の部屋は同じ階の両端にある。昨夜は私の部屋のドアはきちんと閉めてあったし。
「?」
「いやあ、切ないですねぇ。せめてフィリーさんの部屋の窓を見たいと!夜に庭に降りたんですねぇ。まだ起きてると分かって、たまらずに部屋まで行ったと」
「パウエルっ!!」
腕を組んでうんうんと頷くパウエルさんと、真っ赤になるエーレン。訳が分からない私。
「で?その後はどうなったんですか?フィリーネさん?まさかこのヘタレ、何もしなかったんじゃないでしょうね?」
「え?えっと、あの……」
どうしよう……説明するの?なんか恥ずかしいんだけど……。本当に何だろうこれ?
「おい、フィリーに聞くな!」
「ほうほう、女性が説明しづらいことがあったと!」
パウエルさんの追及はまだまだ続く!と思われたけど、その時お客様の来訪が伝えられた。
魔物の討伐に出てる兵士さんからの伝達で、更に同じ魔物が数体現れてユリアン一人でてこずってるとの報告だった。
「仕方ないな……」
ちょっとほっとしたようにエーレンは立ち上がった。
「ちょうど薬も作ったし、私も行く!」
エーレンは少し渋ったけど、結局一緒に連れて行ってくれた。
今日はエーレンの転移魔法じゃなくて、二人で一緒に馬車に乗って王都の外へ向かった。
「ゆうべはごめん。急に抱きしめたりして……」
エーレンに謝られた。私は思い出して、顔が熱くなって俯いてしまった。
「……ううん」
「…………少しは意識してもらえたみたいだね」
「え?」
顔を上げるとエーレンが嬉しそうに微笑んでた。
「隣に座ってもいい?」
斜め前に座ってたエーレンが私の隣に移動してきた。
「これはお芝居のためなの?」
「これは違うよ」
そう言って肩を抱いて来た。じゃあ、何のためなの?聞きたかったけど、聞けなくて、そのまま私はエーレンに体を預けていた。私、エーレンとこうしてるの、嬉しいみたい。馬車は程なく城壁を抜けて穀倉地帯へ到着した。
「早く治療を!毒にやられているんだ!時間が無い!早く!!」
「そ、そんなこと言われても……、わたしまだ体調が良くなくて……」
「貴女は勇者のパーティーにいた程の白魔法使い様でしょう?!力が無いわけない!どうして出し惜しみするんだ!!命が掛かってるんだぞ!」
私が怪我人がいるというテントに到着した時に怒声が響いてた。エーレンは私とは別れて魔物の方へ対処しに行った。
「アンジェ!!どうしたの?!」
何日かぶりに会った親友はその綺麗な顔に涙を浮かべてた。
「あ、フィリー……。わたし、わたし……」
私はアンジェに駆け寄った。目の前には倒れた兵士さん。毒を受けたのか酷い顔色、肩にはひどい傷を負ってた。魔堕螺は毒の魔物だ。私は持って来た解毒薬を飲ませた。見る見るうちに顔色が良くなった。
「す、凄いっ」
「良かった!ライアン!!」
どよめきと歓声が起こる。
「とりあえずこれで一安心っと」
後は傷口だ。傷口が大きい。私の治癒魔法はポンコツだし、薬は回復に時間がかかる。アンジェならすぐに治せる。
「アンジェ、アンジェ!手伝って!!この傷は私一人じゃ無理!!」
「……でもわたし、最近調子が悪くて……全然前みたいに力が出せないの……」
「アンジェ!急がないと!大丈夫!いつもアンジェは凄かったもの!今日だって出来るよ!」
私はアンジェに笑いかけた。
「……うん」
アンジェは治癒の魔法をかけ始めた。最初は自信が無さそうだったけど、どんどん傷口が塞がっていった。私は回復薬を飲ませた。目を覚ますライアンと呼ばれた兵士さん。
「やったわ!フィリー!!わたし出来たわ!!」
「うん!!やっぱアンジェは凄いよ!!」
涙を拭いたアンジェと私は手を取り合って喜んだ。
「ありがとうございます。お二人とも。先程は怒鳴ってしまい本当に申し訳なかった」
寝かされた兵士さんの傍らにいた兵士さんは地面に頭をこするようにつけた。
「もう大丈夫だと思いますけれど、しばらく休ませてあげてください」
私はそう伝えると、アンジェと一緒に他の怪我人のところへ行った。幸いなことに一番重傷だったのはさっきのライアンさんだけで、後は軽い怪我で済んでるみたい。良かった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。