20 怒ってる?
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「怒ってる?」
エーレンが突然そんな風に聞いて来た。
「?」
ローズフィールド公爵の領地を解毒した後のことだった。朝食後エーレンが私の部屋へ来てくれて一緒にソファに座ってお茶を飲んでた。
「何のこと?」
私はエーレンに尋ね返してしまった。本当に何のことだか分からなかったから。
「あのネックレスを送り返したこと……」
エーレンが言っているのはライオネル王弟殿下から贈られたネックレスのことだった。
「気に入っていたみたいだったから」
少し目を伏せたエーレンはどことなく元気がなかった。
「それと、勝手に婚姻の届けを出してしまったこと、それとあの夜のことも……」
エーレンの言葉に私は思い出して顔が熱くなる。手がエーレンからもらった指輪に触れた。
「あ、あの……えっと……」
私は咄嗟に言葉が出なくて、口ごもってしまった。エーレンの表情が更に曇った。
「あまり、俺の方を見てくれなくなったよね」
あ、このままじゃいけない。ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃ……!
「怒ってないよ。そのどれにも」
エーレンを真っ直ぐに見て言えた。
「パウエルさんが説明してくれたから、ちゃんとわかってるつもり。あのネックレスは今回のお礼としては高価すぎるからって」
この国の身分の高い人達の間では装飾品を送ることは求婚の意味を持つこともあるんだって。受け取ってしまうとライオネル王弟殿下に気を持たせることになってしまうらしい。貴族とか王族って難しいんだね。
あ、でも私達だって友達に誕生日とかに贈り物をすることもある。恋人とか家族に。私は家族はいないからそういうのは経験が無いけれど。お師匠様はそういうことには興味が無かったみたいだし。そういえば私、エーレンの誕生日とか知らない……。後でパウエルさんに聞いてみようかな。エーレンには貰ってばかりだから、私も贈り物とかしてお祝いしたい。
「気に入ったっていうか、綺麗だなって思ったの。でもそれだけだから。あんな高そうなもの身に付けて壊したらと思うと怖すぎるよ」
万が一失くしちゃったりしたら……、うわあ、ゾッとする!
「婚姻の届けのことは、そもそも結婚するのに手続きがいるのも私は知らなくて、ごめんなさい。色々やってもらっちゃって、ありがとう」
私って本当にもの知らずだなぁってちょっと落ち込んだよ。
「ただ、前に婚約期間が一年位って聞いてたから、ちょっと急で驚いちゃった」
「フィリーの力のことが広まってしまって、ライオネル殿下以外にもフィリーに王族や高位貴族から縁談が来る可能性が高まったんだ。すまない……。俺が焦ったんだ」
エーレンは唇を嚙み締めた。そんなことってあるのかな?
「私って山育ちのただの平民なんだけど」
エーレンは困ったように笑ってた。
「だが、もし……もしも君がライオネル殿下や他の人がいいというなら」
「エーレン!それ以上言ったら怒るから!」
エーレンのその言葉にかっと頭に血が上った。なにそれ?
「っフィリー……」
自分でも思ったより大きな声が出た。私はドレスのスカートの布を握りしめた。
「わ、私は、エーレンがいるから、今ここにいるのっ!エーレンと一緒にいたいから……!」
涙が零れた。何でそんなこと言うの?
「私は、エーレンのことが好きだから……」
「フィリー!……ごめん」
エーレン慌てたように、肩に手を置いて私の顔を覗き込んだ。
「わ、私っ、他の人のところへ行くなんて嫌っ!だったら家に帰る!」
「……フィリー、本当にごめん……」
エーレンは絞り出すように言って私が落ち着くまで抱きしめてくれた。
「あ、いけないっドレスがしわになっちゃった……」
高いドレスなのに!私は握りしめてしまってたドレスのしわを伸ばした。
「ドレスならいくらでも俺が……」
言いかけたエーレンを制して
「無駄遣いは悪魔の所業だって、私のお師匠様が言ってた!」
私はビシッと言ったの。私もそう思う!勿体ないよね。
「ものは大切にして粗末に扱っちゃダメなんだよ!」
「……ふ、そうだね」
あ、エーレンが笑ってくれた……。その笑顔に私も安心した気持ちになった。
「……それと、あの夜のこと、なんだけど……」
エーレンから指輪を渡されて、いつもお世話してくれてるメイドさん達の態度が何となく変わった。その前も丁寧で親切だったけど、何ていうか、もっと恭しく扱ってくれるようになった気がするの。「フィリーネ様」じゃなくて「奥様」とか「奥方様」って呼ばれるようにもなった。私、なんとなく居心地が悪くてアンジェに相談したんだ。
「お互いに思い合ってる恋人同士なら自然だし、当り前のことよ。ましてや夫婦なら」
アンジェは私に優しく色々なことを教えてくれた。
「エーレンはまだ王族だし、選ばれたフィリーだって同じように扱われるわよ」
アンジェは時々「師匠って人は何やってたのよ」とか言って怒ってた……。それで私は恋人とか結婚とかってよく分かってなかったことが分かったんだ。
「前に、アルバンさんに近づかれた時は凄く嫌で気持ち悪かった。ライオネル王弟殿下に手を伸ばされた時も嫌だって思ったの」
ユリアンと小さな頃に手を繋いだのは嫌じゃなかったけど、ユリアンはお兄ちゃんみたいなものだからかな?アンジェと三人でだったし。
「……私にはエーレンだけだから。その、私、良く分かってなくてびっくりして、恥ずかしくて。それだけで……。だから全然怒るとかってないから!エーレン以外の人に触られる方が嫌なの。私……」
私の言葉は続かなかった。エーレンに優しくキスされたから。
「ありがとうフィリー、愛してる。三日後、結婚式を挙げよう」
「え?三日後?そんなに急に?」
何その急展開?
「嫌?」
「そんなことない。嬉しい」
「もう、誰にも邪魔されたくない。フィリーは俺のものだって知らしめたいんだ。それにこれ以上我慢できない」
エーレンは私を抱き寄せた。私もエーレンの胸にそっと寄り添った。結婚式……。お嫁さん……。嬉しいけど何だかふわふわして実感が湧かなかった。
「元々我慢なんてできてなかったじゃないですか……」
その夜、準備のために奔走して疲労困憊で屋敷へ戻ってきたパウエルは、エーレンフリートから話を聞いてジト目で主人を見たのだった。
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