5 ずきずき
来ていただいてありがとうございます。
今日はエーレンもパウエルさんもいなかったので一人で薬を届けに行った。なるべく一人で行動しないようにって言われてたけど、もう何度か行ったから兵士さん達の待機所へは行っても大丈夫だって思ったから。
「やあ!君がフィリーネさんかい?」
今日はいつもはいなかった男の人がいた。いつも薬を受け取ってくれていた細身の兵士さんは机の前に座ってるその人の傍らにいる。細身の兵士さんは
「彼はここ王城壁警護部隊隊長のローベンです」
って紹介してくれた。細身の兵士さんは副隊長さんなんだそう。二人とも二十代前半くらいかな。
「君の薬のおかげで動かなかった利き手が動くようになったよ。ありがとう!」
隊長さんは立ち上がって握手をしてきた。
「えっと、お役に立てて良かったです」
隊長さんもそんなに大柄ではないけれど、兵士さんだけあって軽く握ってるようで力がとても強かった。ちょっと食い気味で向かってきたから、思わず体を引いてしまった。
「隊長……彼女驚いてますよ」
「ああ。すまない。会えて嬉しかったからつい、ね」
屈託のない笑顔が眩しい人だ。
「薬を届けてくれて本当にありがとう!!君さえ良ければこの隊にスカウトしたいよ」
「私は戦闘はできないです。それに治療ならアンジェリアも来てるんでしょう?私の薬はそこまで必要なかったのでは?」
「アンジェリア?…………ああ、勇者の仲間のもう一人の白魔法使い様か!いや、その人は来てないよ」
「ええ?!あれ?そうなんですか……」
おかしいな、ユリアンはそう言っていたんだけど……。ここじゃなかったのかな?
「恐らく王の親衛隊の方へいかれているのでは?あそこは貴族の方々のご子息などが所属されておりますし」
副隊長さんは少し不機嫌そうに言った。
「怪我人が多数出たのはこちらの方だと言いうのに」
「おいおい、あまり滅多なことを言うなよ。クライン副隊長」
「心得ておりますよ」
「あ、じゃあ私はこれで失礼します」
薬も渡したし、私は頭を下げて兵隊さんの待機所を出た。このお城にはお花を植えてある庭園の他に薬草園もあって、私は自由に出入りしていいことになっていた。エーレンが許可を取ってくれたのだ。そこで薬草を補充してまた薬を作ろうと思った。ちょうど建物を出た時、数人の兵士さん達が声をかけてきた。
「もしかして、フィリーネさんですか?」
「え?はい」
「やっぱり!!」
「いつも薬をありがとうございます!!」
「重傷者から順に使わせてもらってて、とても助かってます!」
「本当に良く効いて、凄いですね!!」
「良かったら俺らの食堂でお茶でも飲んでいきませんか?城ほどじゃないけどお菓子もありますよ?」
「あ、えっと、エーレンフリート様にあまり一人で行動しないように言われているので、なるべく早く帰らないと」
せっかくのご厚意だけど、さすがにそれは寄り道しすぎだよね?
ここで兵士さん達は顔を見合わせた。
「あー、やっぱりかー」
「あの話は本当なんだな」
「?」
「フィリーネさんはエーレンフリート殿下のいいひとなんですね」
「え?」
あ、どうしよう。違うんだけど、否定する訳にはいかないし……。恋人のふりをしなくちゃとは思うんだけど、実際どうすればそう見えるのか良く分からない。戸惑っていると、兵士さん達が顔を曇らせてる。
「でも、あの人には気を付けた方がいいですよ」
「うん、さっきもなあ……」
「?」
「ちょっとこっちへ」
促されてついていくと、花が咲き乱れる庭園の外れだった。低木の茂みから見えた光景は……。
「エーレンフリート殿下っ!今度私の屋敷へいらしてくださいまし!」
「ええ?!ずるいですわっ!是非わたくしの屋敷にも!父は大臣をしておりまして……」
「うちには珍しい絵画や美術品がたくさんございますのよ?」
「まあ、それでしたらうちの屋敷にも……!」
着飾った綺麗な女の子達、貴族のご令嬢様達に囲まれてるのは、エーレンだった。にこやかに笑っててとても楽しそうに見える。冬も近いのに花がたくさん咲いてて綺麗な庭園。笑い合う綺麗な人達。そこだけ違う世界みたい……。ああ、違う。本当に世界が違うんだ。私の胸の辺りがずきりと痛んだ。なんだろう?これ。
しばらくするとエーレンとご令嬢様達は歩き去って行った。
「ほらね?あの方は最近いつもあんな感じなんですよ」
「よく見かけるよなあ」
「あれ、酷くないか?」
兵士さん達の言葉が耳を通り抜けていく。
「その点うちの隊長なんかはフィリーネさんと同じ平民だし!」
「一途で男前で!」
「どうですかね?」
エーレンには頼まれて一緒にいるだけとは説明できなくて、胸はずきずき痛んでて、ここにはもういたくなくて、でも足は動かないし、この場を去る良い言い訳も思い付かない。もうどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「あれぇ?フィリー?こんなところでどうしたのぉ?」
「ユリアン?」
聞けばユリアンは兵士さん達の訓練に混ざるためにやって来たんだそうだ。
「動かないと腕が鈍るからねぇ」
ユリアンは変わらないなぁ。魔物退治が無くてもいつも剣を振ったり魔法を放ったりして、物を壊したり建物に傷をつけてたりした。町長のお父さんにはよく怒られてたっけ。ふいに私は故郷の山が懐かしくなった。
「……早く帰りたいな……」
「フィリー?」
ユリアンが珍しく眉をしかめて私を覗き込んできた。
「あ、私そろそろ戻らなきゃ!もう行くね。失礼します」
私は兵士さん達にご挨拶してその場から走り出した。
離宮に着くと焦った様子でパウエルさんが出迎えてくれた。
「フィリーネさん!良かった!どこへ行ってたんですか?心配しましたよ!」
「ごめんなさい。薬を届けに行ってました。もうあそこまでだったら道は覚えたので大丈夫ですよ」
「いやいや、そういうことじゃなくてですね……」
パウエルさんははあっとため息をついた。
「いいですか?外出は私か殿下と一緒にしてくださいね?危ないですし」
「はい。すみません」
私に何か危ないことがあるのかな?危ないのはエーレンなんじゃないのかな?さすがにご令嬢様方と一緒の時は大丈夫なの?不思議には思ったけれど私は一応謝った。
「いえっ!こちらこそ不自由をさせてしまって申し訳ないです。そうだフィリーネさんに面会人が来てますよ」
「私にですか?」
私に会いに来た人とは、お城のお役人さんだった。黒い服を着た真面目そうな男の人。その人は王様からの褒章について、私に希望を聞きに来た人だった。
「フィリーネ様、何か貴女の望むものはございますか?」
応接室で待っていたその人は無表情でそう尋ねてきた。私は少しだけ考えてから答えた。
「特に無いです」
「は?何も無いと仰るのですか?宝石やドレス、金貨など余程無理な願いでもなければ叶うのですよ?」
無表情だったお役人さんの顔に汗が光った。
「フィリーネさん、フィリーネさん!勿体ないですよ?何か貰っときましょうよ!」
ソファに座ってる私の後ろでパウエルさんが小声で叫んだ。
「でも、本当に特に欲しいものは無いので……。あ、しいて言うなら故郷の山に帰って薬の勉強を再開したいです!」
「フィ、フィリーネさん!」
パウエルさんが焦ってる。あ、しまった……。私は口を押えた。この返事はまずかったかも。
「成程。そういうことですか。了解いたしました。勉強熱心なのは良いことですね」
お役人さんは何故か微笑んで私を見た。
「皆様のご希望をお聞きして参りまして、貴女で最後になります。これから持ち帰って検討させていただきます。国王陛下との謁見まで今しばらくお待ちくださいませ」
そう言うと書き付けた書類をしまって立ち上がり、一礼して出て行ってしまった。
「大丈夫だったでしょうか?」
「不審に思われた様子はなかったので、恐らくは」
私とパウエルさんは顔を見合わせてため息をついた。私が恋人のふりをしてるのはバレなかったみたいだ。良かったぁ。
「……フィリーネさんは、やっぱりお家へ帰りたいんですねぇ」
お役人さんが帰ってしばらくしてから、パウエルさんはそう言って少し悲しそうに笑った。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。