1 勇者のパーティー
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巨大な闇のような炭の塊が崩れ落ちていく。噴煙を上げる山々を背にして。夢に見そうな咆哮を残して消えていく。これが人々を恐怖に陥れた魔王の最期だった。
「お、終わったぁ……」
私は小さく呟いた。怖かった……。
「これで家に帰れる……」
両手を胸の前で組んで座り込んだ。俯いたので長い前髪がさらに顔に深い影をかけた。
「こら、座り込むな。服が汚れるぞ、フィリーネ」
隣に立って私の腕を掴んで立たせたのは、端正な顔立ちの黒髪碧眼の黒魔法使いの男の人だ。背が高い人でいつも無表情な人。でも私の事は不機嫌そうに見てくる。最初の頃は私には無関心だったと思うんだけど、いつからだっただろう?
「あはは、ちょっと力抜けちゃって。ありがと、エーレン」
でももう服なんかはとっくにほこりで汚れてボロボロだよ。
「ふん」
どうせならもっと優しく立たせてくれればいいのにね。私も彼も魔王討伐のためのパーティの一員だ。
崩れ落ちた魔王の残骸の前で幼馴染のユリアンが剣を鞘に納めて、飛び付いてきたアンジェリアを抱きしめた。艶やかな金色の長い髪がなびいてるアンジェリアは国内でもトップクラスの白魔法使いで私の親友だ。とっても美人。
「すごいわっ!ユリアン!魔王を倒したのね!わたしずっとユリアンのことが好きだったの……」
「ありがとう、アンジェ!君達のおかげだよぉ!僕も君が大好きだよ、アンジェリア」
幼馴染と私の親友が感極まって抱き合ってる。無事に両想いになれたようでめでたし、めでたしだ。
「いいのか、フィリーネ?ユリアンはアンジェリアと抱き合ってるぞ。君、ユリアンを好きなんだろう?」
しらけたように二人を見たエーレンが私に言ってきた。
「え、ええ?!ち、違うよ!どうしてそうなるの?」
「……いつもあいつにくっついていたじゃないか」
「ち、ちがっ。ユリアンを好きなのはアンジェリアだよ!ユリアンにくっついていたアンジェリアの側にいたの!協力してって言われたから!私は付き合わされただけ!ユリアンはただの幼馴染で、友達!」
私、何を必死で言い訳してるんだろ……。
「…………そう」
エーレンは何やら考え込んでる。
「……はあ、でもやっと家に帰れる……良かったぁ……」
「……………………」
そもそも私くらいの白魔法使いはごまんといるんだもの。ここにいるのがおかしいんだよね。私は腕を掴まれたまま長くため息をついた。ん?何でエーレンはずっと私の腕掴んでるの?私は隣に立ってるエーレンを見上げた。
「おい、そこの二人っ!何を遊んでる?まだ魔物が残ってるし、怪我人も大勢いるんだぞ。さっさと動けよ」
ライオンみたいな髪型の精悍な顔立ちの四十代のおじ様大剣使いが私達に話しかけてきた。この人はヴァルターさん。彼も私達の仲間の一人だ。疲労でちょっと頭がくらくらするけど、まだ魔力はあると思うし、行かなきゃ。私はエーレンから離れようと思った。でも。
「俺達が動かなくても兵士達も魔法使い達もいるんだ。大丈夫だろう。俺達はもう充分働いたさ。行くぞ」
そう言うとエーレンは私を抱き上げた。
「?!ちょ、ちょっとエーレン?」
なに?なにが起こってるの?私は混乱した。これってどういう状況?!
赤髪赤目の剣士が睨んで近づいてくる。彼の名前はアルバンさん。二十代前半の男の人だ。この人も綺麗な顔立ちをしてる。薄茶色の髪色のユリアンも細目だけど整った顔立ち。みんな綺麗な人達ばっかり。顔で選んだの?って聞かれるかも。あ、私はカウント外で。平凡な顔だから。
「おい、そいつを甘やかすなよ!アンジェリアと比べて大して役に立ってないんだから、もっと回復魔法をかけられるだろう?薬だって今から調合しろよ!」
そんな無茶な……。材料だって道具だって無いのに。まあ、アルバンさんの無茶振りはいつものことだけど。彼はずっと私をこき使ってきたから。いつも雑用や買い出しを命令してきたんだよね……。言われなくてもいつもやってるのに。
でも私があまり役に立ってなかったのは本当。アンジェは本当に凄くて、無くなった腕なんかも再生できるんだ!アルバンさんとヴァルターさんはあまり私の事を良く思ってなかった。戦闘能力は皆無だしアンジェリアと比べると白魔法使いとしての能力も低いから。でも幼馴染のユリアンとアンジェリアとの約束があったから頑張ったんだよ。それも今日で終わり!ホント良かったぁ。
「エーレン、私は大丈夫。歩けるからおろして」
魔王を倒すために私達のパーティーには、私達の国、クラウドエンド王国からの応援の兵士達や魔法使い達が大勢ついて来ていた。ケガ人の治癒をしつつ、そっとこの場を離れて家に帰ろうと思ってる。なのにエーレンに抱き上げられてる。これじゃ自由に動けない……。どうして?
それに何よりこの状態は恥ずかしすぎる!頬が熱い。これ以上は耐えられない。
「アルバン、お前は一体何を見ていた?フィリーネ、君は働きすぎだ。もう休め」
エーレンはアルバンを睨みつけると私を抱き上げたまま、歩き始めた。
「おいっ!!」
アルバンは声を荒げたけど、エーレンは一向に気にしてないみたいだ。
「エーレン!あの、おろして!私……」
もう家に帰りたいんだよ……。
「駄目だ。このまま城へ連れて行く。おろしたら君はどこかへ行ってしまうだろう?」
エーレンの綺麗な青い瞳が非難するように見つめてる。
「え?し、城?」
なに?何で?何でお城?混乱したまま私はエーレンの転移魔法でクラウドエンド王国の城へ連れて行かれたのだった。
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