6 夜
来ていただいてありがとうございます。
なんだか眠れなくて薬をつくってた。光魔法のかかったランプの灯りを消して、月明かりと光石のほのかな明かりを頼りにして。お城に来て初めて見た物がいっぱいある。ふかふかした絨毯。毛足の長い敷物に足が沈み込む感覚が不思議だった。そしてとっても飾りの多い家具たち。山で暮らしていた私にはここがどこか別の世界みたいに感じる。特にこんな夜には。
「光石と薬草が無かったら私は私じゃなくなっちゃいそう……」
あれ?部屋の外の廊下に人の気配がする。誰かを起こしちゃったかな?もしそうなら、謝ろうと思ってそっとドアを開けた。驚いた。エーレンが立ってたんだ。エーレンもいきなり開いたドアに驚いたみたい。
「ごめん。こんな時間に。窓から光が見えたから、つい気になって……」
今日はエーレンは夕食に来なかった。出かけていて遅くなるってことだった。面と向かって会うのは朝食以来だった。
「エーレン大丈夫?顔色が悪いみたい。お茶を入れるから入って。薬草茶だから元気が出るよ」
「あの、苦いお茶か……。よく旅の時に飲まされたな……しかし……」
私はエーレンの腕を引っ張った。エーレンは少しためらった後、ドアを開けたまま入って来た。
「ごめんね、起こしちゃって。何だか眠れなくて。この薬だけ仕上げちゃうね」
私はエーレンにお茶を勧めてから、途中だった薬作りに戻った。光石をガラスの器に入れておまじないをする。光を放って回復薬が完成する。小分けにして木箱にしまった。
「綺麗な光だな……。旅の時はいつもこんな風にみんなが寝静まった後に薬を作ってたね」
エーレンはお茶を飲んで顔を少しだけしかめた。
「エーレンも私も夜に見張りをすること多かったもんね。大変だったよね」
「ああ、でも懐かしいな。魔王を倒せたのは良かったけど、今はあの頃が懐かしいよ」
「懐かしいって、まだそんなに日も経ってないよ?」
私は自分もお茶をカップに注いで飲んだ。うーん相変わらす不味い。でもこれ飲むと元気になれるんだよね。お師匠様直伝の薬草茶!あれ?エーレンには効かないのかな?まだ顔色が悪い。
「エーレン?大丈夫?凄く疲れてるみたい……」
ソファに座るエーレンの足元にしゃがみ込んでエーレンの顔を覗き込んだ。元気がない私によくお師匠様がやってくれたみたいに。
「慣れないことをするのは少しキツイな」
エーレンは力なく笑った。手を伸ばして私の頬に触れた。
「フィリーを見てるとホッとするよ。今日はどうしてた?ずっと薬を作ってた?」
「うん。今日も薬を届けに行ったの。ローベンさんっていう人が受け取ってくれた」
「そうか、彼は復隊できたのか……。利き腕に重傷を負って除隊せざるを得ないと聞いていたが……」
「そういえば、そんなことをおっしゃってたっけ」
今日の会話を思い出した。
「やっぱり、フィリーの薬は驚異的な効果があるな」
「あはは、そんなことないよ。隊長さんの回復力が凄かったんだよ、きっと。あ、そうだ!隊長さんにスカウトしたいって言われちゃった」
「え?」
エーレンの顔色が変わった。
「パウエルは何も言ってなかったが……」
「あ、今日は私一人で薬を届けに行ったから」
「一人で?!大丈夫だった?何もなかった?」
エーレンは私の両肩を掴んだ。
「パウエルさんにも心配されちゃった。けど大丈夫。ちょっと兵士さん達とお話しただけ。皆さん優しくて良い人達だったから大丈夫だよ。お茶に誘われたんだけど断ったよ」
「はあ?!」
エーレンは顔を少し背けると小さな声で呟いた。
「あいつら油断も隙も無いな……」
気のせいか、舌打ちも聞こえたような……。
「いや、なんでもない……。他には?何かなかった?本当に大丈夫だった?」
エーレンってずいぶん心配性……。私は苦笑いしてしまった。そして隠すのも違うかなと思ったから正直に言った。エーレンを庭園で見かけたことを。思い出すとまだ胸が痛くなるけど、それは何となく言えなかった。
「………………」
エーレンはしばらく黙っていた。酷く動揺してるみたいで、私の肩を掴む手に力が入って更に表情が硬くなった。
「…………違うから」
「え?」
「彼女達はただの面会人だから!」
「う、うん。分かった。エーレン?どうしたの?やっぱり顔色が悪いみたい。大丈夫?」
私は思わずエーレンの頬を両手で包んだ。エーレンが苦しそうな顔をしてるからすごく心配になった。
エーレンは私を見つめて今にも泣きそうな顔をしてる。私の両手を握り締めて
「…………君にとってはどうでもいいことなんだね……。俺が誰といようと……」
「え?」
どういう意味?エーレンは私の肩に顔を埋めて、そのまま私の腰を抱き寄せた。
「ど…………たら、……きになっ……らえる?」
くぐもった小さな声。良く聞こえないよ。
エーレンに抱き締められてる。ど、ど、どうしよう。胸がうるさいくらいドキドキする。これどうしたらいいの?どうしよう。こんなに誰かに触れられたのは初めてで、どうしていいのか分からない。混乱した頭で考えた。
「エーレン、どこか痛い?お薬飲む?……それとも私、何かエーレンのこと傷つけること言っちゃった?」
よく遊びに行ってた町では、お母さんが抱きついてきた小さな子どもをギュッと抱きしめてた。私もそうしたらいいの?
私はそうっとエーレンの体を抱きしめ返した。エーレンの体がびくっと震えた。
「ごめんなさいっ。嫌だった?」
私間違えた?
「嫌じゃない……」
エーレンの腕から力が抜けた。けどすぐにエーレンの腕は私の頭と背中に回った。私はエーレンの胸に抱き締められる形になる。さっきより密着した熱を感じてまた胸の音が激しくなってしまった。あ、でも、エーレンも……?エーレンの胸の音も私とおんなじ……。
エーレンの頬が私の頬に触れて今度は顔が熱くなる。
「俺とこうしてるのは嫌?」
耳元でささやかれて、くすぐったい。
「……嫌じゃない。エーレンのこと嫌なわけ無いっ」
私はエーレンを傷つけたくなくて必死で言った。もちろん本心でもあるけれど。エーレンの腕の力が強くなった。
「うん。今はこれでいい……」
そう言うとエーレンは私を抱いていた腕を緩めて解放した。
「これ以上は理性がもたない」
エーレンはちょっとだけ笑って、
「おやすみ」
と言って部屋を出ていった。
「び、びっくりしたぁ……」
私は床に座り込んでしまった。まだドキドキしてる胸を押さえた。
「今のって何だったの?」
ユリアンとアンジェリアはお互いに好きって言って抱きしめ合ってた。でも私はエーレンに好きって言ってないし言ってもらってもない。もちろん夫婦とかでも無い。だからこれはお母さんと子どもみたいなこと?一緒に戦った仲間だから、家族みたいな感覚なのかな?家族ってどんな感じなんだろう?物心ついた時から家族がいなかった私には良く分からない。
エーレン、温かかった。
「そういえば私、誰かに抱きしめてもらったのって、たぶん初めてだなぁ……」
私は去ってしまった熱を名残惜しく感じてた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。