15 黒の魔法使いの想い
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俺は幼い頃から数多い王の子供達の一部から嫌がらせを受けていた。
俺自身は王位に興味も無かったけれど、俺が男だということ、そして魔力があるということで王位継承権を持つほかの子供達の親つまり王妃や側妃達からは邪魔な存在だった。
そして嫌がらせの一環として、魔力を持つという理由で王国の南方に位置する火山帯を牛耳っていた魔王の討伐を国王から命じられるという事態に陥った。十五歳の時だった。
ちょうど良かった。俺も王宮にはうんざりしてたところだ。単身で城を出て身分を隠しどこかのパーティーに身を寄せ、頃合いを見計らって死んだふりで、フェードアウトしようと思っていた。母である側妃は俺が十歳くらいのころ病死している。体よく追い出されたのだが、もう王宮には何の未練もない。
十七歳のころ、ユリアンという男に出会った。すべてを見透しているかのような不思議な瞳をしていた。こいつは普段は飄々としているが、魔物や魔族と対峙した時は圧倒的な強者だった。こいつならもしかして魔王を倒せるかもしれないと考えた。俺は身分を隠して彼らと同行することにした。
ユリアンには二人の連れがいた。幼馴染の二人の少女だ。彼らはみな十五歳。ユリアンは魔法剣士。少女達は白魔法使いだということだ。どうやら二人はユリアンを好いているようだった。魔王討伐に戦闘経験もない少女が二人もついて来て一体どうするつもりかと思っていたが、意外にも根性があった。
少女のうちの一人はアンジェリアといい、高い治癒能力をもつ白魔法使いだ。補助系の魔法も使える。かなり美しい少女で白魔法使い特有のローブを着ており、旅をしている割には身ぎれいにしている印象があった。
もう一人の少女も同じく白魔法使いだが、彼女フィリーネは薬草から回復薬をつくることが得意らしく、旅の間はいつも薬草を集めては薬をつくっていた。旅の雑用はいつも彼女が行っており、忙しく走り回っていた。前髪が長いのも身だしなみにあまり気を使えないのも他の二人のために、宿の手配や通行証の発行、野宿中の食事の準備や水の確保などを一手に引き受けていたからだろう。
「私は二人に比べて役に立ってないから」
手伝うと言った俺に断って、微笑みながら言った言葉が心に残った。
後に、ヴァルターとアルバンという剣士二人が、ユリアンの強さに惚れ込んで同行するようになったが、彼ら、特にアルバンの方がアンジェリアに心酔し、フィリーネをぞんざいに扱っていた。時々嗜めたが、俺を格下とみなしているアルバンは俺の言葉には耳を貸さなかった。
俺はどのみちこのパーティーを抜けて雲隠れする算段だったから、あまり深入りは避けるべく、それからは時々フィリーネを手助けするに留めた。
ユリアンと出会ってから一年後、猛毒の牙を持った蛇の魔物の変異種と遭遇した。チャンスだと思った。ここで怪我をしてパーティーを抜け、どこかへ行ってしまおうと思った。幸い、こんな時のために本当の力は見せずに普通の黒魔法使いとして行動してきた。不審に思われることは無いだろう。
変異種は巨大で強かったが、難なくユリアンが倒してしまった。残念だったが仕方ない。皆油断していた。背後の地面からもう一体の同じ魔物が飛び出してきたのだ。
後衛にいた俺とフィリーネ、そしてアンジェリアに襲い掛かって来た。俺は魔物の牙を腕に受けてしまい、瀕死の重傷を負った。魔物は倒したが、終わったと思った。結局奴らの思い通りかと、悔しく思った。この魔物の毒は解毒が不可能だと言われていたから。俺の意識はそこで途切れた。
気が付くと俺は廃寺院の床に寝かされていた。どうやら天国じゃないらしい。傍らにはフィリーネが座っており、涙を浮かべて俺を見ていた。
「……どうして……」
俺は助かったのだろうか?
聞けばパーティーの連中は皆、先に旅立ったという。ユリアンだけは最後まで看取ると言い張ったらしいが、フィリーネがついているということで渋々旅立ったのだと彼女は語った。なるほど俺はさっさと見捨てられたということか。まあ、無理もないな。あの魔物の毒を受けて生きていられた人間はいないと言われてるから。
「気が付いた!良かった……!」
そう言って涙ぐみながら笑ったフィリーネの上から光が射していた。今日の彼女はいつものように前髪を垂らしてはおらず、カチューシャで前髪を上げていた。他の奴らは知らないが、彼女が薬を調合するときは決まってそうしている。皆が寝静まった夜に。とても綺麗な淡い翡翠色の瞳をしてる。柔らかな光の中微笑む彼女は女神のように見えた。
「エーレンさんは生命力が強いんですよ。良かったですね」
生命力が強い?そんな訳がない。あの魔物の毒は致死性が高い。少しでも体内に入れば即死亡のはずだ。それを……。
以前から気が付いていたが、フィリーネの魔力はアンジェリアのそれよりもずっと上だ。アンジェリアが目立つところを持っていくから目を奪われがちだが、恐らくはアンジェリアの魔力をフィリーネが補っているのだろう。二人とも自覚は無いようだが。
「このまま、一緒に逃げないか?」
気が付けばそんなことを口走っていた。
これは千載一遇のチャンスだ。このまま死んだことにして逃げてしまえばもう王宮と関わり合いにならずに済む。フィリーネに口止めをして一人で去ればいいんだ。彼女は他の奴らに告げ口などはしないだろうという確信があった。それに他の奴らは彼女の力を見誤っている。彼女が本当のことを言ったとしても信じないだろう。
俺はどうしても彼女を置いていくことがためらわれた。どうしても死なせたくない。これ以上危ない目に合ってほしくない。何度説得してもフィリーネはあのパーティーに戻ると言う。親友と一緒に行くと約束したからと。幼馴染の少年と一緒に頑張ると約束したからと。
フィリーネはユリアンを……そう思うと胸が痛んだ。それでも……。
俺はフィリーネを死なせたくなかった。だから魔王を倒すことに決めた。
もう、力を隠すことを止めた。
俺はフィリーネを守るためだけにパーティーへ戻った。
魔王討伐後の話で、フィリーネはユリアンを愛していたわけでは無かったことが知れた。そのことは俺を安堵させた。そうと分かれば、何としても彼女を逃がしたくなくなった。しかしフィリーネは故郷へ帰りたがっている。
案の定、俺は王子という立場から逃げられなくなった。王の子で、魔王を倒すことに貢献した。隠していた黒魔法の力も知られてしまった。王太子の陣営からは何度か命を狙われた。今までは見向きもしてこなかった高位貴族から多くの縁談がくるようになった。中にはともに王位を目指そうとそそのかす連中もいた。俺が少しでも肯定的な態度を取っていたらどうなったことやら……。面倒なことになったが、それも国王との謁見の日までだと我慢した。それもこれもフィリーのそばにいて守ることが出来たのだから安いものだ。
彼女は俺の持ってる王子という肩書には興味がないだろう。そういう人じゃない。だから二人で王宮を出て静かに暮らせるように策を巡らせた。
王位継承権の放棄と臣籍降下、フィリーネとの婚約を。
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