11 そばにいて
来ていただいてありがとうございます!
クラウドエンド王国の北端にはブランカ連峰がある。その中でも一番標高の高い山、聖峰レシーネと呼ばれる山に私の家がある。
ユリアンが転移魔法で、故郷の山に、家に私を連れ帰ってくれた。小さいけれど居心地の良い家。小さなキッチンにテーブルと椅子が二脚。お師匠様と私の部屋。本がたくさんの部屋。それだけの家。もう二年も帰って来てなかったけれど、家の中は荒れた様子は無かった。
「お師匠様は帰ってないみたいね」
埃だらけの家具は人がいた気配を感じられなかった。究極の回復薬の材料を探しに行くって出て行ったお師匠様……。今頃どこにいるんだろう?私はひとまずお掃除から始めた。もう山には雪が降り積もっていて川の水は冷たい。幸いお師匠様がかけてくれた魔法のおかげで家の周りに雪は積もってなくて、出入りは楽に出来た。麓からの山道もそう。私とお師匠様だけが通れる道になってて、他の人は通るどころか道を見つけることすらできなくなってる。
ひととおりお掃除が終わるとシーツなどのリネン類を取り換えて、今までの物は洗濯した。家の中がすっきりして気持ちがいい。保存食を確認して足りないものは明日町へ降りて買い足してこようと思い付く。随分遅くなってしまったけれど、冬を越える準備をしなくちゃね。暖炉に火を入れて、うとうとしてた。薪が使えて良かった。疲れてたみたいで目が覚めたらもう日が高く昇ってた。
町へ降りると会う人会う人に驚かれた。その度に
「ユリアンが魔王を倒したよ」
って教えてあげて驚かれた。アンジェも無事で、二人とももうすぐ帰ってくるって伝えておいた。私は持てるだけの買い物をして、また山道を登った。日が落ちると寒さが厳しい。また暖炉に火を入れた。
夜眠る前に私は自室の机の上にあった師匠のノートを手に取って暖炉の前で開いた。
「あっ!ページが増えてる!作れるお薬増えた!やった!明日から早速作ってみよう!!えーと、回復薬のすごいのが作れそう!薬草足りるかな?光石は洞窟へ行って採ってこなくちゃ。よーし頑張るぞ!!」
『フィリーの薬は凄いな』
ふいによみがえる声。
『助けてくれてありがとう』
『恋人のふりをして欲しいんだ』
『ほら、これ美味しいよ』
胸が痛い。寂しい。おかしいなぁ……。二年前まではここに一人で暮らしてても全然大丈夫だったのに。今は寂しい。約束も終わって、エーレンの命の危険も無くなって……。一緒にいる理由も無くなっちゃった。もう、一緒にいられないのに。会いたいな。私はここでお師匠様の帰りを待って、薬を作ろうと思って帰って来たのに。
「ねえ、アルバンに迫られた時、どう思った?」
ユリアンが帰る時に私に尋ねた言葉を思い出す。
「気持ち悪かったし、怖かった……」
本当に嫌だって思ったよ。
「じゃあさ、魔堕螺退治の後で、エーレンに抱きしめられてた時は?」
「…………」
「違ってた?何が違った?考えてみてごらんよ」
パチッと薪がはじけた。暖炉の炎の熱がエーレンの温かさを思い出させる。
もう一度、抱きしめてもらいたい……。エーレンがいい。誰にも、お師匠様にも思ったことのない気持ち……。
ああ、私、エーレンのことが好きなんだ。きっとこれがそう。アンジェがユリアンを好きみたいな。
でも、エーレンの居場所はあの綺麗な人達の世界。私の場所はここだもの。あそこにいるのが辛くってお別れも言わないで逃げてきちゃった。旅の間はそんなこと思いもしなかったけど、全然住む世界が違ってて、出会ったのが奇跡みたいな人だったんだね。
「私って馬鹿だ。今頃気が付くなんて……」
涙がこぼれた。エーレンのところへ戻りたい。もう遅いけど、せめて気持ちを伝えて終わろうって思った。迷惑かもしれないけど。私は立ち上がった。
「フィリー!フィリーネッ!!」
聞きたかった声が聞こえる。
「幻聴?」
開けようとしてたドア。ドンドンとそのドアを叩く音。恐る恐るドアを開いた。
「エーレン?!」
なんだかあちこち焦げててボロボロ?怪我もしてるみたい?でも、会いたかった人がそこにいる……。
家に入って来たエーレンに強く抱きしめられた。どうしてここにいるの?
「どうして、どうやってここへ?ここへは来られないはずなのに……お師匠様の結界は……」
「ああ、あのえげつない精神物理両方攻撃の結界、っていうか仕掛けね……。全部ぶっ壊して来たよ」
「ええ?!」
「あれはお姫様を手に入れるための試練っていうか、試験だな。あれくらい突破できなきゃフィリーはやらないっていう意思表示とみた」
エーレンは黒い笑顔でフッフッフッと笑ってる。なんか怖い。
「まさか火竜と戦わされるとは思ってなかったが、つまりあれを倒した俺は十分に資格があるってことだな。うん」
エーレン?火竜?なんのこと?お師匠様どんな仕掛けしたの?
温かな暖炉の前に二人で座った。薬を飲んでもらって、治癒魔法をかけた。私がかざしていた両手をエーレンが握った。
「……どうして……、どうしていきなりいなくなった?何も言わずに……!」
エーレンが私を見つめた。泣きそうな顔……。逃げ出してしまった罪悪感で申し訳ない気持ちになる。
「あ、ごめんなさい……。でももう大丈夫だと思って……」
「何が、何が大丈夫なんだ!」
「……公爵家を継ぐから、もう命を狙われなくなったんでしょう?」
「!」
「だから、恋人のふりは……もう……」
「違うっ!!」
「……?」
「違うんだ……そうじゃない……ふりなんかして欲しかったわけじゃない!!……ごめん。そばにいて欲しかったんだ」
エーレンは私を真っ直ぐに見つめた。
「愛してる」
「…………え?」
「俺は君を愛してる」
何を言われたの?頭が動かない。言葉も出て来ない……。
「……戦いの後あのままじゃ君はどこかへ行ってしまうような気がして」
確かに、私は魔王との戦いの後すぐに家に帰ろうと思ってたっけ。
「いろいろと面倒事を片付けなきゃならなかったんだ。立場上。でも君は褒章につられたりはしないだろう?どうしてもそばにいて欲しかったんだ。離れたくなかった。君はずっとユリアンを想ってると思ってて」
「それは……」
「うん。違うって君から聞いて、それでどうしても我慢できなくなった……。だから無理やり城へ連れて行った」
「命を狙われているっていうのは……」
「それは、嘘じゃない……。でも、自分で対処することはできた。すまない。かえって君を嫌な目に合わせてしまった。でも……」
エーレンは頭を下げた。そうじゃない……、そんなことを聞きたいわけじゃないのに。言いたい言葉があるのに……、言葉が出てこない。
「……ずっとずっと好きだったんだ!」
「……っ!」
「愛してくれなくてもいい、どうかそばにいてくれ……。黙って消えたりしないで。頼むから。誰もいなくなった部屋を見て心臓が止まるかと思った」
エーレンはそう言うと顔を手で覆ってしまった。
私、さっきの決意はどうしたの?伝えたい、私の気持ち……。でも言葉が出てこないから……。
「……フィリー?」
私はエーレンを抱きしめた。エーレンがしてくれたように。戸惑ったような声が聞こえる。
「私……、私も……。本当は寂しかった。悲しかったの。エーレンが来てくれて嬉しい……。お城に戻ろうって思ってたの……。エーレンのこと好きって伝えようと思って……」
私の言葉はそこで途切れた。エーレンに口を塞がれたから……。エーレンの唇が私の唇に重なった。私は目を閉じた。涙がこぼれた。
何度も、何度もキスをされた。エーレンの手と腕は私の頭を腰を優しく力強く包んで離さなかった。私達は寄り添って、キスをしたり話をしたり、静かな夜をゆっくり過ごした。エーレンはよっぽど疲れてたみたいでうとうとしてきて、ついには眠ってしまった。綺麗な人は寝顔も綺麗。私はエーレンにそっとブランケットをかけて、一緒に眠った。
翌朝目覚めたエーレンが何故だか悔しそうに
「不覚っ」
って呟いてたんだけど、なんだろう?
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




