2 恋人のふり
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豪華なお部屋。大きな鏡。下着姿の私が映ってる。相変わらず前髪は長くて冴えない自分。を取り囲む女の人達。手に手にドレスや化粧道具やブラシを持ってる。
「あらあら、綺麗なお肌!でも御髪が随分と痛んでおられますわね。丹念にケアをしませんと!」
「御髪のお色が明るいので濃いお色のドレスがいいですわね。こちらなんていかがでしょう?」
「あ、あの……」
「それもいいですけれどまだお若くて、いえ幼くもお見えになるんですから淡いお色のドレスもよろしいかと」
「いえいえ、殿下の選ばれたこちらの一押しのドレスで決まりですわ!」
「「「「そうですわね~」」」」
なんでそんなに楽しそうなの?
「あ、あの!これは一体どういうことなんでしょうか?」
私を取り囲むお城のメイドさん(?)達に必死で呼びかけた。もう訳が分からなかった。エーレンにお城に連れて行かれたと思ったら、服をはぎとられていきなり湯浴みをさせられたのだ。あ、もちろんメイドさんにね。お風呂は気持ちよかったけど、周りに人がいっぱいで世話をされるのは緊張した。
「貴女様は勇者御一行様の白魔法使い様でしょう?国王陛下や王族の方にお会いになられるのにきちんとしたお姿でないと失礼ですわ」
勇者ってユリアンの事?そっか、魔王を倒したのユリアンだもんね。
「でも、私はそんなに役には立っておりませんし……」
「そんなことはありませんわ!兵士達の間でも評判ですわよ!傷をすぐに治してもらえた、助かったと」
「それはもう一人のアンジェリアのことで……」
「ええ!アンジェリア様も本宮にいらしてお支度を整えておられますわ!大丈夫ですのよ?」
「勇者様も他の御一行様もご到着されましたわ」
あ、アンジェリア達も、もう来てるんだ……。ってそうじゃなくて!
「さ、殿下がお待ちですから急ぎませんと!」
「あ、あの!殿下って?……」
「エーレンフリート殿下ですわ!嫌ですわ。フィリーネ様ったら!」
殿下って、殿下って!エーレンって王子様だったの?聞いてないんですけど!?
ドレスに着替えさせられた私は広い豪華な部屋へ通された。うう、前髪切られた……。落ち着かないよう……。私はおでこを押さえた。お化粧とか十七年間の人生初だったんですけど?私にこんなの要る?アンジェはいつも綺麗にしてたなぁ。あの子は美人だからいいけど。いくら王様の前に出るからって。それにこのドレス……。動きづらいし、こんなの似合うはず無いのに……。って王様の前に出る?どうして、私が?色々と考えてどうにか家に帰れないものかと窓から外に出る方法を思い付いた。
窓から外を見て絶望した。そうだったここ、三階だった。結構高い……。ドレスだし。借りものだからもしも破いたらと思うとゾッとする。弁償なんてできないよ。着てた服返してもらえるかな?もうボロボロだったけど。
「飛び降りるのは無理そう……」
窓ガラスに手をついた私の背後から声がした。
「危ないから絶対やめろよ?」
振り向くとすぐ後ろにエーレンが、いや、エーレンフリート殿下が立っていた。
「ああ、やっぱりその色が似合うな。選んで正解だった」
エーレンフリート殿下は満足したように私を眺めて、青い宝石のイヤリングに触れた。結局ドレスは装飾の少ない黒色に見える深い青色のものになった。
「それは既製品だけど、次はきちんと採寸させてドレスを用意するから」
私は堪えていた感情を爆発させた。
「私をおうちに帰してくださいっ!!」
エーレンフリート殿下と部屋にいた使用人の皆さんがフリーズした。
「……俺は誘拐犯じゃないぞ……」
エーレンフリート殿下はえぐえぐと泣いている私に向かって、機嫌が悪そうにむすっとして言った。
「だって……」
エーレンフリート殿下は近づいて来てふかふかのソファに座った私の隣に座った。
「ほら」
テーブルに用意されたお菓子のお皿から小さな焼き菓子を一つ取ると、私の口に近づけた。思わず食べちゃった。浜辺に落ちてる貝殻みたいな形のお菓子。可愛い。オシャレ。
「美味しい……」
甘い香りとバターのいい匂い。そういえば最後にご飯食べたのいつだっけ?おなか空いてたみたい。それにすっごく美味しい。今まで食べたことないお菓子だった。さすがお城で出されるお菓子だなぁ。
「泣き止んだか……」
珍しくホッとしたような表情を浮かべるエーレンフリート殿下。今度はあったかいお茶のカップを渡してきた。あったかい。殿下がたっぷりのミルクを注いでくれた。いい香り。一口飲むと少し落ち着いた。
「殿下はどうして……」
聞きたいことがたくさんあるけど、何から聞いたらいいのかな。
「…………エーレンでいいよ」
私は首を横に振った。
「はあ……参ったな。まあ、そうなるよな」
エーレンフリート殿下は顔を両手で覆い、大きく息をついた。しばらくそうした後すっと顔を上げた。
「これから君達は国王陛下と謁見して褒賞を賜る」
「そう、なんですか?」
殿下は苦笑いを浮かべる。
「魔王を倒したんだ。当然だろう?…………それで、頼みがあるんだ。僕はこれから暗殺されるかもしれない」
少しためらった後エーレンフリート殿下は話し始めた。
「?!」
私は息をのんだ。あんさつって、暗殺?殺されるってこと?
エーレンフリート殿下が話した内容はこうだった。
エーレンフリート殿下は身分の低い側妃の子。現在のクラウドエンド王国の国王様は愛の多い方で王妃様の他に側妃様や愛妾様がたくさんいるらしい。もちろん子どももたくさんなわけで。エーレンフリート殿下の王位継承権はほぼ無いに等しかったけれど、今回の魔王討伐で、その活躍が評価されてその順位がかなり上がるみたい。そうだよね、魔王討伐だもんね。エーレンフリート殿下の魔法、とてつもなく凄かったもん。それを面白くない人達がいて、命を狙われることが予想されるんだって。
「お抱え白魔法使いになるんですか?それとも毒見薬?」
命の危機だものね。
「いや、僕の恋人、婚約者になって欲しい」
「…………は?」
なんですと?なんでそうなるの?
王位継承権を放棄して私、つまり身分が低いっていうか、ただの平民と婚約すれば、更に安全になるってことらしい。
「それなら、私じゃなくても……」
身分の低い貴族の女の子でいいんじゃ?
「いやっ!そこはほら!一緒に戦った仲間同士の身分違いの恋ってことなら、民衆の受けもいいと思いますよ?説得力もありますし!」
そこで、力説してきたのは殿下の後ろに控えていた男の人だった。青い目に眼鏡をかけた濃い茶色の髪の人。この人は従者の人なのかな?パウエルさんっていうお名前なんだって。
「そ、うなんでしょうか?」
「とりあえず恋人のふりで構わないから、国王陛下との謁見の日まで話を合わせてくれないか?必ず君を故郷に帰すって約束するから」
うちに帰れる?それならいいかな。エーレンフリート殿下の命が危ないのは可哀想だし……。もしもの時は何かの役に立てるかもだし。でも。
「でも、王様に嘘をつくのは……」
「大丈夫、フィリーネはただそばにいてくれればいいから。俺がいいように手筈を整えるから」
「……わかりました」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、エーレンて呼んでもうらうから。敬語もなしで。以前と同じように」
「え?そんなことはできません」
王子様にそれは流石に……。
「嘘だとバレるとまずいから、頼んだよ?」
「承知いたしま……」
睨まれた……。
「わかった……」
ホントにいいのかな……?
「よしよし」
そう言うと殿下じゃなかった、エーレンはいたずらっぽく笑って私の口にまたお菓子を入れたのだった。小さい子かな?私。
それにしてもエーレンってこんな風に表情が豊かな人だったんだなぁ……。私はちょっと、ううん、かなり驚いてた。
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