3 見違えた
来ていただいてありがとうございます。
「知らなかったわ!エーレンフリート殿下。貴方、王子様だったのね!早く言ってくださればよかったのに!」
翌日エーレンの後ろについてみんながいる部屋に入ったら、第一声がアンジェリアの高い声だった。さっきまでいた部屋や建物も大きくて立派だったけど、こっちの建物は物凄く大きくてさらに豪華なお部屋だった。今日も朝からドレスを着せられた。昨日と同じ色のドレス。
「言ったらどうだったんだ」
エーレンがいつもの無表情に戻ってる。どうしたんだろう?
「あら?後ろにいるのは……え?!フィリー?すごいわっ!見違えちゃった!ドレスで印象変わるわね!」
「アンジェもそのドレスすっごく似合ってて可愛いね」
フロレンティーネのドレスはフリルやリボンがふんだんにあしらわれた薄紅色のドレスだった。本当にかわいい。ドレスはやっぱり美人が着ないとだよね。
「フィリーネだって?!それが?」
心底驚いたような声を出したのは立ち上がった赤髪の剣士アルバンさんだった。
「…………」
私を凝視して絶句している。何なんだろう?エーレンが視線を遮った。
「やあ、エーレン。いやエーレンフリート殿下とお呼びすべきだよねぇ?」
ユリアンがいつもののんびりした調子で言った。彼は戦闘時以外はずっとのんびりした感じなのだ。でも、ひとたび魔物に対峙すると目つきが変わってものすごく強くなる。不思議な人だ。
「いや、いつも通りにしてくれ。みんなも」
「おやあ?フィリー!今日はいつにもまして美人さんだね。そのドレス似合ってるよぉ!」
「あ、ありがとう、ユリアン」
「おいおい、ユリアン、こいつを美人なんてどうかしてるぜ。今日はドレスと化粧で化けてるだけだろ?」
アルバンさんは相変わらずだなぁ。いつも私に対してはこんな感じだし間違ってはいないけど。
「君の目は相変わらずだねえ。よく戦闘で命を落とさなかったもんだと感心するよぉ」
呆れたようにユリアンが言う。
「な、なんだとっ!お前っ馬鹿にしてんのかっ!?」
真っ赤になったアルバンさんだけど、ユリアンに掴みかかったりはしなかった。前にそうしてユリアンに投げ飛ばされてたから、懲りてるんだろうね。
「いい加減にしろっ!!殿下の御前だぞっアルバン!!」
ライオン剣士じゃなかった、ヴァルターさんが一喝してその場は収まった。不満そうなアルバンさんは渋々というようにソファにドカッと座り込んだ。
「殿下はやめてください。いつも通りで結構です」
「そうはいきません。末席と言えど王族は王族です。存じ上げなかったとはいえ今まで大変失礼いたしました」
ヴァルターさんはエーレンの前で膝をついた。それにしてもこの人、エーレンのこと敬ってるの?見下してるの?どっち?
「……国王陛下との謁見は十日後となります。お部屋を準備しておりますので、それまでは皆様こちらでゆっくりとおくつろぎください」
エーレンの従者の人が頭を下げて、部屋を出ていった。え?十日後?この後すぐとかじゃないの?じゃあドレスなんて着なくても良かったんじゃないかな?それにすぐに帰れると思ってたのにな。私はエーレンの服を引っ張った。
「エーレン、このドレスって……」
着なくても良かったんじゃないの?そう言おうとしたら、振り向いたエーレンに指先を掴まれた。エーレンは何を思ったのかそのまま口元に持って行った。
「!」
「大丈夫。ちゃんと似合ってる。綺麗だよ」
って笑った。びっくりして声が出なかった。そ、そういうことを聞きたいんじゃないんだけど?
更に私の耳元に顔を寄せて囁くように言った。ちょっとくすぐったい。
「俺もフィリーって呼んでいい?」
ああ、これは恋人のふり。そうかお芝居なんだ。うん。お芝居するならその方がいいかもって思って、私は頷いた。
「ありがとう、すぐ迎えに来るから。また後で」
そう言うと少し安心したように手を振って部屋を出て行った。命を狙われてるんだもんね、怖いよね。
「ねえ、フィリー、ちょっと酷くない?」
私が部屋の隅の窓際の椅子に座るとアンジェリアが話しかけてきた。
「なんのこと?」
「エーレンフリート様のことよ!王子様だってどうして教えてくれなかったの?!」
何だか怒ってるみたい?
「教えるもなにも、私も昨日初めて聞かされてビックリしたんだよ?」
「……そうなの?本当に?」
「うん」
「ふーん」
アンジェリアは考え込んだ後、私ちょっと失礼するわねって言って部屋を出ていった。
メイドさんが私にお茶のカップを渡してくれた。
「あ、ありがとうございますっ」
お礼を言うとかわいい笑顔を返してくれた。さすがお城の人だなあ。お顔も綺麗!眼福!サイドテーブルにはお菓子のお皿。わーい上げ膳据え膳だあ!私はお茶の良い香りを楽しんだ。
「おつかれさん~」
少し間延びしたような声で私に話しかけてきたのはユリアンだった。片手にお茶のカップ、もう片方の手に椅子を持ってる。
ユリアンは椅子を私の近くに置いて腰かけた。
「いやー、お互い生きて帰れてよかったねぇ」
ユリアンの色素の薄い茶色の髪が午後の日差しを受けてきらきら輝いてる。ユリアンとアンジェリアと私は故郷が近い。クラウドエンド王国の北方の山麓の町の町長の末っ子のユリアンと同じ町に住んでたアンジェリア。更に山に住んでて町へ遊びに行ってた私が顔見知りになって仲良くなった。幼馴染っていうのかな?アンジェリアがユリアンのことを好きになって、町の近くに出没していた魔物退治に付き合うようになって……。最終的に三人で魔王討伐の旅に出ることになっちゃったんだよね。
「思えば遠くへ来たものだよねぇ」
私は故郷のことを思い出しながらユリアンと並んでお茶を飲んだ。もうそろそろ雪が降り始める頃だよね。帰ったら冬支度しないと。間に合うかな?
「もうすぐ帰れるんだね。良かった」
「ん?帰るの?フィリーはエーレンと一緒にいるんでしょ?」
「え?!あ、うん、そう、かな?」
あははと笑ってごまかした。そうか、エーレンはもうみんなに話してるんだね。危ない危ない。気をつけなくちゃ。
「…………鈍いのは相変わらずみたいだねぇ」
「え?」
「何でもないよぉ」
ユリアンは静かにお茶を飲み始めた。
「エーレン!」
アンジェリアは廊下を歩くエーレンに声をかけた。
「……何か用?」
「今まで、失礼な態度をとってしまってごめんなさいね。私……」
エーレンの無表情にややたじろいだアンジェリアはそれでも負けずに話し続けた。この男は自分が話しかけてもにこりともしない。アンジェリアはいつもそのことを悔しく思っていたが、王族というなら気位が高くても仕方がないと思い直した。
「それは気にしてもらわなくていい。ヴァルターの言う通り王位継承権もほぼ無いに等しい末席の身分だ」
「で、でも!王子様なのよね?」
「だから?」
「…………」
「話がそれだけなら失礼する」
そう言うとエーレンは何か言いかけたアンジェリアを無視して立ち去ってしまった。
「何よ!あれ!」
残されたアンジェリアは顔を紅潮させて悔し気に唇を嚙み締めた。
「あの方が聖女とも言われる白魔法使い様ですか。お美しい方ですねぇ。しかし貴方を見る目が王宮の他の女性達と変わりませんね」
エーレンと共にいたパウエルが苦笑いを浮かべた。
「魔王討伐から戻ってから皆様からの貴方への評価がガラッと変わりましたよね。黒の大魔法使い様?」
「…………」
「それにしても貴方は意外とヘタレだったんですねえ。恋人のふりだなんて……。嘆かわしい。せっかくここまで連れて来たのにそんなんじゃ逃げられますよ?」
「……うるさいぞ、パウエル」
エーレンフリートは不機嫌そうに手を振って話を終わらせた。
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