19 光石の魔法使い
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「酷い……」
目の前に広がっているのは毒に汚された、農地だった場所だ。あり得ないような色に染まり腐臭のようなものもする。白魔法使いの人達が少しづつ土地を浄化しているらしいけど、人手が全然足りてないみたい。こんなの解毒なんてできるの?私は不安になった。植物も殆ど生えてない。
どんよりと空気も重く、この場所に短時間いるだけで体にも悪そう。ここでは以前に大規模な魔物たちとの侵入と戦闘があって、土に毒のある魔物の体液が大量に染みこんでしまったということだった。
「クラウドエンド王国は南北に長い国土をしてる。魔王が巣食ったのは南方の火山帯だ。より南に近い地域では魔物も活性化していてその被害も大きかったんだ」
エーレンがここへ来る前に説明してくれた。このローズフィールド公爵の領地は王都の南側に位置してる。確かに、旅をしていて南下するほど魔物が強くなっていって進みづらかったのは覚えてる。
私はエーレンと一緒にローズフィールド公爵の領地へ来ていた。現地集合でライオネル王弟殿下や他の王宮の役人の人達もいらっしゃる予定だ。
「俺も一緒に行くよ」
エーレンはそう言って譲らなかった。
「でも、危ないかもしれないから」
「なら、なおさらだ。約束しただろう?絶対に守るから。これからは何があってもずっと一緒だ」
「……うん、ありがとう」
私はエーレンの真剣な顔を見て少し視線を逸らした。
実はあの夜から恥ずかしくてあまり真っ直ぐにエーレンの顔を見れてない。あの朝、エーレンから指輪を渡された。その青い宝石の指輪は薬指にはまってる。その重みがいつもエーレンを感じさせてくれて、いつでも安心できた。私達は手を繋いでエーレンの転移魔法で毒の大地のほぼ中央へ降り立った。この前の魔物退治の時よりも広い汚染地帯。じわじわと自分も汚染されてくような感覚になる。エーレンは大丈夫かな?とにかく急ごう。そう思って私は持ってきた革袋からひときわ大きな光石を取り出した。
光石を掲げる。
今まではやったことないけれど、全力を出してみようって思った。魔力を込めると前とは違うことが起きた。不思議な光景が目の前に広がった。明るい陽射し。一面に緑の野原。野薔薇や、たくさんの花が咲いている。蝶が飛んで、動物たちが隠れたり、走っていたり。ああ、これはこの土地の記憶だ。スッと理解が下りてくる。不思議な感覚だった。光石が見せてくれてるの?
いつの間に閉じてたんだろう?目を開くと眩い光が溢れてた。私は光石に話しかけた。
「お願い……力を貸して」
その後は前と同じように解毒薬を生成した。失われたように見えた命の力はそこここに存在していた。一度に全部は無理かもしれないけど、少しずつ少しずつ、大地の毒を消していく。苦しい気持ちを消していく。そう、苦しがってるんだ。すぐに毒を消して助けてあげるね……。
「……リー、フィリー!!しっかりしてくれ!」
エーレンの声が震えてる。
「…………エーレン?」
気が付くと私はエーレンに抱きかかえられていた。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ?えっと私どうしたの?」
「良かった……。いきなり倒れたから心配した」
エーレンの目に涙が浮かんでる。
「ごめんなさいっ!心配させちゃって。でも本当に何ともないから!それより解毒は……え?」
一面に花畑が広がっていて、とてもいい香りがしてる。あちらこちらに野薔薇が咲いている。きれいな風がふいてる。さっき見た土たちの記憶と同じだった。
「わあ綺麗……」
私は立ち上がって遠くを見渡した。どこまで解毒できただろう?見える範囲は大丈夫そうかな?それにしても何でこんなに花が咲いてるんだろう?エーレンに聞いてみようと思って振り返ったら、エーレンが座ったまま眩しそうに私を見上げてた。
「やっぱり君は女神だったんじゃないか」
真面目な顔で言うから、私は焦ってしまった。
「え?な、何言ってるの?どうしちゃったの?それにしてもどうしてこんなにお花が咲いたの?」
もうすぐ冬なのに……。綺麗だからいいんだけど、不思議……。
「気が付いてないのか?」
「え?」
「フィリーがやったんだよ。大地の毒を消して、力を取り戻してくれたんだ」
「私が……?うーん、そうなのかな?光石の効果なんじゃないかな?」
光ってる不思議な石だしね。
「恐らくエーレンフリートの言うとおりだ」
ライオネル殿下がいつの間にか近くへ来ていた。ちょっとびっくりしちゃった。エーレンが立ち上がって私の肩を抱いた。
「まさに奇跡のようだったよ。フィリーネ。君の周りから徐々に光が広がって、緑が芽吹き、花が咲き始めたんだ。とても、とても美しい光景だった。君は春の女神のようだ」
ライオネル殿下もエーレンも大袈裟すぎじゃないかな?
「この土地は元々野薔薇が多く自生する土地で、農地として開墾される前まではローズフィールドと呼ばれていたんだよ」
ライオネル殿下の言葉に納得がいった。
「だから公爵様のお名前が」
「そう、この領地を賜るときにその名も賜ったんだ。先々代の国王陛下からね」
「フィリーネ……、やはり私は君を諦めきれないかもしれない。一度本気で私とのことを考えてみてくれないかな?」
ライオネル殿下は私に向かって手を伸ばした。
「殿下、フィリーネはもうすでに私の妻です」
エーレンが私をライオネル殿下から遠ざけるように抱き寄せた。
「おや、余裕のないことだ。書類上のつながりの話は必要ないよ」
ライオネル殿下はニヤリと笑みを浮かべた。
私はエーレンからもらった指輪に触れた。青い色の宝石の付いた綺麗な指輪……。エーレンのお嫁さんの印。家族になった印。
「私は……私はエーレンフリート殿下のことが好きです。何もなかった私を選んで、そばにいてくれるって言ってくれた方なんです。魔物や魔王からもずっと守ってくれました。だから、申し訳ありません」
私は深く頭を下げた。
「…………そうか、残念だ。私には君を自由にできる権力がある。それを行使することもできる」
エーレンが一歩前に出た。
「そう怖い顔をしなくてもいいよ、エーレンフリート。私はそれがどんなに愚かしいことか知っているつもりだから。フィリーネの心を壊すようなことはしない。これで引くよ」
エーレンの体から少し力が抜けたみたい。良かった。怖かった。エーレン臨戦態勢だったから。
「今回はね」
そう言うと片目をつぶって軽快な足取りで歩き去っていった。
「なっ!」
「え……?」
私は何だかまた怖くなって、エーレンにしがみついた。エーレンは私を強く抱きしめてくれた。
現場にはローズフィールド公爵も来ていて、この後もの凄い勢いでお礼を言われた。土地の解毒は殆ど終わってた。
後日、お城の離宮にローズフィールド公爵様から花束やお菓子などの贈り物が次々と届いた。今回のお礼だということだったけど、パウエルさんに言わせれば、「また何かあったらよろしくね」って意味なんだって。
「まあ、ローズフィールド公爵はもう敵にはならなさそうだな。しかし……」
チラッと贈り物の山を見たエーレンは小さな、そしてとても豪華な小箱に目を向けた。ライオネル殿下からの贈り物だった。
「これは、送り返そう」
箱を開けた私の手元を見てエーレンが難しそうな顔をした。
「うわっ、これってもしかしたら国宝級の……」
パウエルさんが酷く驚いていた。箱の中に入っていたのは、とても繊細な細工のネックレス。透き通った淡い緑色の宝石がつる草の形に並べられてた。
「綺麗……」
「フィリーネ様の瞳の色ですねぇ……これは確かに受け取らない方がいいでしょうね」
私は丁寧にお礼状を書いて、ライオネル殿下からの贈り物を送り返した。
クラウドエンド王国の城の中や、王都の人々、そしてフィリーネの奇跡を目の当たりにした人々達から魔王を倒した勇者や、聖なる白魔法使い、力ある黒の魔法使いの話と共に、魔物に汚染された土地を浄化する光石の魔法使いの話が急速に広がっていった。
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