4 私の薬のつくり方
来ていただいてありがとうございます。
「へえ!その石を媒体に使うんですね」
後ろから私の手元を覗き込んでるパウエルさんが感心したように言った。
「媒体……?」
私はお城のエーレンの部屋の近くの自分にあてがわれた部屋で薬を作ってた。前髪を上げて背中まである髪は束ねて、ドレスじゃなくて黒っぽいワンピースにエプロンをしてる。私の作り方は珍しいみたいでさっきからパウエルさんは「はあ」とか「ほおお」とかいいながら観察してる。ちょっとやりづらい。薬つくりはまだまだ怪我人がたくさんいるらしくて、薬が必要みたいで、エーレンからも頼まれた。
パウエルさんはエーレンの侍従さんなんだって。エーレンの一番信頼できる人。そんな人が何故私の部屋にいるのかというと、恋人のふりをしてる私を守るためなんだって。
私の薬の調合は薬草と光石っていう文字通り光る石を使う。私の育った山で採れる石なんだ。明るい昼間でも淡く光って見えるけど、夜はもっと強く光ってる。これと薬草をすりつぶしたものをガラスの器に入れておまじないをすると石が光って澄んだ液体が浮かんでくる。その上澄みが回復薬や治療薬になる。解毒薬とかね。薬草の種類によって効果が変わってくる。
これは私の師匠が教えてくれたやり方で、家に帰れば師匠の覚書のノートにまだまだ私が作ったことのない薬の調合が書いてある。師匠のノートは魔法がかかってて、私の能力が上がると次の薬の作り方が現れるようになってる。私は基本の薬の作り方は覚えていたから、旅にはノートを持ってこなかった。だから早く帰って色々な薬を作ってみたいんだ。
薬って大体こんな感じでみんな作ってると思ってた。パウエルさんに言わせると光る石とおまじないのところが普通と違うんだって。
「お疲れ様」
ふいに後ろから声を掛けられた。
「エーレン、おかえりなさい」
「エーレン様。本日はもうお仕事は終わりですか?」
「仕事っていうか、面会がほぼ全てだからな……。やらなくてもいいと思うんだが」
「余計な敵を生まないためにも必要ですよ」
「わかってるさ」
「相変わらずフィリーの薬は凄いな。みんな助かってるよ」
エーレンは私の肩を抱いた。ここには他に人はいないから、お芝居は要らないと思うんだけどな?
「役に立ててるなら、良かった」
「覚えてる?俺が毒にやられた時。治療と看病してくれたよね。嬉しかったよ」
「そんなの当然だよ。私はそのためにいたんだもの」
「毒ですって?」
エーレンの言葉にパウエルさんが反応した。エーレンが一瞬しまったって顔をした。
出来上がった薬を木箱に入れて運ぼうと持ち上げたら、エーレンに取られた。
「一緒に行くよ」
薬を兵士さん達の待機所に届けた後、パウエルさんの提案でエーレンの部屋でお茶をすることになった。今日はエーレンは忙しくないらしい。私はもう少し薬をつくろうと思ってたんだけど、少し休むことにした。
「で?さっきのお話はどういうことなんですか?」
ニコニコしてるけどなんかパウエルさん怖い……。まずいという顔のエーレン。パウエルさんは私に話を聞いてくる。お茶を飲みながら私は話し始めた。
「ええっと……
ユリアンとアンジェと私は北の山間の故郷から南の火山帯へ向かって旅をしてました。そこに魔王の城があったから。途中でエーレンが一緒になってしばらくしてヴァルターさんが、そしてアルバンさんが最後に一緒になったんです。
アルバンさんが加わってから割とすぐだったと思います。大きな蛇の形の魔物が現れました。事前に情報を集めてて、変異種っていって強い魔物ってことでした。猛毒の牙を持っててその毒に触れただけで即死することもあるって情報がありました。その魔物はユリアンがサクッと倒しちゃったんですけど……」
「毒大蛇の変異種を、サクッと?!」
「あははは、ユリアンって強いんですよね」
「そんな、笑って……」
パウエルさんは頭を抱えた。
「けど、もう一体が地面の中に潜んでたんだ」
エーレンはお茶のカップをソーサーに置いた。
「エーレンは私達を庇って毒を受けてしまったんです」
「ええ?!何やってんですか!あんた!!」
「おい……敬語はどうした?」
エーレンがジト目でパウエルさんを睨んだ。この二人は主従っていうより親友みたいな時がある。年齢も近いみたいだし仲が良くていいな。
「『あーあ。これはもう無理だな』
アルバンさんが無責任にそう言いました。ヴァルターさんも首を横に振ってました。エーレンの顔色は真っ青を通り越してもう土気色になってて。私はアルバンさんに言いました。
『私が治療します!』
『僕も看病するよ』
私とユリアンは諦めませんでした。けどアンジェがここはフィリーに任せて先に進んだ方がいいって説得してました。
『フィリーに任せておけばきっと大丈夫よ』
アンジェは私を信頼して任せてくれました。近くにあった廃寺院に運び込んでもらって、治療を始めました。私は師匠直伝の「猛毒にも負けない薬」と「おまじない」を使いました」
「ちょっと、ちょっと!そこは詳しく教えてもらいたいんですが……!」
パウエルさんは眼鏡を直しながら慌てたように訪ねてきた。
「あ、ごめんなさい。師匠から一子相伝って言われてて、お教えできないんです」
「そ、そうなんですか……」
「師匠に教わった解毒薬に体力を回復させる薬を交互に飲んでもらいました。意識は朦朧としてたけど何とか薬は飲めて良かったです。傷の治療には白魔法を使いました。祭壇は残ってたから、お祈りをしながらエーレンの容体を見守ってました。朝が来て、エーレンが目を覚ましてくれた時は本当に安心しました!」
「フィリーがいなかったら、俺は死んでたな」
隣に座ったエーレンは私の頭を撫でた。小さい子かな?エーレンはまた私の肩を抱き寄せお菓子のお皿を勧めてきた。お芝居が徹底してるなぁ。今日のお菓子はチョコレートの焼き菓子だった。
「そんなことないよ。エーレンの生命力が強かったから」
私はお菓子をひとつほおばった。
「いやいやいや!毒大蛇の変異種って、致死毒のさらに上ですよ?!即死でもおかしくなかった!本当にあなたともあろう方が何をしてたんですか?」
パウエルさんは顔を覆って俯いてしまった。
「すまない。少し油断してた……」
エーレンは素直に頭を下げた。
「はああ、生きて帰って来たからもういいですよ……。それにしてもあの猛毒を解毒とは……凄まじいですね」
「ああ」
あ、このお菓子も美味しいなぁ。チョコレートって好きかも。幸せ。
実はエーレンが目覚めた後、このまま一緒に安全な場所へ避難しようって言われたんだよね。この先はこんな風に強い魔物がどんどん出てくるからって。でもね、私はユリアンとアンジェと一緒に頑張るって約束してたから、みんなのところに戻ったんだ。エーレンも一緒に戻ったからすごく驚かれたんだ。アルバンさんは『アンデッドかっ?!』って言ってた。私、アルバンさん嫌いだな。
それからのエーレンは(それまではエーレンさんって呼んでたんだけど、この時から何故かさん付けは要らないって言われた)、もの凄く強い魔法を使い始めたの。ヴァルタ―さんは一度死にかけて開眼したんだろうって言ってた。ユリアンは、「誰かさんのせいだよねー」って言ってたけど、どういう意味だろう?
「あーいいな!僕もこっちの離宮にいてもいい?」
突然、ユリアンがドアからひょっこりと顔を見せた。ユリアンは魔王を討伐した勇者として王宮でもてなされてるのにどうしたんだろう?ちなみにここは離れのような離宮で幼い頃からエーレンの住まいになっている。エーレンも本宮へ移るように言われたみたいだけど、断ったんだって。そうしたらこちらへたくさんの人が面会にくるようになった。エーレンは面倒そうに面会人に会い続けてる。
「もう。あっちは退屈でさあ……。フィリーもエーレンもアンジェもいないし」
ユリアンはそう言うとパウエルさんの隣に腰かけた。ひょいっとテーブルの上の焼き菓子をつまんで口に入れる。
「あ、これ、美味しいねぇ」
「アンジェ、いないの?どうして?」
「ああ、なんか怪我人の治療を頼まれてるっていつもどこかへ行っちゃうんだよねぇ」
「そうなんだ。せっかく恋人同士になれたのに寂しいね」
「…………そうだねぇ。そっちは仲良くて楽しそうだねぇ。すごく仲が良いから女の子達羨ましがってるよ?」
エーレンは時間があれば私を連れ歩くようにしてた。面会に来る人達は大体エーレンとの縁談を持って来る貴族のお使いの人達。それを断るための作戦なんだって。さっき一緒に薬を届けに行ったのもその為。今回の魔王討伐でエーレンの評価はとても上がってる。今までは見向きもされなかったのにってエーレンは面会人が帰るとものすごく不機嫌になる。
「エーレンは本当に王様候補になりたくないんだねぇ?」
ユリアンが蜜をたっぷり入れた金色のお茶を飲みながら聞いて来た。そんなに入れたら蜜の味しかしないんじゃないかな?
「興味無いな」
エーレンは素っ気なく答えた。
「そっかぁ。本気なんだねぇ」
ユリアンはそう言うと頬杖をついて何故か私を見て微笑んだ。
「?」
なんでこっちを見るんだろう?不思議に思って思わず首を傾げた。ユリアンは苦笑した。
「だめだねぇ、こりゃ」
「なに?」
隣のエーレンを見ると顔を逸らしてため息をついてる。パウエルさんも苦笑いしながらお茶を飲んでる。え?何なの?
「やっぱりこっちの方が楽しいや。僕もこっちにいさせてよ。あ、僕は面会謝絶でね」
ユリアンは人差し指を立てて片目を瞑ったみたい。細目だから良く分からなかったけど。
「仕方がないな……」
エーレンはパウエルさんに視線を向けた。パウエルさんは心得たというように頷くと立ち上がり一礼して部屋を出て行った。
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